第二十二話 猫人の集落とレーズシモンの産物のコラボレーション。
ウォルガード王国は、大きな魔獣の住む森に阻まれ、誰も訪れることができなかった。
この大陸で偶然秘匿されていたとはいえ、超大国と噂されていた。
その国土の大きさはもとより、個々の力の強大なフェンリル、フェンリラの住む国。
それがルードを中心として、他種族の受け入れをするようになった。
今回の移住は、ある意味初めてウォルガードが受け入れたものでもある。
今まで入国の審査もいらなかったこの国は、沢山の人々を受け入れることとなるだろう。
その審査条件は、ひとつはルードが認めたものでないと駄目だということ。
猫人の村は、ルードが譲り受けたものだから。
思ったよりもすんなり移住が開始されたのだった。
「みんにゃ。ルードちゃんが住む国。ウォルガードに入りましたにゃ。もう少しだけ大人しくしてるんですにゃよ?」
『はーい』
猫人の村には、元々住んでいた漆黒の毛を持つ猫人たちと、ルードが前のエランズリルドから助けた人々が住んでいる。
犬人の男性や女性。
様々な毛色の人々たち。
国元に戻った人もいるが、結構な数の人たちが残ってくれているのだ。
その人たちも『魔力酔い』を起さない程度に、魔力の弱い地域を用意しているのだとフェリスは言う。
ウォルガードは王都を中心に、自国で全て賄ってしまえるくらいの広大な農地を持っているのだ。
魔力の強い地域の野菜や育てられた家畜。
空気や水に至るまで、その味は濃くて美味しい。
ルードが前に立てた仮説。
『ウォルガードの食物の味の良さは、魔力の含有量に比例するかもしれない』というもの。
それは錬金術師であるタバサも肯定した。
ルードは沢山の人たちにこの味を味わってもらいたい。
将来的に、そうできないか。
そう考えていたのだった。
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『そろそろ着くわよ。あの湿地が見えるでしょう? あの手前に整地した部分があるわ。村の敷地と同じ形に草が生えていないところ。あそこにゆっくり降ろしてね』
『わかりました』
リューザたち三人は応えた。
ちょっとした森の手前に湿地が見える。
墓地のある部分を森側に、村の出入り口を湿地側にしながら、三人はゆっくりと降下していく。
『はい、もうちょっと。ゆっくりよ。はい。よし、到着ー』
『ずん』というちょっとした振動があって、猫人の村は着地に成功する。
目の前に広がる未開発の湿地が足元と同じ高さに広がっている。
魔力もそれほど濃くなく、森のいい香りがする場所だった。
フェリスたちは地面に降りてくる。
シルヴィネの背から降りると、彼女も人の姿に。
二人そろってしゃがみこみ、地面に両手をついて。
『どっこいしょっ』
魔力が一気に広がる気配が感じた瞬間。
固くなっていた足元は元の状態に戻ったように感じられた。
「ふぅ。これで元の土地と一緒になったわ。引っ越しは終わりよ」
「お疲れ様です。フェリスお母さん」
「大丈夫。プリンが待ってるんですからね。タバサちゃんたちもいずれ到着するわ。次の冬までに種籾だったかな? それの品種改良をするとか言ってたわよ。もっと元気に育つようにするんだって」
フェリスは先の先まで考えていたようだ。
流石は前女王。
「あとね、シルヴィネちゃん例の物を出してくれる?」
「はい。ルード様。これを」
シルヴィネが取り出したのは何かが入っている袋。
中を見てみると、そこには村の人数分の指輪が入っていた。
「これはですね、以前ルード様が言われていました『魔力を発散する指輪』なんです。もし、魔力酔いにかかった人がいたら、その人にはめてあげてください」
ルードはちょっとだけ感動してしまった。
