おきつねさまと月からの使者
平将門公の七人の影武者の一人であり八幡の藪知らずを司る影一は、現世に具現化し災いと呪をまき散らそうとの企みを実行するため、白面金毛九尾の玉藻前の第一神使で、平将門公と同じ魂を持つ八代将門の主神に対する信仰心を利用して呪によりこれを八幡の藪知らずに拉致し、その体と力を奪うと神使になりすまし、さらに奪った力をもって神代に混沌をもたらさんと夜の国を支配する月読命の社たる月を射落とした。
しかし、すべてを見破った玉藻前とその神使たちにより現世に呪をまき散らす前にこの企みはもろくも崩れ去ったのだ。
「こんなところでどうだろう」
俺の提案に皆がため息交じりで感想を述べる。
「甘味を買い求めるのを信仰心って言い切るところ以外はよくできているわ」
とはいち早く逃走をあきらめた疾風の弁。うむ、策士に褒められると自信がつく。
「お主が言うと、信仰心という言葉が空々しくというか寒々しく聞こえるんじゃが」
とは気絶から復活したわが主神。いや本当に今回は感謝しているって。
「こんなところどころじゃねえ、月を射落としたのはお前だろう。なに、しれっと我のせいにしとるのじゃ。それに我はそんな大それた企みなんて考えておらんぞ。勝手に話を作りおって、我は常世の国と夜の国との間で戦なんぞ起こす気なぞ毛頭ないわ」
俺の足元に転がる影一がわめきたてる。
一度やってみれば慣れたもので、落馬した影一に意識を集中するとあっさりとこいつの力を奪えた。まあ、褌一丁はさすがに目の毒なので、鎧姿のまま縄で縛ってある。
「まあ、お主が将門の体を乗っ取らなければ、こんな騒ぎにはならなんだ。まあここはきっちりとあきらめて責任を取るのじゃな。どのみち主神である将門公を出し抜いて現世に具現化したことがばれればただではすむまい。あげく、月読命に喧嘩を吹っかけているとなると、どちらにしろお先真っ暗というやつじゃな」
玉藻が影一に言い聞かせるように言う。
「矢を射たのはお主の神使じゃろうが。わが主ならしっ責ぐらいで済むが、月読命は洒落にならん。飯がまずいってだけで神を殺すような奴だぞ、月を射落としたなんてわかったら殺されるどころじゃない、まず間違いなく黄泉の国までまっしぐらだ」
影一があきらめ悪くじたばたともがいている。
月読命が保食神を殺したって神話が本当とは。
俺は玉藻の顔色を窺う。真面目に、今回は乙女稲荷神社の時のやらかしより深刻らしい。
「本当じゃ月読命は出された飯がまずかったという理由で保食神をたたき殺しておる。まあ、そのせいで天照大御神と月読命は仲たがいをしているのじゃが・・・」
俺の心を読んだのか玉藻が答える。
なんでこう神様って食に対する執着心とか半端ないの。仲たがいしているなら、さすがに伊勢に頼るわけにはいかないか。
「まあ、伊勢がこの有様に気付くのも時間の問題じゃが、伊勢が介入しようとしまいと、こやつを月読命に差し出すほかにうまくいく方法はあるまい。まあ、神田明神と月読命との間に軋轢が生じるが、将門公の性格からすると逆にこれ幸いと嬉々として夜の国をわがものにせんと乗り込んでいきそうじゃ」
どんだけ武闘派なの将門公。さすが東国に新たな国を作っただけのことはある。神代でも新王名乗って自分の国を作り上げるつもりか?
俺は未来永劫将門公に拝謁する機会が訪れないことを切に祈った。
「いくら話をとりつくろうたって我が月読命に本当のことを話せばどうなると思う」
縛り上げられた影一が不敵に笑う。まあ、そうなるわな。
「旦那様、これを土くれに戻してから月読命様に引き渡すのはいかがでしょうか。さすれば何も申し開きはできないでしょう」
おおう、睦月、なかなかえぐいな。でもこいつがどう言い訳しても、逃れようがない状況証拠が揃っているからな。
「射かけた弓矢は影一のもの、込められた力も影一のもの、そして矢が放たれたのも影一が司る八幡の藪知らずときている」
どう見ても影一のせいです。本当にありがとうございました。
「確かに、この状況ならだれもお主の言葉を信じることはなかろう」
俺の言葉を肯定するように、玉藻が言い放つ。
よし、完全犯罪成立だ。
「まあ、犯人は誰しも自分はやっていないって主張するものよね」
疾風がしたり顔で頷く。
「信じるわよ」
ふいにかけられた言葉に俺たちは振り返る。
「うさぎだな」
思わず声に出して確認してしまった。
「ええ、うさぎね」
俺の確認するかのような言葉に桔梗が相槌を打つ。
端的に言えば目の前に立っていたのは、巫女服を着た黒髪ツインテールのうさぎ耳の少女だった。もっともこれを巫女服といえるかははなはだ疑問だが。
へそ丸出しで胴と腕の部分が分かれた煽情的な衣装、ミニスカに真っ赤なニーソ、草履の鼻緒まで赤い。うむ、惜しむらくは真っ平らな胸、完全に守備範囲外だ。
