おきつねさまと神使の帰還
神代で乙女稲荷神社の社を壊した時に、現世での乙女稲荷神社も破壊されるという、神代の事象が現世の現実に干渉すると聞いていた俺は、最大の疑問を月読命の神使たる望月に投げかける。
「神代の月が消えた今、現世での月ってどうなるんだ?」
脇に立つ桔梗も同じことを考えたらしく、その眼差しは興味津々といったところだ。
乙女稲荷神社の社と違って、今回は月だ。いくらなんでも隕石や小惑星がぶつかってそのまま破壊されるなんてことはないだろう。昔なら物理的に月が消えても、確認のしようがなかっただろうが、この世の中、現実に月がなくなれば大騒ぎだろう。激しく気になる。
「あなた、もう少し月読命様の神使たる私に敬意を払ったらどう? しかも、自分で射落としておいていけしゃあしゃあと・・・。あー、もう全く。これ、本当に頭の痛い問題なのよね」
望月が右手中指でこめかみを抑え、頭を振りながら、悩まし気な声を上げる。ツインテールとうさ耳があざとくぴょこぴょこと動く。うむ、これは男の娘、男の娘、俺は自分に言い聞かせる。
「さっき長曳が言った高度にして的確な嫌がらせっていうのは、本当に言いえて妙なのよ。昔なら、月がなくなっても吉兆の兆しとかでごまかせたんだけど、さすがに今の信仰心なんて人情のごとく紙のように薄っぺらなうえに、人間どもが現世の月に到達する世の中だと、ごまかしようがないのよ。本当ならじっくりと神代の月を再生するんだけど、現世の月に影響が出るような時間はかけられないから、今頃、月読命様が貯めこんだどころか、あちこちから借りたくもない神力を借りて月を再生しているはずよ」
望月がため息をつく。
「月についてはほかの国の神々との申し合わせもあって、あんまり無体なことができないのよ」
ちょっとさらっとメタ発言きた。
ほかの国の神って・・・、そういえば、上野の花園稲荷神社の神使が引きこもったのもそれが一因だったか。
月というと、まさかギリシャ神話のアルテミスとかエジプト神話のホルスとか絡んでるとか・・・。
「あんなヒステリー女や鳥頭と月読命様を一緒にしないでもらいたいわね」
望月が俺をにらみつける。って、他国の神がやはり絡むのか、神代も国際交流の時代だな。
「まあ、心配するまでもなく月読命様が月の再生に神力を行使している間は、せいぜい月が雲で隠れるくらいよ。せっかくの中秋に月見を期待している人間どもには気の毒だけど、今晩一晩くらいはがまんしてもらうしかないわね」
望月が突き放すように言い放つ。
まあ、この程度で済んで御の字か。ファンタジーだけでも手一杯なのにこのままSFに突入とか洒落にならんからな。
あとは神在祭での月読命との面談を何とか切り抜けることに全力を注いで、睦月との華燭の典を上げるだけだな。あれ、神在祭って出雲大社だっけ、なら行くなら飛行機かサンライズ出雲だな。
そういえばサンライズ出雲って寝台特急だよな。うむ、新婚旅行いや婚前旅行を兼ねて睦月と一緒に行くというのもありだな、あれにはたしかツインの部屋があったはずだ。
隣に立つ睦月の顔が真っ赤になる。あれ、俺また考え声にしていたな。まあ、いいか。
そして、八幡の藪知らずに再び吹く一陣の風。
あれ、なに望月のその憐れむような視線。
「玉藻前様、どうしてこんなやつを神使に選んだんですか」
いや、望月なに俺を指さして、体全体をプルプルさせてるの。
あれ、玉藻なに視線落としているの。
「われもそう思っていたところじゃ、美味なるもののためとはいえちと早まったか」
いや、玉藻も肩落としながらなに同意しているの。
「信仰心が薄くなった世とはいえ、神代の世界を覗いてなおこの軽さ。こやつ神代というのをどう考えてるの」
望月が地団駄を踏む。
まったく心外だな。俺、きっちりと神使の仕事こなしているだろう。
「はい。旦那様」
傍らの睦月が、ぶれもせず答える。うむ、全く俺には出来すぎた嫁だ。
「玉藻前様、これ本当にどうにかしないと神在祭が・・・」
望月、とうとうこれ扱いかよ。おう、睦月、望月をにらみつけるのやめなさい。
「わかっておるわ、さすがに将門をこのまま神在祭に出すわけにはいかん。それまでには何とかするから安心せい」
玉藻が、望月に言い聞かせるように言う。
そりゃ、ちっとはやらかしたけど俺だって常識はあるって。それに今まで何とかなったし、最近では七竃にいろいろと教わっているぞ。
神在祭ってあれだろう、日本中の神様が集まって、いろいろな決め事や願い事を聞き入れるってやつだろう。主神たる玉藻に着いて行って身の回りの世話とか取次とかほかの神々や神使たちと挨拶とかすればいいんだろう。
「認識としてはあってるのじゃが、お主が言葉にすると果てしない不安しか感じられないのはなぜじゃ」
おいおい、いくら何でも失礼だろう。
これでも神使の務めをきっちりしてきたつもりだぞ。
え~っと、まず、神使になるにあたり、本山への挨拶もきっちりしたし。
玉藻に視線を向ける。
「稲荷神に誓詞奏上ぶちかましたがな」
玉藻。
あ~っ、ご近所への分祠のあいさつも務めたし。
玉藻から目をそらし、疾風を見やる。
「わが社を破壊したがな」
疾風。
きちんと主神のために浅草で食べ歩きしたじゃん。
桔梗に縋りつくような視線を向ける。
「日射病で倒れたけどね」
・・・桔梗、お前もか。
あれ、俺って意外とやらかしてる?
