第二十一話 猫人の村の引っ越し。
ここはレーズシモンの休耕地らしい。
ここを綺麗に整地して空港を作るそうなのだ。
ルードは久しぶりにクロケットとキャメリアの三人で来ていた。
「お姉ちゃん。よく見ててね」
「はいですにゃ」
ルードはクロケットの魔法の先生。
最近わかったことなのだが、クロケットは魔力の流れをなんとなく感じることができるらしい。
そのため、ルードはどういう風に魔力を展開しているのかを、魔法を使うたびに見せている。
その成果もあり、最近はクロケットも魔法が上達しているのだった。
ルードは地面にしゃがみ込み、手のひらをついて深呼吸する。
「皆さん、その杭から内側に入らないでくださいね。……いいですか? では、いきます。せーの、よいしょっと」
フェリスのときのように『どんっ』という衝撃波と共に一気に土地の地形が変わっていく。
畑だった土むき出しの地面が、固く転圧されたような地面に変化していた。
ルードは少しよろけて尻餅をついてしまう。
「おっと。……ふぅ。フェリスお母さんみたいにうまくいかないね。これ、こんなに魔力を消費するんだね……」
「お疲れ様でしたにゃ。見事にゃものでしたにゃ」
クロケットが、尻餅ついたルードを抱き起してくれた。
フェリスの魔力はきっと、ルードの数倍はあるのだろう。
今のルードの症状は、魔力が枯渇しかけている状態だった。
エランズリルドやシーウェールズよりは魔力の多いこのレーズシモン。
ウォルガードやメルドラードよりは早くはないが、徐々に回復はしてきている。
もう少し休めば歩けるくらいにはなるだろう。
「あ、ジョエルさん。こんな感じでいいですか?」
「お疲れ様。ルード君。全くとんでもないね。その年でこれだけの魔法が使えるんだ。まるで大魔導士みたいだね」
「大魔導士はわたしですにゃ」
「あははは。こんなに可愛らしい婚約者もいるんだ。もっとしっかりしないと駄目だね」
「はい。僕もそう思います。フェリスお母さんは僕の目標ですし、僕はこのお姉ちゃんの、魔法の先生ですからね」
ルードが整地した場所で、早くも空港の建造作業が開始されている。
シーウェールズよりは面積の狭いこの国だが、農地をいれたら倍以上になる。
いずれ空港が完成すれば、塩も海産物も定期的に入ってくることだろう。
明日からはタバサの工房から建築関連に強い術師が送られてくるそうだ。
そうすれば空港の建造も加速するだろう。
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レーズシモンの空港着工を見届けて、今日は帰ることになった。
空港の施工をしているのは実は引き続きウォルガードから工房のスタッフが来てくれている。
そのため明日もここに来る予定だ。
スタッフの宿はジョエルが用意してくれているが、ルードたちはせっかくなので猫人の村に行くことにした。
「そうかい。クロケットさんのお母さんがあそこにねぇ」
「はい。結構近いんですよ」
「知ってるよ。ヘンルーダさんと言ったかな。あの人の織る布はまた、かなりの品質だと聞いている。いつか取引したいとは思ってたんだよね」
「お二人とも僕の家族ですから、言っておきます」
「ありがとう、助かるね。気を付けて行くんだよ」
「はい。また明日来ますので」
「お疲れ様でしたにゃ」
「クロケットさんも」
「はいですにゃ」
キャメリアはルードとクロケットの後ろでお辞儀をしている。
二人を主人を認めている以上、前に出て挨拶はしないのだろう。
とにかく、いい意味で堅物なのである。
ルードたちは猫人の村に移動して、久しぶりにゆっくりするつもりだ。
キャメリアの背ならば、あっという間の距離。
以前アミライルが来ていたことで、飛龍の姿も見慣れているのだろう。
軽く旋回すると、小さな子供たちが手を上げて歓迎してくれる。
そんな中、お気に入りの着物を着たフェリスがちゃっかり子供に混ざって手を振っているではないか。
「フェリスお母さん。どうしたの?」
「ルードちゃん、お疲れ様。どう? あの呪文」
「はい。物凄く魔力を消費するんですね。驚きました」
「やっぱりね。まだまだ改良の余地あり……、ね。ところで何だったかしら?」
「……フェリスお母さん、なんでいるの?」
「あぁ、そのことね。墓地移転の下見に来てるのよ。ね、シルヴィネちゃん」
「えぇ。先ほど調べたのですが、大丈夫そうでしたよ」
「そう。ならさっさと……、あ。シルヴィネちゃんだけじゃ駄目かな?」
「無理ですね……。ルード様のところにいるヒュージさんたち三人いれば、なんとかなるとは思いますが」
