おきつねさまと神使たち
親父の動きは早かった。
その日のうちに俺と上京、俺は有楽町駅で降りて玉藻に供える蓮根の和菓子を購入して帰宅。親父はそのまま残って、まずは住まいの手配。俺の住み始めたばかりの1DKのアパートを夏休み明けに引き払う算段をつけ、都内にも関わらず中古の1軒屋を購入した。知らぬうちに玉藻と打ち合わせしたらしく、敷地内に屋敷神の祠が祭ってある小さな物件を手に入れたらしい。さらにはうちの修繕を頼んでいる工務店に頼んだらしく大小のサイズ、2つの扁額が月曜の朝には届いた。
京都の老舗の蓮根の和菓子を食べてご満悦の玉藻に扁額を書いてもらい、大きい扁額をお社に掲げると小さな扁額は俺に託され、再び上京。
JRの駅から15分ほど歩いた寺町の一角にその住宅はあった。古い木造立ての平屋だが、こじんまりした感じが気に入った。家には小さいながらも庭もあり、屋敷の北西の角に小さな屋敷神の祠があった。家はかなりの間、空き家だったらしく、少し手を入れないと住めないらしい。親父が携帯電話で修理の手配をしていた。
「意外と立派だな」
俺は一人ごちた。
屋敷神の祠は俺の身長くらいあった。小さな賽銭箱も備え付けられており、駒狐がわりなのか、傍らに薄汚れた白い陶器製の狐の置物が鎮座していた。さっそく、俺は小さな扁額を祠に掲げた。
「うむ、悪くないところじゃ」
うぉ、びっくりした。振り返ると玉藻が立っていた。しかし、いでたちが凄い。
「それ、十二単ってやつか」
玉藻は昔の女官が見につける豪奢な着物を身に着けていた。
「巫女服はどうした?」
別に俺が巫女服フェチというわけでない。たぶん、違うと思う。
「こちらがわれの正装じゃ、巫女服は気分じゃな。それよりこちらの話をつけんとな」
玉藻が祠の前に進み出た。祠に目を戻すと黒髪にやはりケモ耳、巫女服姿の少女がたたずんでいた。ただ巫女服は薄汚れており、ところどころほつれが見える。また、玉藻と違うところは袴の後ろからもふもふの尻尾が生えてるところだ。祠をみると先ほどまであった狐の置物がなくなっていた。
そういえば玉藻は尻尾がなかったな~と考えていると、玉藻が少女に問いかけた。
「われは玉藻前じゃ、そちがこの祠の主じゃな?」
玉藻の言葉に少女は震えながらうなづき、逃げ場所を探すかのように周囲を見渡した。
玉藻お前どんだけ怖がられてるんだ。
「そちには2つの選択肢がある。ひとつはこんな小さな家も守れなった駄目な屋敷神として、ここを追い出され本山に戻ること。まあこの場合重い叱責と修行のやり直しが待っているじゃろう。もうひとつはわれの眷属となり、われに尽くすことじゃ」
いや、それ選択肢じゃなくて脅迫だから。
「われの眷属になるともれなくこの世の美味を味わうことが出来るぞ」
いや、食べ物に釣られるような残念な神様はあなただけですから。
「眷属になります」
少女は即答した。しかも尻尾を上下に勢い良く振っている。
きつねの神様ってこんなに残念な神様ばかりなのか。俺はため息をついた。
すぐに玉藻が眷属の儀式を執り行った。
儀式といっても玉藻が少女に新たな名前を付けるだけのものだった。玉藻いわく名を付けることにより、その眷属に名を付けた主人に逆らうことが出来ない代わりに、主人はその眷属を全力で保護しなければならないとのことだった。
「意外と紳士的な関係なんだな」
バトルものの物語だと眷属は主人の命令で戦いに赴き、命を賭けてでも主人を守る物かと思っていた俺は素直に感想を述べた。
「そちがどんな想像をしてるかわれには薄々わかるのじゃぞ。」
おお、顔に出ていたか。気をつけねば。
玉藻が何か言いたそうだったが、ため息をついただけだった。
「ではそなたに名を授ける。これより『睦月』と名乗るがよい」
