第十九話 土地利用の交渉開始。
「うちの馬鹿娘が世話になっています」
「あの子、ご迷惑おかけしていませんか」
「馬鹿姉がすまない」
低姿勢から始まるシーウェールズ王家の皆さん。
「いえ。こうしてお話をさせていただけるのも、レアリエールさんのおかげでもあるんです」
「……真面目に勉強していれば、こんな苦労することはないと思うんですけどね」
王太子であり、ルードの家庭教師もしていたアルスレットは、姉の手紙を見ながら苦笑していた。
「その件は大丈夫だと思います。僕は学園に行っていないので、どれくらい難しいのかはわからないですけど。タバサさんとも姉妹のように仲がいいですから。あの人に任せておけば何とかなるかと」
「そうですか。あの出不精の姉にも、友人ができたとか書いてありますし。それなりに充実してるみたいで私も安心してます」
「あはは……。それでですね。今回お願いにあがった件なのですが」
漢の五体投地から戻っていた国王のフリッツ。
王妃であり妻のクレアーラと何やら相談してから。
「えぇ。空の港でしたか」
「はい。飛龍の国メルドラード王国から、人材を借り受けまして、僕は『ウォルメルド空路カンパニー』という空路の輸送商会を設立したんです。ですが──」
今回の一件をかいつまんで説明を始める。
その解決策として、ルードと縁の深いシーウェールズに拠点のひとつを置きたいということ。
シーウェールズの海の幸を新鮮なうちに輸送するなど。
思いつく限りを提案していった。
「──そうですね。私どもとしても、ルード様へのご助力は惜しまないつもりです。ですが、土地を提供するだけでよろしいのですか?」
「はい。全ては僕の考えなしから招いたことですから」
「わかりました。では、前にルード様が住んでいらした場所の近く。浜辺にほど近いあたりであれば、好きに使っていただいて構いません」
「はい。ありがとうございます。いずれウォルガードとエランズリルドの間にも定期便が発着できるようになると思います。では僕と入れ違いに、ウォルガードから技師が来るかと思います。早速着工に入りますのでよろしくお願いします」
「いえ。こちらこそ」
「あなた。私も空の旅。してみたいですわ」
「そうだね。私の母国への空路もできるといいだろうね」
「母国ですか?」
「えぇ。私たちは独立したようなものなのです。ここから海を抜けて遥か西方。海洋国家シーアトラスという国がありまして、私はそこの第三王子でした。小さな島しかありませんが、その海底には私たちの母国があるのです」
「海の底に国があるんですか……。いずれ行ってみたいですね」
「ですが、今まで船舶ではたどり着くことが難しい場所だったのです。途中には海流のきつすぎる場所もあって。私とクレアーラは泳いでこの地まで来たのです。そのせいもありまして、他の種族の方々とは交流が全くありませんでした」
「それならば余計に空路ですね」
「えぇ。そうですね。では、この程度しかご助力できなくて申し訳ありません」
「いえ、十分です。どうぞよろしくお願いします」
こうしてシーウェルズとの会談も終わり、一度打ち合わせをするためウォルガードへ戻ることになる。
数日後、シーウェルズ空港の着工が始まった。
「みんなどいててねー。いっくわよーっ!」
『どんっ』という魔力の勢いと共に、未整地だった土地が綺麗に整地されていった。
一気に魔法で整地したおかげで、寸分の狂いもなく平らな基礎工事があっという間に終わってしまう。
そう。
この基礎工事を行った人は、ルードの曾祖母であり、世界最強の魔法使いでもあるフェリスだったのだ。
「フェリスお母さん。ありがとうございました」
「いいのよ。これくらい私にとって、朝ごはん前なんだからねっ。あ、そうそう」
「何ですか?」
「この後ルードちゃん、エランズリルドに行くんでしょう?」
「はい。同じように空港を作るために許可をもらいに行きますけど」
「それなら、先にね。ヘンルーダちゃんのところに寄って欲しいんだけれど」
「いいですよ。でも、何か予定があるんですか?」
「それは行ってのお・た・の・し・みっ」
▼
フェリスはシルヴィネの背に乗り。
ルードとリーダはキャメリアにお願いして、五人で猫人の村へやってきた。
「凄いわね。キャメリアちゃんにも負けない速度。面白かったわ」
「えぇ。まだまだ娘には勝てはしませんが、負けるつもりもありません」
キャメリアは苦笑している。
それでも現在の最速はキャメリアらしいのだ。
シルヴィネはキャメリアの後ろをぴったりとついて、空力を考慮に入れた省エネな飛び方で余裕をもってついてきただけだったのだ。
ルードの元へは猫人の小さな男の子、女の子が群がってくる。
もちろん、クロメの姿もあった。
