おきつねさま IN 浅草
作中で伝法院通りのメンチのお店を取り上げていたのですが、該当店舗が宣伝方法に問題があるとの報道がなされました。ついては、該当部分を削除いたしました。リサーチ不足をお詫び申し上げます(2017.7.12)。
さてお盆も終わり、嵐も去り、八月もあと十日あまりとなった。
いろいろあったせいで、予約していた銀座の和菓子がキャンセルになってしまったことの詫びを兼ねて、玉藻達を現生に連れ出すことにした。
「ふ〜ん、いいんじゃないの」
桔梗が、夕張メロンを突きながら同意する。
先日、玉藻達が温泉宿でメロンが気に入ったと言ったため、夕張メロンを取り寄せたのだ。
すでに旬は終わりかけらしいが、味としてはまだまだイケるようだ。
問題は食べ方だ。俺はカットメロンにして食べてるのだが、桔梗、玉藻、睦月のメロンは半分に切られ、中央のくぼみに茶色の液体がなみなみと注がれている。
そしてメロンの脇に鎮座する親父秘蔵のジョニーウォーカーブルーラベル。
おい、それ開けたのかよ。まさか親父に内緒で・・・。
神使と紳士を掛けたわけじゃないよね。
俺の脳裏にジュード・ロウとジャンカルロ・ジャンニーニの顔が浮かんだ。
「睦月ちゃんがお願いしたら一発よ」
桔梗がメロンを突っつく。
「おお、この豊潤な香りと甘さが渾然となった感覚、しかも食べ進めるにつれて、段々と味が変わっていくではないか」
玉藻がうっとりとした表情を浮かべている。顔色が変わらないので酒に酔っているのか味に酔っているのかわからない。
いや、桔梗、未成年なんだから。
「何、言ってるのよ、香りづけよ香りづけ。ブランデーケーキや甘酒みたいなものよ。それに玉藻様と睦月ちゃん成年でしょ」
いや、その食べ方、香りづけというには無理があるから。
神とか妖って成人年齢あるのか?
「細かいこと言わないの。いざとなれば神代に逃げ込めば治外法権よ。で、どこに行くつもりなの?」
俺は考え込んだ。とりあえず、今まで出してきた中で、玉藻達が受け入れられなかったものはなかった。和菓子、洋菓子、果物、料理。さすがに洋食、中華、エスニックはハードルが高いだろう。俺一押しのパクチーなんかはギャンブルに近いだろう。
まあ、和菓子から洋菓子、食べ物までいろいろなものを楽しめればいいんだが、ホテルのバフェもありだが、一緒に玉藻達に今の世の中も見てもらいたいし・・・。
俺はメロンにぱくついた。
メロン。俺は高校時代に食べたメロンパンを思い出した。
これだ!!!
「よし、浅草行くぞ!」
我が一行の浅草行きが決まって一番張り切ったのは、なぜか祖母と母だった。
『やっぱり、浴衣よね』
玉藻と睦月に我が家に伝わる様々の柄の浴衣を着せ、一晩でお直しをしてしまった。
桔梗は自前の浴衣を用意するらしい。
なぜか俺も浴衣でということで、柄は吉原つなぎ。ちょっと渋めの選択の上、何か意味深じゃね?
玉藻と睦月はお社経由で都心の家へ。俺と桔梗はそんなチート使えないので、新幹線で向かい、向こうで着替えることに。
都心の家はまだリフォームが完全に終わってはいないらしいが、着替えをするスペースぐらいはあるらしい。
桔梗の浴衣の柄は自分の名に合わせた桔梗柄だ。まさに馬子にも衣装だな。
幸い天気にも恵まれ、天気予報によれば夕立も来ないようだ。
俺と桔梗は浴衣に着替え下駄を履き、家の片隅の社の前に立つ。
ほどなくして玉藻と睦月が現れる。
これ反則じゃね?
