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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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おきつねさまと神使の仕事

「八代様、なぜにあるじ様はそこで跪いているのでしょうか?」

 睦月が社の前でひざまずきわざとらしく泣いている玉藻を横目に問うてきた。


「さあな、蟻の数でも数えてるんだろう。おおう睦月むつき、どら焼きもう一つどうだ」

 俺は睦月の掲げる皿にドラ焼きを置く。本当なら作った即日の方が美味いが、いずれは店先で食べてもらうことで勘弁してもらおう。


「いただきます。このように美味なるものを食することができ、睦月は第一神使たる八代様とともに働けることを幸せに思います」

 狐って欲望に忠実すぎじゃね。ちょろすぎる。


「はっはっは、睦月は頑張ってるからな。ほら、もう一つ」

 たとえ頑張っていなくても褒めるのが先輩の仕事だ。

 俺が、三つ目のどら焼きを睦月の皿に乗せると、玉藻はキィーーーーと奇声を発すると地面をザクザク掘り始めた。


「芳醇なる餡の香り、おそらく蓮華の蜂蜜を使ったその芳しい香り、われは所望する! われは所望する!」

 地面に頭を打ちつける玉藻に俺と睦月はドン引きである。

 まあ、これ以上怒らせてここら周辺を那須野のようにされても困るしな。


 俺は溜息を吐くと、白衣の懐からどら焼きを取り出すと、手付かずだったお揚げがのる玉藻の皿に載せた。

 玉藻はすかさず両手で包装セロファンに包まれたどら焼きを両手で掴むと目の前に掲げる。


「オオおおおお、これぞわが甘露!」

 よほどの力でつかんだのだろう。玉藻の両手に掴まれたどら焼きは、その握力によって霧散した。


「あっ」

「えっ」

「馬鹿じゃない」


 上から、俺、玉藻、睦月である。


 いやいや、玉藻、血涙ってなにそれ。

 俺は慌てて懐からもう一つどら焼きを取り出すと包装を剥がして唖然としている玉藻の口に突っ込んだ。






 どうにか惨劇せっしょうせきかを回避した翌日の月曜日。

 寝巻きから普段着に着替えようとした俺の前に玉藻と父親が現れた。


 夏休みに入ったため、庭園の解放を平日も行うとのことだった。それに伴い俺に神使の装束に着替えさせた上、希望者にお社の由来と一族の歴史を語り、あわよくば玉藻の信心者を増やせとのことだった。


「いやいやいや、うち宗教法人じゃないし」

 俺の言葉に。


「いずれ考えておるぞ」

 と父親の言葉。とりあえず、宗教法人と化するには3年間の実績が必要とのことで、今回の試みはその一環らしい。


 いつもの庭園開放に加えて、光悦垣こうえつがき越しのお社見学。神使の格好をした俺によるお社と一族の縁起説明。もっとも横で玉藻が今までのことを語るのを俺がそのまま話すだけだが、なんとこれが受けた。


 玉藻前の都での暮らしぶり、安倍泰親あべのやすちかに正体を見破られ、下野国の那須野まで逃げてきたものの、そこで討伐軍に捕らえられたこと。妖術で身代わりを立てて隣県にある我が家まで、逃げてきて匿われ今に至ること。


 玉藻とうじしゃから聞いてるだけあって、細やかに話すことができる上、見学客の質問には、常に傍らに寄り添う玉藻がカンペになってるため、すぐに答えることができる。


 なぜ最近になってこんな縁起が〜とか言う者には、つい先立て門外不出の古文書が発見されまして〜などと俺が煙に巻いた。


 世に盗人と詐欺と宗教の種は尽きまじ

 なまじ本物の神様が関わっているだけにタチが悪い。


 あまり人気なので、随時ではなく午前2回、午後3回の時間制に切り替えた。最初は、玉藻もついてきたが、あんまり同じ話を繰り返すので、3日も経つ頃には玉藻抜きで俺だけが、客を案内するようになっていた。

 終わるとお社の周りの清掃だ。今まで専門の庭師が庭園とともに一緒に管理していたが、光悦垣こうえつがきを境に、お社側の掃除をするのは神使たる俺のお役目らしい。

 おかげで夏休みだというのに俺の自由時間は夜だけだ。

 

