おきつねさまと神使の行方
おカマ神使やヅカ神使、引きこもり神使が隣近所と、神代でのとんでもないご近所付き合いが判明したが、さすがに引っ越しするわけにもいかないし、カードゲームみたいにチェンジ宣言するわけにもいかない。
そして現世でも改修工事の騒音のお詫びと引っ越しの挨拶しかしていないはずなのに、隣近所では睦月と俺は学生結婚した身で、玉藻はホームステイ中の外国からの留学生という神代もびっくりのご都合設定となっていた。
いつの間にそんな設定になっているの?
俺、ご近所に引っ越しタオル配りに行ったけど、そんなこと一言も言ってないよね。
「先日のなんじゃあれ、家になんとか板持ってきた者がおってのう。我と睦月で対応したのじゃが、なにやら不潔やら最近の若者はなどとうるさい小言を言い始めたので、そのものの意識にこの設定を刷り込んでおいたぞ。周りの者にも伝えるよう刷り込んでおいたから、しばらくすればそのように広まるじゃろう」
玉藻はカラカラと笑う。
それどう見ても洗脳だから。
「別に嘘ではないから良いであろう。そのうちお主達は夫婦になるわけじゃし、我も神代からこの現世に逗留中の身じゃ・・・」
まあ確かに嘘じゃないけど・・・。
でも、ホームステイとか留学生とか玉藻がそんな言葉知ってるわけないよね。
その設定、誰が考えたのよ。
「私よ」
いやいやいや、なんで疾風が我が家のちゃぶ台で白玉あんみつ食ってるのよ。何、玉藻に知恵つけてんのよ。それにその白玉あんみつ俺の分だろ。せっかく楽しみに買ってきたのに・・・、こんなことなら豆かんあたりを余分に買ってくればよかった。
「七竈に神代の教えを請うなんて・・・、私に言ってくれればよかったのに」
それ絶対にありえないから。どうせ、それをダシにして我が家に入り浸る気だろう。
「旦那様、これを」
俺の傍に座っていた睦月が自分が食べようとしていた白玉あんみつを俺に差し出す。
いやそれは睦月のだから。うむ、我慢、我慢。
白玉あんみつを押し返す俺の手が睦月の手に触れると、途端顔が真っ赤になり、ボフンという音とともに睦月の耳と尻尾が現れる。
それにつられたかのように俺の耳と尻尾も具現化する。
うんうん、やっぱこの格好が落ち着くな。最近、とみに耳と尻尾を出してるのが癖になってきてる。
まあ、玉藻と疾風がいるから尻尾絡めるわけにもいかないしな。俺は玉藻と疾風に突っ込まれる隙を見せまいと、睦月と反対側にさりげなく五本の尻尾を寄せる。
「それでは、その、これを一緒に・・・・」
睦月が俯きながらスプーンで白玉とこしあんを掬い、俺に差し出す。
ある意味、尻尾絡めるよりも破壊力ありすぎ!
