おきつねさまと鵺の過去
さて、鵺の正体が明らかになるという民俗学上だか文化人類学上だかの快挙が成し遂げられた直後、俺たちは参道脇の縁台に腰をかけ、睦月が用意した麦茶と水羊羹を堪能することとなった。
祖母の友人がお持たせに持ってきたものらしいが、祖母が菓子ならば玉藻たちにと譲ってくれたのだ。
睦月が羊羹の上の桜の葉を取り除くと、スプーンですくい上げ、皆の分を器に盛り付けていく。
「うむ、俺も相伴になって悪いな」
レッサーパンダが背筋をピンと伸ばして、座っている姿は別の意味で驚く。見た目本当にレッサーパンダそのままだ。ただ一点、姿の後ろに縞模様の八本の尻尾が見えることを除けばだが。
麦茶の入ったガラスのグラスを取り上げると、一息に飲み干す。すげえ、グラスがピタリと手のひら、あれ前足なのか・・・、にくっついている。人型取らなくても不便ないのか。
「俺は人型になるのが苦手でな。瑞穂と二人の時はこの姿、それ以外の時は”鵺”の姿をしてるのだ」
荒野丸が俺の考えを読んだかのように言う。
ありゃ、また顔に出ていたか、心読まれたか。
「申し訳ない・・・」
俺は、頭を下げる。
そして、立ち上がると荒野丸の脇に腰掛けている瑞穂に向くと深々と頭を下げる。
「この度は我が主神たる玉藻前がご迷惑をおかけしました。少名毘古那様の神使たる瑞穂様におかれましては、荒野丸様を騒ぎに巻き込んだ上、お手をわずらわせたことを深くお詫び申し上げます」
傍の桔梗も立ち上がり頭を下げる。睦月も配膳の手を休めて頭を下げる。
どうも玉藻の邪な考えがだだ漏れだったらしく、鵺というキーワードを感じ取った睦月が、三社様と会った帰りに神田明神に出向いて瑞穂に相談を持ちかけたのが、ことの顛末らしい。
いい嫁だ。俺にはもったいないくらいだ。睦月に見合う旦那になるべく精進せねば。
・・・・うむ、乾いたな。
「瑞穂様と荒野丸様におかれましては、我が主神とは浅からぬ因縁があると拝察いたしますが、何卒、お許し願いたく」
頭を垂れたまま、言葉を繋ぐ。
男と女の中、誤解と思い込み、嫉妬と夫婦喧嘩、短い人生ながらもこれらに関わるとろくなことがないことぐらいはわかる。あ、睦月は別な。
ここは潔く謝っておくのがいいだろう。まあ、後々のこともあるしな。
「頭を上げよ。安心せい、我も旦那様と玉藻前が、今更どういうような関係でないことはわかっておるわ」
瑞穂が笑いながら言う。傍の荒野丸が安堵のため息をつく。どんだけ尻に敷かれてるんだよ。
それと桔梗、瑞穂の胸ガン見しすぎ。
俺は桔梗をちょろっと突っつく。
「ご高配感謝申し上げます。こちらは江戸は両国の老舗の水羊羹と申す菓子でございます、どうぞ召しあがりください」
俺の言葉に皆が水羊羹に手をつける。
「こりゃ、うめええ。玉藻が、執着するわけだ」
「なんと、口の中で溶けていく。このような食感があるとは」
荒野丸も瑞穂も絶賛である。
俺も口に運ぶ。確かに美味い、そんじゃそこらのただ固めただけの水羊羹と違い、口の中でほぐれるように溶けていく。絶妙な甘さ加減もたまらない。
俺は話を切り出す。
「荒野丸様におかれましては、妖狐であった頃の我が主神の有り様をご存知とのこと、残念ではありますが、これでも主神は主神、後学のためにもどうかご教授いただければと」
俺は、参道に転がされ、もぞもぞと蠢いている玉藻を見やる。
全身を大根注連の注連縄でぐるぐる巻きにされ、口には猿轡代わりの牛蒡注連の注連縄、涙を流しながら、俺たちが食べている水羊羹を見つめている。
「無駄じゃ、こんなこともあろうかと出雲から頂いておった注連縄じゃ、お主の妖力神力全部を封じておる。諦めて反省せい」
瑞穂が容赦なく言い放つ。玉藻を縛る瑞穂の手並みの見事さに、とある職業を想像したのは心の奥底に納めておいた。
俺は怒らすべきでない人リストに瑞穂を足す。ちなみにリスト全員が女性であることは言うまでもない。
「旦那様・・・」
瑞穂に促されて荒野丸が話し始める。