いたたたた、睦月、つねるのやめなさい。俺の不埒な考えを読んだのか睦月が俺の腕をつねってくる。
大丈夫、睦月、まな板に興味はないから、おっとこれは心の奥底に・・・。
「安心せい。睦月、こやつはこう見えても男じゃ。そちの大切な旦那様を取られる心配はないぞ」
な、ん、だ、と、神代にもいるのか男の娘。俺は愕然とする。
オカマにヅカに男の娘、神代の皆が、俺の常識を非難する前に神代の常識をだれかどうにかしようよ。
「へーっ、そちらが件の神使ね」
にやりと笑う口から長く伸びた犬歯が見える。おいおいうさぎって草食動物じゃなかったのか。なんだよこの肉食系うさぎは。
「まさか、お主が来るとはな。それに月がない今、夜の国から常世の国にはそう簡単に来れないと思うておうたが・・・」
玉藻が苦虫を潰したような顔で受け答えする。
「玉藻前様お久しぶりでございます。そしてその神使の皆様方、お初にお目にかかります。私は月読命様の第一神使たる望月と申します」
なるほど望月とはさすが月絡み、洒落ているな。
「動きが早いわね。これはちょっと予想外かしら」
疾風がつぶやくと玉藻も頷く。
「玉藻前様、お忘れですか。司る神使はおりませぬが月読命様は、お社を一か所お持ちになっていたのを・・・」
つぶやきが聞こえたのか望月が答える。
「松尾大社の摂社か・・・」
玉藻がハタと膝を打つ。
松尾大社って確か京都でお酒の神様だったよな。あそこに月読命の摂社があったのか。
「たまたま、所用で松尾の社に伺っていたところ、月が射落とされるという有様。わが主神より事の顛末を調べてこいと命じられ、まかりこした次第です」
しゃべっている間も望月の視線は俺から離れない。
おれの腕にしがみついている睦月の力がさらに強まる。
大丈夫、大丈夫、俺、本当にそっちの趣味ないから。
「矢に込められた力と放たれた場所より、将門公ゆかりの影一殿がかかわっているとわかったので、このように参りました。そこに影一殿が縛られているところをみると、玉藻前様が、その不届き者を捕らえてくださったようですな」
「・・・うむ」
玉藻が歯切れ悪く答える。
望月の目が細くなる。
「しかしながら月読命様の月を射落としたのはそちらの神使のよう。月を射落とした矢にそちらの神使殿と同じ力を感じるのですが・・・」
「こ奴が我のちか・・・・」
影一がすべてを言い終える前に睦月が駆け寄ると蹴り飛ばす。うは、本当に飛んで行ったよ。香港映画のワイヤーアクションだってあんな風に飛んでいかないよな。
つうか今、睦月のつま先影一のからだにめり込んでいたよね。
「神使殿の気のせいかと・・・」
証拠(影一)を物理的に隠滅した睦月が、仁王立ちで望月をにらむ。
先に目をそらしたの望月だった。
「七竃、拾ってきてくれ」
玉藻が影一の回収を七竃に頼む。七竃は一礼すると影一が飛んでいたほうに駆け出していく。
「しかたありませぬな。依り代となって、わが主のお言葉を直にお伝え申す」
望月が目を閉じるとなにやら唱え始める。望月の体からぶわっと威圧感が溢れ出す。望月が目を開けると黒かった瞳は金色に輝く爬虫類をほうふつとさせる細い瞳に変わっていた。
これが依り代ってやつか。もし、将門公が俺の体を依り代にするとこんな感じになるのか。
『将門公の影ごときの力でわが力の証たる月が落とされるなぞありえんわ。その上にあの一矢には我に対する畏怖と畏敬の思いが微塵も感じられぬ。神代のものならば月に対してもわれと同じ畏敬の念を抱いておろう。この場にその念を抱かぬものが三人おる。そしてお主から矢に込められた力と同じものを感じるわ』
野太い声だ。月読命っててっきり女神だと思っていたけど男神だったのね。なのに神使が男の娘・・・。いやな想像をしてしまった。
望月、いや今は月読命か、俺を指差すと、犬歯を見せながらニヤリと笑う。
『それよそれ、我に対するその不敬の念』
どちらかというと腐系なんだがな。これ完全にロックオンされてるな。
「いかに月読命といえど、我が神使たる将門を害させるわけにはいかぬ」
玉藻が十尾をゆっくりとまわしながら、望月、いや月読命に告げる。
望月が再び目をとじ開けると、威圧感は消え失せ、瞳の色も元に戻っていた。
「ご安心を。月読命様は神使殿を害することや罰することは考えておられませぬ」
「それではなぜ」
玉藻は警戒態勢を解かない。
「月読命様は時を司ると同時に先読みの力を持っていられます。ところが、今回の事を先読みする事ができなかった上、此度から神代の先が霞がかかったかのように見通すことが出来なくなったとのこと。月読命様のお見立てでは、間違いなくそちらの神使殿が絡んでおるとの事、ぜひ、神使殿には夜の国においでいただき、月読命様に拝謁していただきたい」
