おきつねさまと立て篭り
事件は初動対応が肝心だ。
もちつけ、もちけつ、落ちけつ、落ち着け・・・・。
え〜〜〜〜〜っと、こういう時の脳内マニュアルは・・・・・、あるわけねええええ!
地震、雷、火事、親父、噴火、遅延、洪水、墜落、沈没・・・・・どれにも該当しない。
よし、まずは状況確認だ。
あああ、ツツジが散っているところを見ると神域の速やかな安全確保もか。
そして、冷静な対応だ。
「桔梗、三枝殿の世話を頼む」
「了解」
まずは、卒倒している応神天皇の神使、三枝の介抱を桔梗に任せると俺は睦月の後を追う。境内の西門を潜り、乙女稲荷神社の扁額の掲げられた朱塗りの鳥居の前に立つ。
拝殿や鳥居は外から伺えるが睦月の姿は見えない。それに鳥居の向こう側、参道にあたる部分は闇に包まれていて何も見通せない。
恐る恐る手を出して、その闇の部分に触れようとするも、静電気のような痺れが指先に走ったので、手を引っ込める。これが結界ってやつか・・・。
さすがにまさか睦月の神力で神代の理を学ぶことになろうとは。状況確認しようにも圧倒的に神代の知識が足りない。
「さすがね〜〜。その結界に触ることができるなんて・・」
感心した口調、すでにおネエ言葉に戻った疾風が言う。
気づかぬうちに、傍には疾風と七竃が立っていた。俺としたことが、近づいたのに気づかないほど慌てているとは・・・・。だめだ、これじゃ冷静な対応ができない。
俺は二回ほど深呼吸をして、心を落ち着かせる・・・・。誰だよ、深呼吸で落ち着くなんて言ったやつ! 効かねえじゃねえか。
「私たちが触ったらおそらく黒焦げよ」
疾風が物騒な物言いをする。
焦りばかりが先行する。
俺が睦月を傷つけた。
恥も外聞もない。
神代の常識を知らなかったからなんて言い訳通用しない。
神使の三枝が卒倒したところを見ると立て篭り自体も神代では許されざる行為なのだろう。
睦月の神代での立場を悪くするわけにはいかない。
くそっ、普段から結果に対して責任取れなんて格好つけといてこの有様だ、しゃんとしろ将門!
第一優先順位は睦月の身の安全
第二優先順位は睦月の気持ちと心
第三優先順位は睦月の立場
簡単なことじゃないか。
よし、俺は両手で頬を叩いて気合を入れる。
傍に立つ疾風と七竃に頭を下げる。
「この度の俺と睦月の不始末申し訳ない。だが、原因はすべて俺にある。二方のお社を封じてしまった件については、俺がいくらでも詫びよう。いくらでも責任を取ろう。その上で伏して願い申し上げる」
俺は石畳に膝をつき、頭を地面にこすりつける。
まずは自覚しろ将門、お前は神代では何の力も繋がりも持たない存在だ。
その上で、最良の方法を探すんだ。
「すべては俺の心無い行為が睦月を傷つけたことが原因だ。だから、なんでもする。睦月の心と気持ちを助け、睦月の立場を守るためにどうか力を貸していただきたい」
兎にも角にもおカマだろうがなんだろうが頼れるのはこの二人だけだ。神頼みと笑われようと構わない。
頼ることだけが俺にできることなのだから。
「んで、疾風、どうじゃ」
「ん〜〜〜〜〜〜。まあ、合格ね」
俺はガバッと跳ね起きる。
「まあ、神代の常識を知らないのはアウトだけど、睦月ちゃんの心配をする心意気はよし。きちんと自分の非を認め、責任を取る気で、今後のことも考えているみたいだし・・・・」
「まあ、嫁のために知り合って間もない神使に土下座するだけの気概もあるしな」
七竃がニヤリと笑う。
どうやら協力は得られるらしい。俺は安堵した。
何せ断られたらノープランだったのだから。
俺は再び二人に深く頭を下げる。
「それにね、私は常に乙女の味方なのよ。旦・那・様!」
乙女の部分に力を込めて言う疾風の言葉に、俺は見透かされた気恥ずかしさで真っ赤になった。
ドウシテコウナッタ?
俺は乙女稲荷神社拝殿を池越しに望む位置で、地面に敷かれた緋毛氈の上で正座させられている。目の前には桔梗も座っており。さらに傍には応神天皇の神使である三枝が注連縄でぐるぐる巻きになっている。
『乙女稲荷神社立て篭り事件対策本部』
傍には見事な達筆で書かれた木の看板が設置されている。
看板の脇に疾風と七竃がやはり正座している。
先ほど見た看板の裏面には、『根津神社池の鯉強奪事件捜査本部』と書かれており、看板が流用であることがわかる。
まじ、これ神代の常識なのか?
「違うわよ。私の趣味」
うお、やべ声に出ていたか。
「昔、団子坂に古書店があってね。そこの主人がなぜか神代に迷い込んできたから、ちょっと面倒みたんだけど、これが変態な上に、大変な怪奇収集家でね。ちょっと意気投合したんで、神代でしばらく暮らしてもらったんだけど、その変態が推理小説とかいう謎解き本を書いていたのよ。読ませてもらったら面白いじゃない。おかげでそっちに興味を持ったわけ」
いやオカマに変態言われても・・。
・・・・・・・ちょっと、それって、まさか?