「なるほどね、ルードちゃん」
「はい」
「貸して?」
「あはは。いいですよ。ちょっと待っててください。呼んできますから。お姉ちゃん、ヘンルーダお母さんのところで待っててくれる?」
「わかりま、……ヘンルーダお母さんっ?」
「でしょ? いずれ僕のお母さんになるんだから。まずかった?」
「うにゃ。ま、間違っていませんにゃ。いってらっしゃいませですにゃ」
といいつつ、二本の尻尾はぶわっと広がり、頬を真っ赤に染めてしまう。
きっと忘れていた感情が戻ってしまったのかもしれない。
「うん。キャメリア。全力でお願い」
「かしこまりました」
瞬時に飛龍の姿になったキャメリアの背に飛び乗るルード。
キャメリアは、ゆっくりと周に影響を与えないように上昇していく。
もう大丈夫だろうという高度になった瞬間。
『ドンッ』という衝撃波に似た音を残して飛び去ってしまった。
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ルードはリューザ、エライダとシュミラナの三人を連れて戻ってくる。
何やらフェリスとシルヴィネは何やら怪しげな魔石が先端についた金属でできた杭を村の周りに、等間隔に差し込んでいく。
「あ、駄目ですにゃ。その杭からそっちは出たら駄目ですにゃよー」
見るとクロケットが小さな子供たちに注意を促している。
「お姉ちゃん。これ、何をしてるの?」
「あ、おかえりにゃさい。ルードちゃん」
「何だろう? あの杭」
「引っ越しの準備だそうですにゃ」
「引っ越し?」
「はいですにゃ。よくはわからにゃいのですが、安全にまとめて引っ越しするからとのこのですにゃ」
フェリスとシルヴィネは最後の確認か、何やら相談を始めている。
「シルヴィネちゃん。あっちの墓地は私たちの倍くらいの深さでいいわよね?」
「はい。ヘンルーダ様にも確認はとりました。このあたりは建物の基礎があるので、同じくらいの深さは必要ですね」
「なら、全部まとめて三倍くらいでいいんじゃないの?」
「はい。それなら大丈夫かと」
「じゃ、さっさとやっちゃいましょ」
「はい」
フェリスとシルヴィネはその場にしゃがみ込む。
「「せーの、よいしょ」」
『どんっ』という魔力の波動のようなものが一気に広がっていく。
それはルードは感じ取ることができ、クロケットにはなんとなく見えていたのだ。
「ルードちゃん。これ、凄いですにゃね……」
「うん。僕が今日使った魔法に似てるけど、別物だよ」
フェリスはその場に立ち上がる。
「あ、ルードちゃん。準備できたわ。シルヴィネちゃん。例のものをヒュージさんたち三人に渡してくれる?」
「はい。フェリスちゃん」
ルードがシルヴィネから受け取ったもの。
それは背中に被るタイプの、ハーネスのようなものだった。
「これをね、龍になったらつけてほしいのよ。あとはね、それから説明するわ」
「はい。フェリスお母さん」
ルードはリューザたちに説明をする。
三人はそのまま飛龍の姿になり、受け取ったハーネスを装着する。
「フェリスお母さん。いいですよ」
「はいはい。そうしたらね、リューザさんだったっけ?」
「はい」
「あなたはね、そこの太い綱をそれにつけて。エライダさんとシュミラナさんはあのあたりにあるのをお願いね。つけたら綱がぴんと張るまで上昇してくれる?」
「はい」
「わかりました」
「かしこまりましたー」
「シルヴィネちゃん。お願いね」
シルヴィネが飛龍の姿に変わる。
フェリスはととんと軽い足取りで彼女の背中に乗ると、シルヴィネは上昇していく。
『三人とも、そのままゆっくり上昇してくれる? 私の高さに合わせてね』
きっとは魔法を使ったのだろう。
フェリスの声が村全体に響き渡った。
そのときだった。
一瞬だったが、足元が浮くような浮遊感に襲われる。
ルードはフェリスが何をしようとしていたかはある程度予想できていた。
一人当たり馬車十数台分の荷物を余裕で運べるヒュージ種の三人。
墓地の話を聞いていたから、それだけを何とかして移動するものと考えていたのだが、フェリスのやろうとしてたことはルードの予想を遥かに超えていた。
ゆっくりと上昇していく猫人の村の地面。
それは徐々に目の前の森にあった木々を、軽々と超える高さになっていく。
「ルードちゃん」
「お姉ちゃん」
「私たち、お空飛んでませんですかにゃ?」
「うん。ありえない。普通なら無理でしょう……」
ルードとクロケットは予想もしていなかった状況に、ただ驚くしかできなかった。
