第二十話 空の港の開港式典
エランズリルド空港。
そろそろ完成しようとしている大きな施設。
そこで忙しそうに指示をしているエランズリルド王国、現公爵フレットの姿があった。
「あ、ルード様。お疲れ様です。酷いんですよ、エヴァンス様が……」
フレットは会うたびルードに愚痴を漏らす。
公爵というより商会の番頭頭のような働きっぷりだ。
現代風に言えば、工事現場の現場監督だろう。
庶民的な公爵として国民からの支持も高く、その期待に全力で応えようとする。
今回のエランズリルド空港は間違いなく国益になる。
エヴァンスがそう思ったこともあり、陣頭指揮を取るように指示をしたのだろう。
「あの伯父さんですから。諦めてください」
「わかっていても、酷いですよね……」
「あはは。でも、かなり完成してきてますね」
「はい。いや、凄かったです。フェリス様の魔法」
「ですね。僕もまだまだだなって思っちゃいます」
「いえ。ルード様も凄いと思ってますよ。誰もが諦めていた瀕死のエヴァンス様を助けることができたのですから」
「僕は僕ができることを全力でやっただけです。たまに叔父さんのように、やりすぎてしまうみたいですけどね。空港に関しては、『ローズ商工会』が全て運営してくれるので助かってます」
「確かエリス様のお父様ですよね?」
「はい」
「お噂は聞いています。あの苦しい中、この国で商人たちの軸として踏みとどまってくれていました。私も何もできなくて歯がゆい思いを……」
「そうだったんですか……」
丁寧に挨拶をしてフレットの元を離れる。
こちらも落成式もシーウェルズ空港の翌日には行われる予定だ。
急ピッチで最終確認があちこちで行われている。
こちらの商工会スタッフは、アルフェルが直接指導したルードが助けた獣人たちなのだ。
もちろん、人間のスタッフもいる。
皆、力を合わせて落成の日まで頑張ってくれているようだ。
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日は変わって、ルードは今、シーウェルズ空港の落成式の式典に参加している。
シーウェールズ王家からは、王太子のアルスレット・シーウェールズが国王の名代として参加してくれているのだ。
ルードとしっかりと握手を交わし、祝ってくれる皆の前に立つ。
「シーウェールズ王国、王太子。アルスレット・シーウェールズです。この度は、シーウェルズ空港の落成に立ち会えて嬉しく思います。これから、空の道がここから開けることとなるでしょう。馬車で何日もかけて移動していた。途中で盗賊に怯えながらも懸命に物資を輸送してくれた商人たち。ご苦労様などと、軽い声をかけるわけにいかないことも知っています。ですが、これで安全な輸送もできるかと思います。この度、シーウェールズのために、今まで尽力していただいた、友好国であるウォルガード王国。そして、その王太子。フェムルード・ウォルガード王太子殿下。あなたに感謝をしてもしきれないくらいの幸せを分けていただきました。これからも良き友、良き隣人であることを私たち、シーウェールズは望みます」
アルスレットはルードの背中をとんと押す。
兄のような優しい眼差しで『君の番だよ』という表情をする。
「ご紹介に預かりました。ウォルガード王国王太子。フェムルード・ウォルガードです。この度はシーウェルズ空港の落成式においでいただきまして、ありがとうございます。僕は、失敗をしました。良かれと思ってしたことが裏目にでてしまいました。ですが、二度同じ失敗をしなければいいのです。人は万能ではありません。できることをするしかないのです。明日はエランズリルド空港が落成となります。明日の夕方から最初の便が一便ずつ発着をするでしょう。これは新しい交易の始まりです。輸送だけでなく、いずれ安全で快適な空の旅も楽しめるようになると思っています。ご用の際は『ウォルメルド空路カンパニー』と『ローズ商工会』をよろしくお願いいたします。簡単ではございますが、落成の挨拶とさせていただきます」
拍手が起きる。
舞台袖で見守る家族たち。
その中にはクレアーナの叔母、レナード商会会長。
ジョエル・レナードの姿もあった。
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落成式が終わり、アルフェルの屋敷でお疲れ様の簡単な宴が開かれていた。
キャメリアとクレアーナが指示をし、エライダとシュミラナが忙しそうに料理を作り続けている。
