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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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おきつねさまと人身御供の神使

 俺を神使にしたことですぐにでも現世うつしよに繰り出すかと思われた玉藻だったが、何やら神界での俺の神使の手続きが終わっていないらしい。睦月むつきの時はそんなこと言ってなかったよね。


「うむ、人間の神使というのはちと特殊でのう。一応、本山で神界と関わっても問題ない人間かどうかを確認せねばならぬのだ。まあ、将門なら間違い無く大丈夫じゃろ、時々不敬な考えが浮かぶようだが、魂といい信心といい問題あるまい」


 玉藻は心配する風も見せず言った。


「本山が将門を神使と認めるまでは、我も社の敷地から出ることは叶わん。まあ、人の前に具現することはできるがな」


 仮免許みたいなもんか。


「神使とはいえ、あ〜。お試し期間? そんな感じか。しかし本山て誰が俺のこと確認するんだ?」


 せっかく大学入試を終えたのに、また試験みたいなものがあるのではたまらない。しかもこの分野の勉強はさすがにノータッチだ。


稲荷神いなりのかみとその神使じゃな。まあ、神使どもが顔をみせるかもしれんが、何、案ずることはない」


 いやいや、その安請負が不安なんだが。


 その後、玉藻の差配により自宅の社は第一神使(仮)の俺が、分社は睦月が管理することとなった。

 とここまでは良かったが、揉めたのはお供え物の配分だった。


 「あるじ様には我を庇護する義務がございます。よってあるじ様と同じ、または同等のお供え物を断固要求いたします」


 お揚げに味をしめた睦月が言い張ったのだ。

 玉藻はその交渉を俺に丸投げした。

 その後、どこで知ったのかフット・イン・ザ・ドアやらロー・ポール・テクニックもどきの交渉術を駆使し、狐たる神使にはお揚げという信仰おもいこみが必要と力説し、さらには玉藻も巻き込んで、玉藻に毎日お揚げ4枚と週末の稲荷寿司3個、自分に毎日お揚げ2枚と週末の稲荷寿司2個というベースアップを俺に飲ませたのだ。なぜにこの交渉力でこの屋敷が廃れたのか解せぬ。

 あんまりうるさいので好きなだけお供えしてやると言ったら、今度はありがたみがなくなるとか言い始めた。扱いの難しい神様だ。

 睦月の分のお供えは実家の社に備えておけば神界を通じて取りに来るそうだ。人間たる俺は新幹線と車での移動だというのに。


 とりあえず、先に帰る玉藻を見送り、修繕の手配を終えた父親と合流する。

 修繕は夏休み中に終わらせるとのことだった。どんだけ金積んだのよ。


 2時間以上かかって実家に戻り自分お部屋で大の字に寝そべる。まさに怒涛の3日間だった。神様に会い、神使になり、後輩ができ、アパートから1軒屋に引っ越すことになり、神様との面接試験まで控えてる。俺は考えることを放棄し、疲れに身を任せて、そのまま眠りに落ちた。


 翌朝起きて、朝食を取るとお揚げをおのおの2枚と4枚載せたお皿を盆に載せ、お社へ向かう。

 出入りの植木職人が既に来ていて、お社と庭との間に光悦垣こうえつがきを設置している。庭の入場者がお社に近づかないよう親父が手配したのだろう。

 お供えをしても玉藻も睦月も現れなかった。よきかなよきかな静かなことはいいことだ。


 家に戻ると母と祖母、そして2人が懇意にしている呉服屋の旦那が俺を待ち構えていた。


「昨晩、玉藻前様に言われたの。将門の白衣と袴を仕立てておくようにって」


 ニコニコしながら母が言った。息子を売っときながらその笑顔とは。


「白衣と袴って別に俺、神職じゃないし」

 玉藻め、神社本庁に喧嘩売ってんのか。


「玉藻様は所詮コスプレよって言ってたわよ」

「おい、そんな言葉、誰が教えたんだよ」

 俺は真剣に庭園でのコスプレ禁止を考え始めた。


 当代4代目という呉服屋の旦那は俺の採寸を終えると、何種類かの布地を取り出した。

「とりあえず袴ですが、言われた通り浅葱色でご用意しますが、生地はいかがいたしましょう」


 ここで母と祖母が話し合い始めた。本来はポリエステルとかレーヨンらしいが、どうも2人ともそれが気に入らないらしい。季節が夏ということもあり、素材は麻に決まったらしい。もっとも、追加で木綿とシルクも注文してたのを後で知った。シルクってなんだよ。