「明日の朝、伊勢より神使が参る。今まではわれが応対しておったが、これからはおぬしが応対せい」

 晩にお供えに行くと玉藻が現れて言った。相変わらずの無茶ぶりだ。


 俺ろくに礼儀作法知らんぞ。

 人間界の作法さえ怪しいのに神界なんて特にだ。


「構わん、相手もおぬしが人で仮の神使であることなぞとっくに知っておる。多少は大目に見てくれよう」

 玉藻は軽く手を振った。

「まあ挨拶をこなして、お役目ご苦労ぐらい言っておけばなんとでもなる。ああ、例月の連絡なので書状を受け取るだけじゃ、問題なかろう」

 

 まあ、それだけならなんとかなるだろう。

 今晩は、挨拶のカンペ作りか。


「それとな、伊勢の神使は鶏じゃ。日の出前には来るからその時間までには起きるのじゃぞ」


 夏の日の出って早いんだよな〜

 俺はがっくりとうなだれた。



 7月の日の出は早い。調べると4時40分だった。念をとって4時半にはお社に待機するとして、3時に起床した。入浴して、着替え。昨晩用意した挨拶カンペの暗記具合を確認し、お社へ向かう。


 玉藻がいないところを見ると本当に俺に任せたのだろう。

 なんとなく携帯電話や腕時計など、俗世のものっぽく思えたので、身にはつけなかった。

 陽は出ていなかったが、すでに明るくなってきている。


 もうすぐ陽が上がろうかという時、遠くから鶏の鳴き声が一声したかと思うと、白衣に濃い紫の袴、白く長い髪に頭に紅い鶏冠のある男性が不意に現れた。うはイケメン、そして本当に鶏。


 俺は頭を垂れたまま挨拶をする。


「神宮の神使とお見受けします。わたくし、人の身でありて仮ではございますが、玉藻前たまものまえ様の神使、八代将門やしろまさかどと申します。今後とも宜しくお願い致します」


「頭を上げよ、私は神宮の神使、長曳ながひきという。丁寧な挨拶痛み入る」


 おお第一印象バッチリ。対応は間違っていなかったらしい。


「こちらの書状を」

 長曳が懐から折りたたんだ紙をを取り出すと俺に差し出す。ずずいと近寄って両手で書状を押し戴く。達筆でよくわからないが宛名らしい玉藻前の文字だけは理解できた。


「長曳様におかれましては、お勤めご苦労様です」


 俺の言葉に長曳様が吹き出した。

 あれ、俺・・・・。ああっつ、ムショ帰りの出迎えの言葉と同じじゃないか。うわ〜やらかした。

 俺は書状を持っているのにもかかわらず両手で頭を抱えた。


「構いませんぞ、八代どの」

 微笑みながら、長曳様が言った。さすがイケメン、破壊力はんぱねぇ。


「申し訳ありません。何分、神界の作法に疎くて、不勉強の身を恥じております」

 まあ、どう見ても人間界での挨拶でもアウトなんだが、ここは押し通す!


「いやいや、人の身にしてはしっかりなされている。私の姿を見ても動じないあたりとかな」

 うむ、ここ数日であやかし、不可思議には慣れたというか、染まったというか。


「私はこれで失礼する。玉藻前様にはよしなに」

 鶏の声をともに長曳様はかき消えた。



 二度寝ろうどうのたいかを決め込み、朝の掃除がてらお社の玉藻に書状を渡すと、玉藻が書状の中身を教えてくれた。


「まずは、将門、おぬしの事じゃな」

 えっ、神使になっただけで、全国に連絡回るの?


「いや、われの初めての神使であるのと、そちが人間であるためじゃな。われ白面金毛九尾の狐の時は妖狐であって神ではなかったからのう。眷属はいても神使はそちが初めてじゃ。また、平将門公との関わりも書いてある。これは将門公への牽制の意味もあるのじゃろう」


 あれか、俺を依代にとかいう物騒な話だよな。


「まあ、これだけ知られれば将門公も無理には動くまい。そちを貸し出す約束もしておるしのう」

 ああ、そうだった。俺は血の気が引いていくのを感じた。


「安心せい、われも菓子を取り・・・・、いや、将門、おぬしが一人前の神使になるまでは、そのようなことはせん。一人前の神使ともなれば将門公ももはやどうこうすることもできんしな」

 

 まあ、それを聞いてホッとした。

 で他にはどんな知らせがあるんだ。


「うむ、稲荷本山のおもかる石が先ごろ全く持ち上がらなくなるしゅをかけられたらしい」

 おい、地味に嫌な呪だな。


「翌日、傷だらけになった稲荷神が自らのしゅの暴走だと告げて、一件落着となったらしいがの」

 玉藻がニヤリと唇をつり上げた。


 ああこれか、玉藻と将門公による説得おはなしあいというのは。俺は溜息をつきながら納得した。


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