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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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幕間4 おきつねさまたち

 温泉から帰った翌晩、睦月より相談したいことがあると言われた。

 先日の”女子会”とやらでわれや桔梗ともだいぶ打ち解けたせいかもしれん。

 まあ、将門のことじゃろうが。

 睦月め、将門から買って貰った書物を読んでから、妙に態度がおかしい。


 何やら思い悩んでいるようじゃったので、問い詰めようとした矢先のことじゃった。


「で、相談とは何じゃ、まあ、将門のことじゃろうが」

 われは社内で睦月と相対して座った。

 先日の温泉宿の売店で購入した菓子を手に取り、一口頬張る。

 うむ、せんべいに似ておるが、さっくりとした食感の生地で挟まれたこのくりいむとやらの甘さもたまらん。


「玉藻前様、将門様より前に、もしくは共にく方法はないのでしょうか?」


 われは口の中の菓子をすべて吹き出した。

 睦月は何事もなかったかのように、正座のまま横にずれ、われの吹き出した菓子をすべて避ける。 


「な、な、な、そ、そちは何を考えているのじゃ」

 

 睦月は説明を始める。

 何でも、将門から貰った書物は『不如帰』という物語で、若い夫婦のうち妻が病で若くして無くなってしまうとうあらすじらしい。それを読んで、睦月は”人”の寿命というのにはたと気づいてしまったのだ。


「『あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!』と物語の中にありました」

 睦月は、書物の中の一節らしき言葉を言う。


「私は旦那様と共にいたいのです。もしいられないのなら、せめて旦那様を見送るような悲しいことはしたくはありません。玉藻前様は数々の殿方と暮らしてきたと聞き及んでおります。玉藻前様の気持ちはわかりませんが、私には旦那様しかおりません。このような想いを失うことなど考えられぬのです」

 睦月が俯く。はらはらと涙を流している。

 ふむ、将門に想いが伝わらぬよう心を閉じておるな。


「睦月、われは数々の男を篭絡したが、それはあくまでもわれの欲望のためじゃ。本山の小薄をすすき阿古山あこやまも夫婦ではあるが神使同士じゃ。おそらく、ともにいる期間は数千年となろう」

 われはため息をつく。


「人は死ぬ。それも我らに比べてとても早くな。おそらく五十年もあれば、将門とて身罷るであろう。それに比べてそちは神代の住人じゃ長ければ、七千、いや八千年は生きようぞ」

 

「旦那様は神にも等しい存在となっております」

 睦月が凛とした声で言う。


「じゃが人じゃ。神力を行使しようと、いかに在り方が神に近づき、信仰を得ようと、魂そのものは人であり、逝くことは避けられん、輪廻の輪から抜け出せぬじゃろう」

 睦月には悪いが、こればかりはどうしようもない。


「将門がそちより、先に逝くことは定めじゃ。だからと言って、そちの庇護者であるわれは、神使であり眷属であるそちが、将門と共に、またその前に逝くことは許さぬ。そちの力と立場はそれを許されるものではないのじゃ」

 われは厳しく言った。


「以前なら、共に逝けたと?」

 すがるような目つきはやめい。


「将門と出会い、力を授かる前ならのう」

 不憫じゃが仕方がない。以前なら地狐として、消えゆくことも可能じゃったろう。


「私の力を持って・・・」


「無理じゃ。神力にできるのは人の寿命を全うさせることだけじゃ。寿命を延ばすなど天照大御神あまてらすおおみかみでも不可能じゃ。我ら神が人に与えられるのは、寿命を全うさせるのを妨げる病や呪を防ぎ、加護を与えることだけじゃ」

 われは結論を言った。睦月には酷だが、これは承知しておいてもらわねば困る。


「では、旦那様が逝けば、神として・・・」

 

 われは首を振る。


「神として迎えられるには、人による信仰心や畏怖や恐怖が必要じゃ。将門は妖からの信仰心は受けておるが、人からは何ら受けておらん。神にはなれぬ。たとえ逝ったとしても、魂の輪廻に取り込まれ、またどこかで生きる者として、生を受けるだけじゃ」


 睦月がさらに涙を流す。


「玉藻前様、伏してお願い申しあげます。もし旦那様が逝く時は、どうか私もそのあとを追うことをお許しください」

 睦月が深々と頭を下げる。


 こればかりは、認められぬ。空狐くうこでわれの神使が、神力を持つとはいえ人に殉じるなどということがあってはならぬのだ。これを認めれば神代のことわりが・・・・・。


 顔を上げた睦月にもう涙はなかった。ただ、そこには以前の将門と同じような表情。底抜けの虚無、そうことわりを・・・・。

 