フェリスは自分のことをしっかりと考えてくれていた。
「ルードちゃん、遅くなってごめんね。でも、しっかり動くわよ。もう魔力酔いなんて怖くないからねっ」
「あ、ありがとうございます。フェリスお母さん。シルヴィネさん」
ルードは二人に抱き着く。
「あら。嬉しいわね。頑張った甲斐があったわ」
「そうですね。嬉しいです」
「ほら、村のみんなが待ってるわよ。いってらっしゃい。夜にはプリン、お願いね?」
「うん。ありがとう。二人とも大好きです」
ルードはじわっと泣けてきていたのを誤魔化しながら、二人の元を離れて走っていく。
「いい子でしょう?」
「えぇ。エミリアーナ様も認めていらっしゃいましたから」
遠く小さくなっていくルードの背中を見ながら、微笑む二人。
「ルードちゃん、もう大丈夫ですかにゃ?」
「うん。みんな、遠くまで行っちゃ駄目だけど、遊んできてもいいよ」
『やったー』
子供たちは湿地の方へ走っていく。
気が付けば皆、泥だらけになって遊んでいるではないか。
「よかったですにゃね」
「うん。あ、これ。フェリスお母さんから。魔力酔いにかかったときに、魔力を抜く指輪だってさ」
「うにゃぁ。あの時は、ごめんなさいですにゃ。ルードちゃんに、その、苦労ばかりかけてしまっていましたにゃ……」
「いいんだよ。ほら。ヘンルーダお母さんに渡してきて」
「はいですにゃっ」
すると。
「おにいちゃーん」
ぼふっと背中に暖かいものがしがみついた。
「おかえりなさい」
「ただいま。けだま。いい子にしてた?」
「うん。イリスお姉ちゃんがね。とっても優しかったのー」
メルドラード王国女王、エミリアーナの娘で、白く美しい羽を持つフェザードラグリーナの王女。
マリアーヌは、ルードたちにけだま、と呼ばれていた。
『ケダ』とはメルドラード地方の方言のようなもので、『小さくて可愛い』という意味があるらしい。
けだまが『けだまりあーぬ』と名乗ったことから、ルードが『けだま』と勘違い。
クロケットが『けだまちゃん』と呼ぶようになり、彼女の愛称になっているのだ。
頭にキャメリアのような角を持ち、白いフサフサの柔らかそうな髪と、背中に天使のような翼を持っている。
ルードの家のアイドルであった。
振り向いたすぐ傍にイリスが頬を染めて嬉しそうにしていた。
「ルード様。おかえりなさいませ。その、堪能させていただきました……」
男装の麗人であり、ルードの執事をしているイリスは、可愛いものが大好き。
ルードをモフるのも好きだが、今はけだまの可愛さに夢中。
ルードとクロケットがいない場合、主にけだまの面倒はイリスがみていることが多かった。
けだまの可愛さにメロメロになる男装の麗人の執事。
見てるだけでほっこりする絵面だったりするのだ。
「おねーちゃんもおかえりっ」
「はい、けだまちゃん」
ルードの手を離れ、自力でひょいと飛んでクロケットの胸に飛び込む。
けだまは最近、結構遠くまで飛べるようになってきているらしい。
「そ、村長さん。あ、ルードお兄ちゃん。……どっちがいいのかな?」
ルードの足元で服の裾をつんつんと引っ張る小さな猫人の少女。
「あ、クロメちゃん。どうしたの? みんなと遊ばないの?」
「どろんこになるの嫌なの。ところで、その可愛い子、誰?」
「あぁ。うちの家族でけだまって言うんだよ」
「おにーちゃん。その子、誰?」
「この子はね、お姉ちゃんの村の子でね」
「私ね、クロメっていうの」
「けだまだよっ」
まじまじとお互いの顔を見るけだまとクロメ。
すると同時に。
『あそぼ』
クロメとけだまは手を繋いで村の中央へ行ってしまう。
けだまに初めてのお友達ができた瞬間だったかもしれない。
「お姉ちゃん。二人をお願いできる? そろそろタバサさんたちが来るだろうから。僕はプリンを沢山作っとくよ」
