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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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おきつねさまとお詫びの行脚

 さて、早速、具現化できるかどうかの実証実験に行かんと根津神社境内から名前にたがわぬスピードで飛び出そうとする疾風はやてを皆で押しとどめる。

 とりあえず、手土産の切腹最中の提供でご機嫌を取り、現世へのオカマ狐を解き放つというアルマゲドンは回避された。まあ、人形町がアルマゲドンに襲われるのは時間の問題だが。


「そうね、現世での服装も決めていないから、お試しは後でね。ああん、どんな服を着ようかしら。やはり、神力じゃなくて実際の服を着てみたいわ~」

 疾風はやてが残念そうに体をくねらせる。

 玉藻と睦月は絶句、七竈ななかまどさえ、引きつった笑いを浮かべている。

 俺は疾風はやてがまともな服装センスを持っていることを祈った。あれ、この祈りもこいつの罠なのか。


「将門、食べ歩きの前のショッピングもよろしくね」

 人形町の前に俺にアルマゲドンが襲い掛かることが確定した瞬間だった。

 俺は保身のため、否応なく桔梗を巻き込むことを決心した。


 いやはや、神代の常識を学ぶより、疾風はやての非常識を学んだ方が、よっぽど今後の神代の世渡りの役に立つ気がする。


「疾風、とりあえず、話を進めたいのじゃが・・・」

 玉藻の諦め以外感じられない言葉。


「ごめんなさいね、玉藻様」

 疾風はやての詫びの気持ちが微塵も感じられない謝罪の言葉。


「我と睦月、疾風はやてで湯島に詣る。七竈ななかまどには将門について、各稲荷の行脚に行ってもらいたい。何せ神代の常識に疎いわが神使でのう。七竈ななかまどの手を煩わせるが、このように頼む」

 玉藻が頭を下げる。

 さすがに、主神に頭を下げさせるだけのことをした自覚はある。俺も共に神妙な面持ちで七竈ななかまどに頭を下げる。


「いや、頭をあげてくだされ。まあ、此度はこの疾風はやての企みがきっかけと言ってもいいこと。それにわが社、駒込稲荷神社も神使お二方の信仰心(想い)のおすそ分けをいただいたようで、神力が充実しております。玉藻様の願いとあっては是非もなし。して、いかような手はずで?」

 七竈ななかまどが、優雅なしぐさで、話の先を即す。まじ宝塚で勉強したんじゃないだろうか? 仕草の一つ一つが芝居がかっているのに嫌味に感じられないほど洗練されている。ある意味、疾風はやてと対極の存在だな。


「うむ、七竈ななかまどは具現化できないであろうから、現生を移動する将門とは各社で合流し、神使殿との顔合わせを取り持って欲しい。わが分社の近所でもあるし、これから長い付き合いになるであろうから、くれぐれもわが神使がやらかさないように頼む」

 玉藻、神妙な言葉と裏腹に何その優越感に満ちた顔は何だ。


 ぐっ、さすがに、何も言えない・・・・・。

 わが針の筵はいつまで続くのか・・・・。


「七倉稲荷、境稲荷、西町太郎稲荷、桜稲荷、花園稲荷の順でお願いしたい」

 玉藻の言葉に俺は疑問を持つ。

 あれ、花園稲荷最後にするの? 境稲荷の次でよくない?

 道筋的に境稲荷と西町太郎稲荷の間に組み込むとちょうどいいよね。


 俺の疑問に玉藻と神使三人が微妙な顔。

 あれ、何この既視感デジャビュ


「その、神使なのですが・・・・・」

 睦月の言葉に、鳥居に向かって走り出し、現生へのエスケープを敢行した俺の衣の襟を玉藻と疾風はやてがむんずと掴んだ。


「いやだ、もういやだ、何で、俺、こんな目に遭わなければならないの。帰る。絶対帰る。お願い、帰らせて。なんなの、このパターン!」


 取り乱した(ブチ切れた)俺が落ち着くまでしばらくの時を要した。



 十五分後。



「安心せい、花園稲荷の神使じゃが、疾風はやてのように性格と性別がねじ曲がっているようなものではない」

 玉藻の言葉に疾風はやてが失礼ねと小さく呟く。


「彼女、華蓮かれんというのだけど、ちょっと内気で人見知りなだけなの・・・、今はね・・・」

 疾風はやてが説明を引き継ぐ。あれなんか最後の言葉濁したよね。そこ大事じゃない?