神代の常識納得いかねえええええええ。
「勝手にせい」
玉藻の呆れ顔。
「うんうん、うんうん」
疾風のしたり顔。
躊躇する俺を見てしゅんとなる睦月。
だああああああ、こうして食べた白玉あんみつだが、いつもより甘さが強かったのは気のせいだと思いたい。
俺の白玉あんみつを強奪した疾風の乙女稲荷神社への帰還を見送り、俺と玉藻は、今後の予定を話し合う。
「まあ、将門の学業の邪魔をする気なないぞ。こちらはこちらで勝手にしておるしな」
その勝手にするというのが甚だ不安なのだが。
「私はその、お義母様とお義祖母様より花嫁修業を言いつかっております」
うん、睦月に関しては何にも心配してないぞ。
下手に玉藻に動かれて騒ぎになるのは嫌なので、山のようにお菓子を買い込んで、玉藻の部屋に放り込んである。あれだけあればしばらくはおとなしくしているだろう。
「それは、我のセリフじゃ。ここ最近のやらかしぶりを棚に上げてなんじゃその言い草は」
まあ、しばらくは現世で学業に専念するから、神代の修業はお休みだよね。
「ふむ、仕方あるまい。それに座学だけなら七竈が引き受けてくれたからのう。お主にしてはまともな判断じゃな。いつの間に七竈と話をつけたのじゃ」
一瞬、七竈と最上との稲荷寿司神使協定が頭をよぎったが、玉藻に読まれるわけにはいかない。俺は意識の深くに考えを押し込める。危ない、危ない。
「とりあえず、当面は学業の傍ら、こちらの社の管理と七竈からの指南、近所の神使との付き合い、お揚げと稲荷寿司と菓子のお供えだけでよいぞ。食べ歩きもそちの学業が一段落してからでよいと疾風も言っておったしのう」
それだけやることがあれば、だけじゃないだろう、だけじゃ。
まあ、人形町の食べ歩きが先送りになったのは助かる。何にも調べてなかったしな。
疾風が我が家に来てたのは、そのことだったのか。
「それにじゃ」
急に玉藻が居住まいを正す。
つられて俺も崩していた足を正座に組む。
俺に枝垂れかかって座っていた睦月も動揺に正座に組む。
どうも最近、玉藻の真面目、不真面目の空気を感じ取ることに慣れてきた気がする。以前はこのマイペースぶりに振りまわれていたが、慣れというのは恐ろしい。
「先日の乙女稲荷神社の件以来な、神代でちと不穏な動きがある」
まじ直球だな、まさか、真相がバレたとか。
俺は思わず、隣に座る睦月の手を握る。当然恋人握りだ。
「違う違う、そちの存在そのものじゃ」
ん? どういうこと。
「神代がそちの存在を意識し始めたというのが、とりあえず一番しっくりくる説明じゃろう」
いや、俺、全然、しっくりしてないから。
「今までは、お主の存在を意識してたのは、妖や神使ども、我や稲荷神、将門公ぐらいのものじゃった。だが、出雲や伊勢、京都の主神、祭神どもがそちのことを意識し始めておる」
前にも伊勢知らせで俺のこと全国に伝わっていたよね。それとどう違うの?
いわゆる目をつけられたってやつ・・・かな?
「まあ、そんな可愛いものではないがのう」
おいおい、それってかなりヤバい事態と違うのか?
「どのような目的で動いているのかわからんが、そちのことを嗅ぎ回っているものたちがちと大物すぎてな、主神どもはわかるのじゃが・・・・」
ちと気になる神というか、勢力があると。
「うむ、わかりが早くて助かる。京都の妖どもの勢力と荼枳尼天が動いているのが妙でのう」
あれ、妖が俺を狙うのって理由あるよね、それは分かっているつもりだけど。それに荼枳尼天て豊川稲荷で、玉藻や稲荷神にとってはお仲間じゃないの?
「京都の妖はある者に統率されておってのう。そのもの命がなければ動かんはずなのじゃが、そちを探る動きが見えておる。それに荼枳尼天は仏の世界での神でのう。我らとは相性が悪いのじゃ。嫌がらせ程度ならいいのじゃが、あやつらはそちと同じく限度というのを知らぬのでのう。神代で仏の理を押し通すのじゃ」
豊川稲荷って神社ではなくお寺だったのか。
それに何気に俺、ディスられてるし。
「まあ、そちの学ぶ”大学”とやらとここらあたりまでは我の結界でなんとかなるんじゃが、どうもこの東京というところ、ところどころ我の結界が及ばぬ呪がかけられたところがあってのう。そういうところへは近づかぬように」
将門公の首塚みたいな、いわゆるパワースポットみたいなところね。
「うむ、ちと状況がわかるまで神代との関わりは最低限にしてもらう。それに、怪き場所には近づかぬようにな」
まあ、神代との冷却期間みたいなものか。俺が独りごちると睦月が寂しそうな顔をする。
「いやいや、あくまで神代と距離取るだけで、睦月とは距離取るわけじゃないから」
俺はあたふたと言い訳する。
まあ、たとえこちらが神代と距離を取っても相手が容赦してくれないことをこの後痛感することになるのだが。
「行ってらっしゃいませ」
誰がこの作法教えたのよ。
大学に向かう俺を割烹着姿の睦月が玄関に三つ指ついて座り、一礼しながら見送る。
「い、行ってきます」
ちょっと挙動不審になってしまった。
朝は睦月に揺り起こされ、目の前に並んだ食事はご飯と味噌汁、ホッケの塩焼きにインゲンの白和え、大根おろしをのせてポン酢が添えられた軽く炙った油揚げ。
朝風呂の湯加減は完璧で、風呂上りには下着まで用意されている。
なにこの完璧な奥さん。
俺、本当に睦月に見合う旦那になれるのか?
