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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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おきつねさま IN 人形町

 八幡の藪知らずと月読命つくよみのかたをつけたのもつかの間、まさにアルマゲドンと呼ぶべき『オカマ神使 IN 人形町』の当日を迎えた。


「なにやら不穏当な考えがちらりと感じ取れたのだけど」

 傍らに立つ疾風はやてが冷たい視線を俺に向けてくる。

 あぶないあぶない。俺は不埒な思いを心の奥底に隠して疾風に感じ取られないようにする。


 普段の行いが良いせいか、それとも玉藻が欲望のままに気象を操ったか知らないが、見事な秋晴れの日と相成った。気温も暑からずと例年だと9月は末に入っても残暑が厳しい気候なのに、今日は珍しく過ごしやすい日となった。

 まあ、最近は妖力でいくらでも体の周りの気温を調整できるのだが。


「これよこれ、本当に楽しみにしてたのよ」

 疾風が体をくねらせる。

 まあ、疾風には世話になったしな。それに玉藻たちには前回の浅草食べ歩きでは恰好の悪いところを見られたからな、今回はそのリベンジだ。名誉挽回、汚名返上・・・、使い方あってるよな。


 八幡の藪知らずを通じてはるかな時代の彼方から攫って来た黄門様は、あの後いろいろあったのだが、わが実家にて軟禁、もとい預かってもらっているためここには不在だ。まあ、いてもさすがに東京となった江戸の姿を見せるわけにはいかないからな。


 そして俺は、目の前に並ぶ玉藻、睦月、桔梗、疾風、七竃を見つめる。

 いやしかし、この一行どう見てもインパクト強すぎだろう。


 玉藻、睦月、桔梗、俺はわかる。


 玉藻は白のクロップドパンツにグレーのシャツその上にマリンブルーのカーディガンを羽織っている。玉藻の金髪がマリンブルーによく映えている。

 うは、何そのハイヒール歩きにくくないのか?

「うむ、移動は歩かずに妖力をつこうておる」

 そういうと前に伊香保の石段で見せたように、地面を滑るように移動し始める。

 うおおおおおい、やめい、それ人目に付きすぎるから。


「なんじゃ、しかたないのう。ちと歩きにくいが我慢するか」

 玉藻があきらめながら言う。あぶないあぶない、玉藻ならこの移動方法で歩き回り、光景を見た人間すべての記憶を消すことぐらいしそうだったからな。


 そして、桔梗はデニムサロペットにボーダーカラーのTシャツ、足元はニューバランスのスニーカー。相も変わらず今日も動きやすい服装で、って背中に背負ったその袋まさか・・・。


「小狐丸よ」

 いや、悪びれもせず言い切るなよ。それってどう見ても銃砲刀剣類所持等取締法違反じゃね?


「最近、どうも小狐丸を持っていないと落ち着かないのよ。寝る時も枕元に置いているわよ」

 刀中毒なんてものがあるのか? それともこれも神代かなんかの副作用なのか?


 さすがにこれ、職質受けるだろう。

「我がなんとかしようぞ。まあ、この前の例もあるし、現世の街中で仕掛けられたら、桔梗を頼りにせざるをえまいからな」

 玉藻がフォローを入れる。

 まあ、確かにそうなんだがな。玉藻によると認識疎外のしゅをかけて、ほかの人には背負っている小狐丸が見えないようになるらしい。

 

「ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ。それにいざとなったら玉藻様や睦月ちゃんに神代に飛ばしてもらうから」