 蓮の華、花園稲荷神社のそばには不忍池がある。あそこは蓮がたくさんあったはずだ。

 なんだ、随分、洒落た名前じゃないか。名付けのセンスは稲荷神によるものなのか? 俺はふと玉藻が睦月に名を授けた場面を思い出す。


「睦月・・・・・」

 とは、いえ、この度の騒ぎで疾風はやてへの猜疑心に満ちている俺は睦月()に意見を求める。


「旦那様、疾風はやて様の言うとおりでございます・・・。ただ、その・・・・」

 ああああ、やっぱ、何かあるのか?

 俺は、再び現生への逃走を図るべく、いつでもクラウチングスタートの体勢を取れるように身構える。


「・・・・彼女、その・・・・、相当、お美しくて、旦那様が・・・・その、目移り・・」

 睦月が俯く。


 おおう、その想定はなかった。いやいやいや、俺、睦月()一筋だから。

 俺は、睦月を抱きしめると頭を撫でる。うむ、これくらいなら、神代の常識・・・・。


「懲りておらぬか」

 玉藻。


「若い子の恋っていいわね〜」

 疾風はやて


「うむ、全く目が離せぬな・・・・。別の意味で」

 七竈ななかまど


 いいじゃん、ここ恋愛司る乙女稲荷神社なんだから。

 俺は今までのストレスを発散すべく逆ギレした。




 そして始まるお詫び行脚。と思いきや。

「将門、七倉稲荷神社へは、不忍通りから忍小通りを通っていくのじゃぞ」

 いや、根津神社出て最初の路地入ってアパートの横通ったほうが早いって。


「いいから、言うことを聞け。またやらかしたいのか!」

 玉藻がキレ気味に言う。


「はいはい」

 まあ、現生うつしよの道順が神代の常識にどう繋がるんだかわからないが、ここは言うことを聞いておこう。


 玉藻たちと別れ、神代の根津神社から現世の根津神社鳥居前に戻る。

 途端、残暑の熱い熱気が押し寄せる。最近は、ようやく暑さに耐性がついてきた。耐性というより妖力の使い方に慣れてきたと言うべきか。

 まあ、若干の冷気を体の周りにまとわせるだけなんだが。

 ついこの前、JRの弱冷房車でうっかり冷気をまとってしまたら、加減を間違えたらしく車内が一気に冷えて強冷房車になってしまった。それ以来、人混みの中や室内での妖力、神力の行使は控えている。まあ、自宅がエアコン要らずなのは電気代的に助かる。冬に向けて暖気を身にまとう練習をせねば。


 無駄なことを考えつつ、不忍通りへ出て、言問通りを横切る。

 根津駅の信号から忍子通りに入り、七倉稲荷神社を目指す。

 

 七倉稲荷神社。

 池之端二丁目にある稲荷神社だが、昔は浅草蔵前にあり、七つの米倉を守っていたことが名前の由来らしい。毎年9月中旬、うむ、もう直ぐだが、神幸祭と言う祭事を行っている。まあ大神輿担いで町内を練り歩くというものだ。うむ、実際に大神輿に稲荷神か神使が乗るのだろうか、あの揺れに耐えられるのか是非聞いてみたいものだ。

 ちなみに神輿は池二町内会の半纏を着ていれば誰でも担げる上に、半纏は有料だが貸し出しをしている。これ豆な。


 通りから直ぐの鳥居をくぐる前に神力で神使の姿に変わる。

 今回は耳と尻尾五本を出す。尻尾をつなぐことを覚えて以来、神代ではどうも耳と尻尾を出していないと落ち着かないのだ。幸い現世ではそんな欲求には駆られないが、ちと不安だ。