「はいですにゃ」
「キャメリア、材料ある?」
「はい。少々お待ちください。すぐに用意いたしますので」
「ごめんね。急がしちゃって」
「いえ。いってまいります」
キャメリアはすぐに飛び立っていく。
ルードはヘンルーダの家に歩いて行った。
プリンばかりでは飽きてしまうかもしれないと思ったルード。
何かできないものかと思っていると。
タバサたちが到着したようだった。
タバサと工房の研究員たちは、フェリスたちと話を始めたようだ。
その中にはイエッタの姿もあった。
「お疲れ様ね、ルードちゃん」
「イエッタお母さん。どうしたの?」
「いえね、ヘンルーダちゃんがね、引っ越してきたって聞いたものだから。ご挨拶にと思って」
「そうだったんですね。僕はこれからちょっと甘いものを作ろうかな、と」
「あ、それなら。ちょっと待ってて、ヘンルーダちゃん」
「あら。イエッタさんじゃないですか。これから私たちもお世話になります」
「また他人行儀な。我のことはイエッタちゃんって呼んでと、あれほど」
「そんなことを言われましても。その、慣れていないものでして……」
「あ、そうそう。あのね、刈り入れ終わったんでしょう?」
「はい。終わりましたけど」
「あれ、ないかしら? んっと、臼ってわかるかしら?」
「はい。小麦を粉にするものですよね。使ってませんでしたがありますよ」
「やった。ルードちゃん、一緒に来てちょうだい」
「はい。何をしようとしてるんです?」
「説明するわ。美味しいものができるわよ」
▼
「うん。使ってないとはいえ、綺麗にしてるみたいね。これならいいかもしれないわ」
この国に来て暫くたち、力も昔と同じくらいに戻ったイエッタ。
彼女は新米ではなく、古い方の米を石臼に入れて細かくしていく。
「イエッタお母さん。米をこんなに細かくして、どうするんです?」
「あのね、これをお湯で練ってね、蒸すと美味しいものになるのよ」
「へぇ。えっと……」
ルードは久しぶりに記憶にある知識を辿る。
「……あ、この『団子』ってやつですか?」
「そうよ。お団子。あのね、あんこでもいいの。そういえば、ヘンルーダちゃん。緑豆あるかしら?」
「はい。確か倉庫に採ったばかりのものが」
「やったわ。これでずんだあんができるわっ」
「ずんだあん?」
「採ったばかりの大豆、緑豆をね。湯がいて柔らかく煮たものを、すりつぶしてお砂糖とあわせたものなのよ」
「なんだか、美味しそうですね」
「美味しいわよ。ほっぺが落ちるくらいにね」
もうイエッタはノリノリであった。
口調までルードの前でしか話さないはずの口調になってしまっている。
「イエッタお母さん、何でも作るから。その、口調が」
「あら嫌だ。おほほほほ……」
今更誤魔化しても遅かった。
かなりの量の米を挽いて、細かい粉にしてしまう。
イエッタが無理を言って、ルード家の倉庫にある大鍋とまんじゅうを作ったときのせいろをキャメリアに持ってきてもらった。
キャメリアも、イエッタが料理の指導をするのを興味津々で見ている。
もちろん、今現在ルード家の厨房を任されているエライダとシュミラナも見逃すまいとしっかり見ている。
そんな中、料理は慣れているルードが行うことになった。
「これはね、米粉といって。おだんごの素になるの。これをその器に入れて、お湯でこねていくの」
大きな器に米粉を沢山入れて、キャメリアにゆっくりとお湯を注いでもらいながら、ルードは木べらで根気よく練っていく。
フェリスを筆頭に『甘いものは別腹』さんが沢山いるので、作る量も半端ではない。
「んー。これ結構大変だね。んっと『風よ、攪拌せよ』」
ルードは器を両手で持ち、動かないようにしてから大気を操り、米粉を練り始める。
「ほんと、ルードちゃんって器用よねぇ」