 その時は小狐丸だけじゃなく、桔梗ごと飛ばしてもらおう。


 出発前にもかかわらず精神的に疲れた俺は、心に癒しを求めて睦月を見る。

 キターーーーーーーーーーーー!、これこれこれ。

 ネイビースカートに白のキャミ、そしてブルーワンショルダー!!!!!!、足元はコンバーススニーカー。

 うは、なんという眼福! 白い肌とキャミの紐が、ワンショルダーの隙間から・・・。


「桔梗! ナイスコーデ」

 うおおお、思わず叫んでしまった。ってしかも耳と尻尾出ちまったし。

 頭にかぶったカンカン帽が吹っ飛んでしまった。

 俺は桔梗とサムズアップを取り交わす。


「・・・旦那様、さすがに旦那様以外にこのように肌をさらすのは・・・」

 睦月の言葉に玉藻と桔梗、疾風、七竃がジト目で俺を見つめる。


 いやいやいや、俺まだ見てないから。ほ、ほら、男女七歳にして席を同じゅうせずって言うじゃないか、し、式もまだだし。


「ヘタレじゃな」

「へたれね」

「初々しいわね」

「なぜにそこは常識的なのか」

 上からわが主神、桔梗、疾風、七竃の辛辣な弁である。


 そして俺、今日は睦月のコーデが白と桔梗から聞いていたので、合わせる格好にしたのだが・・・。


「いや、将門、あんたの恰好もたいがいだから。どうしてその格好が女性をエスコートできると思えるのかが疑問よ」

 桔梗が容赦なく突っ込む。

 何をいう、アロハは正装だ。俺は桔梗の言葉に胸を張って言い張る。

 今日は気合を入れてサンサーフの金魚柄のアロハにベージュのクォーターカーゴだ。

 この金魚柄のアロハシャツは由緒正しき復刻版で、隣町にあるジーンズ専門店で冬に注文を入れて夏の勝負服として用意したものだ。


「いや、それにしてもその格好は、秋口にしてはちょっとだらけすぎじゃない」

 だって妖力でいかようにも自分の周りの気温を変えられるんだぞ。一年中アロハでもいいくらいだ。まあ冬場はタイガー&ドラゴンと東京スカイツリー&パンダのスカジャンを着るつもりだから、妖力による気温調節はなしだが。


「はいはい、将門のファッションセンスはあとで睦月ちゃんに矯正してもらうとして・・・」

 あいかわらずファッションについては、雑な扱われ方だな俺。


「ファッションだけだと思うておるのか」

 玉藻の容赦ない追撃。へいへいっと。

 

 そして、

「問題はこれだな」

「問題はこれね」

 俺と桔梗の声がハモる。

 目の前には、俺と睦月の信心の力により現世に具現化した疾風はやてと俺と睦月の信心の心のおすそ分けで現世に具現化した七竃ななかまどが、いつもの神使の衣と袴姿ではなくスーツ姿で立っている。しかし、このスーツどこで買ってきたのよ。


 疾風はやては白のスーツにブルーシャツ、赤いソリッドネクタイ、白のエナメル靴。

 七竃ななかまどはブラックスーツにやはりブルーシャツ、ブラックタイ、黒のストレートチップ。

 二人とも場違い感が半端ないけれどこれがまた妙に似合っている。美形って何着ても似合うって世の中不公平じゃね?


 これどう見ても玉藻と愉快な一行とそのボディーガードといった風情だ。実家の父母に相談したのが失敗だったか。さすがにこの格好は目立ちすぎるだろう。人形町や日本橋を歩くより歌舞伎町のほうが似合ってそうだ。


「まあ、悪くないわね」

 疾風が内股チックにぐるりと一回転する。


「胸がちと苦しいのを覗けば、われも悪くはないと思うがな」

 桔梗、顔を赤らめながら、七竃の胸ガン見するのやめなさい。


 人間、あきらめが肝心である。まあ、半分人間やめてるがな。


 というわけで出撃の準備は整った。

 さあ、行くぞ、人形町で食べ歩き!