やることがないイリスはけだまを膝にのせて、嬉しそうにけだまに料理を食べさせていた。
ルードの前にはジョエルが座っている。
その表情はクレアーナのように柔らかい。
「見せてもらったよ。あたいの完敗だ。見事だったよ」
「ありがとうございます。では?」
「あぁ。砂糖の値だね。今朝から戻させてもらってるよ。でもさ、輸送の手間賃なんだけど。あんな安い値段設定で大丈夫なのかい?」
「はい。ここだけの話ですが、実際にかかるのは人件費だけなんです。建物の資材はシーウェールズとエランズリルドの予算で出してもらいましたし。運営はアルフェルお父さんがやってくれるそうです。調理師のエライダさんとシュミラナさん。庭師のリューザさんが飛んでくれるだけですから。彼らの話では『食事前の軽い運動程度』だと言ってくれています。ですので、僕は何もすることがないんですよね。輸送にかかる価格も、ママとアルフェルお父さんが話し合って、最低限の利益が出るように設定してくれたんです」
「なんともまぁ、豪快な家族だこと。あたいも戻ったらさっさと空港を作らなきゃならないね。レーズシモンだけ遅れをとるわけにはいかないさ。これは商売の最大の好機なんだよ」
ジョエルはすっかり商人の顔に戻っている。
「ジョエルさん。整地の段階になったら連絡をください。フェリスお母さんから方法を習いましたので、僕がやりますので」
「そうかい。それは助かるよ。しかし、いいのかねぇ。大国の王太子にそんなことをさせちまって」
「いいんですよ。ジョエルさんも僕の家族なんですから」
「そうかい。長生き、してみるもんだね。クレアーナに、会わせてくれただけじゃなく。あたいのことまで……」
「叔母様……」
クレアーナはジョエルの手を握る。
ジョエルの向かいに座るアルフェルが、一度頭を下げる。
「ジョエルさん。俺たちの子。ルードが起したこの度の騒動。申し訳なかったと思ってる」
「いえ、いい子ですよ。ルード君は。あたいたち商人が逆立ちしても考え着かない空の道を作ってしまったんだからね」
「そうですね。ルードの発想は俺も舌を巻くらいです。ですが、知識はそうはいかない。だからこそ俺たちがもう少し頑張って、後進の者を育てなきゃいかんでしょう。こんなところで立ち止まってる暇なんてないですから」
「そうだね。アルフェル殿。でも、こっちの空港は、あたいが運営するよ。まだあんたには負けられないからね」
「いいでしょう。指導は任せてください」
「あぁ、頼んだよ」
アルフェルとジョエルはしっかりと握手を交わす。
商人として、先人として、まだまだ立ち止まるわけにはいかないのだろう。
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翌日はエランズリルド空港の落成式だ。
そこで、しっかりとエヴァンスはやらかしてくれた。
「皆も知っての通り。私の横に立つ少年は、私の甥でもあり、ウォルガード王国王太子。フェムルード・ウォルガード君だ。彼はこの国を救ってくれた。知らないとは言わせないぞ。あのふかふかのパンを作ってくれたんだ」
歓声が沸き上がる。
「私も毎日食べている。あれはとても美味しい。さて、その名の通り、彼はフェンリルだ。この世でも最強の種族でありながら、心の優しい少年でもある。強さとは、優しさが伴わないと駄目だ。本当は私が退いて、彼にこの国を任せたかったのだが、彼は大国の王太子。仕方ないから、いずれ私に子ができたら、彼の力になれるよう育てるつもりだ。この国はウォルガードの後ろ盾があるわけではない。縁があるだけだ。その縁が切れないように。笑われたりしないように。この国を大切に育てていきたいと思っている。本日、これにより。エランズリルド空港の開港を宣言する。安全な空の輸送。空の旅が未来に開けていくことを、私は望んでいる」
エヴァンスの演説が終わり、開港の宣言もされた。
それと同時に、ルードが手を上げると、沢山の荷を積んだ大型の飛龍。
ヒュージドラグナのリューザが大空高く、その巨体を音もなく上昇させていく。
ヒュージドラグリーナのエライダとシュミラナも後に続いて上昇していった。
伝説の飛龍が目の前にいるだけでなく、隣人として存在し始める。
そんな三人の姿は、きっと人々の記憶に残るだろう。
こうしてやっと、ルードの夢が改めて叶った瞬間を迎えるのだった。
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再会の挨拶をエヴァンス、リネッタと交わし、ルードはキャメリアと大空を飛ぶ三人を追いかける。