なにそれ、俺の知らないところでなんで事が進んでいるの。そして、それ月落としたこととまったく関係ないよね。
「じゃが、将門はわれの神使じゃ、神格をまとおうと人じゃ、神代でもここ常世の国ならまだしも夜の国に亘ることなど不可能じゃ」
「ふふふ、体は無理でしょうが、その魂だけとなれば? 月読命様はああ申しましたが、私は主神のためなら、手段を選びませぬ」
望月がずいっと前に出て、俺に歩み寄る。
望月の言葉に玉藻と睦月、疾風が俺の前に歩み出る。桔梗も悟ったのかそれに続く。
「将門を害するようなら、夜の国のすべてを向こうに回してでも止めるぞ」
玉藻が十尾、睦月が五尾を振りまわす。
これさすがに俺の立場ないよな。俺の尻拭いのために主神と嫁に迷惑かけるとは。
まあ、八幡の藪知らず限定であれば影一の力使えるわけだからな。ここは自分で尻拭いするしかないか。
「桔梗、頼む」
俺は桔梗の肩を叩く。
「・・・わかったわ」
さすが幼馴染察しがいい。
「さすがに主神と嫁にかっこ悪いとこ見せられないよな」
俺は言葉に出すと両手でピシャリと頬を叩いて気合を入れる。
「相手は俺だ望月。玉藻と睦月、疾風や桔梗には手を出すな」
「将門!」
「旦那様!」
たまにはかっこいいところ見せないとな。
うお、望月どっから出したのその金棒。やべ、弓で太刀打ちできるか?
「勝手な真似は困りますな、望月殿」
また知らぬ声が八幡の藪知らずに響き渡る。
また新手かよ。そろそろ八幡の藪知らずに入場制限かけたほうがいいんじゃないのか?
現れたのは、以前に見たのと同じ白衣に濃い紫の袴、白く長い髪に頭に紅い鶏冠のある男性。
長曳!!!
「伊勢の神使がなぜここに」
望月が眉をひそめながら尋ねる。
「月を射落とすなどという、実に数百年ぶりの月読命様への高度にして的確ないやがらせ。天照大御神様におかれましては、実行したものに褒美を取らすとたいそうお喜びで・・・」
いや、そんなんで褒美もらってもうれしくないから。それにどんだけ兄弟仲が悪いの。
「急ぎ、伝えて参れという命を受けましてな、まかりこした次第です。ご安心めされい、玉藻前様と神使におかれましては伊勢が責任をもってお守りいたします」
長曳が、俺達の前へ出ると、軽く礼をする。
「くっ」
望月が悔しがっって金棒を地面になんども叩きつける。すげえな天照大御神のご意向。
それにしてもどんだけ馬鹿力なのよ望月。
「それと望月殿には月読命様への言伝を願いたい」
長曳は望月にも一礼して伝える。
「此度の神在祭に玉藻前様の第一神使たる八代将門殿を迎えるとのこと。すでに出雲の許しは得ておりまする故、月読命様と神使殿との対面は神在祭にて、との天照大御神様からの言づてにございます」
いや、何勝手に決めちゃってるの。その頃って睦月との華燭の典だろ。そんなもの行っている暇ないし。
長曳、玉藻、望月、疾風の冷たい視線。
あれ・・・、ちょっち対応間違えた?
「「「「伊勢の神意をこうも軽く考えるとは」」」」
お願いハモるのやめて。
俺はがっくりと膝をつく。
「お主らの事情はわかったのじゃが、わしのことを忘れているわけではあるまいな」
ご老公の言葉に皆が振り返る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまま、顔を見合わせると一同は望月に視線を向ける。
「わ、私の力じゃ戻せないわよ」
無言の圧力に望月がたじろぐ。
長曳がため息をつくと玉藻に頼み込む。
「こちらのご老人は、神在祭まで、玉藻前様にお預かりいただきたい。神在祭には月読命様もおいでになることでしょう。その時に元の世に戻していただきましょう。それと、望月殿におかれましても、このご老人の帰還と引き換えに将門殿の神在祭への参加を条件とすれば、面目も立ちましょう。いかがでしょうか」
いやいやいや、黄門様現世に連れかえったらえらいことになるし。
「異存ないわよ、あなた必ず神在祭にくるのよ」
望月は俺をビシッと指差す。
「ほほう、妖の世界を覗くことになろうとは。ふむ、面白い」
ご老公、あんた絶対に好奇心で身を滅ぼすぞ。
これ、歴史が変わっちまうことって・・・ナイヨネ。
また話が暴走しました。望月出てくる予定ではなかったのですが、我が地元のラリーチームのイメージガールの服装があまりに・・・・だったのでつい出してしまいました。いや、本当にこの衣装すごいんです。
人形町食べ歩きまであと何話かかることになることか。人形町には行ったことは行ったのですが、シュークリームは買えず、たい焼きも行列で挫折したため、再度のチャレンジを計画中です。皆様に飯テロと言われるくらいのお話を提供できるよう頑張っていきたいと思います。