まさかの名前ロンダリング。前の名前くらい聞かないのか。
玉藻の言葉とともに、きらきら光る粒子が、少女の周りを回り始め、薄汚れ、ほつれた巫女服が新品の巫女服へと変わっていく。
「こりゃ凄いな」
正直驚いた。今まで見たのは消えたり現れたり程度だったが、これはたいした神力だった。
「どうじゃ、すごいじゃろ」
俺の考えを感じたのか、玉藻が得意げな表情をする。
睦月と名づけられた少女が玉藻の前にひざまずき起請の言葉を述べる。
「睦月はこの命ある限り玉藻前様の眷属として尽くすことを稲荷神と八百万神にかけて誓いまする」
玉藻は睦月の頭に右手を置く。
「うむ、励むがよい」
おいおい、ずいぶん簡単だな。今度は特になんのエフェクトもなかった。
「主様、こちらのお方は?」
睦月が俺を見つて玉藻に問うた。
「うむ、このものは八代将門。われの第一の神使じゃ、このものの言うことはわれのいうことと思うて従うがよい」
おおう、いきなりの後輩誕生。
「かしこまりました。八代様、今後ともよろしくお願いいたします」
睦月は丁寧に頭を下げてくれた。
「つきましては美味しいものはいついただけるのでしょうか?」
俺と玉藻はさすがに顔を見合わせてなんとも言えない表情をお互い浮かべたのだった。
その後、俺が睦月のためにスーパーにお揚げの買出しに走ったり、買ってきたお揚げを見て、われの分もとわがままを言う玉藻のために再びスーパーに買出しに行く羽目になったりといろいろあったが、玉藻から眷属と神使の違い、睦月と俺との仕事の違いの説明があった。
「まあ、本来眷属も神使も一緒じゃな」
ぶっちゃけやがった。
「じゃが、将門は人間じゃ。ということは眷属の持つ力というのは・・・あー持っておらん・・・。」
なんだその間は。
「睦月は持っているのか?」
「・・・・」
俺の問いに睦月は無言だった。腹を満たして調子を取り戻したのか、俺を人間と侮っているのか、玉藻に言い含められたにもかかわらず、なにやら態度がとげとげしい。
「睦月、変化じゃ」
玉藻の言葉に恭しく礼をすると前置きなく、睦月の姿が消え、1匹の狐が現れた。
「眷属と神使は同義のことじゃ。われの神使は眷属たる狐。神によって神使たる眷属は異なる。櫛真智命などはこともあろうに犬を神使にしておる」
玉藻は苦々しげに言う。狐だけに犬は苦手なのだろう。
何気なく狐と化した睦月の手を伸ばすとフーッとうなり声を上げて威嚇された。
これってツンツン狐とかいう新しいジャンルなのか?
「睦月! 将門の前世は平将門じゃ。このものの魂は将門の呪を引き継いでおるのじゃぞ」
睦月の姿が人型に戻るとともにすさまじい勢いで土下座をする。
「私の思い違いで、大変失礼しました。どうか命ばかりはお助けくださるようお願い申し上げます」
ビジネスマンもびっくりの見事な謝罪モード。将門公の威光は凄いとしか言いようがない。
「いやいや、命とらないから。それに将門公は神様だけど俺はただの人間だから」
俺がフォローを入れても、睦月はガタガタと震えている。
話が進まないので、玉藻を促す。
「われの姿は本来、人には見えん。しかし美味いもの食べるという目的のためには現世で具現化する必要があるのじゃ。そこで将門じゃ、将門という人間を神使にすることにより、われは現世で、人として認識されるようになるのじゃ」
「おいおい、その理屈だとこの世には人間のふりをした神様がどっちゃりいそうな感じなんだが・・・」
「それはない。まず神とうつし合う魂などよほどのことがない限り現れん。将門のように神格化したものの残りの魂でもない限りはな。それに相性の問題もある。われとお主は都憎しという呪があった。このような偶然たびたびは起こらん」
さらっと恐ろしいことを言うな。となれば崇徳天皇と菅原道真の残りの魂とかありえるんじゃないのか?