玉藻は髪を狐の尾を思わせる感じでポニーテールにまとめている。
そしてうなじ。
浴衣の柄は椿。
そしてうなじ。
髪飾りも椿の花だ。
睦月はといえば前髪左右を少し残してのサイドポニー。
そしてうなじ。
浴衣の柄は牡丹。
そしてうなじ。
髪飾りも牡丹の花だ。
そして、うなじ!。
二人とも手を前に組み、巾着ぶくろを持っている。
そして、うなじ!。
俺の心を読んだのか、睦月のうなじが赤く染まる。
「全部、声に出てるわよ」
桔梗の言葉に俺は、手に持つ信玄袋を取り落とした。
最寄りの駅まで歩き、銀座線に乗り浅草に向かう。
玉藻も睦月も路面電車までは知っていたが、さすが地下鉄には驚いたようだ。
玉藻は平然としていたが、睦月は俺の腕を掴みっぱなしだった。
駅の構内から表に出るとむわっとした夏の空気と浅草らしい喧騒に包まれる。
浅草駅から雷門通りを少し歩くだけで、雷門だ。
雷門の前では大勢の観光客が写真を撮り、人力車が客待ちをしている。
「あ〜玉藻、本当に大丈夫だろうな」
そう、今回の浅草訪問に際して、玉藻にいくつか確認をしておいた。
浅草寺に入った瞬間、神代に飛ばされないかと。
「大丈夫じゃ、神仏習合とはいえど現生と神代の一部でじゃ。本山に確認を取らせたが、浅草神社の境内、三峰神社に足を踏み入れなければ問題ない」
寺は音読み、神社は訓読み、これ豆な。まあ、例外もあるが。
玉藻が門内に立ち並ぶ仲見世に目を輝かせながら、待ちきれないように言う。
俺は深呼吸をする。
睦月が俺の左手を握ってくる。見やると上目遣いの睦月!!!
いや、恋人つなぎはさすがにこの人混みでは恥ずかしいから・・・。
ああ、桔梗の視線が冷たい。
見えないはずなのに!。見えないはずなのに!。睦月の尻尾がシュンとしたように感じられる。
だ〜〜〜〜〜〜っ、俺は、睦月の右手を握る。
さあ、行くぞ。食べ歩き。
風神雷神門をくぐる。
まずは入ってすぐのきびだんごだ。この時期のドリンクは冷やし抹茶だが冬場は甘酒になる。
「おお、茶なのにほのかに甘みが・・・」
玉藻は冷やし抹茶がお好みらしい。
食べ歩きとは言っても人混みの中食べるわけにもいかず、ゴミ箱も店先にあるので、その場で食べるのがマナーらしい。
続いては芋ようかんの老舗だ。店先で芋ようかんソフトクリームを買い求める。暑いので、早く食べないと片端から溶けていく。
「おおお、この暑いのにこのように冷えたものが出てくるとは」
驚くとこそこかよ。
桔梗が玉藻の口についたクリームを拭き取っている。
あれ、桔梗の方が玉藻の神使らしいことしてるよね・・・・。まあ、いいか。
あまりに暑いので、途中の扇屋で扇を買い求めようとしたところ、玉藻に言われた。
「我と睦月は暑さなど苦にならぬぞ」
「私は道場の暑さに馴れてるから」
「だいたいおぬし、今では半妖なのだぞ、そんなに暑さを感じるわけあるまい」
玉藻が言うが暑いものは暑い。
おそらくきつねとは言っても俺はきっとキタキツネだろう。
俺は睦月の見立てでトンボ柄の扇子を購入した。
仲見世を冷やかしつつ進み、仲見世脇にある粟ぜんざいで有名な和菓子屋の喫茶部に入る。
玉藻と睦月は氷宇治金時、桔梗はあんみつ、俺は豆かんだ。
猛烈な勢いで氷を書き込んでいく二人、アイスクリーム頭痛がないのか?
店を出て再び仲見世へ。
女性陣は近くに店を接し合う『あげまんじゅう』と『あげまんぢゅう』の食べ比べを始めた。
おいおい、どんだけ食うんだよ。
軍配はカスタード味に上がったらしい。
つうか食べ物への食い付きが良すぎて間近に見えるスカイツリーの説明をする隙が全くない。
そして、本日のメインイベントだ。
仲見世の終わりから東へ向かい高校時代に食べたジャンボメロンパンの店に向か・・・。
あれ、店がない。
「どうしたのじゃ」
「旦那様?」
呆然としている俺に、通りかかったおっちゃんが声をかけてくる。
「兄ちゃんよ、メロンパン狙いか? もしそうならメロンパンの店は移転したぜ」
俺、痛恨のミス!!
教えてくれたおっちゃんに礼を言い。
玉藻と睦月に頭を下げる。
「すまん」
俺のリサーチ不足だ。ちょっと浮かれすぎたな。
「将門、大丈夫よ。移転先、この近所みたいだから」
桔梗が移転先が表示されたスマホを見せてくれる。
でかした桔梗、後で何でも言うこと聞いてやる。
「言質とったわよ。楽しみにしてなさい」
あれ、俺、また浮かれてミスった?
浅草寺にお参りをしながら、子育地蔵尊の前を通り、境内を抜け、目当ての店に到着する。
多少の行列はあるが、すぐに焼きたてが供された。
おお、これこれ。
人数分のメロンパンを買い求め、皆でかぶりつく。
外はカリカリ中はふっくらというかもうやわやわ。
夏だというのに焼きたての熱さが気にならないくらい美味しい。
「うむ、満足じゃ。もう一つぐらい行けそうじゃな」
いや、それだけ食べてどうして腹出ないのよ。
あげまんじゅう一人あたり、四個は食べてたよね?