 最寄りの駅から日比谷線に乗り込む。

 目的地は人形町だ。駅に着くとA6出口から最初の目的地であるシュークリームのお店に向かう。9時半にシュークリームの店が開くのだが、開店時間に供されるシュークリームを狙って結構な行列ができるので、ちと早めに向かった。なにせ9時半を逃すと次は12時と17時になってしまうからな。


 到着したのは9時頃だったが既に4人ほど並んでいた。


「まあ、少しぐらいなら並ぶのを我慢しようぞ」

 出発前の打ち合わせの時、俺は玉藻の言葉にホッとした。

 本当は玉藻たちに出世稲荷神社と岩代稲荷神社に挨拶に行ってもらい、その間に俺が行列に並んでシュークリームを購入すると提案したのだが、玉藻が人形町内の稲荷神社にシュークリームを手土産にすることを提案したので、皆で並ぶこととなった。

 朝の提供数は確か70個ほどだったはずだ。俺たちが6人、稲荷神社が、出世しゅっせ稲荷神社に岩代いわしろ稲荷神社、三光さんこう稲荷神社、富沢稲荷神社、たちばな稲荷神社ってあたりか。


「駄犬に食べ歩き自慢したいから水天宮もね、ただあそこは神使の数が多いいからシュークリーム以外のおもたせをお願いね」

 疾風もたいがい根に持つタイプと見た。


「将門、椙森すぎのもり神社と茶ノ木神社、小網こあみ神社に常盤ときわ稲荷神社もだぞ」

 玉藻がさらにくぎを刺す。 

 ふむ、椙森すぎのもり神社と茶ノ木神社、小網こあみ神社って稲荷神を祭っていたのか。


「うむ、他の祭神もいるが由緒正しき伏見の流れをくむ社じゃ。挨拶を欠かすわけにはゆくまい」

 玉藻の言葉に神使たちがうなずく。


 あれ、常盤ときわ稲荷神社まで挨拶なると笠間かさま稲荷神社の東京別院まで挨拶しなけりゃならないんじゃないのか?

 俺の言葉に桔梗を除く全員が押し黙る。


 いや、なんかこの展開前にもあったよね。

 

 玉藻たちが一瞬のアイコンタクトの後、一斉に話始める。

「まあ、あれじゃ、そこは別院だからのう」

「旦那様、そこは避けても問題ないかと」

「今回は食べ歩きが目的よ、細かいことは気にしないの」

「まあ、あやつは面倒だしのう」

 まあ、聞き流せない言葉も聞こえたが、俺と桔梗は顔を見合わせると、最適な解決方法を取った。

 むろん、棚上げというやつである。


 9時半の開店とともに俺たちはシュークリームを購入する。後ろを見ると結構並んでいるので、余分に買わず自分たちの分と挨拶回りの分と併せて15個購入する。

 せっかく並んだのに変えなかった人すまん。


 しかし、意外とみな疾風はやて七竃ななかまどの姿を見えても驚かず、騒がずなんだな。

「我が小狐丸と同じ呪をかけておる。とはいっても、ちと系統が違うものじゃがな」

 胸張って言うことか玉藻。


 小狐丸はそれ自体が認識できない呪で、疾風はやて七竃ななかまどはその姿を見ても奇矯ききょうなものとして認識されない呪らしい。便利な呪だが、睦月に対する道行く男達からの目線が気になってしょうがない。くっ、玉藻め、睦月の姿も阻害する呪をかけてくれてもいいのに。


 思った瞬間、睦月が左腕を俺の右手に絡めてくる。

「・・・このようにすると、旦那様が喜ぶと桔梗様と疾風殿が」

 瞬間俺の顔は真っ赤になったに違いない。左手に持ったシュークリームを落とさなかった自分を褒めたい。

「尾はさすがに無理ですが、腕なら問題ありません」

 うつむき加減に小声で言う睦月。

 それ、現世の常識的に問題あるから、俺の精神的動揺誘っているから、それと何気に俺の心えぐっているから。


 俺たちを見る道行く男達からの視線に殺意こもってね?

 桔梗と疾風、なんでサムズアップ交わしてんのよ。


「甘いものを食す前にこのように甘いものを見せられようとは・・・」

 俺は玉藻にシュークリームを差し出して、物理的に黙らせるしか方法はなかった。


 そしてくだんのシュークリーム。

「うむ、皮にかかっているのは胡麻じゃな、パリッとしていて香ばしいのじゃ。クリームはぎっちりと入っておるのじゃな、その量の割には重くなく軽めといったところか。力強い皮と軽いクリームの取り合わせは絶妙じゃ」

 わが主神、絶賛である。


「・・・」

「・・・」

 疾風と七竃、泣くほどうまいのかよ! しかも耳と尻尾出てるし、早く隠せよ!