 所在なさげに尻尾を振りながら、鳥居をくぐり神代に入ると既に七竈ななかまどが待機していた。


「すまない。待たせたようだ」

 俺は詫びる。

 尻尾振り回すことは神代の非常識じゃないよね。玉藻も振っていたし。俺は七竈ななかまどに確認する。


「いや、問題ない。それでは案内あないする」

 七竈ななかまどが先立って歩き始める。案内と言っても、小さな社で直ぐに本殿だ。

 尻尾を振る行為はその本数を誇示し、己の格を示す意味があるらしい。


 あれ、そういえばここ狛犬で狛狐じゃないのね。


 本殿前に一人の神使が立っている。白髪に二尾、お山で見かけた神使たちと変わらぬ姿だ。

 ただ、やはり美形。開いてるか開いてないか微妙な目が特徴的だが、顔全体のバランスを崩すことなく羨ましくなるほど整った顔立ちだ。

 俺は、失礼にならないよう小さなため息をつく。

 俺の心を察したのか七竈ななかまどが振り返って、苦笑いを浮かべた。


 七竈ななかまどの案内で七倉稲荷神社の神使の前に立つと、お詫びと御礼の言葉を述べる。

「此度は玉藻前様の第一神使たるわたくし八代将門が、第二神使たる睦月の力にて七倉稲荷神社にご迷惑をかけたことをお詫びします。また、此度の私の不祥事につきまして、お山への報告を控えていただいたお気遣いに感謝と御礼の言葉を申し上げます」

 俺は頭を深く下げる。もう、後何回頭下げればいいのよ。


「クックック、わたくし、当七倉稲荷神社を預かる神使、最上もがみと申します。事情は疾風はやて殿、七竈ななかまど殿より聞いております。聞けば近所に玉藻前様の分社を祀ったとのこと、ご近所ともあればこれからも助け合っていかねばならぬと思いましたが、八代さまとその奥方様におかれましては空狐にして五尾とか。かように心強いお方がそばにいると安心できまする。何、先だってのことは気にすることはありません」

 応用に手を振りながら応える最上もがみと名乗った神使の笑いは嫌味なものではなかった。

 物言いにもお山の神使どものように嘲りや負の気持ちは感じられなかった。これなら良いご近所付き合いができそうだ。


「つきましては、七倉稲荷神社におかれましてはこちらをお納めいただきますように」

 俺は切腹最中の入った袋を差し出す。

 つまらないものですが云々なんて言葉は省略だ。


「おおう、これ、これ」

 最上もがみは袋を受け取ると手を一振りし、その手にむき出しの最中を出現させると即座に口に運ぶ。

 おいおい、ずいぶん無駄な神力の使い方だな。

 しかも手から離れた袋と最中の箱が、空中に浮かんでいる。

 俺たちが帰る前に手をつけるってどんだけ執着してるんだよ。俺は、最上もがみを常識的に評した先ほど評価を若干マイナス方向に変更した。


「う、む、これが・・・・、餡子・・・とい・・うものか。まさに・・・甘露」

 いや、頬張りながら、喋りながら、感動しなくていいから。

 全く器用だな。

 だいたい、神社に納めたんだから、まずは主神に供えなくていいのかよ。まあ、本山まで遠いし、こんなとこまで稲荷神出張ってこないから神使が食べるんだろうしな。


「七倉稲荷神社の境内で根津のたいやき食べる参拝客が多くてね。そのくせたいやきはお供えしないものだから、最上もがみもストレスがたまってね。今回の美味しいものの要求と相成ったわけ」

 七竈ななかまどが俺に耳打ちする。


 うちのように実際にお揚げと稲荷寿司を供える社の方が少数派ってことなのか。

 まあ、そいうことならご近所付き合いの誼もあるし、定期的に七倉稲荷神社に根津のたいやきをお供え・・・・・・


 うぉおおお、最上もがみが餡子の付いた手で俺の両手を握りブンブンと上下に振り回す。

「誠か? 誠か? 誠か? してどのくらいの間隔でじゃ? いや、どのくらいの間隔でお供えいただけるのでしょうか?」


 あれ、何か態度変わりすぎじゃね?


「この町内の信仰心が高いのはありがたいのじゃが、食べ物のお供えというのが、何やら現生の”えいせいじょうのもんだい”とかで禁じられておってのう。我、人間どもが境内で食べているのを悔しくも見ていることしか出来なくてのう」

 いや、何も泣くことないでしょ。

 現生で供えるとカラスとかにやられるから、俺が神代に持ち込めばいいだけだし。


 それに、ご近所なんだから最上もがみもたまには仕事を忘れてうちに来て、稲荷寿司でも一緒に・・・・


「将門!!!!!」

 七竈ななかまどが大声で俺を一括する。


「えっ!」

 あれ、俺、またなんか・・・・・。


 七竈ななかまどが額に手を当てて天を仰いでいる。


 最上もがみはと見ると線にしか見えなかった目をカッと見開き、俺の前で跪き、俺に対して祈りを捧げている。


「お社ではなく我に・・・・、しかも、お揚げを超えて、稲荷寿司とは・・・・。なんたる加護」


・・・・・・・・ええええええええええええええ、稲荷寿司を神使に振舞うだけでなんで加護になるのよ!