そんな二人を後ろから抱きしめる人がいた。
「ルード君。クロケット」
「あ、お母さん」
「ヘンルーダお母さん」
「驚くのも無理はないわ。私だってね、フェリスさんから聞いたときには、何の冗談かと思ってしまったくらいなのよ。……それにしても、とんでもないことを考えていたのね」
「なんていうかもう。すみませんでした」
「あら。ルード君が謝ることじゃないわ。私が許可をしたの。村の引っ越しはね。元村長最後の我儘だったわ。ごめんなさいね」
リューザたち三人で、この村の全員を乗せられるくらいはできるだろう。
それにしたって、村ごと。
それも家ごと土地ごと移動するとは思っていなかった。
遥か下にはエランズリルドの城下町が見える。
『はいはい。こっちよ。ウォルガードにゆっくり向かってね。風の影響があまりないくらいの速度でおねがいねー』
フェリスが指示した通り、目的地はウォルガードだ。
「お姉ちゃん。ヘンルーダお母さんと一緒に、子供たちが端によらないように、お願い。僕はちょっとフェリスお母さんと話してくるね」
「はいですにゃ」
「嬉しいわね。普通にお母さんって呼んでくれるのね」
「はい。いずれ僕のお母さんになるんですから。キャメリア、お願い」
「かしこまりました」
ルードはキャメリアの背に乗り、フェリスの元へ。
「ルードちゃん。驚いたでしょ?」
「はい。それはもう」
「やった。シルヴィネちゃん。やったわよ」
「はい。フェリスちゃん」
フェリスはシルヴィネの背の上で、胸を張って喜んでいる。
シルヴィネの瞳も何やら嬉しそうに見えた。
「あのね。空港を整地した呪文はね、このためのテストだったの」
「そうだったんですね。それにしても、リューザさんたちだけで、どうやってあんなに重たいものを?」
「それはね。あの杭にね、重量軽減の魔石がついてるのよ。私とシルヴィネちゃんが研究してて、偶然できちゃったのよね」
簡単には言うが、それはとんでもないこと。
ルードが行っている輸送業にも使えるかもしれない代物なのだから。
「フェリスお母さん。その魔石、僕の仕事にも使えそう」
「あら。ならもう少し改良したほうがいいわね。これ、魔力込めるの大変だったのよ。半日くらいしかもたないし」
「いつまでも待ちますよ。重たいものを輸送するのに役に立ちそうだから」
「そう。なら頑張って改良しちゃうわね。ね、シルヴィネちゃん」
「はい。頑張りましょう」
ゆっくりとはいえ、エランズリルドがもう小さくなっていた。
「フェリスお母さん」
「何?」
「魔力酔い、大丈夫かな?」
「それは大丈夫よ。シルヴィネちゃんとね。予め魔力の弱い道順を調べておいたのよ。私を誰だと思ってるの?」
「僕の大好きな、フェリスお母さんです」
「うふふふ。これで来年から、もっと美味しいごはんが食べられるわ。私の野望も、いえ。ルードちゃんの為だから」
フェリスが、何気に自分の欲望で動いているのは見え見えだった。
それでもクロケットの家族と一緒に、ウォルガードで暮らせるようになるのはルードも嬉しいのだ。
早くもウォルガードの手前の魔獣のいる森が見えてくる。
この森を抜けるともうウォルガードだ。
「じゃ、僕。お姉ちゃんのところに戻りますね」
「えぇ。全部終わったらプリン、沢山お願いね」
「私も楽しみです」
「はい。沢山作りますよ。ここの子供たちの分もあるし」
「やったわ。シルヴィネちゃん、プリン食べ放題よ」
「はい。嬉しいですね」
「どれだけ食べるつもりなんだか……。キャメリア、下までお願い」
「かしこまりました」
ゆっくりとフェリスたちの元を離れていく。
そのときキャメリアが。
「ルード様」
「ん?」
「お母様は、メルドラードでは変わり者と言われていました。ですが、あんなに生き生きとした姿を見るのは、私も初めてなのです」
「そっか」
「はい。ルード様と巡り合えて、私は幸せです。ありがとうございます。いつまでも、お傍に置いていただければ幸いです」
「うん。これからもよろしくね、キャメリア」
目下に広がる広大なウォルガード。
またルードの将来背負う国に、新しい仲間が加わるのだ。
いくらキャメリアたちのおかげで遠い地域が近くなったからといって、離れて暮らすクロケットとヘンルーダをいつかどうかしてあげたかった。
猫人の村を背負うことを決めてから、ずっと考えていたのだから。
それを『米のため』という建前で、あっさりとやり遂げでしまったフェリスとシルヴィネ。
二人に感謝しつつ、これからまた忙しくなると、ルードは気合を入れ直した。




