おきつねさまと現生(うつしよ)の現実
さて、神界の次は現実への対応である。
夏休み明けの引越し費用、すでに尽きかけている俺の小遣い。また、これからの方針を決めるため、家族会議が開かれた。
祖父が俺に差し出したのは俺名義の地元銀行の預金通帳と印鑑だった。中身を見ると俺の誕生の年から1年に1回、111万円が入金され、1,000円が引き出されている。その合計金額はなんと、19,962,000円。
「本来なら、お前が、二十歳になったら渡すはずじゃったが、こういう事情なら仕方がない。これ以降は玉藻前様についてはこの金を使うがよい」
いきなりの小遣い回復。これを知った時の玉藻のエンゲル係数の上昇を考えると頭が痛い。
「これ贈与税とか大丈夫なのか?」
俺の問いに
「うむ、問題ない。毎年お前の名前で確定申告をしておいた。110万円までは非課税じゃが、わざわざ111万円にして、1万円分の10%、1,000円の贈与税を支払っておる。今年も111万円贈与するから、確定申告は将門がするのだぞ」
2,000万近く贈与されときながら、税金18,000円とか、なにこれ。パナマ文書なみじゃね?
「あ〜、とりあえず、お前の名義で青色申告の承認届け出しておいたから、今年は白でも来年の分からは青色申告の準備しておけよ。あとで会社の税理士にチェックさせるから、収支内訳書はつけて、領収書はとっておけよ」
簿記資格も必須か。まあ、仕方がない。
父親から渡された書類の控えには 職業:宗教家、屋号:玉藻前神社 と書かれていた。
おい、こんな職業あるのかよ。それに、勝手に神社名乗っていいのかよ。
「屋号ってこれ」
父親はさして問題にすることなく。
「お社には扁額しか掲げないしな。あくまで神社は書類上の話だ。確かに神社本庁の許可などないからな」
そして、俺が一番疑問に思っていたことを問うた。
「うちって結構、金持ちだったのか? いつも家計がカツカツって聞いていたけど」
祖父と父親が、うちにあるのは土地ぐらいで屋敷の維持費も馬鹿にならんとぐちぐちと嘆いていたのを子供心に覚えている。家の車も、軽トラに大衆車だ。必要なところに金は使うが、無駄な金は使うな、というのが、俺が子供の頃から聞かされていた言葉だった。
祖父と父親に言わせると子供の頃に贅沢をさせるとろくなことにならないというのが、家訓らしい。そのため、成人するか大学卒業するまでは、生活がやっとで、家屋敷の維持に四苦八苦していると思わせるのが、代々のならわしらしい。
「まあ正直、うちの山を丸ごと玉藻前様のお社にしても問題ないぐらいの財はあるぞ」
祖父が言い放った。
「最もこれも全て玉藻様の恩恵じゃろうがな」
なんやかんやで戦争から無事に帰ってきた祖父は、預金封鎖の前に現金を引き出して貴金属化しておいたり、農地解放前に小作農に農地を売りつけたりして、戦後のどさくさをうまく切り抜けたらしい。
玉藻の商売繁盛、家内安全の力は伊達じゃないらしい。
「でな、渡した金だが、しっかり運用しろよ」
祖父が言った。
おいおい、大学生に何を求めてるんだ。
そのときは笑い流したが、後日、玉藻の商売繁盛のご加護のすさまじさを知ることになるとは夢にも思わなかった。