おきつねさまと神使の舞
舞の手配と練習のため睦月が本山に向かった後、俺は会場の支度を行う。
舞は夜行われるため、灯りの手配でかがり火でも用意しなければと思っていたのだが、玉藻が狐火で照らしてくれるとのことだった。
助かった。
だいたいかがり火なんて、このご時世に売ってるのか?
おかげで、支度は皆が坐る縁台まわりの清掃と、睦月が本山から連れて来るという、楽を奏でる狐たちの席を作るだけだった。
睦月は本番前、ぎりぎりまで練習するらしい。
うむ、旦那としては寂しい限りだが、その睦月の心意気や良し。あとで十分、報いなくては。
おかげで、手持ち無沙汰になった俺は、千冬にさんざん尻尾をモフられた。
睦月が千冬に閉口した理由が良く分かった。
時間となり、皆でお社に向かう。
「旦那様にいいとこを見せたいのじゃ」
玉藻が俺をからかうように言う。
いや玉藻、なぜに今日はホットパンツ!
「これ、気に入ったのじゃ」
「睦月ちゃんけなげよね~」
桔梗もすかさず便乗する。
桔梗、そのTシャツの『七難八苦』のバックプリント何?
「これ、道場生に人気なのよ」
すでにフロント胸プリントの鳩の図柄に突っ込む力は俺に残されてなかった。
この二人、相変わらずの物言いである。
ほんとにこういうのには馴れない。
このまま、一生からかわれ続けるのだろうか。切に勘弁して欲しい。
祖父母も両親もご満悦な表情で席に坐る。まあ、無事に睦月が嫁認定されたようで何より、何より。
お社から参道にかけて、玉藻の狐火が灯されていく。
すごい、支柱もないのに灯る灯りがこれほど美しいとは。
両脇にずらりと浮かび、淡い光を放っている。
現世のはずなのに神代に紛れ込んだかのようだ。
皆が驚嘆の声をあげる。玉藻も満更ではなさそうだ。
神にとってこういう信仰心は大切なのだろう。玉藻と睦月を見て最近は分かってきた。
お社の前に睦月が数人の妖狐たちを連れて現れる。
睦月の視線が俺にちらりと向く。
気恥ずかしさが先行するが、睦月に向かって笑顔で頷く。
途端、睦月の顔が満面の笑顔に包まれる。
玉藻が睦月に近づき、神楽鈴を手渡している。
玉藻が戻ってきたので聞いてみる。
「うむ、以前、都の賀茂御祖神社でいただいた神楽鈴でのう。祭神は玉依姫命で、加護は子孫繁栄じゃ、この舞にぴったりじゃろ。大事な神使の晴れ舞台じゃ、主神としてはこのぐらいはせんとな」
おお、玉藻も考えているんだな。でも、都憎しって割には、都での品、大事にとってあるんだな。
「まあ、実は社の片隅に投げ捨てておいたのを見つけ出したのじゃ。宗仁に貰った双六とかも放り込んであるぞ」
話によると白河法皇が大事にしていたものらしい。
「あやつは賽の目を自由に操れなんだが、我は操れたぞ」
なんというメタ発言。
ほかにも、都を追われた際、ただでは起きぬというつもりで、いろいろ掠め取ってきたらしい。
これって、美人局とかの元祖ってことになるんじゃね?
「それより将門、舞が終わったら本山の地狐どもにきちんと言葉をかけるのじゃぞ。それがおぬしの務めじゃ。できなければ睦月に迷惑がかかるぞ」
玉藻め、俺の弱みをしっかりと把握している。
はいはい。ラスクがまだ余っているから持たしてやるか。
睦月がお社の前に立ち、地狐たちが席につく。
俺は居住まいを正す。
きちんと神使の服装だ。下着は・・・・・。
・・・・もう、勘弁して。
楽が流れ、舞が始まる。
睦月の舞であるが、見事だった。
俺は見惚れた。
俺だけではない、祖父母も父母も、叔父たちや四姉妹、桔梗も見惚れていた。
舞とともに振り広がる五本の尾を見ても、千冬は何も言葉を発しなかった。
そして睦月が神楽鈴を一振りする度、あたりにある霞みがかった何かが消えて行くのが見える。
これが”祓う”ということなのか。
ただ気になるのは、鈴の音がなんだか猛々しく聴こえることだ。
気のせいじゃない、睦月が一振りするたび遠くで雷鳴が鳴り響き、段々、近づいてくる。
「玉藻、あの鈴は?」
とてもじゃないが、子孫繁栄などを願うような代物じゃない。
玉藻を見やるとなぜか額から汗が一筋流れてる。
神様でも汗かくのか? って、玉藻から焦りの感情が流れ込む。
それほどやばい代物なのか。って、玉藻、何やらかしたんだ。
さすがに、睦月相手の粗相は見逃せない。
「玉藻、睦月に何を渡した!」
俺は立ち上がる。
俺の叫びに皆も何かが起こっているのに気付いたらしい。
「すまぬ、間違えて上賀茂神社の神楽鈴を渡して・・・」
玉藻の声が段々と小さくなる。
上賀茂神社・・・、賀茂別雷神社か!
祭神は・・・・
「・・・賀茂別雷命じゃ」
雷!。
睦月を見ると苦しそうな表情をしている。
手にもつ神楽鈴から、容赦なく神力が漏れ出してるのがわかる。
睦月の神力が、妖力が、神楽鈴を通して、賀茂別雷命の加護に変換されているのか。その加護は『若雷』!
雷鳴が段々と近づいてくる。
睦月の体も帯電したかのように、尻尾の毛が逆立っている。
「桔梗!」
俺の叫びに桔梗が皆をせきたて、席から母屋のほうへ誘導する。
「玉藻!」
玉藻が、楽を奏でていた地狐に駆け寄る。
地狐たちはすでに雷鳴に怯え、演奏を止めている。
楽が止まったにもかかわらず、睦月は舞い続ける。今、舞を止めても神楽鈴に込められた想いと力を止めることはできないのだろう。
睦月がもう少しで参道の終わりに達する。
雷鳴に変わり、落雷の音が響いている。この分だと最後はこの辺りに落雷しそうな勢いだ。
桔梗の方を見ると皆で母屋に逃げ込むのが見える。
玉藻は、地狐を庇うように立っている。
とりあえず、睦月と皆、母屋とお社に被害がなければいいいはずだ。
睦月が参道の端の石畳に足を下ろしながら、神楽鈴を振り下ろそうとする。
俺は空を見上げ、無駄ではあろうが雷を捉えようとする。
いや、捉えるんじゃない。導けばいいんだ。
俺は傍に立つクスノキに心の中で詫びる。
「将門が命ず、この地に降り注ぐ神力を一心に受けよ!」
おそらく、俺の人生で一番の早口だったろう。
ガス爆発じゃなく落雷だがな。
その瞬間、耳をつんざく轟音とともに、俺の視界は真っ白に染まった。