「あ、キャメリア。抜いてるって、追い抜いちゃったってば」
「も、申し訳ございません」
全力で飛ばなくとも、フレアドラグリーナの彼女はヒュージドラグナ、ヒュージドラグリーナの速度を軽く上回ってしまう。
ルードは皆の横につけてもらうと。
「大丈夫?」
「はい。問題ありません。ご心配ありがとうございます」
「大丈夫ですよ」
「はーい」
軽く馬車数十台分の荷物を三人で積んでいるのだ。
今までの交易ではありえない日程。
日程というより数舜と言ってもいいだろう。
軽く挨拶を交わす程度の時間で、目下にはシーウェールズが見えてくる。
毎朝、けだまの両親エミリアーナとダリルドランが朝食を食べにくる。
『食事前の軽い運動』とは言い得て妙なのだ。
シーウェルズ空港に降りる三人を見守ってルードたちも降りていく。
三人は人の姿に戻ると、『お疲れ様です』と声をかけてくれる、ローズ商工会の職員たちに荷物を渡す。
ひとつひとつ丁寧に、種別ごとに色付けされている木枠に入った荷物を選別して格納していく。
冷蔵の必要なもの、温度に関係のないものなど。
空を飛んでいる時間よりも、荷物の仕分けの方が時間がかかっているようだ。
それも時間の問題だろう。
職員がそれに慣れれば、もっと効率よく仕事は終わるはず。
夜が明けると、商人たちが荷を引き受けにやってくるだろう。
荷受けに来た商人たちは、ここから各々の馬車で荷を届けることだろう。
今日中に、明日の便のための荷物も預かっているとのことだった。
暫くはそれほど荷物も多くないから、午前中と午後に一便ずつとなるだろう。
基本的にリューザが飛び、荷物が多いときはエライダとシュミラナが出ることになる。
近いうちにジョエルから連絡が来るだろう。
そのときには、ルードが空港予定地の整地をする約束になっている。
レーズシモンが終われば、次はフォルクスに空港を作る予定だ。
ルードはイエッタからもフォルクスへの空港誘致を頼まれていた。
その際、専任の付き人がいれば色々便利だからという話なのだが。
実はイエッタは何も言わないが、フェリスの話ではシルヴィネとの関係が羨ましかったんだそうだ。
そのため、近いうちにイエッタ専任のドラグリーナを選ぶことになっていた。
調理師として数人ドラグリーナを呼ぶことを、飛龍の国メルドラードの女王、エミリアーナに了解は取れている。
その際、イエッタと気の合う女性を選ぶ予定になっているのだ。
空港の業務が多く、飛ぶことの少なくなったアミライルがいいのでは。
という話も出たのだが、彼女はアルフェルとローズを実の両親のように慕っている。
流石に悪いだろうということになり、新しく選ぶことになったのだ。
メルドラードへは、定期的にリューザが物資を運んでいる。
ここで忘れられているような気がする、小柄な黒髪のラリーズニア。
彼女は空を飛ぶどころか、完全にタバサへ弟子入りをし、錬金術師の道を歩むことになってしまっていた。
たまにタバサに会いに行くと、彼女が傍らでぺこんとお辞儀をする姿を見かける。
頭に綺麗な角がなければ、研究員と見間違ってしまうその姿。
それはそれで、彼女は幸せに暮らしている。
タバサも『とても好奇心旺盛で、頭のいい子よ』と言っていた。
最近フェリスと行動を共にしているフレアドラグリーナのシルヴィネ。
彼女はルードの侍女であるキャメリアの母で、実はメルドラードきっての魔法の研究者。
空港の整地を行った魔法も彼女の研究らしく、フェリスが呪文を考えようとしたとき『これは無詠唱の方がかっこいいかもしれませんよ』と言ったことからフェリスもそれに同意したらしい。
お互いを認め合い、古くからの友人のように一緒に魔法の研究に没頭する毎日なんだそうだ。
シルヴィネは魔力がそれほど多くなく、キャメリアほど無理はできないらしい。
そのため常に魔力の多いところを飛ぶようになったことから、今回『魔力の少ない場所』を見つけるのも容易かったそうなのだ。
シルヴィネもフェリスと同様、ルードのプリンのファンらしい。
魔法をあまり必要としないメルドラードでは、変わり者と呼ばれた彼女も、フェリスと一緒にいることで前よりも精力的に開発に打ち込めるようになったそうだ。
ジョエルから『明日整地をお願いしたい』と連絡が入った。
ルードは快く返事をする。
「ルードちゃん、わたしも行ってみたいですにゃ」
「うん。帰りにヘンルーダさんのとこに寄るからそれがいいかも」
「よかったですにゃ。これでお砂糖を沢山買ってこれますにゃ」
「何しに行くんだか……」