「いえ、旦那様は立派にお勤めになっております。微力ながら私もお支えいたします」
睦月が俺の手を取る。うんうん、俺はしっかりとやってるけど、まあうまくいかないのはやっぱ神代の非常識とか呪とか将門公のせいだよな。
「だあああああああ、睦月も将門を甘やかすのはやめい!」
玉藻前の叫びが響き渡る。
「まあ、妖、おぬしらの事情はなんでもいいんじゃがのう、さすがにここから出んか」
あきれ返った黄門様の一言で、神在祭への対応と俺への弾劾はうやむやとなり。現世への帰還が優先されることとなった。
そして、玉藻の神力にて、八幡の藪知らずの現世での存在である千葉県は市川市にある知森神社に帰ってきたわけだが・・・。
絶賛、轟く雷鳴に土砂降り中である。
おいおい、雲に隠れる程度じゃなかったのかよ。うおおおおい、道路冠水してるじゃん。こんなんでタクシーを拾えるのかよ。
「ご安心を旦那様、妖力にて濡れぬようにしております」
いつのまにかメイド服から巫女服に戻った睦月が言う。かくいう俺も根津のお化け階段で拉致られたときに来ていた服装に戻っている。よし、携帯も財布もお気に入りのGショックも無事だな。
確かに周りは雨なんだが俺たちの頭の上には見えない傘があるかのように濡れずに済んでいる。足元も俺たちの周りだけ、水が避けるかのように乾いている。ちょっとしたモーゼの気分だな・・・。あれ、だめだな他国の神話じゃん。日本神話だと海彦山彦の話って言ったところか。
「我は一足先に戻るぞ、将門はそちらのご老公とゆっくりと戻ってくるがよい」
あれ、そういえば七竃は。
「睦月に蹴り飛ばされた影一を拾いに行ってもらったのだが、どうやら影一を詰問するために将門公の使いとして荒野丸が来るようなのじゃ。顛末を話すために残ってもらったぞ」
玉藻の説明に疾風が軽くうなずく。
ふむ、影一め、まあたっぷりと絞られるがいい。あとで荒野丸に将門公が影一にどんな罰を下すのか聞いておかないと。
「ではまいるぞ・・・」
玉藻が軽く手を振ると、疾風、望月とともに姿が消えうせる。
おお、睦月はきちんと一緒に残ってくれるのね。ういうい。
「二度とこのようなことがないように玉藻前様より片時も離れるなと言付かっております」
・・・・・・。まあ、そうだよな。俺はちょっと残念な思いを抱いた、
「いえ、その、私も二度と旦那様が旦那様でなくなるなどという悲しい思いは・・・」
睦月が俺の考えを読んだのか顔を真っ赤にして慌てて言う。
「いちゃつくのはせめて帰ってからにしてくれるかしら」
桔梗に突っつかれる。おう悪かった。しかし、残念、家での割烹着もいいが、あの姿は何度見ても癒される。
「旦那様、その、・・・着替えましょうか」
睦月の言葉に桔梗があきれながら言う。
「将門、いくら何でもあの格好でタクシー乗ったら変態認定間違いなしよ。現世に戻る時に睦月ちゃんに話して着替えてもらったのよ」
ごもっとも。俺は素直に桔梗に感謝する。
桔梗、まさかその格好でここまで来たのか?
神代での移動が出来ない桔梗は、巫女服に着替えたうえで、都心の家から呼び寄せたタクシーを飛ばして合流したらしい。
玉藻め、神力を使って神代に入る時だけ着替えさせればよかったのに。
「まあ、私はそんなに苦にしないわよ」
いや俺が苦にするんだって、なんたってアロハ姿の俺に金襴緞子の着物姿のご老公、巫女服姿の睦月と桔梗。
こんな姿の客を土砂降りの深夜にすんなり乗せてくれるはずもなく、さんざん乗車拒否をくらって乗せてくれるタクシーが現れたのそれから2時間もしてからだった。
6月30日から3日間、京都・大阪を旅行していきました。京都での見学場所は鉄道博物館、伏見稲荷大社、龍安寺、金閣寺、二条城、銀閣寺、清水寺、将軍塚を見て回り、ラーメンや鱧、鮒ずしを食い散らかし、大阪では、通天閣と大阪城を訪れ、串カツ三昧の旅を楽しみました。まあ、全部取材を兼ねてですが。
どうもネット小説大賞を受賞してから、あまり恥ずかしいものを提供できないというプレッシャーが先行して、筆がすすみませんでしたが、初心を取り戻し、突っ走っていきたいと思います。整合性や誤字脱字等あろうかと思いますが、今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。




