おきつねさまと神使の弁明
さて、睦月たちに醜態をさらしてから数日、俺のメンタルはまだ立ち直っていなかった。
さすがにあの体たらくはないだろう。主神と嫁、幼馴染に対する威厳と権威と立場がだだ下がりである。
「まあ、よくやってる方じゃろ」
何か微妙な評価をする我が主神。
「この方が旦那様らしいかと」
俺、ひょっとしてダメンズ?
「会話も行動もオチがつくのが将門よ。そのうち人生にもオチをつけるんじゃないの」
やめろその不吉な予言。
玉藻より神力や妖力の教えを受け、睦月とイチャつき、桔梗の小狐丸登録に付き合わされつつも、神使の仕事は容赦なく俺に押し寄せる。
「此度は我が主神、賀茂別雷命の加護を神器を通して行使したとのこと。はて、我が主神はそのようなことをお許しになったとは聞いておりません。此度の所業、いかがご説明なさるきか」
目の前にカラスが一匹いる。普通のカラスと違うのは足が三本なところだ。
人型を取らない神使もいるとは。
話すたびきちんと嘴が動いているが、発声器官どうなってるんだろう。
俺と桔梗は今、賀茂別雷神社の祭神、賀茂別雷命の神使をお社に迎えている。先日の騒ぎの元となった神楽鈴を返還するためだ。
ちなみに玉藻と睦月は先日の浅草訪問にも関わらず挨拶無しでスルーしてしまった浅草神社の三社様に義理を通しに行っている。まあ、神代も世知辛いことだ。
桔梗、気に入ったのわかるけど小狐丸を帯刀しているって怖いから。八咫烏が妙に距離をとってるし。
八咫烏、サッカー日本代表のシンボルマークだが、目の前の八咫烏は4−2−4のフォーメーションのごとく、やたら好戦的だ。だいたいサッカーの神様は白峰神社だろ。なんで日本代表のマークが八咫烏なんだよ。これが日本代表が勝てない理由なんじゃね?
崇徳上皇をシンボルマークにしたら対戦相手チームに不幸が訪れて、不戦勝でW杯優勝できるはずだ。まあ、あっちにも神様いるはずだから、その場合、世界”神”大戦でも起こりそうだが。
「あれは人どもが勝手に使っているだけじゃ、しかも祀りも祭りもせなんだ。加護を期待し、信心の欠片もあるならお社の一つでも建てろというのじゃ」
あれ、俺、また、声に出してたか。まあ、これも計算のうち。
サッカー協会も強化費で神社建立するわけにはいかないだろうしな。
「か〜〜〜〜っ、そんなことより、申しひらきはいかに」
本当にカラスの鳴き声だよ。
八咫烏が三本の足で器用に俺に歩み寄る。
説明から申し開きにランクアップかよ。
「はて、確か我が主人はかつて鳥羽上皇とともに賀茂別雷神社より直に神器を賜ったとのこと。これぞ、賀茂別雷命様がご加護を与えたという証、下賜されたものをいかに行使しようとも、このような言いがかりをつけらるようなことはありませぬな」
俺は涼しい顔で答える。
「黙らっしゃい!」
真っ黒で色がわからんが羽の下は怒りのあまり真っ赤になることってあるのか?
