幕間5 おきつねさまたち
お披露目の礼に舞を舞いたいと玉藻前様に願い出ると快く許してくれた。
拙い巫女舞ではあるが、旦那様と一族の繁栄を願うために一生懸命舞うと心に誓った。
玉藻前様がお盆という催しの最後、送り火という儀式を兼ねて踊ってみては?と、旦那様のご家族に提案したところ、すんなり受け入れられたそうだ。送り盆は明日なので、まだ1日ある。楽の手配と少しの練習ぐらいはできそうだ。神楽殿はないため、社の前と参道を使って舞うことにし、送り火を兼ねる灯りは玉藻様が用意してくださるとのことだった。
あとは楽の手配だけだ。
玉藻前様の許しを得て、本山に向かう。
お山につくと第一神使の小薄様を通し、稲荷神様に拝謁する。
此度の事情を話し、楽を奏でる神楽笛、篳篥、筝、太鼓が出来る阿紫と地狐を借り受けたい旨、申し出ると快く快諾していただいた。
小薄様がお山にお触れを出し、楽器を扱える者を拝殿に集めてくれた。
この選抜が揉めに揉めた。楽が出来るものが八十程いたのだが、我こそはという騒ぎになり、くじ引きを行うことになったのだ。
だが、当たりくじを引こうと皆が妖力を行使したため、さらに収集がつかなくなり、結局、小薄様と奥方の阿古山様の推薦で選ばれたものがという形になった。
選ばれたのは全員、地狐だった。さすがに阿紫を選ぶわけにはいかなかったらしい。
一月前には私も地狐だったということを考えると、本当に旦那様への想いで胸がいっぱいになる。
さて、練習だ。
選ばれた地狐たちが楽器を手にとり、楽を奏で始める。私は神楽鈴を取り出すと左手に持ち舞いを始める。
舞うのは、久しぶりだったが、体が覚えていた。
拝殿の中をお社の参道に見立てて、距離感を掴む。
これなら行けそうだ。
私はしばらく練習を重ねた。
翌日、楽を奏でる役の地狐たちを連れてお社に帰還すると、すでに舞の準備は整っていた。
縁台の脇の長椅子に旦那様と玉藻前様、御一族一同、桔梗様が座り、石畳の参道の脇は玉藻前様の神力による狐火で埋められている。
玉藻前様の凄いところはただの炎ではなく、淡い灯りを発する炎で、お社や周囲を神界のごとく、見せていることだ。結界も張られているのが感じられる。
これなら人目を気にせず、思う様舞う事が出来よう。
縁台の上には、旦那様が買ってきてくれた”らすく”なるお菓子が山積みになっている。パリパリとした食感で甘さの奥にかすかな塩味を感じる今までに経験したことのない味だった。
地狐たちがお社の脇に控え、楽器の準備をする。
「睦月、これを使うがよい」
玉藻前様が、神楽鈴を取り出す。
傍目から見ても、相当な神力を放っているのがわかる。
「我が都にいた頃、上皇とともに参拝した賀茂御祖神社でいただいた神楽鈴じゃ。祭神は玉依姫命で、加護は子孫繁栄、神力も込められておるし、ちょうどいいじゃろう 」
私はありがたく神楽鈴を玉藻前様より押し戴く。
受け取った瞬間、少し乱暴な神力を感じたのだが、なんだったのだろう。
神楽鈴を左手に構え、皆の前に立つ。
「この度のお披露目に際し、皆様方のお骨折りに感謝申しあげて、玉藻前様の眷属にて神使たる睦月が、舞を奉る所存にございます。拙い舞ではございますが、皆様の子々孫々の繁栄を祈念いたしましてご披露させていただきます」
私は頭を下げる。旦那様に視線を向けるとこちらを心配そうに見ている。
大丈夫。私もいつまでも旦那様に頼りっきりというわけにはいかない。
さらにここは本山の地狐も来ているのだ。
お社の前に立ち、楽の合図を出す。
篳篥の音に導かれ、舞に入る。
シャラン、シャラン小さくなる神楽鈴、まだ鳴らすべきところではない。体の動きにより勝手に鈴が鳴らないよう神力で動きを抑える。
そして、想いを込める。
旦那様に、玉藻前様に、一族の皆様方に、桔梗様に・・・。
普通の人の世の巫女舞と違い、体全体で理をあらわす。体を回すとともに五本の尾もともに回す。
右手で屋敷全体に加護が行き渡るよう、円を描く。
呪や病を払うため神楽鈴を一振りする。
シャラン!
あれ、遠くで雷鳴が轟く。結界が張ってあるのに。
でも一振りごとに呪や、病が払われていくのがわかる。しかし、神楽鈴を振るたびに雷鳴が近づいてくる。
神楽鈴から神力が溢れ出してるが、とても子孫繁栄の力とは思えない。
女神の力ではない、明らかに男神の力だ。
私は焦る。
それでも想いの限り舞う、力の限り神楽鈴の神力を押さえつける。
玉藻前様を見やると胸の前にもう一つ、神楽鈴を持っている。傍らの旦那様がいきなり玉藻前様の胸ぐらを掴むと前後に揺さぶっている。何をしているのだろう。
いや、ここは舞に集中する。そうでもしないと手の中の神楽鈴が暴れてしまう。
お社から参道の入り口まで舞いながら進む。
ああ、あともう少しで終わる。
私は、最後に旦那様への永遠の想いを込めて、神楽鈴を振った。
その瞬間、お社脇の楠木が凄まじい音ともに破裂した。