 しかし、このリアクションは読めなかった。


「将門、おぬしと睦月の姿に対しても人々に見られてもなんとも思われぬよう呪をかけようかのう」

 さすが神使思いの主神。


「さすれば、おぬしの分のシュークリームを・・・」

 わが主神、全くブレていない。

 俺の心の中でおこなわれた、睦月への無遠慮な男どもの視線とシュークリームの戦いは1秒と立たず決着した。


 2個目(俺の)のシュークリームを平らげた玉藻が、赤いのぼりのたてられた出世稲荷神社と岩代稲荷神社の入り口に立つ。入り口といってもマンションの自転車置き場だ。なんとこの稲荷神社マンションの敷地内というかもう完全に建物の片隅にあるのだ。

 鳥居ないけどこれってどこから神代になるんだ。


「まいるぞ」

 玉藻が腕を一振りして、自らと桔梗の着替えを行う。あとは各々が神力を行使して着替える。俺も神力と妖力を行使して神使の姿になると尾と耳を出す。

 さすがにこの時点で睦月は俺の腕から離れている。


 のぼりの脇を通り抜け、マンションの敷地に入るととたん暗闇となる。真っ暗なトンネルを歩いている感じだ。十メートルほど先に茜色の輝きを放つ小さなお社とその前に一人の神使が立っている。

 出世しゅっせ稲荷神社と岩代いわしろ稲荷神社と二つだと思ったら社は一つなのか。

 その後玉藻を筆頭に神使と挨拶を交わし、守護地である日本橋を訪れた目的を話す。さすがに食べ歩きとは公言できないので、水天宮への挨拶がてら近隣の稲荷神社に詣でてると説明する。

 出世しゅっせ稲荷神社と岩代いわしろ稲荷神社は社が一つなので神使も一人しか派遣されていないとのことで、供えられたシュークリームを2つ食べることができてご満悦だったようだ。


 その後、椙森すぎのもり神社、三光さんこう稲荷神社、富沢とみざわ稲荷神社、たちばな稲荷神社とまわる。いずれもシュークリームのお供えは絶賛された。やっぱ地元って意外と地元の名産品とか供えないのか。

 神代かみよ現世うつしよの行き来が続いたわけだったが、便利だったのは時間の流れだった。次の食べ歩きの目的はたい焼き屋だったのだが開店時間は12時半で3時間ほど時間があったが、玉藻に事情を話すとうまく調節して、たちばな稲荷神社を出たときは、12時半少し前だった。何気にこれ便利だな。


 ワンブロック歩いて甘酒横丁にある目的のたい焼き屋へ向かう。甘酒横丁といっても今では甘酒を供しているのは二軒だけだ・・・、これ豆な。

 さいわい、たい焼き屋に並んでいるのは5人ほどだった。これならすぐ供されるだろう。

 水天宮へのお供えの分も含めて購入すると玉藻たちはその場で食べ始める。


「これは我にとってはちと皮が薄いが、餡は絶妙じゃのう」

 玉藻は皮が厚めが好きなのか。なら皮が厚めのたい焼き屋を探しておくか。


「私はこれくらいの薄さのほうがカリッとしていていいわよ」

 桔梗はクリスプ派と。


「・・・」

「・・・」

 やっぱり泣くのかよ。まあ、下手に騒がれるよりましだが、その格好でさめざめと泣かれると場違いなこと甚だしい。


 たい焼きを食べ終わると昼食だ。

 問題はこれだ。

 下町洋食屋の変わり種のカツ丼に昭和27年創業のすき焼き屋、新しいところでハンバーガーか燻製カレー、西京焼きの魚定食、そして老舗鶏料理屋の親子丼。

 俺はルートビアが飲みたくてバーガー、桔梗はカツ丼だったのだが、さすがおきつねさまたちというべきか全員一致で老舗鶏料理屋の親子丼となった。どんだけおきつねさまって鳥が好きなのよ、お稲荷さんだけじゃなかったのかよ。