「ルードお兄ちゃん。あ、そんちょーさんだっけ?」
「あははは。久しぶりだね、クロメちゃん」
「うんーっ、あれ? クロケットお姉ちゃんは?」
「今日はね、僕は仕事があってきたんだ。お姉ちゃんは家で留守番してるんだよ。また今度ね」
「そっかー。うん。まただね。おかーさんの手伝いしてくるー」
「うん。いってらっしゃい」
「またねーっ」
手を振ってルードから離れていく。
ルードたちはヘンルーダのいる屋敷へ入っていった。
「あら? ルード君。どうしたの?」
「今日はね私の用事なのよ、ヘンルーダちゃん」
「あらあら。フェリスちゃんじゃないの。どうしたの?」
「あのね、ヘンルーダちゃん」
「どうしたの? そんなに真剣な表情をして」
「引っ越ししない?」
「えぇっ?」
唐突なフェリスの提案にヘンルーダは固まってしまう。
ルードとリーダも、キャメリアだって。
固まっていなかったのは、話を最初から知っていただろう、シルヴィネだけだった。
硬直の解けたヘンルーダ。
にこにこ笑顔のフェリスが説明を始めた。
「あのね。ヘンルーダちゃん」
「え、えぇ」
「唐突だったのはごめんなさい。でもね、この村はルードちゃんに統治させるんでしょう?」
「その予定ですけれども」
「遠いのよね。飛び地としては」
「それは確かにそうですね」
「それとね、ここの猫人さんたちは、ルードちゃんの民になるんでしょう?」
「えぇ。解放された他の方たちも、ルード君についていくと言ってくれています」
「それなら問題はないわね。あのね、ここのお米。ウォルガードで作ってほしいのよ。ここの湿地は調べたのよ。それでね、同じ条件で魔力が弱い地域も準備したのよ」
「……はい?」
「だーかーら。ウォルガードでお米を作ってほしいの。駄目?」
「いえ、駄目ではないですけれど」
「そのうちお米は有名になるわ。そうするとね、絶対狙ってくる輩がでてくると思うの」
「ですが、ここには私の夫も眠っていますので……」
「あー、それは私にもわかるわ。ならばこうしない?」
「はい?」
「私が魔法で全部、ウォルガードに連れて行っちゃう。墓地に眠る人たちをね」
「そ、そんなことが可能なのですか?」
「私を誰だと思ってるの? 最強魔法使いのフェリスちゃんなのよ? シルヴィネちゃん、あのね。あーして、こうして……。どう?」
「はい。理論的には可能かと思います」
「うん。それなら大丈夫ね。ヘンルーダちゃん」
「はい」
「次の刈り入れはいつ?」
「来週ですけれども」
「なら、それが終わったら。まとめてやっちゃうわ。ルードちゃん、種籾の調整、タバサちゃんにお願いしてくれる? 確か植物に詳しい子もいるはずだから」
「いいんですか?」
「あら。お米を守るためよ。あんなに美味しいもの、他の国に取られたくないのよね」
実に我儘なフェリス。
それでいて、ルードの統治の心配もしてくれているのだ。
いくら空路で近くなったからといって、いずれルードがみなければならない。
そうなると、飛び地の統治が難しいことはフェリスが一番よく知っているのだろう。
だが一番は、常時ほかほかのごはんが食べられないという今の状況を打破したいだけなのだろうが。
こうしてヘンルーダの約束を取り付けたフェリスは『これから忙しくなるわね』と、さっさとシルヴィネと飛んで帰ってしまった。
「良かったんですか? ヘンルーダお母さん」
「えぇ。どこに行ってもお米は作れるんですよ。外から怯える必要のない生活を皆にさせられるのであれば、私もそれが一番だと思っていましたからね。それに、ここはルード君の村。ルード君がそうするというのなら、私たちはついて行くだけなんですよ?」
「ごめんなさい。フェリスお母さんが」
「ごめんなさいね。フェリスお母さまが……」
ルードとリーダは流石は親子という感じだった。
「いいえ。リーダに救われて、ルード君に救われたこの村。皆もよろこんで移住すると思いますよ」
こうして猫人の村の移住計画も始まってしまったのだった。
猫人の村を出て、キャメリアの背中で移動する。
あっさりエランズリルドに入った三人は、そのままエヴァンスのいる王城へ。
王城の上で軽く旋回すると、テラスで驚いていたエヴァンスとリネッタの姿が見えてくる。
リネッタの膝の上に頭を乗せて固まっているエヴァンス。
エヴァンスの頭を両手でがしっと掴んだまま固まっているリネッタ。
相変わらずの仲の良さで安心する。
「エヴァンス伯父さん驚かせてすみません」
「いやいや。ぼくもドラグリーナさんは初めて見るから……」
「僕の家で侍女をまとめてくれてるフレアドラグリーナの」
「キャメリアと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「それでですね。早速お願いがあって来たんですけど──」