「はい。ルード様の魔法の制御は私でも思いつかないほどです」
呆れたようなイエッタと、尊敬の眼差しのキャメリア。
いい感じに全体が練れてきたところで、イエッタは手を洗って綺麗にする。
「ルードちゃん。ひとつの方は緑豆を湯がいて、こっちはせいろを蒸すようにお願いね」
「はい」
ルードが準備をしている間に、イエッタは器用に小さくちぎった生地を手のひらでくるくると小さく丸めていく。
五段重ねのせいろに敷き詰められた団子。
「これで蒸せばいいだけよ。お酒あったかしら?」
「はい。ここに」
キャメリアがあっさりと取り出す。
「うん。これなら使えるわね。これを入れて、しょう油も。お砂糖も。ちょっと水で伸ばして、と。こんな感じかしら? これを手鍋にかけて、焦がさないように温めてくれるかしら?」
「はい。かしこまりました」
「イエッタお母さん。緑豆、柔らかくなったよ」
「うんうん。それをね、すり鉢で細かくして、砂糖であえてちょうだい」
「はい」
ルードはすり鉢とすりこぎで、ごりごりとやりながら途中でジョエルからもらった砂糖をふんだんに入れて、またごりごり。
「どれどれ。あむっ。うんうん、いい感じだわ。これで、ずんだあんができあがりね。キャメリアちゃん。あんこはあるかしら?」
「はい。ここに」
またあっさりと取り出す。
もう誰も驚いたりはしないのだ。
ただ、横で見ていたヘンルーダだけは常に驚きっぱなしだった。
「あとはね、きな粉というんだけれど。乾燥した大豆を乾煎りしてね、臼で細かく砕いたものに砂糖を混ぜても美味しいのよ」
「今度作ってみましょう」
「そうね。あとはお団子が蒸し上がるのを待つだけね」
時折、イエッタは細長い串で蒸し上がりを見ていた。
ルードは今のうちにと、大鍋にプリンを作っていた。
「片栗粉はないのよねぇ」
「片栗粉ですか?」
「えぇ。お芋を乾燥させて細かくしたようなものなの。作るのが難しいみたいだから、今度タバサちゃんに頼んでみようかしら。スープや煮物なんかを、とろみをつけるのに使うのよ。今はないから米粉を少しさっきのたれに入れて、と。少しだけとろみが出た感じだわ。これならいいかも」
味見をしてウィンクをするイエッタ。
「へぇ。イエッタお母さん、よく知ってますね」
「美味しいものを食べるなら、知識を総動員するわよ。うん。蒸し上がったみたいね。あとは、小豆のあんこを少しお湯でゆるくして、と。うんうん。これでいいわ」
蒸し上がった団子は白くてつやつやしていて、とてもいい香りがしたのだった。
ヘンルーダに大きめの皿を出してもらい、そこに蒸し上がった団子を適当に積んでいく。
器にすこしゆるくした三種類のあんを入れていく。
「さぁ。持っていきましょう。キャメリアちゃん、お茶。お願いできるかしら?」
「はい。かしこまりました」
イエッタは村の中央に出ていき、『ぱんぱん』と手を叩く。
「はい。みんな、美味しいものができましたよ。手を洗っていらっしゃい」
その声で皆が振り向いた。
ルードとクロケットは子供たちの手を洗うのを手伝う。
フェリスとシルヴィネたちも言われた通り手を洗っていた。
遅れてやってきたのだろう。
リーダの姿もあった。
「ルード、お疲れ様」
「母さん。あのね、イエッタお母さんから教えてもらって、美味しいのできてるよ」
「ほんとっ?」
「全部食べちゃ駄目だよ? あとでママとクレアーナにも持っていってあげてね」
「わかってるわよっ」
思わずリーダも『食っちゃ寝』の血が騒いだのだろう。
「みんな、いきわたりましたね? では、いただきましょう」
何故かイエッタがかじ取りをしている。
そんなことよりも、いい香りのする甘い食べ物が目の前にあるのだ。
皆、食べたくてうずうずしている。
『いただきます』