 伊勢の神使も食欲全開の視線で見てるんじゃないだろうな。


 親子丼の店も人気でいつも行列が出来ているが、鳥のためならということで並ぶのは苦にならないらしい。まあ、1時半までに並んだ人は食べられるので、開店時間前に並ぶのではなく、今回のようにたい焼きを食べてからの訪問となった。

 前もってコースを予約すれば並ばずに入れるらしいが、食べ歩きでこの後も胃袋に入れることを考えると親子丼だけにとどめておきたい。

 注文は俺と桔梗は『親子丼』、玉藻達は『三昧ざんまい親子丼』だ。まあ、親子丼にしては値が張るが、ここは伝統を含んでのお値段と割り切る。それにこういう楽しみにお金をけちると後で後悔するのが世の常ってやつだ。


「ほほう、これはモモと手羽と胸じゃな。違う肉をつこうておるのか。味は同じじゃが、食感が変わるのはおもしろいのう」

 さすが食道楽の玉藻、鳥の肉の部位がわかるとは。


 ちなみに桔梗は全部混ぜ派らしく、周囲の非難の目を気にすることなく木のスプーンで容赦なく親子丼を攪拌して口に放り込んでいる。たしか普段食べるカレーも同じ様な食べ方してたな。


「・・・」

「・・・」

 そして泣きながら口いっぱいに頬張っている二人。もう何も言うまい。


 親子丼を食べ終えて外に出て、甘酒横丁の交差点を渡ると一軒の店の前で俺は立ち止まる。

 さて、みんなしょっぱいものの後は?


「「「「「甘いもの!」」」」」

 

 皆で大正に創業したほうじ茶専門店の2階にある甘味処に入る。

 オーダーは玉藻と睦月、疾風と七竃が『ほうじ茶尽くしセット』、俺が『ほうじ茶わらびセット』、桔梗が、おおおおおおおいなんだよその『ほうじ茶ビール』って。間違いなくアルコールだよね。それアルコールだよね。


「われが注文すれば問題あるまい」

 いやいやいや、注文はともかくそのほうじ茶ビールの行きつく先が問題だから。


「全くうるさいわね、あくまでほうじ茶にビールの風味をつけたものよ」

 桔梗よ、なんだその強弁は。

 

「全く現世うつしよの常識というのはまったく不条理だのう」

 玉藻、お前が言うかよ!


 玉藻が腕を一振りする。

 おおい、何したんだ?


「店の者が桔梗を元服後のものと思い込む呪をかけたぞ、これで問題あるまい」

 問題ありまくりだが既に俺に突っ込む気力はなかった。これ以上言うともっと激しい呪を巻き散らかしそうだ。それに女性でも成人することを元服って言うのか。


 結局ヴィジュアル的にちと難がありそうなほうじ茶ビールは桔梗の胃袋に行きついた。


「ほうじ茶パフェにほうじ茶ぜんざい、ほうじ茶わらび餅となかなかに美味なのじゃ。このほうじ茶による統一感がたまらんのう。惜しむらくは抹茶尽くしセットを食べられなんだことだ。やはり注文しておくべきであったな」

 店を出ると玉藻が歩きながら話す。


 いったいどれだけ食べられるのよ。俺なんかもう腹いっぱいでこれ以上はいらないよ。まあ、この辺りは皆に読まれないよう意識の奥底に沈める沈める。

 