まあ、ここまでか。あとは飴玉でも喰わさせれば完了だ。
「此度は賀茂別雷命様の加護により八里四方の穢れが全て祓われたとのこと。周囲の神々もさすが賀茂別雷命様の加護と褒め称えております」
俺は神妙に述べる。
周囲の神々に聞いたなどどと嘘だ。神使になってこのかた、周囲の社に神代への引っ越し蕎麦も持っていてないし、どんな神や神使がいるかなど気にもとめてなかった。
「さらに我が本山の地狐どもも、この度の加護を目の当たりにし、方々に吹聴しております、賀茂別雷命様の名声も拡がり、信心も集まりましょうぞ。また、加護を行使したのが、かつて都を追われた我があるじ、玉藻前さまの神使ともなれば、賀茂別雷命様の慈悲深いお心や先を見る器量も褒め称えられ、神在祭の時にはこぞって称賛されましょうぞ」
んなわけないと思うがな。どちらかというと玉藻のドジぶりの方が、広まりそうだ。
八咫烏はまんざらでもないというように羽を鷹揚に二、三回振る。
ここでもう一押し。
「さらにはこの神器はお返しいたしましょう。お社に奉れば必ずや賀茂別雷命様のご威光は畏敬の念を持って崇められましょうぞ。本来なら我があるじ、玉藻前が伺うところ故あってかないませぬ。代わりに深くお詫び申し上げます」
俺は頭を深々と下げる。まあ、下げるだけならタダだし。
「それでは、お納め下さい」
俺は傍に控える桔梗から神楽鈴を受け取り、八咫烏の前にうやうやしく置く。
「ううむ、人の身と聞いていたが、我が主人の威光をここまで知っておるとは・・・。都を追われた貴殿のあるじにおかれては、都に関するものは思い出すのも辛い所業だとも察する。ぜひも無し。玉藻前さまにおかれましては良き神使をお持ちとお伝え願いたい」
ちょろいなカラス。
その時、ヒューヒューという鳴き声が響き渡った。
あれ、トラツグミだけどまだ夕方・・・・・・。
俺は立ち上がる。
「・・・ほほう、珍しい客がお見えのようで、ではわれはこれで」
八咫烏が俺の非礼を咎めるでもなく、羽を一振りすると神楽鈴が消え去る。
軽く一礼し、飛び立つと空へと消えていく。
「将門!」
桔梗が叫ぶと立ち上がり、小狐丸の鯉口を切る。
俺はお社の扉を開き、参道を見る。
鳥居の下にはまさに化け物としか言いようのないものがいた。
猿の頭に虎の胴体、顔をニホンザルだがそんな可愛いもんじゃない。歌舞伎のように隈取りがあり、犬歯が口から飛び出している。タテガミのような毛に包まれ、その一部が背中を流れ、尾の根元まで生えており、虎の縞模様とはアンバランスな感じだ。尾はマムシのような頭が三角の蛇で、まるで独立しているかのように動き、口から赤く長い舌をチロチロと出して、時たまヒュー、ヒューと先ほどのトラツグミのような音を出している。
身の丈は3mほど、四本足で斜に構えてこちらを見ている。
これはマジでやばい、畏怖とか恐怖なんてものじゃない。
”絶望”そのものだ。
俺は後退りしたくなる自分を叱咤する。
考えろ。考えろ。
しかし、そんな俺をあざ笑うかのように、俺の体は言う事を聞かない。
全身が冷や汗にまみれ、毛が総毛立つ。
いつの間にか両の拳を強く握りしめている。
一歩一歩確実に近づいてくる。
傍に立つ桔梗を見やることもできない。
かなりの体重だろうに、足音ひとつ、砂つぶを押し潰す音も全くしない。
あるのは負の気配だけ。
「お初にお目にかかる」
朗々とした声だった。
「玉藻前様の神使たる八代将門殿と太田桔梗殿とお見受けする。我、平将門公の神使たる荒野丸がご挨拶申し上げる」
化け物が軽く頭を下げ、上げるとニヤリと笑う。
これで漏らさなかった自分を褒めてやりたい・・・・・・ちょろっとなら、多分、セーフ。
そして、鵺の鳴く夜が始まる
皆様、明けましておめでとうございます。
三が日を利用して、都内の神社にお参りしてきました。
第六天榊神社の七福稲荷大社と繁盛稲荷大社
住吉神社の入船稲荷神社
小野照崎神社末社の稲荷神社
そして、かつては都内最古の稲荷神社であった下谷神社
祈願は皆様を楽しませることができる作品が書けますようにと、また、お読みいただいた方に本年のみならず永劫におきつねさまのご加護がありますようにと、おきつねさまがイヤになるくらい念をおして祈ってまいりました。
皆様のこれからの益々のご発展を祈念して新年の挨拶とさせていただきます。