「私、玉藻前様の神使で」


 睦月の言葉にわれは腰を浮かす、が、片膝を立てたところで、動かなくなる。

 こやつ、われを。油断した。

 

「睦月!!!!」

 われは叫ぶ。


「・・眷属である睦月が誓・・・・」

 睦月が言葉を紡ぐ。


 その瞬間、社の扉が開き、桔梗が飛び込んでくる。睦月の正面に回ると、肩を掴み、睦月の目をまっすぐに見つめ、耳元に口を寄せ、囁く。


「将門はそんなこと望んでないわよ。あいつ、睦月ちゃんと・・・・・」

 言葉の後ろの方は聞き取れなかったが、睦月は憑き物が落ちたかのように、正座を崩し、へたり込む。


「玉藻様、大丈夫?」

 桔梗が振り向きわれに声をかける。

 すでに睦月のばくは解け、体が自由に動く。


「大丈夫じゃ・・・」

 しかし不意をつかれたとはいえ。われを封じるとは・・・。睦月の神力、いや、今回は妖力か、とんでもない力じゃ。われは寒気を覚えた。


「ああああ、玉藻前様、お許しを・・・」

 睦月が姿勢を正し頭を下げる。先ほどまでの虚無の表情はなく、わんわん泣いている。とても同じ者とは思えんわ。


「大丈夫よ、睦月ちゃん。ちょっと将門のこと想いすぎただけ。玉藻様も許してくださるわ」

 桔梗が睦月の手を握ると優しく言った。

 う〜む、これではわれ何も言えないではないか。


 しかし桔梗も大したものだ。あの妖力の中を動いて、一瞬にして睦月に詰め寄るとは。これが八幡大神やはたのおおかみの加護というものか。


「だ、だ、旦那様はいつかは死ぬ。そ、それが、そればかりが心を占めるようになって・・・・、わ、わた、・・・」

 泣き続ける睦月を桔梗が優しく抱きしめている。


 我は睦月に近寄り、睦月の頭に手を乗せ、力を行使する。

 睦月は桔梗の腕の中で、眠り始める。


記憶(想い)を消したの?」

 桔梗が咎めるような目で我を見る。


「消したとしても同じことの繰り返しじゃ。何らかの手を打たんとこやつ壊れるぞ」

 われの心を何かチクっとした痛みが走った。

 

 思うがままに生きてきたわれが、なぜこんな思いを・・・・。


「ああ、それね、多分。大丈夫」

 桔梗が眠る睦月の頭を撫でながら言う。

 

「将門が何とかするわよ」

 その自信どこからくるのじゃ。


「あいつ、自分のことはからっきしだけど、う〜ん、何というか自分の縄張りに入ったものは全力で守るの。それも無自覚に。これが一番厄介だけど、あいつ自覚なしに今の睦月ちゃんの状態を改善する方法を考え出すわ。いや、考えるんじゃなくて多分、無意識にね。おそらく私たちにも想像のつかない方法よ」

 その信頼感どこからくるのじゃ。


「あと、睦月ちゃんも玉藻様も声大きすぎ。いい年の女の子が『将門とともにいく』だの『先にいく』だのと『いくいく』連発して・・・。お社の外まで聞こえていたわよ」

 おかげで、おばさま固まってしまったわよと言うと桔梗が笑い出す。


 われがお社の外に、目を見やると、茶を二つ盆に載せた将門の母君が顔を引きつらせながら立っている。


「おば様への説明、玉藻様と睦月ちゃんでよろしくね。あのままだと将門、おば様に絞め殺されかねないわよ」

 

 その後、狐のくせに狸寝入りを決め込んだ睦月のおかげで、われが将門の母君に説明いいわけする羽目となった。

 話内のセリフですが、徳冨蘆花の「不如帰」より引用しました。著作権は切れていますが引用の限度を超えているようなら、削除及び改稿を考えます。その時は整合性を取るため、多少文脈が変わるかもしれませんが御了承ください。


 余談ですが、自分が尊敬する作家の一人、故ディック・フランシスは作品「ロング・ショット」で作中の人物に自分は啓蒙させるために書いているといい、楽しませたいという主人公に参ったと言わせました。

 残念ながら、自分には人を啓蒙させるような作品を書く力はないと自覚しています。ただ、人を楽しませることはしたいと常々考えていました。そのため、この作品を書いてみました。

 自分としては、皆様に少しでも最後の最後でにニヤリとしていただいたら本望です。

  

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