おきつねさまと膝枕
客間にある振り子時計の鐘の音が聞こえる。7回鳴ったから7時なのだろう。でも朝なのか夜なのか判らない。ああ、枕に頭を乗せて横になっているのか。体にタオルケットがかけられてるのか、かすかな重さを感じる。
客間はエアコンが効いていないはずだったのに額にひんやりとしたものが乗っている。
あれ、俺さっきまで・・・
目を開けると目の前に睦月の顔があった。睦月は俺の方を向いて目を瞑り首を垂れている。が問題はこの状況だ。
明らかに俺の頭の下には現在の体勢から推測するにあたり、ふとももというものが存在するように想像される。
さらに俺の頭の下の感触から察するにあたり、やはりふとももというのもが存在すると推定される。
また、睦月の右手は俺の額に添えられており、これはいわゆる、膝枕というものではなかろうかと断定される。
視覚的及び感覚的に、18歳の男子大学生が理性と野生を天秤にかけた結果、これは有りと判断したのは、どう見ても許されることだろう。否、ここでこれを堪能しなくていづくんぞ・・・・。
あれ、俺何でこんなことに・・と考えた瞬間、全身に筋肉痛のごとき激痛が走った。睦月の膝から転げ落つ。
「いたた!」
痛さのあまり転げまわる。さっきまで俺よくこの痛み感じてなかったな。
睦月が慌てて俺の手を握る。握られただけでそこに激痛が走り、睦月の手とも言えども振りほどきそうになる。が、その瞬間、痛みがスーッと引いていく。俺は上半身を起こす。
途端、睦月が俺の体に抱きつく。誇張でなく号泣している。狐じゃなければワンワン泣いていると表現するところだ。いや、当たってるから。
ふとももから胸へ。
まさにヘブン トゥ ヘブン!
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
あれ、抱きついた睦月が、泣きじゃくっている。
いつの間に着替えさせてもらったのか、俺の浴衣の胸の部分が瞬く間に睦月の涙でぐっしょりになる。
落ち着いて自分の体を見回す。大部分が睦月に隠れて見えないが、あれだけ痛かったのに見たところでは怪我などはしていないようだ。
ただ腕も含めて睦月に抱かれているので、睦月の体に手をまわすこともできない。いや、邪な気持ちは・・・ない、と思う、いや、はずだ。
睦月の想いが流れてくる。
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
あれ、誰が睦月を泣かせたんだ。
俺は思い出す。
轟く雷鳴と真っ白に変わっていく世界を。
睦月の鳴き声が俺の感覚から消え去り、代わりになんとも言いようのない怒りが湧いてくる。
「玉藻〜〜〜〜〜〜〜っ!」
俺は叫ぶと睦月を振り切って立ち上がる。睦月と離れると背中の痛みがぶり返したが、こんな痛みごとき苦になるか。
部屋の中を見回すが玉藻は見えない。逃げたか。
だが、俺と玉藻は主神と神使だ。繋がってるからには居場所くらいわかるはずだ。
やり方はわからないが、やってみせる。
睦月が俺の浴衣の袖を掴む。
まだ、涙ぐんでいる。
睦月の頭を撫でる。
安心しろ。片はきっちりつけてやる。
あいつ、睦月の想いを踏みにじりやがった。あの後、睦月がどんな思いをしたのか、俺はそれを考えるとさらに怒りがこみ上げる。
何が眷属を庇護するだ。何が神使を守るだ。
そう、もともと殷の紂王や鳥羽上皇を手玉にとるくらいの妖だ、神になってもその気分が抜けないのだろう。なぜ、俺の先祖はあいつなんか拾ったんだ。あれ、あいつ・・・、玉藻がいなければ睦月に出会うこと・・・いや・・。
頭がガンガンと痛み始める。
いや、関係ない。過去などどうでもいい。今だ。今のことだけ考えろ。俺は玉藻をどうしたいんだ。
どうする? あれ、玉藻は主神で、俺、玉藻の神使で・・・・、でも玉藻は睦月を・・・・。
頭が割れそうに痛い。歯をギリギリを噛み締める。
歩こうとして足がもつれて倒れる。あれ立ち上がれない。
睦月が俺を抱き起こすと再び頭を膝に乗せてくれた。
「旦那様、私、大丈夫だから、大丈夫だから、大丈夫だから。玉藻前様も謝ってくれたし、桔梗様も御一族の皆様にも怪我はなかったのよ」