 玉藻も睦月も普通に食べてたじゃん。


 しかも加護じゃなくて、お供えする方が信心してるんだから、逆じゃね?


「将門、最中は誰に供えた?」

 七竈ななかまどの絶望的にまで暗い声。

 いや、ちょっと怖いかな〜〜〜〜〜って、その表情。


「七倉稲荷神社に決まってるじゃん」

 何言ってんの。


「将門、たいやきは誰に供えるつもりじゃったのだ?」

 七竈ななかまどが俺に向かって一歩踏み込む。


「七倉稲荷神社に決まってるじゃん」

 何同じこと聞いてるの。


「では、稲荷寿司は誰に振舞う気じゃったのだ?」


「んなの、神使の最上もがみに決まってるんじゃ・・・・・・・・・・」

 あれ、でもこれって、ちょっとした違いだよね。


「将門、格上の神使が格下の神使に稲荷寿司を振舞う意味がわからんのか?」

 七竈ななかまどの負のオーラと最上もがみの正のオーラが拮抗しつつも俺を包む。


 わかるわけないだろう。何、この世の中の常識が神代の非常識ってパターン。

 先輩が後輩に飯おごるだけでこの騒ぎかよ。


「お主、我ら狐の神使にとっての『お揚げ』と『稲荷寿司』の意味を軽く考えておるな」

 いやいやいや、軽くっていくらなんでも食べ物よ。そんな親兄弟、命なんかよりも重いってわけじゃ・・・


「・・・・・・」

 七竈ななかまどの剣呑な眼差し


「・・・・・・」

 最上もがみの憧憬の眼差し


 ・・・・・・・・・重いのね。


「だって、玉藻、昨日は稲荷寿司百八個食べてたし、それまで毎日稲荷寿司の食べ比べだったし」

 俺は稲荷寿司のインフレっぷりを吐露する。これ俺のせいじゃないよね。稲荷寿司インフレ政策をとり続けた玉藻の経済的判断ミスが政治的判断ミスを招いたんだよね。


「「百八個!!!!」」

 七竈ななかまどと最上が絶句する。


「「その話詳しく!!」」


 こうして俺のお詫び行脚はなんと一社目で棚上げになるという幕開けで始まったのだ。



「このような話、玉藻前様に出来るわけない。もしバレたらお目付役としての私の立場が・・・」

 とは早くもお役目に失敗した七竈ななかまどの弁


「もし、話を聞きつけて他の神社の神使どもまで、八代殿の元に押しかけたら我の分の稲荷寿司が・・・・」

 とは新たに我が信者となってしまった最上もがみの弁



 打開策はある。しかも、俺の神代の常識不足を解消する一石二鳥の手だ。


「・・・・此度は、私の神代での稲荷寿司への認識不足が招いた事態。ここは、お二方に是非、稲荷寿司の実食を通して、私にさらなる神代の常識をご教授願いたく、ちなみに第一回目は玉藻様絶賛!神田の老舗の稲荷寿司を用意したいと思いますが・・・」

 俺の言葉に二人の神使は勢いよく頷く。

 まあ、どの稲荷寿司も玉藻は絶賛だったのだが。


 こうして、俺の神代での稲荷寿司への理解不足の露呈は、のちに俺を会長とする神使たちによる稲荷寿司愛好会の結成を持って、闇に葬られた。

 話ぶった切りの上、睦月成分不足の旨、申しわけありません。行脚編がまだ続きます。さらっと伏線張って回収のはずが、七倉稲荷神社で神代の理と将門が暴走しました。これには筆者も想定外です。さらには伏線まで暴走気味となっております。整合性取れぬ場面もあるとは思いますが、勢いで書いておりますので、深く考えずお楽しみいただければ幸いです、

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