「確か、白井太郎だったかしら、それとも平井太郎だったかしら・・・・。狐の変化を何回か見せたら、推理小説書くからそのネタいただきとか言ってたわね」
江戸川乱歩による怪人二十面相誕生にこのオカマ神使が関わっていたとは。
俺は、再びこの神代の奥の深さを痛感した。
「で、とりあえず説明するわね。三枝を縛ったことだけどこれは時間稼ぎ。乙女稲荷と駒込稲荷のお社に籠られたことだけど、いずれ本山も私と七竃がお社を管理していないことに気づくわ。二つとも根津神社の境内社で私たちがここにいるから、しばらくはごまかせるけど、三枝が宇佐神宮に知らせを飛ばせば、日の本中に知られることになるわ。事件解決する前に余計な介入は避けたいの。だからこの有様なわけ」
縛られた三枝が声を上げる。
「知らせを遅らせても意味がないぞ。いずれ本山や伏見に知られることは必定じゃ」
「わかっているわよ。でも事件発生と解決の報告が一緒なら、誰の介入も招かないでしょ。せいぜいお叱りを受ける程度よ。それと、境内の鳩、全部食べられたくないなら黙っててね」
疾風の剣呑な言葉に三枝が黙り込む。
疾風が俺に向き直ると再び話し始める。
「周囲の普通の神社はまだ気づいていないけど、睦月ちゃんの力が強力だから周りの稲荷神社が気付き始めてるの。さっきも上野の花園稲荷の神使から問い合わせがあったわ。ここら辺の神使は皆知り合いだから、事情話して協力を頼んだんだけど、神田明神の末廣稲荷神社だけは、祭神が小薄様のため、話が通じないの。そのために七竃に神田方面に睦月ちゃんの力が流れないようお願いしているんだけど・・・」
お山の第一神使直轄のお社だとごまかしがきかないわけだ。
「睦月殿の力はちと桁外れでな。我の力では、持って半日・・・いや数時間といったところだ」
七竃が、額に汗を浮かべながら言う。本当に苦しそうだ。
いや、桔梗、なぜにその苦しそうな表情もうっとり見ているの。
「んで、ここからが本題」
疾風がずいっと体を乗り出す。
「あなた、睦月ちゃんと同じ尻尾五本だけど本当にわずかな妖力しか感じられないわ。そのくせ睦月ちゃんの結界に触っても痺れる程度ってどういうこと?」
「正直、尻尾による力の差がわからない。格といった点では尾が多いほど格が上がるとは知ってるんだが・・・」
俺は正直に言う。
「そうね、格としての尾は足し算、力としての尾は乗算といったところかしら一尾の力を一としたならと五尾なら・・・二百五十六といったところね」
おいおい、神力や妖力の単位はビットかバイトで表されるんじゃないだろうな。それに今の話なら、七竃は二尾だから、二百五十六の睦月の力を二の力で抑えているのか?
「いや、溜め込んだ駒込稲荷神社への信仰心を神力に変えて使っている。それももう限界なのでな、この有様じゃ」
「いざとなれば私が替わるけど、とりあえず方針と対策を決めないとね」
「なんでもする!」
俺は叫ぶ。
睦月を傷つけ、人様のお社を封じ、神使をふんじばり、周囲の稲荷神社に迷惑を撒き散らしたんだ。なんだってできる。
「若いわね・・・・。でも、なんでもする、じゃないの。何ができるのか? 何ができないのか? それを考えて自分の打てる手をすべて打つの。その過程で人様に頼っても構わないわ。さっきちゃんと私たちに頼むって言えたじゃないの」
疾風が俺を諭すように言う。
「いい? たとえあなたがあの結界の中に入ったとして、睦月ちゃんに何を話すの?」
いや、その、謝って・・・・。
ごめんなさいって・・・・。
「睦月ちゃん聞いてくれると思う?」
俺は俯く。
ひょっとして俺、三行半突きつけられたのか?
今更、睦月のいない世界・・・・。あれ、俺、なんで泣いてるの。
「疾風、あまり虐めるでない」
七竃が助け舟を出してくれる。
「はいはい、うちのお社の参拝客は乙女ばかりで、若い男の子に頼られるって久しくなかったからちょっと揶揄っただけよ」
疾風が手を振りながら言い訳する。
「将門! あなた全力で結界を破りなさい。五尾であり、睦月ちゃんの結界に触っても痺れる程度なら十分破れる力はあるはずよ。破ったらそこから私と七竃が入って、睦月ちゃんとお話しするわ」
そういえば、初めて名を呼ばれた。
「私と七竃が結界の中に入ったら、睦月ちゃんの力が流れ出るのを止めるものはいないわ。そうなれば時間との勝負よ。睦月ちゃんの力の範囲内に玉藻様の分社もあるからまず気づかれるわよ。それは、覚悟してね」
俺は頷く。
誰かが介入するか玉藻が異変に気付いて来るまでに片をつけるということだ。
ドウシテコウナッタ?