俺としては寝ぼけながら起きる愛妻の顔を見ながら、キッチンで目玉焼きを焼いたりトーストを焼いたりしての一家団欒の雰囲気を想像していたのだが・・・・。いやこれどう見ても違うよ。俺こんなの求めてないよ。睦月と楽しく暮らしていきたいのになんなのよこの堅苦しさ。
いやいやいや、これは良くない。早急に睦月との話し合いが必要だな。
考えたら睦月は明治、大正時代の感覚で花嫁修業を行っているのかもしれない。あの時代は亭主関白全開だったからな。
あれ、俺の思ってる夫婦像とかどうやって伝えるんだ。
あああああ、どうやって切り出したらいいんだろう。
久しぶりの大学の講義は全く頭に入らなかった。
悔しく、不本意、不安を覚えながらも恋愛のプロに相談することにした。
相談内容が内容だけに、玉藻と睦月への秘匿性が重視される。
まあ、居場所はどうせ玉藻あたりの神力でバレバレなんだろうが。
講義が終わると、ゼミへの挨拶と顔出しも後回しにして手土産の買い出しに走る。
まあうちのゼミは緩いから後回しでも問題ないだろう。とにかく最優先事項は我が嫁の案件だ。
地下鉄で春日駅へ向かうとA6出口を出て菊坂下の信号へ向かう。
アップルパイのお店で乙女稲荷神社の神使にして自称恋愛のエキスパートである疾風への貢物としてアップルパイをホールで購入する。
千駄木店でもよかったのだが、やはり本店で買うと気分が違う。それにこの店のアップルパイは時期によって使うりんごの種類を変えるというこだわり派だ。今の時期だと品種はつがるらしい。
七竈は後で自宅に呼んで、玉藻と睦月と一緒に振る舞えばいいか。追加で自宅用に2ホール購入する・・・・・。いや、玉藻のことだ、ホール喰いをする可能性を考えて3ホールにした。
うむピーチパイとおいもパイは是非試したい。ここのパイを制覇するのもいいかもしれん。
妖力で暑さも気にならないのでそのまま徒歩で根津神社へ向かう。
本郷弥生の信号を抜け、言問通りに入る。東大の弥生キャンパスを過ぎたところで近道のため左に入る。この路地を抜けると根津神社の参道前に出るはずだ。
アパートに囲まれた路地の先にくだりの階段が現れる。
おお、これこれ、根津のおばけ階段。
登りながら数えると三十九段なのに、下りながら数えると四十段と数が違うという階段だ。
最後の段があまりに段差としては小さいの登る時に数え忘れるのが段差が違う理由らしい。昔は一番下の段が道路のアスファルトと同じ色をしていたので、逆に登りが四十段、くだりが三十九段だったらしい。
まあ、世の中の不思議なんてそんなものだ。これだけ神代の奇々怪界を体験していると、こう言う現世での勘違い物件は心持ち安心できる。
俺も数え間違いを体験できるかな。
下りながら段数を数えていく。
八、九、十・・・・。
あれ、夕暮れにはまだ早いよね。
あたりが茜色の空に包まれ始める。
十八、十九、二十・・・・。
ちょ、なにこれ足が勝手に・・・。
二十五、二十六、二十七・・・・・。
自分の意思で、階段を降りる歩みを止めることができない。
誰かが俺の体を操ってる感覚だ。
耳と尻尾がいつの間にか飛び出している。うおおおい、誰もいないだろうな、こんなとこ見られたら・・。
三十六、三十七、三十八、三十九、・・・。
俺はアップルパイの袋を取り落とすと、体を包み込む暗闇を認識した瞬間、意識を手放した。