 

 

 庭と社の境の光悦垣こうえつがきが出来上がったのは、金曜日、装束が届いたのは土曜日の朝だった。その間、玉藻も睦月も姿を見せることはなかった。お供えがいつもの通りなくなっているので、別に問題はないのだろうが、これだけ姿が見えないともう二度と玉藻には会えないかという不安が湧いてくる。


 よし、ここは奮発してやろう。俺は家族に話をすると、車を出して最寄りの新幹線の駅へ向かう。最寄りの駅と言っても車で40分だ。そこから新幹線に乗り、昼前には上野に着いた。銀座線に乗り換え田原町駅へ、歩いて駒形1丁目に向かう。小さな佇まいの店で稲荷寿司を買い求め、再び、銀座線に乗り上野広小路駅へ、中央通りに出て200mほど歩き、目当ての店でどら焼きを買い求める。


 帰りがてらに改装中の家を覗くとかなりのピッチで工事が進んでいた。


 とんぼ返りで家に帰る。これはもう新幹線の定期券か回数券を買わなけれなならないだろう。

 今月の小遣いもこれでそこをついた。今月もあと10日以上残ってる上に、交通費と菓子代もバカにならない。リアルなのにファンタジー、ファンタジーなのにリアル、俺は溜息をついた。


「あら、おかえりなさい。早速着替えてお供えしてきなさい」

 母が無情にも告げる。仕方なく用意された白衣と袴を身につける。和装の着付けなどわからないので、母になされるままだ。まあ、これなら次からは自分でもできるだろう。

 

 似合わない、圧倒的に似合わない。姿見を見ながら俺は更に憂鬱になった。


「いや、よく似合うておるぞ」

 横から玉藻の声が聞こえた。横を向くと縁側に玉藻が立っていた。


「なかなかの益荒男ぶりじゃ」

 母も頷いている。

 ないないない。


「うむ、将門。おぬしはこの家にいるときは、その格好で過ごすように」

「はあ?」

 おいおい、神使の礼儀作法も知らん俺に何を求めてるんだ。

 母が座布団を持ってきたので、玉藻と向かい合って座る。お供えの用意をしておくわ と母は席を外した。


「しばらくその装束でわれとともに行動し、神使としての心構えを整えるのじゃ。神位を持ったものと魂が触れ合うくらいの距離に居れば自ずと霊格も上がるというものじゃ」

 そういうものなのか。


「おぬし気づかなんだが、最近、言葉にせずともわれが、おぬしの心中の言葉に返答していることに、気づいておらなんだか」


 ・・・・・・

「えーっ、そういえば俺何も言ってないのに玉藻が、あれ、でも違和感感じねえ・・・。これってなんだ」

 言われて自覚した。半分以上、口に出していないのに会話成立している!


「これが魂のすり合わせじゃ。現世うつしよにはわれの姿を見ることができぬものもおっての。そんな時おぬしが、われに話しかけたとしたら、独り言を言ってるとしか思えないしの。そういうのを防ぐ意味でもある」

 でも、これって俺の心のなかじゃじゃ漏れってことか?


「いや、そうでもない。心は階層になっておっての、われの力でも表層かその下の層ぐらいしか読み取れん」

 おお、便利だな。


「まあ後は、神使の作法などはおいおい覚えれば良い。他の神も協力してくれることじゃしの」

 家庭教師でも派遣してくれるのか。


「それより問題なのは、どうやら、抜き打ちで本山から稲荷神の神使がやってきそうじゃ。いつ来てもいいよう気張っておれ」

 あれ、まさか今まで姿を見せなかったのって・・・。


「うむ、総本山に行っておった。稲荷神どもも頭が固くての〜、あ〜でもないこ〜でもないと、将門が神使になることに難癖をつけおった」

 おお、玉藻がきちんと仕事をしている。

「まあ、それでなんじゃが・・・」

 玉藻が口籠った。


「おいおい、人が寝ている間に勝手に神使にしといてまだ今更なんかあるのか?」

 俺は半分呆れ顔で問うた。


「その、なんだ、難癖をつけられるのはわかっていたので、稲荷神と神使どもの説得に、ちと他の神の力を借りてな」

 ちゃんと根回ししていたのか。玉藻のことだから力押しで押し切るかと思っていた。ちゃんと考えてるのだと感心した。


「平将門公とその神使にな」


「えっ」

 後で聞くと俺は3分間ほど惚けていたらしい。玉藻曰く人間というのはあそこまで固まることができるのかと感心したらしい。

 フリーズから回復した俺は、玉藻に詰め寄った。


「おい、ど・ど・どういうことだ。何、俺のことばらしてるのよ。やばいんじゃなかったのかよ!!」

 