睦月の言葉に冷静さを取り戻す。あれ俺、声に出してたか。それに、やべぇ、睦月のことしか考えていなかった。
廊下をドタドタと走る音が聞こえたかと思うと、桔梗の大きな声が響く。
「ちょ、玉藻様、まだ早いわよ。睦月ちゃんが将門をなだめてからじゃないと・・・・」
同時に襖が開き、玉藻が現れるのが横になりながらも見える。
玉藻を見ると冷静になったはずの心にさざ波が立つように、何かが湧いてくる。
「将門、すまぬ、いや申し訳ない。われの落ち度じゃ」
玉藻が部屋の入るなり土下座を敢行する。
殊勝そうな玉藻の声が聞こえる。
「すまぬ、許してくれとは言わん。睦月の晴れ舞台を台無しにした上に皆の命を危険にさらしたのじゃから。だが、どうか堪えてくれ。今、そちはわれへの憎悪と我の神使たる縛りの間で、心がせめぎあっているのじゃ。このままではおぬしが壊れてしまう」
玉藻の脇から覗く尻尾が四本、すべて畳に押し付けられている。ここからは見えないが残りの五本も同じようになっているのだろう。
俺の心が理解してしまった。そう理性は理解していないのだが、心が納得してしまったのだ。
玉藻も悪気があったわけではない。
確かに、自らの欲望のために紂王たちを手玉に取ったが、今回のことはわざとではなかった。
逆にそれがわかるために俺の心は千々に乱れる。
だからと言って許されるのか。
ああ、自分勝手な神だものな。平将門公は睦月の守るべき家を奪い、玉藻は俺の平穏な生活を奪った。もっとも睦月に出会えたのは僥倖だ。それは認めよう。だがもしこれ以上・・・・。
「そこまでだ将門。それ以上は考えてはならぬ。神意を行使しようとそちが半妖であろうとその身人の身であるが上、脆いのをわれは失念していた。すまぬ、重ねて詫びる二度とそなたたち、いや言葉にしよう、我が、命ある限り誓う。我が神使たる八代将門と睦月を害するものはたとえ主であろうと例外なく、神代の裁きを受けんことを・・・」
玉藻が頭を下げたまま宣う。
俺の心は滅茶苦茶だ。
でもなんとか言葉を紡ぎ出す。
「わかってる・・・。神が傲慢で独善的なことは・・・」
俺は平将門公を思い浮かべる。
「ただな、睦月を巻き込んだことだけは許せない」
「旦那様・・・」
睦月が袖を引っ張る。
桔梗が土下座する玉藻の前に立ちはだかる。
俺が寝ている間に玉藻による謝罪劇が繰り広げられたらしい。
桔梗によれば、昼ドラの嫁姑が繰り広げる泥沼劇より見ごたえがあったらしい。
「役柄は逆だったけどね」
桔梗が笑う。
本来なら玉藻が姑、睦月が嫁だが、反対の有様だったらしい。
「あれほど怒って悲しんでる睦月ちゃん見て平然としていられるなんてそれこそ神、失格よ」
桔梗の言葉に玉藻がさらに小く縮こまる。
俺は膝枕のまま睦月に問う。
「その、睦月は・・・許せるのか?」
その時の俺の表情はおそらく人生最大の情けない表情だったろう。
「ええ、玉藻前様にも反省してもらいましたし・・・・、旦那様を、その、限られた時間ですが、独り占めできるよう玉藻前さまを説得しました」
逆に睦月はこの上もない笑顔だった。
「あれが説得ね〜。お社の床と壁が狐火で焦げたけど」
桔梗。
「あれが説得か? 我の尾五本焦げて毛が薄くなったのだが・・・」
玉藻。
俺は二人の言葉を聞かなかったふりをして、睦月の膝を思う存分堪能した。
話的にはeasyモードで書き上げました、実はhardモード、very hardモードの内容を考えたのですが、今後の展開を考えボツとしました。展開が予想と違うと思った方々にはお詫び申し上げます。
その、日間ランキング10位、ローファンタジー部門2位というのを受けて、正直ビビりまくっております。
皆様の支援を受けてあざとい展開になるのでは恐れていますが、正直、先のことは考えておらず話がどう転がるか自分にも判らない状況でこの評価なので、戸惑っております。
本日も帰宅後1時間、さらに外出後1時間ほどで書き上げた話なので、整合性が取れなかったり、誤字脱字があろうとは思います。後半省略気味なので、加筆・更生するかもしれません。
それでも皆様に楽しんでいただけるよう励みにして書いていきたいと思いますので、今後ともご愛読のほどよろしくお願いいたします。