 俺と腕を組んだ睦月も

「私も抹茶尽くしセットを試しとうございました」

 ・・・これに応えねば旦那ではない。


 俺は歩きながら先ほどの店から50mほど離れた2号店へ皆を案内する。

 ふふふ、出来る神使は常にプランBを持っているのだ。

 当然オーダーは『抹茶尽くしセット』四つに、『抹茶わらびセット』一つ、・・・そしてもう何も言うまい、『抹茶ビール』一つである。


「さて、そろそろ水天宮すいてんぐうへ向かう頃合いじゃな」

 二週目のフルセットを食べ終えると玉藻の言葉に皆が頷く。

 疾風などこぶしを握り締めている。どんだけ水天宮の子宝いぬの自慢が悔しかったのよ。


「ふん、あの駄犬、太りすぎで主神である天之御中主神アメノミナカヌシノカミに痩せるよう命じられて、今、絶食させられているのよ。ほんとにいい気味だわ」

 疾風が握りこぶしを振り上げながら叫ぶ。こりゃ相当自慢話を聞かされたんだな。


 話を聞くと一時的にホテルのロビーに祀られていたため、そのホテル全体がやしろのような扱いになったらしい。そのうえでホテルが安産祈願特別プランランチを始めたので、信心のこもったランチがお供え物扱いとなって神使である子宝いぬの胃袋におさまったらしい。

 あそこのホテル、和食、中華、鉄板焼きのそれぞれのレストランで安産プランやっていたよな、そりゃ太るだろう。


「なにせ神力でも痩せられないぐらい食べまくったらしいわ。さすが犬ね意地汚いったらありゃしない」

 そりゃ三年近くホテルにいれば相当な量のランチが注文されただろう。

 しかし疾風はやて、それ犬という種族に対して偏見いだいてね? 


 おっとあやうく通り過ぎるところだった。

 俺は水天宮前交差点の角にある人形焼きの店で皆の分の人形焼きを買い求める。


「ふむ、これなら軽く食べられるのじゃ」

 玉藻が指について餡を嘗め回す。

 もう少し食べれるならこっちはどうだ。

 俺は白餡の入った登り鮎を玉藻にすすめる。


「うむやはり白餡は上品な味じゃのう。普通の餡といっしょに食べるとその違いが際立つのじゃ」

 

 人形焼きを食べ終えると交差点を渡り水天宮へ向かう。ちなみに交差点の角には交番があるので背中に日本刀背負っているときはみつからないように注意しよう。これ豆な。


 そして現れる水天宮。

 今年の春に建て替えが終わり新社殿となっている。一応久留米水天宮の分社なので、祭神は天御中主神アメノミナカヌシノカミ、安徳天皇、建礼門院、二位の尼なのだが、こちらは神使が管理して主神たちは本社である久留米水天宮に座しているとのことだ。

 まあ、小心者の俺が神代とはいえやんごとなき皇族の神々に目通りすれば、右手と右足を同時に出して歩く自信あるしな。


「そのような考えで神在祭に臨むつもりか。これはきっちり仕込まなければ」

 玉藻が俺の考えを読んだらしく溜息をつく。

 いや、仕込むって動物の芸じゃないんだから。

 

 ビルの入り口と見紛うばかりの水天宮の入り口で俺たちは神使の姿に変化する。階段に足をかけるとあたりが茜色に包まれる。水天宮は鳥居ではなくビルに入った瞬間から神代なのか。

 階段を昇ると玉藻をはじめ睦月や疾風たちが狛犬に礼をするので、俺と桔梗も慌てて頭を下げる。すると狛犬も軽く頭を下げる。おお、びっくりした、これも神使なのね。

 礼をして狛犬の脇を抜けると本殿へ向かう。現世なら参拝客でにぎわっている水天宮だが神代では静寂に包まれている。

 本殿の前に二人の人影が見える。一人は特徴的な体格、そして二人とも特徴的なその頭。


 左側に立つ女性はデブ・・げふん、げふん、ふ、ふくよかな体格に頭には犬耳、特大サイズと思われる巫女服の後ろから辛うじて茶色の尻尾の先が見える。

 右側に立つ女性は、緑がかった肌に頭には白い皿・・・、どう見ても河童にしか見えない。

 二人に共通することがさらにあった・・・。

 これメロン超えてスイカじゃね?