「ちょ、ちょっ おぬし、近い、寄り過ぎ、将門 落ち着け」

 おお、すまん。我を忘れた。


「いずれおぬしの存在は将門公に知られるじゃろう。なら先手を打って義理を通すという形で将門公のところへ談判に行ったのじゃ。将門、おぬし一度は神田明神に詣でておるからのう、見逃した将門公もそう強くは言えないと思ってのう。まあ、もしもの時のために少名毘古那スクナビコナにも口添えを頼んだしのう」

 

 あれ、恵比寿様だっけ。俺は拙い知識を手繰った。


「まあ、条件付きじゃが、将門公はおぬしがわれの神使になることに納得したわ。総本山の説得にも参じてくれてのう。将門公の神使が稲荷神の神使を全て押さえ込んでくれたので、われと将門公でじっくりと稲荷神を説得できた。とりあえず仮ではあるがおぬしはこれで神界から見ても神使じゃ」

 

 その説得が物理的なものなのか言語的なものか激しく疑問だ。また条件ってなんだよ。


「まあ神使どもは怪我はしとらん。ぬえに睨みつけられただけだからな。まあ、稲荷神はちとしばらく動けんと思うが」

 おいおいおい、将門公の神使ってぬえなのかよ。猿の頭に虎の胴体、蛇の尾を持ってるってやつだろ。あのなんとか島とかいう小説に出てきたやつやねん。それと稲荷神に何したんだよ。


「ほほう、将門も知っておったか。幻獣を神使にしているのは、将門公か高御産巣日神タカミムスビノカミぐらいじゃろう。稲荷神じゃがわれと・・・・」


「あ〜〜〜〜〜〜〜聞きたくない、聞きたくない」

 俺は耳を塞いだ。


「仕方のないやつだ」

 玉藻が呆れ顔で言った。

 いや呆れたいの俺だから。神界がこんなにフリーダムとは知らなかった。クーリングオフ制度あるよね。俺は切実に願った。


「それでのう、将門公の条件じゃがな」

 おおい、スルーかよ。


「将門、おぬしを時々貸して欲しいとのことじゃ」

 俺は多分人生で初めて、恐怖で意識を手放した。







 目覚めると既に翌日の朝だった。倒れた俺は朝まで眠り続けたらしい。


「おぬしは元はと言えば将門公と起源を同じとする魂なのじゃぞ。恐れてどうする」

 いや相手日本三大怨霊の現役ですから。


「やれやれ、われもそれにおとらずの力を持っているのじゃぞ。第一神使たるおぬしがしっかりせねば、わが立場がないではないか」

 いや、俺、未だ仮の神使ですが。

 お供えは代わりに父がしてくれたらしい。幸いなことにいつもと違う稲荷寿司の所為で玉藻の機嫌はいい。


「うむ、お揚げがじゅうしいで、しゃりも酢が強めに効いていたのじゃ。おぬしのうちの薄味で白胡麻のきいた稲荷寿司も良いが、たまにはこういうガツンとした稲荷もたまらんのう」

 都の薄味になれた玉藻もどうやらご満悦らしい。


「で、俺を貸し出すとはどういうことだ」


 沈黙が俺と玉藻の間に流れる。


「そ、その、まあ、あれだ、ちとな現世うつしよの美味なるものを自慢したところだな・・」

 ここで玉藻の意識が俺の心に流れ込んできた。こんなことでムダに能力を使うとは。


「将門公に羨ましがられた上、神田と秋葉原には美味なるものがたくさんあるから案内するぞと丸め込まれ、俺をもって将門公を具現化し、一緒に食べ歩こうかと というわけか」

 こいつ美味もの食べたさに俺を売ったのか。ああ、家族に売られ、仕える神に売られ、それでも俺我慢しなければならないの?

 これキレていいよね。つうかキレるしかないよね。


「ふざけるなよ! 玉藻 今晩の菓子、ドラ焼きはお前には供えん」


 これを聞いて玉藻は絶望の表情を浮かべた。



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