おきつねさまと神使と影一
「ふむ、ようやく会えたな、神使殿」
馬上の平将門公と思しき武者がのたまわる。
国宝の赤糸威大鎧も顔負けの朱色の大鎧が見事だ。大袖の部分には荒野丸を彷彿とさせる金色の鵺の象嵌が施され、金色に輝く前立ては大きなV字を描いている。そして面頬。真っ黒な面頬のおかげで、武者の表情をうかがい知ることはできない。鎧にかけられた貫きは微動だにせず、また、乗られている馬もまるで時が止まっているかのように佇んでいる。
これ、ちょっと格好良すぎるだろう。大鎧は三十キロはあると聞いている。馬上での弓での戦に特化した甲冑だ。着てみてえええ。ってなに考えているんだ俺。あれ、なんであの甲冑姿に惹かれているんだ。
いやいやいや、俺、将門公に会いたくなかったはずだろう。そのはずだ。なのになんだこの気持ちと感情。
「神使殿の魂は我と根元が一緒なのだぞ」
俺の感情を読み取ったのか?
・・・俺、なんで危機感抱いていないんだろう。荒野丸の時とダンチだよね。あの時感じた絶望感とか、なぜ主人の将門公から感じないのだろう。これ本当に将門公なのか。
「ふむ、なかなか良い感をしている。まあ、我もあのような呪でお主を捉えられるとは思ってはいなかったが、運が良かったようだ。乙女稲荷での騒ぎを聞いての、ダメ元で仕掛けてみたが、見事に嵌るとは。お主には悪いが、この機会逃さずに利用させてもらうぞ」
なぜ、知っている。あの時、七竈が、神田明神への睦月の力の流れは抑えたはずだ。将門公の方が一枚上手だったのか。いやそんなはずはない。玉藻は都の妖と豊川稲荷の荼枳尼天に動きがあると言っていた、将門公の動きについては何も言ってなかったはずだ。
根津のおばけ階段の呪が平将門公由来なんて誰も想像つかないだろう。それより俺の財布とG-SHOCKスカイコックピット返せよ、運が良ければ根津の交番に届けられるだろうが、下手すりゃネコババコースだろう。なんて思考を廻らせつつ、もう一つの考えを巡らす。
こいつ本当に平将門公か? 将門公にしては、迫力がないというか、まるで影のような・・・・・。
こいつ!
「ほほう、思いを隠しておるな。妖の力を身につけたと言ったがまだまだのようじゃな」
面頬越しだが武者がニヤリとするのがわかる。
そう、こいつは将門公ではない。
なぜか俺はそう思った。おそらく俺の魂がこいつは将門公と違うと判断しているのだろう。こいつは将門公とは似てはいるが、非なるものだ。ただ魂の有り様はかなり近い。となれば、答えはひとつ。こいつは平将門公の影武者だ。
考えてみれば“八幡の藪知らず”の伝承のひとつに平将門公の影武者の墓だという話もあった。神田明神にある平将門公の影武者が描かれた絵を俺は思い出す。
「将門公の影武者か」
俺の言葉に反応したのはご老公だった。
「お主、平将門公とどのような関わりなのじゃ?」
俺の後ろので、光圀公がつぶやく。
「まあ、同じ魂を持つ身といったところでしょう」
馬上の鎧武者から目をそらさず、光圀公の問いに直球で答える。
「だいぶ、混みいった事情があるようじゃの?」
この爺さん他人事のように言うな。あんたも巻き込まれているんだぞ。好奇心は猫を殺すってことわざ・・・・、ああ、この時代にはなかったか。
「ええ、ご老公が能の最中に藤井紋太夫を手打ちにしたように・・・」
俺はうっかり口走ってしまった。
「・・・・・さすが妖よのう。なぜに我の企てを知っておるのじゃ」
ご老公の目がギロリと俺を睨む。
やべ、藤井紋太夫殺害事件の前のご老公だったらしい。また、俺やらかしたか。影武者野郎と黄門様の二正面作戦だけは避けたいところだ。
それに、まさかこれで歴史変わるなんてことないよね。
俺は一瞬馬上の武者から視線を外してしまった。そして、影武者野郎は、その隙を見逃すことはなかったらしい。
「そちらのご老公には退場願おう」
馬上の武者が矢をつがえると、光圀公に向かって放つ。すかさず俺は自分の体を光圀公の前に投げ出すと妖力を全開にして、矢を止めるイメージを展開する。これ力負けしたら、矢がブスリといくよな。
俺の心配をよそに、矢は俺の胸の前で土塊となり、サラサラと消え去っていく。
・・・土くれ?・・・・
俺、矢を止めるだけのイメージだけだったはずだ。なぜ、矢が土くれに?
「神力、妖力ともに申し分ないな。ますますお主が欲しくなったぞ」
それに口調が妙に平坦だ。まるで、人形のように・・・。
俺が思考を巡らせた瞬間、馬上の武者がゆがけをつけた右手を俺に向ける。
途端俺の意識が・・・・。
あれ、俺、今どこにいるんだ。
目の前に・・・あれ、俺がいる。神使姿で耳と尻尾を・・・て固まっているな。眼には生気が感じられない。傍で光圀公が俺の体を揺すっている。 って、俺ここにいるよね。
俺は自分の手を見つめる。左手に籠手を右手にゆがけを・・・・って俺、なんで大鎧着ているのよ。あれ、まさか俺・・・、慌てて顔に手をやるが、つるりとした面頬の感触がゆがけごしに伝わってくる。
でもなんで俺が俺を見下ろしてるの?
大鎧のずっしりした感触を全身で感じているの?
さっきまで草履だったのになんで足に貫き履いてんの?
そう思った瞬間、俺は再び鎧武者を見上げていた。
「なかなかしぶといな」
感心したような武者の声。そして再び俺に伸ばされる右手。
「妖、すごい汗じゃ、しっかりしろ」
光圀公の言葉が俺の耳に響く。
再び俺が俺を見下ろしている。
・・・俺、武者と一体化してるのか? 取り込まれたのか? 寒気が俺の体と心を襲う。
そして、千々に心が乱れる。
俺が俺でなくなるのか・・・・・。
あれ俺が笑っている。
「神使殿には礼を申し上げる。我は平将門公が影武者の一人、影一と申す。お主の体を持って現世に具現化せし、我が悲願、ここに果たせり」
俺、あんな邪悪な笑いできたのかよ。脇の黄門様、ドン引きだよ。
「安心めされい。神使殿の人生は我が引き継ぐに・・・。今後はこの八幡の藪知らずで永劫に暮らすが良い。ふむ、話し相手にこの老人も残していこうぞ」
こいつ俺の人生乗っ取る気かよ。
睦月、玉藻、桔梗、両親、祖父母皆の顔が浮かぶ。
そんなことさせない。
俺は素早く矢をつがえると俺に向かって引きはなつ。
「なっ」
俺は素早く身をかわすが、左腕を矢がかすめる。
「お主、自分を殺す気か?」
俺は俺の言葉を無視して、引き続き第二射をいる。
俺が右手をかざすと土の壁が現れ、俺の放った矢を防ぐ。
土の壁が崩折れた時、俺の姿はかき消えていた。