「神力に変換すれば、こんなものすぐに消費できるのじゃ」
「私も妖力で・・・」
「・・・私は、後で稽古するから・・・」
桔梗、なぜ自信なげに言う。
その後遠くに見えるスカイツリーの説明をしたのだが、反応が薄かった。まあ、ある意味助かった。もし登りたいと言われたらどうしようかと思ったのだ。
「将門はね〜、」
だああああ、桔梗、余計なことは言わんでよろしい。
皆はいいが、さすがに俺がこの暑さにばててきた。途中、帽子屋があったので寄って帽子を買おうとする。
桔梗が俺から睦月を引き離し、何かを囁いている。
話し終わったのかトコトコと俺のところに戻ってくる。
「その、旦那様、お礼に私が帽子を・・・」
あれ、でもお金もってないよね。
「桔梗様が立て替えてくれるとのことなので・・・」
でかした桔梗、後で何でも言うこと聞いてやる。
「これで二つね」
あれ、俺、学習してねええええ。
睦月の見立てに玉藻と桔梗が参加し、パナマハットとカンカン帽の二択に絞られたが、睦月の意見によりカンカン帽に決まった。うむ、パナマハットを被るほど貫禄ないしな。
睦月が帽子を俺の頭に乗せてくれる。
だから、桔梗、そのニヤニヤ笑いやめてくれ。
帽子屋のすぐ南に、浅草に来るといつも寄る喫茶店があるのだが、皆、既にお腹・・・。
「まだ、いけるぞ」
玉藻。
「旦那様の思うままに」
睦月。
「・・・・飲み物だけなら」
桔梗。
店の前に着くとちょっとふらついてしまった。
睦月が支えてくれる。
だらしのない旦那ですまん。
「席が空いてるか聞いてくるわね」
桔梗が店の中に入り、店員と話す。
「二つに分かれちゃうけど空いてるって、玉藻様、いいわよね」
あれ、四人席空いてるよね。
玉藻と桔梗は一階、俺と睦月は三階に案内される。
注文は、梅ダッチとサバリンだ。後で聞くと俺のおすすめだというので、玉藻も桔梗も同じもを頼んでいた。
出されたお冷を飲み干すと、一息つく。
梅ダッチとはアイスコーヒーに梅酒が添えられたものだ。まあ、未成年でもこれぐらいは勘弁してもらえるだろう。俺の飲み方は、半分コーヒーを飲んだら、梅酒を投入し、梅をかじりつつ残りを飲むというものだ。人によって色々な飲み方やこだわりがあるらしい。前に一緒に来た友人は、梅ダッチ自体受け付けなかった。意外といけると思うんだが、解せぬ。
サバリンはデニッシュをシロップに浸し、間にクリームを挟んだスイーツだ。問題はこのシロップで、なんとラム酒である。桔梗なら狂喜することだろう。なにせ、その量が尋常じゃない。デニッシュが吸いきれず、下の受け皿にあふれんばかりに残っているのだ。
まあ、桔梗が気をきかせて席を分けてくれたのだろう。俺は、睦月との時間を楽しんだ。
さて、ここで話が終われば良かったのだが、そうはいかなかった。
どうも俺、軽い日射病だったらしい。
挙句、アルコールを摂取した結果、ちと意識が朦朧とした状態に陥ったらしい。
話している最中にいきなり俺の様子がおかしいと気づいた睦月が慌てて、一階の玉藻と桔梗を呼び、桔梗の判断でタクシーにて、都内の家に運び込まれることとなった。
しまらないこと甚だしい。
「我の官能のひとときを邪魔するとは」
玉藻はショーケース内のすべてのケーキを食べようとしてたらしい、白と黒の店名を課したケーキとフルーツポンチしか食べられなかったとぼやかれた。ちょっと何その手のジャンボケーキの箱は。
玉藻に睨まれる。
サーセン。
「旦那様、心配したのです」
涙ぐむ睦月。
いや、それ一番こたえるから。
「貸しはこれで三つね」
無慈悲な桔梗。
俺は改装中の家の縁側で、横になり、睦月のあおいでくれる団扇の風を感じながら、幸せなんだか、気恥ずかしんだか、微妙な時を過ごした。
お読みいただきありがようございます。
毎日の投稿を続けてきましたが、本投稿を持って本年の最後の投稿とさせていただきます。
さすがに大晦日と三が日は私用で忙しいため、誠に勝手ながら、更新は4日もしくは5日かからとさせていただきます。
来年が皆様にとって、良い年となることを祈念して、今年最後の挨拶とさせていただきます。
拙い拙作をお読みいただいきありがとうございました。
 