結論から言おう。結界は破れた。
鳥居の前で結界を破るように、持てる力すべてを突き抜けるようなイメージでぶつけると鳥居の中の闇にぽっかりと光の穴が空いたのだ。
力が何かにぶつかって止まるのが感じられる。
こんなものなのか。
あまりの手応えの無さに俺がびっくりしたくらいだ。
途端、疾風と七竃がその光の穴に飛び込む。
俺と桔梗は立ち尽しながらその穴を見つめる。
どのくらい時間が経ったのだろう。
数分か? 数時間か? ひょっとしたら数秒だったのかもしれない。
俺の心に暗い気持ちが渦巻く。
睦月に見限られたら・・・・、いや、見限られたんじゃ・・・。
「それはないわよ、将門」
我が幼馴染が俺の暗い思考を遮る。
相も変わらず鋭い。
「今まで、睦月ちゃんが将門に依存していると思ったけど、逆ね。将門の方が依存してるわね」
いや、その・・・、何だ・・・、俺はその言葉を否定できなかった。
「桔梗だって、七竃を見る目が・・・」
俺はすかさず逆襲する。
「ええ、まさにお姉さまよね!」
桔梗のうっとりとした表情。
えっ
「あれ、将門気づいてなかったの。七竃様、メ・・・女性よ」
でも、巫女服じゃなくて、衣と袴で・・・・。
「男装の麗人てやつね。だいたい将門だって胸元の晒しガン見してたじゃない」
あれ、胸抑えてたのか・・・・。
「神代にもあんな凛々しい人がいたなんて」
桔梗、そっちに目覚めたのか。
ある意味、こちらも事件のような気が・・・・。
「ふむ、事件とは何じゃ? 将門と桔梗、おぬしら何をしでかしたのじゃ。そしてなぜそこに神使が縛られて転がっているのじゃ」
俺と桔梗の背後から主神の底冷えのする声が聞こえてきた。
やばい、看板隠すの忘れてる!
玉藻が仰々しく事件名が書かれた看板を見ると文字通り目玉をひん剥く。
同時に目の前の鳥居の闇が消え去り、目を真っ赤に腫らした睦月とその脇に寄り添うように疾風と七竃が現れる。
何ちゅううううううううタイミングだ。
「将門! 事件解決よ。睦月ちゃんときっちりお話ししたわ。大丈夫、別に睦月ちゃんあなたを見限ったわけじゃないから。泣いてまで、睦月ちゃんを助けようとする、可愛い旦那様の話をたっぷりしておいたから・・・。あら、玉藻様、久しぶり。羨ましいわ〜〜〜、こんなに可愛い神使たちをお持ちだなんて〜〜〜、今後ともフ・カ・イ お付き合いをヨ・ロ・シ・ク」
疾風が玉藻に枝垂れかかるように近くが、玉藻が避ける。
睦月がトテトテと俺の前に歩み寄る。
「ごめん、謝って済むことじゃないけど、すまない。もう二度としっ・・あ〜〜〜、あんなマネはしない」
俺は睦月が言葉を発する前に頭を下げる。
疾風はああ言っていたが、睦月の言葉を聞くまで、俺の心は・・・。
「私も、その、気が・・・動転して・・・、ご迷惑をおかけしました」
睦月も頭を俺に向かって下げる。
恥も外聞もなく俺の目から涙が溢れる。
「その・・・・人前でなければ・・・・いくらでも・・・・」
睦月が真っ赤な顔で俺に囁く。
疾風! 七竃! ちょ、なに睦月にお話ししたのよ。
俺は顔が真っ赤になるのがわかった。
「恋する乙女と男の子って素敵ね〜〜〜〜〜〜」
疾風が体を器用にくねらせて俺たちを見つめている。
いや、感謝してるけどそんなに見つめないで・・・・。
俺は恥ずかしい秘密を握られたこの神使に一生頭が上がらないだろう。
「なにやらいい雰囲気でまとめようとしてるようじゃがな・・・」
玉藻の冷たい言葉に一同、一気に現実に引き戻される。
「あの乙女稲荷の拝殿の有り様は何事じゃ」
玉藻が指差す先を皆が見る。
「ヒィいいいいいいいいいいいいいいいいい」
白目を剥いて卒倒する疾風
顔を引きつらせた七竃が倒れこむその体を支える。
「っ」
「っ」
思わず口を押さえる睦月と桔梗。
「あわわわわわ」
縛られ転がされながら泡を吹き再び気絶する三枝
これ、間違いなく俺のせいだよな。
結界を破った時に感じた何かにぶつかった手応えを思い出す。
乙女稲荷の池のほとりに立つ舞台付きの朱塗りの拝殿は今や池に沈む瓦礫と化していた。
お読みいただきありがとうございました。
ご意見をいただき1話あたりの文字数を5,000文字以上と決めて書き始めた最初の話となります。
いろいろと試行錯誤を繰り返す情けない作者ですが、今後ともご愛読のほどよろしくお願い致します。