「俺も玉藻も元はと言えば大陸から流れてきたんだ。妖にとって京の都は住みやすくてな。日々の暮らしを占いで決めるくらい迷信深い連中だ、鵺に変化した俺の姿を見て怯えるだけだったのだが・・・・」
荒野丸が器用に頭を掻く。
「ちと調子に乗りすぎてのう。内裏やら公家の屋敷にまでちょっかい出したら、あいつら三位頼政を担ぎ出しおっての、獅子王でズバッと切られてしまい、この姿に戻り玉藻のとこに逃げ込んだわけだ。ところが、ちょっと妖力隠しきれなかったせいか、安倍泰親に見破られてのう。かばってくれた玉藻の正体も一緒にバレてしまい東国に逃げ出したんじゃ」
ずいぶんドラマチックな展開だな。あとこころなしか瑞穂の視線が剣呑だぞ。
「結局、武蔵国で追っ手に追いつかれてな、足止めに俺は残り、玉藻を逃したんだが・・・」
かっこよくね?これ、女ならイチコロじゃね? 容姿これだけど。
「しばらく玉藻探して、東国フラフラしてたんだが、途中でとんでもなく禍々しい、都への呪を振りまく塚を見つけてな。すわ玉藻かと思って行ったところが」
「将門公の首塚だったと」
俺が言葉を引き取る。
「都憎しで気があった上、こんな形の俺を可愛がってくれてな。百五十年ほどして神になった時に俺を神使として取り立ててくれたんだ。主神について行った出雲の神在祭で、玉藻にあった時はぶったまげたし、無事でよかったと安堵したもんだ」
剣呑な瑞穂の視線に気づいた荒野丸は慌てて言う。
「瑞穂とは我が主神が神田明神に祀られた時に知り合ってな。鵺の姿の俺を見ても怯えなんだし、大己貴命の取りもちもあって、夫婦ととなったわけだ」
「失礼なことをと思いますが、瑞穂・・・様、荒野丸様のどこがというか、その・・・」
さすが桔梗、聞きにくいことを聞く。俺も知りたかったが。
「同じ神使同士じゃ、様はいらぬ。それに長い付き合いになりそうだしの」
瑞穂が軽く手を振る。
「うむ、こう見えても旦那様の顔は愛嬌があっての、それに一番惹かれたというのがあるな。まあ当然、義理堅く男らしいというのもあるが・・・」
瑞穂の言葉に荒野丸が苦虫を潰したような顔をする。
俺と桔梗、睦月は荒野丸の顔をガン見する。
いやいや、確かに動物園のレッサーパンダは愛嬌があるが、等身大で人語を話し、鵺に変化するレッサーパンダを愛嬌があるって、どういうセンスなんだ。
「くっくっ、この姿でないぞ。人型を取った時じゃ」
「おい、何話してんだよ。そのことは俺の矜持のためにも誰にも話さないでくれって言ってあったろう」
荒野丸が慌てる。
「旦那様の矜持とな。ふむ、なら玉藻前の第一神使たる八代の矜持はどうなるのじゃ」
あれ、何かいやな予感。
「愛妻と幼馴染とダメな主神の前で、旦那様の妖力に当てられてちょろっと・・・」
「だあああああああああああああああ」
俺は、立ち上がると絶叫とともに瑞穂の言葉を遮る。
・・・・桔梗、なぜ俺の下半身を見つめる。
・・・・睦月、なぜ顔をそらす。そしてなぜに真っ赤。
・・・・玉藻、やめい、その鬼の首を取ったかのような勝ち誇った顔。
・・・・荒野丸、なにその哀れみの視線。
「鼠にしろ、狐にしろ嗅覚は敏感じゃぞ、よく覚えておけ」
俺はがっくりと頭を垂れた。
敵は鵺じゃなかった、まさかネズミとは。
しかもドS、この性格の手合いには勝てる気がしない。
俺はネズミのキャラクターを生み出したアニメ映画制作会社が儲けに儲けている理由がわかった気がした。
ネズミこそ地上最強の動物なのか。
「というわけじゃ、旦那様、披露してくだされ」
項垂れる俺を尻目に、瑞穂が荒野丸を促す。
「お前ら、誰にも言うなよ、絶対にだからな」
荒野丸、それフラグだから。
荒野丸が手を一振りすると、そこには目の周りが黒く隈取りされ、見事なタヌキ顔をした中年男が一人、立っていた。
お読みいただきありがとうございました。
皆様の励ましのお言葉をいただき、書きたいことを自重せず思うがままに書きまくったのが本話でございます。
下品な点もございますが、どうかご容赦ください。
近々には おきつねさま IN ○○ を投稿することができると思います。
拙い拙作ですが、今後ともご愛読のほどよろしくお願いします。




