おきつねさまと小狐丸
先日の騒ぎを受けて、今日は俺、玉藻、睦月、桔梗でお社の掃除だ。
掃除と言っても玉藻が隠し持っている神器の整理なのだが・・・。
玉藻が軽く手を振るとお社の片隅に神器が現れる。
神代のお社から取り寄せたらしい。
俺たちが神代のお社に行っても良かったんじゃないか?
「われとて見られたら恥ずかしいものはあるのじゃ」
なんでそこで顔を赤らめる。
社の片隅に現れたガラクタは山のように大量にあった。
鈴、玉、旗、行灯、提灯、巻物・・・・・、これじゃ間違うのも無理ない。
俺は溜息をついた。
「神器を我楽多扱いとはおぬしぐらいじゃ」
はいはい、整理を始めるぞ。
「だ、だ 旦那様、こちらをこちらをお使いください」
睦月が籐で編まれた行李を差し出してくる。
さすが、よく気がつくな。
俺は、睦月の頭を撫でながら褒める。
「そこのバカップル、さっさと手を動かしなさい」
いつの間にか巫女服に襷を締めた桔梗が叫ぶ。
あれ、襷掛けってどうやるんだ。
「旦那様、私が」
睦月が俺に襷を締めてくれる。
これは覚えないとだな。
「後でお教えいたします」
「だ〜か〜ら〜〜〜〜、ささっと始めろ、桃色神使ども!」
桔梗の雷が落ちる前に、俺たちはガラクタ整理の作業に入った。
まあ、あるわあるわ、くだらないものが
これはなんだ。
古ぼけた細長い木の板だ。ひっくり返すと文字がたくさん書いてある。漢文なので全くわからない。
「天神の笏じゃ、まだ人であった時に使うておったものらしい、背中を掻くのにちょうどいいので、湯島から持ってきたものじゃ」
菅原道真公の笏か。
「文章生の試験の時、それ持ち込んで試験乗り切ったらしい」
まさかの学問の神のカンニング疑惑。
「これって、まさか」
桔梗は『毘』と書かれた赤い旗を広げた。
「おお、いつぞやか景虎とか名乗ったものが、納めていったものじゃ。われ商売繁盛の神なのに何やら戦勝祈願をしていきおったわ。見当違いもいいとこじゃ」
これが上杉謙信の関東出兵の失敗理由なのか。
天宇受売命の扇や金山毘古神のふいご、大山咋神の盃、などなど。
犬や鴉に収集癖があるのは知っていたが、まさか狐にもあったとは。
取り出した神器一つ一つ、にどこから手に入れたかを玉藻が筆書きした書付を添えて、行李に仕舞っていく。
「いい加減、書き疲れたのじゃ」
玉藻が筆を放り投げ、飽きる頃には何とか整理が終わり、積み重ねられた行李とちょっとした大きさの長持ちと太刀が一本残るだけとなった。
「この長持ち鍵がかかっているのか?」
俺が蓋をガタガタ揺さぶっても開く様子はない。
「うむ、じゃが、そのう、鍵をなくしてしまってのう。今では開けることができぬのじゃ」
鍵は見つからないのか?
まあ、開かないなら危険はないだろう。
鍵の行方を聞いた時に玉藻が見せた暗い表情とわずかながら流れ込んできた慚愧ともいうべき感情が心にひっかかった。
「この刀は?」
桔梗が太刀を掴むと鞘から取り出す。
長さは60センチに満たないだろう。あれそうすると太刀ではなく小太刀だっけ。
抜き身は社の格子から差し込む光を反射し、しばらく放って置かれただろうに刃には一点の曇りもない。
「小狐丸!!」
睦月が口に手を当てて叫んで、玉藻に振り返る。
「玉藻様!」
睦月の問いかけに玉藻がバツの悪い顔をする。
おい、まさかまた危険なものなのか?
俺の剣呑な雰囲気を察したのか、睦月が説明する。
「いえ、それは、小狐丸という小太刀で、昔、稲荷神様が人の刀工とともに打ったものです。白菊大神が、我が主神の鍛えたる小太刀を人が持つとは何事かとお怒りになり、京の九条家から盗んで本山三ノ峰の白菊社に奉じてあったものです」
白菊、白菊、・・・ああ、あのいけ好かない狐か。
あいつそんな手癖の悪いことしてたのか。
「いつの間にか無くなっており、お山の神使総出で探したのですが・・・」
「あやつの態度が気に入らなくてのう。ちと困らせようと持ってきたのじゃ」
なるほど、玉藻はそれをまた盗んだのか。
盗人の上前ハネるとは我が主人もやりおる。
桔梗が流麗な動きで、小太刀を扱う。
小太刀も使えるのか?
「うちの流派はわき差し使わないけどね、小太刀術自体はあるから使えるわよ、それに天道流も少しかじってるから扱いは任せて」
一通りの型を披露し終えると玉藻が桔梗に話しかける。
「小狐丸はそちが持っておれ」
「いいの?」
桔梗が満面の笑みを浮かべる。
「うむ、そちには世話になったにもかかわらず、何の礼もしておらんしのう。それに神力のないおぬしなら神器を任せても問題あるまい」
「将門、おじさん呼んできて。警察署に発見届を出しに行くわよ。ああ、発見者は将門ってことで。登録の審査日いつだったかしら・・・。ああ、将門、ちゃんと私に贈与するって一筆書いてよね」
桔梗が舞い上がっている。
この分だと巫女服のままで警察署に行きそうな勢いだ。
「あああああ、玉藻様に、え〜、まあいいや、感謝申し上げます」
小狐丸を抱えたまま、ぺこりと礼をする桔梗に玉藻が苦笑する。
それにしてもよくそんなこと知ってるな。
「当たり前じゃない、銃砲刀剣類所持等取締法を学ぶなんて常識じゃない、条文空で言えるわよ」
桔梗のサムズアップ。
俺は当たり前の定義を見直すことにした。