 痛たたたたたた。脇に立つ桔梗と睦月につねられる。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

「玉藻前様とその神使方それとおまけの狐と拝察いたします。私は水天宮四柱の神使たる丸静まるしず、隣に控えますは同じく神使の近松ちかまつでございます」

 犬耳の神使が名乗りを上げ、隣に立つ河童の神使を紹介する。

 おおう、疾風に対してのいきなりの戦闘モード。


 ここまでくるとたしかに犬というよりいのししといった体躯だな。おっとこれは読まれないようにしないと失礼にあたるな。

「ふん、相変わらず礼儀がなっていないわね。食い意地が張っているだけじゃなく口も悪い上に頭も悪いときていれば、主神も苦労するわね」

 疾風のカウンターが炸裂する。


「ふふふふ、素直にうらやましいと言ったらどう。玉藻前様とその神使殿のおこぼれを預かろうなんて、なんてさもしい狐かしら」

 丸静のフックが炸裂。


「ほほほほほ、さもしいのはどちらかしら。相変わらず痩せるのにはまだ成功していないのね。よくもまあ恥も外聞もなくその巨体を他人様の前にさらせ・・・」

 疾風の言葉が終わる前にぶちっという音が聞こえたかと思うと丸静が疾風にとびかかる。二人して取っ組み合って互いにマウントポジションを取ろうとして階段のほうへ転がっていく。


「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」


「こたびはわざわざご挨拶痛み入ります。残念ながらわが主神たちは本社に座してるうえ、西国で安産祈願の所要ができたためご挨拶できないことをお詫び申し上げるよう言い使っております」

 何事もなかったかのように近松ちかまつが口上を述べる。


 ちょっ、これ神代の常識なの。なにみんなスルーしてるのよ。人様のお社で取っ組み合いの喧嘩おっぱじめてるのよ。俺のやらかしよりひどくないか、これ。

 おおい、ふたりしてもつれたまま階段転がっていくよ。あれ、あのままだと神代の外に飛び出さないか?


 見ていると先ほどまで脇に鎮座していた狛犬たちが動き出すと階段を駆け下り、各々腕をじたばたさせる疾風と丸静の襟首を咥えて引きずってくる。


「ぜえぜえ・・・」

「はあはあ・・・」

 二人とも神は乱れ、衣装はあちこちが破れひどい姿である。


 唖然とする俺に玉藻が説明してくれる。

「狐と犬の中の悪さはさがじゃから仕方ないのじゃ」


 近松が言葉を添える。

「疾風と丸静は昔から会うたびにこれよ」


 そんな動物の習性みたいなもので取っ組み合い許されるのかよ神代!


「この程度のじゃれあいなんぞ軽いほうじゃな。おのれさがに引っ張られる神使どもの争いなんぞ問題にならん。まあ、これが主神同士となればさすがに規模が違うから問題じゃがな。こんなことで驚いていたら八百万やおよろずの神が訪れ、その神使どもが集まる神在祭を乗り切ることなどできんぞ、将門」

 玉藻が妖艶な笑みを浮かべる。

「神在祭は神が人々の願いを取捨選択する場じゃが、神々の争いごとを調停する場でもあるのじゃ」


 俺はここで初めて神在祭に参加することの深刻さを認識した。


 大変お待たせして申し訳ありません、受賞のプレシャーでしばらくスランプだったのですが、ちょっとしたきっかけでタガが外れて二日ほどで書き上げたのが本話です。矛盾・誤字・脱字と満載とは思いますが、毎日更新が途切れるまではプロットなし、先の展開を考えない状況だったのでその初心を思い出し、おもいっきり突っ走っていきたいと思います。本話のインスピレーションを与えてくれたとんちゃん様に深い感謝を申し上げます。

 本来考えたオチにたどり着く前に9000文字を超えてしまいスマフォでご覧の皆さまにはちと長い作品になってしまったと思いここでいったん切りました。本来のオチとは違うためちと弱いエンディングとなってしまったことをお詫び申し上げます。

 そして、本作をお読みいただいている皆さまに心からの感謝を申し上げます。


次回 おきつねさまと平氏の系譜(仮) お楽しみに

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