おきつねさまと俺の前世
お社さま改め玉藻と俺は、庭園を歩いていた。庭園の一般開放は9時からで、今は8時前だ。一般の客の目に触れることはない。俺の姿とは言えば灰色格子縞の甚平に草履、傍らに巫女姿の玉藻。明らかに現実離れした光景だ。
「様はいらぬ。玉藻と呼び捨てでよい」
玉藻様と呼びかけた俺に対し、鷹揚に返してきた。
「将門、そなたは今までに信心に加え、あらたな信心を上乗せしたのじゃ。これによりわれは、具現化したのじゃ。稲荷寿司のお供え以来じゃから実に151年ぶりじゃ、お主はそれほどのことをわれにしたのだ。感謝してもしきれるものではない」
和菓子ひとつでこの扱いとは。
「この庭で見かけた番の片割れが、名を呼び捨てにすることは好意の証だと言っておった。まあ、それ以外にも理由があるのじゃが」
どこかのバカップル、ひとんちの庭で勝手にいちゃつきやがって、なにやってるんだか。しかもその好意は意味が違う。
そのとき、俺の頭の中にひとつの仮説が浮かんだ。稲荷寿司で具現化?でもその姿を見せた記録は我が家に伝わっていない。つまり具現化はあったとしても1回か後世に伝わらないほどはっきりしない物だったことになる。ということは・・・。
「玉藻さ・・玉藻、ひとつ聞きたいんだが」
「なんじゃ」
「ひょっとして日曜毎にあらたなお供えをする限り、信心の上乗せとして数えられて、具現化しっぱなし、ってことなのか?」
「あたりまえじゃ、とある事情でおぬしの信心の力はとても強い。これで毎週新しいお供えをもらえれば具現化しっぱなしで、おぬしの案内で現世を楽しむのじゃ」
まさかの永住&寄生宣言。いやいや、俺の信心、今じゃ微塵もありませんがな。
「いやいや、俺、信心の心マックスでないから。どういうことよ」
「そなたの魂のせいじゃ。われは都に対する呪の力で神の力を得た。まあ、今ではいまさら何をするというわけではないがな。そしてそなたの魂じゃが前世の思いが残っておっての、それが我に力を与えているのじゃ。まあ、いわゆる相性がいいというわけじゃ」
俺が玉藻に与えたのは和菓子だけじゃなかったらしい。そしてものすごくいやな予感だ。
都に対する恨み、そして俺の名前、ため息でしかない。
「そちの前世は平将門公じゃ」
いやいや、それないから。俺生きているけど将門公、神様だし。
「そんな馬鹿な。将門公はすでに神様だろ」
そういえば俺は大学の合格祈願に神田明神にお参りした。あとで幼馴染になぜ湯島天神じゃないのかと問われ、なんとなくと答えた覚えがある。
「うむ、確かに将門公は神じゃ。じゃがおぬしの魂が将門公のものであったのも事実じゃ。簡単に説明すると将門公は神格化したとき魂から分離したのじゃ、残りの魂は輪廻の輪に残り、主の魂はそれが転生したということになる」
まさかの魂リサイクル説!
「残りとはいえ、将門公の都への恨みは染み付いておる。おぬしが気にしていなくても、魂の底で都への呪の思いが残っておってのう、それがわれと相性がいいのじゃ。信心の上乗せでおぬしの魂の鍵が外れたのじゃ、おかげでおぬしの前世の魂の力が流れ込んできたというのもある。われにとってははじめての経験じゃ」
玉藻は顔を赤らめる。
いや、それ絶対誤解されるから。やめて。
おれはあわてて誰かに見られていないか周囲を見回した。
「これから末永く頼むぞ、八代将門」
微笑む玉藻に俺はうなずくしかなかった。
とりあえず、家族への説明をすることになった。勝手口ではなく玄関に回り、接客用の部屋に玉藻を案内する。上座に玉藻の席を作り、祖父母と両親、俺の席を作る。作るといっても座布団を敷くだけだが。
玉藻にこれからの段取りを伝え、離れに住む祖父母と居間にいる両親に声をかける。
部屋に入った祖父母と両親は玉藻をみて、さもありなんという顔をした。
全員が着座すると俺が紹介した。
「こちらがお社様こと玉藻前様です」
「玉藻前じゃ、おぬしら一族の信心ありがたく思う。850年にわたる社の守りご苦労であった。このたびこの将門の更なる信心により、現世に訪れることが出来た感謝する」
そういうと玉藻は頭を下げた。耳がピクリと動いた。狙ってやっているのならかなりあざとい。
祖父母と現当主の父と母が順番に自己紹介する。
自己紹介が終わると、俺が簡単に今回の事態について説明する。
「つまり毎日曜日に菓子を供えよと」
祖父が切り出す。
「うむ、本当なら将門に供えてもらうのが一番じゃが、そうもいかないらしいな。まあ、今の内はわれもここから動けなんだが、それも暫くのことじゃ、そのうち将門のところで世話になろうかと思うておる。そうなれば、日曜ごとと言わず、毎日でも菓子を食べれるしのう」
いや、そんな話聞いていないから、つうか何言ってんのよ。
「どういうことでしょうか?」
父が聞き返す。
玉藻がニヤリと笑う。ああこれ絶対ろくなこと考えてないだろう。
「うむ、わが名を扁額に記して社に掲げてもらう。そして、分社をひとつ将門の住まいに建てて、そちらに将門に供え物をしてもらえば、われは自由に動けるようになる。」
玉藻の説明によると、社がひとつしかない為、玉藻はこの地に縛られていることになるらしい。分社があれば、そこには事由に行き来できるらしい。
「そしてな御当主」
玉藻はずいっと父ににじり寄った。
「将門を神使にいただきたい。見返りは更なる商売繁盛と家内安全じゃ」
いや、人間は神使にできなくね? 神使ってふつう動物だよね。
いや、さすがに断るだろう、俺一人息子だぞ、跡継ぎどうすんのよ。
「是非もなし。愚息ですが、どうかよろしくお願いします」
即答で息子を売りやがった。