おきつねさまとその言い分
我が家の庭は週末になると入園料を取って解放している。別にコスプレや写真撮影を禁止しているのではないので、最近では和装系のコスプレイヤーを見かけることもあった。この仁王立する巫女を見てコスプレイヤーだと思いたがったが、心の中では『ああ、これがお社さまなんだろうなー』と納得していた。
「なぜ、あの菓子を供えん。稲荷寿司と一緒と思ったからここまで待ったが、もう我慢できん。さっさと出しや」
上から目線、さすが神様だけあって容赦ない。
何とは言えないが、ここで俺の中の何かが切れた。いやいや、お供え毎日してたのよ。おそらく何百年間お社を守ってきたのよ。しかも善意でお供えしたのに、何キレてんのよ。普通なら信心ご苦労、くるしゅうないぐらいの言葉かけてくれてもいいんじゃねーの。
「あの菓子は1ヶ月前から予約しないと手に入らない上に、日持ちも2日間しかない。しかも売っているのは東京の銀座、ここから車で2時間だ。おいそれと手に入らない菓子が、手に入ったからこれ幸いとお社さまにお供えしたのに、ああそうですか。お礼の言葉もないわけだ。我々一族も軽く見られたものですね。これだけ長い間、毎日毎日お供えを欠かさず、戦争や地震があってもお社を守ってきたのに、初めてお社さまにお会いして、かけられた言葉がお叱りの言葉とは。さすが神様、我々を駒だと思ってらっしゃるようで」
一気に言い切った。この家も俺の代で終わりかな。商売繁盛の神様を怒らせたんだ。バチどころかお家断絶まであるだろう。でも構わない、理不尽なものは理不尽なのだ、我慢できるわけがない。
「い、いや、その、まあ、その」
お社さまは急に下を向くと胸の前で互いの人差し指をチクチクし始めた。
ケモミミ、パツキン、巫女、少女でこの行為。やだなにこれカワイイ。
「その、そなたの一族には感謝しておる。我のために社を建てた上に毎日お供えをしてくれる。おかげで、神籍にも昇れたしの」
お社さまは呟くように言った。
「じゃが、あの菓子はうまかったのじゃ。確かに我はお揚げと稲荷寿司があれば良いと言った。しかし、かように美味いものがあるとは知らなんだ。知ってしまった以上は、我はあれを所望する」
お社さまは涙ぐみつつ、右の拳を握り締めるとぐっと胸の前に掲げる。
馬鹿なのか、ただの馬鹿なのか、それとも喰い時の張ったただの馬鹿なのか。
俺は心の中で不敬な思いを抱いた。
「この数百年お社さまを守り、毎日お供えをしても、お姿を見せなかったくせに、一度食べた和菓子が美味しかったからといって、初めてお姿を見せた残念な神様ではありますが、我が一族がお守りしてきた大事な神様です。是非もなく、先ほどの和菓子はすでに注文してあります」
「おおお、少し不敬な言葉が混じっておるようだが、ここは菓子に免じて許す!」
お社さまは満面の笑みを浮かべる。
「しかしながら、先ほどもお話ししたように注文は順番待ちのため、お供えは1か月後となります」
俺の言葉にお社さまは絶望的な表情を浮かべる。
「順番待ちとな。順番を待っているものを呪い殺せばいいのか? さすれば早く食べられるのではないのか?」
いやだもうこの神様残念すぎる。本当に俺の一族この神様守るために続いてきたの? 俺は天を仰ぎ見た。
「神様が呪い殺しちゃダメだろう」
「我、元は妖狐じゃからのう。呪術は得意じゃ」
何かドヤ顔のお社さま。この神様、釘をささないと暴走する。俺は切実な危機感を抱いた。
「そんなことをすると神籍剥奪されますよ」
俺が言うとお社さまの耳がピクリと動いた。図星だったらしい。
「こうしましょう。毎週日曜日の夜のお供え、お揚げに足して必ず菓子を一品つけます。いかがでしょうか?」
「おお、さすれば今夜はまた新しい美味が待っておるのじゃな」
お社さまは胸の前で祈るように指を組むと、俺を見つめた。いや、あんたが祈られる方で、俺が祈る方だから。
「とりあえず今日はこちらをどうぞ」
俺は未だ手に持ったままだったお揚げが2枚乗った皿をお社さまに差し出した。
「我の名は玉藻前じゃ」
白面金毛九尾の狐の傾国の美女キタコレ。見た目女子高生だけど、ってことは年は・・・。
「何やら不埒な考えをしてるようじゃの」
ちょっと顔に出ていたらしい。
その後の話でお社さまの詳しい正体が聞けた。お社さまは本当に玉藻前で、今から850年ほど前にこの地に流れてきたところを、うちのご先祖さまに助けられたらしい。
そして傾国の美女の悲しい事実発覚。
「都に行けば美味しいものが食べれるじゃろ。そのために上皇を虜にしたのじゃ、ありとあらゆる美味を取り寄せて堪能したのじゃ。ところが泰親のやつに正体を見破られてのう。那須野まではうまく逃げたんじゃが、そこで捕まってのう。苦労して身代わりを仕立てて、ここに落ち延びてきたというわけじゃ」
もともとご先祖は社を建てて、神職みたいなことをしていたらしい。そこでお社さまは、保護と信仰を要求、見返りにご先祖さまに家内安全・商売繁昌を約束したとのこと。そしてお揚げは室町時代に、稲荷寿司は江戸時代にやはり俺と同じようにお供えした者がいたらしく、その時にも姿を見せたことがあるとのことだった。
「して、そちの名はなんと申す」
驚愕の事実。12年間お供えを続けた俺の名を知らないとは。本当にお社さまは欲望にのみ忠実らしい。
「八代将門と言います」
俺はため息まじりに、答えるのだった。
「ふむ、良い名じゃ。お主には我を玉藻と呼ぶことを許そう」