「あやつらは人の神使をもっておらん。まあ崇徳院も天満天神も今ではおのおの蹴球と学問の神様と多大な信心を集めているからな。将門公と違って畏怖の心で信心されてはおらぬから、残された魂と出会ってもわかるまい」
うお、神界の内情暴露きた。
「あれ、俺、神田明神にお参りしてるよね。同じ呪を持つ将門公とあってることにならない?別に何もおきていないけど」
「将門、おぬしいつ参った」
さすがに玉藻の目の色が変わった。
おれは思い出す。大学入試センターが1月だったから、えー。
「11月の終わりだな」
「なるほど、神在祭で神々は皆、出雲に集まっていた時じゃな」
「将門公が不在だったからなんともなかったのか?」
「そういうことじゃ」
玉藻はあからさまにほっとした表情を浮かべた。
「将門公のことじゃ。お主を見つけたら依代にして神おろしを執り行い、現世に具現化し好き放題したじゃろう」
それってかなりヤバくね? 俺は自分の幸運に身震いした。
ひょっとしたらこれも玉藻の御加護だったのかもしれない。
「玉藻はうちの庭に引きこもっていたのかと思ったが、事情通なのだな」
「まったく失礼な物言いじゃな。うむ、伊勢神宮の神使の鶏がの、どのような僻地の神でも社か祠さえあれば、神界の知らせを記した書簡を毎月送ってくれるのじゃ」
神界にもあるのね、センテンススプリング。
「最近の知らせで将門公がらみといえば・・・」
「あるの?」
「うむ、原発事故とやらで相馬神社のまわりで避難する者が増えてな。信心が減ったことに将門公が腹をたててな。原因となった電力会社とかいう者を全力で呪おうとしたらしい」
うわ、知りたくなかった。傍らの睦月がまたガタガタと震え始める。
「社を飛び出す前に、天満天神が押しとどめたらしい」
「神田明神と湯島天神近いもんな」
電力会社の本社も近くだ。将門公の呪いなら首都直下型大地震くらい考えられる。天神様も被害を受けたくなかったのだろう、なぜか納得できた。
「で話を戻すが、本来われは己の社の敷地内しか動くことが出来ん。しかし、人間の神使という将門が一緒にいる限りわれは人間の世界を闊歩することができるのじゃ。逆に言えば人間である将門は神界に足を踏み入れることは出来ん。睦月は神界での神使、将門は現世での神使と、各々の役割を分担してもらいたいのじゃ」
ふむ、玉藻も意外と考えているじゃないか。
「まあ将門の神使としての役目は、美味いしものをわれに食べさせるだけでよいぞ。楽な仕事じゃろ」
ちょっとでも褒めた俺が馬鹿だった。
「で、神使になるのはよいが、かわりになにか失うとか。ないだろうな?」
「・・・・」
「なんだよその沈黙!」
「何もないぞ、将門の考えがちと不敬だったので、からかったまでじゃ」
俺はほっとした。
「まあいい、で、神使とやらにはいつなるんだ?」
玉藻がキョトンとした顔をしている。あれ、俺変なこと言ったか・・・。
「将門、おぬしはすでに神使じゃ。枕を飛ばした晩があったじゃろ、その時寝ているうちに神使にさせてもらったぞ。おぬし気付かなかったのか? さもなくば一族とはいえ御当主たちにわれの姿が見えるわけなかろう」
おいおいおいおい。
「あの時親父の許可を求めたのは?」
「うむ、事後承諾というやつだ」
「・・・・・うええええええええ」
思わず叫んだ俺を誰も責められまい。