簡潔に自分の起してしまった失態を説明する。
それでいて力強く空の重要性をエヴァンスに説くルード。
「……なるほどね。ぼくは問題ないと思う。元々この国はルード君にあげるつもりだったんだから。好きにやってくれて構わないよ」
「そんな……。いらないっていったじゃないですか」
「そうだっけ? 僕たちの間に生まれた子は、ルード君を助けてくれることを望んでいるんだから」
「エヴァンス。まだできてもいない子に……」
「あはは。それにね、この国が立ち直れたのは、ルード君のおかげであり、リーダさん、エリスさんの力でもあるんだから」
リーダも笑顔でルードとエヴァンスを見ている。
「でも、仲良くされていて安心しました」
「そうね。エリスも心配していましたよ」
「ありがとうございます。それに僕の妻はリネッタ以外にありえませんからね」
「エヴァンス。あなた……」
「ルード君。クロケットさんとは仲良くしてるかい?」
「はい。あ、でも。心配かけちゃってますね……」
「いいんだよ。ルード君くらいの歳なら、まだまだ家族に甘えてもいいんだ。ぼくにとってもルード君は甥なんだ。協力は惜しまないよ。フレットにも言っておくから、彼を好きなように使ってもいいよ」
「公爵閣下を好きなようにって……。でも、ありがとうございます。近いうちに皆さんで遊びに来てくださいね」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
エランズリルド国王のエヴァンスとの約束も取り付けて、シーウェルズが終わり次第、着工となるのだろう。
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「うぁ。疲れた……」
「お疲れ様ですにゃ。ルードちゃんは頑張りすぎにゃのでにゃ……」
「ジョエルさんとの約束だからね。早く実現させないと駄目だからさ」
エヴァンスがリネッタにされていたように、ルードはリーダの膝の上に頭を乗せている。
リーダの横に座り、クロケットはルードの頭を撫でていた。
この一件が片付くまでルードの傍にはリーダにいてもらうよう、皆で話し合っていたのだ。
こうして抜け駆けではないが、順番にルードの傍に来てはちょっとだけ世話を焼く。
「お兄ちゃん。いいこいいこ」
「ありがとう、けだまもいい子にしてたみたいだね」
「うんっ」
「ルードはね。男の子をかけてるの一生懸命なの。王太子らしくもありたいのかもしれないわね」
「そうですにゃね……」
「お兄ちゃん、嬉しそうな顔してる」
いつの間にか眠ってしまっていたルード。
明日も目一杯動くのだろう。
いつも何かに一生懸命で、自分のことよりも家族のこと、人々のことを優先に考えている。
帝王学を学んでいるわけではない。
ただ、その考え方だけでも十分王太子としての資格はあるのだろう。
失敗をしつつ成長していく。
人を惹きつける、助けようと思ってしまう力。
背中を押されて、自分の力以上のことをしようとするルード。
だからリーダは、折れないように後ろから支えるのが彼女の生き甲斐なのだ。
たまには甘えて欲しいとは口が裂けても言えないのだろうけれど。
▼
シーウェルズ空港の落成式が数日後に迫っていた。
既にエランズリルドの工事も佳境に入っている。
ルードとリーダは倉庫を見学に来ている。
ちょっとしたお役所のような受付。
新たに立ち上げられた『ローズ商工会』。
アルフェルがエリス商会を畳み、ローズと二人で商人たちのためになるようにと設立したのだった。
アルフェルの部下のマイルスたちが陣頭指揮をとり、シーウェールズで新たに雇用した人たちを使って倉庫の管理、商品の引き渡しなどを行う。
鮮度管理が必要な生ものの商品まで請け負うことができるよう、巨大な氷室まで用意されていた。
ルードとリーダの姿を見かけると、マイルスが笑顔で手を振る。
話しかけることなく、忙しそうに仕事へ戻っていく。
エランズリルド~シーウェルズ間では、既に一日数回の輸送が可能な状態へ持っていっている。
「アルフェルお父さん。どうですか?」
「あぁ、忙しくて楽しいよ。なぁローズ」
「えぇ。あのときはどうなるかと思ったのですけど。今は、他の商人さんも興味を持ってくれていますからね」
「マイルスも宿が忙しいのに手伝いにきてくれているし。新しく雇った人たちも頑張ってくれている。既に登録してくれている商人も三十人は超えているんだ。もっと楽しくなるぞ、これは」
「じゃ、僕たちはエランズリルドを見てきますから、お願いしますね」
「おう、任された」
ルードとリーダは完成が近づいているエランズリルド空港に行くことになった。




