おきつねさまと石段街
伊香保温泉日本の名湯。
我が故郷に伝わる上毛かるたの”い”で名高い?温泉である。
ちなみにこの上毛かるた、かるたのくせに団体戦ではなんと役が存在する。
それはさておき
戦国時代から続く由緒正しい温泉街ではあるが、あんまり地元すぎて、同級生の家以外まともに訪れたことはなかった。
我が家から車で水澤観音を経由して40分ほどの距離だが、旅情を楽しむため、1時ちょっと前に、わざわざ父に車で最寄の渋川駅まで送ってもらい、バスで向かう事にした。
車からバス停に降り立つ。
ガッツポーズを取る俺の頭に幼馴染の突っ込みが炸裂する。
いや、だってこの睦月の格好反則でしょ。どんなセンスで選んだのよ。
はにかみ顔を赤らめる睦月。耳と尻尾がなくてもこの破壊力。
いつもはおろしてる髪を今日はサイドポニーに。桔梗曰く本人はワンピースを嫌がったため白のスカートに白のトップスとツーピースでのコーディネート。リーガルのローヒールパンプスぅぅぅぅうぅぅ。
いや、だから殴るのやめて、桔梗。
玉藻はといえば白のショートパンツにブルーのグラデーションシャツ、おいおいちょっと攻めすぎだろう。確かにパツキンにぴったりのチョイスだが、歳をちょっとは・・・
玉藻の絶対零度の視線が俺を貫いた。
サーセン。
「私の見立てよ。そんなの着ているあんたに言われたくないわよ」
あっけらかんと桔梗が言い放つ。
幼馴染はぶれることなくホットパンツにTシャツ。
本日のTシャツはどこで買ったのかバックプリントに『南無八幡大菩薩』、これ神仏混ざってなくね?
「さいですか」
俺はひたすら我が嫁を愛でることに逃避した。
駅前のバス停から伊香保温泉行きのバスに乗り込む、夏休みとはいえ平日とあって客は少なく、皆座席に座ることができた。
バスの車窓から見えるのは建物ばかりだというのに、玉藻も睦月もはしゃいでいる。
だ〜っ、靴脱いで座席の上に正座するのやめなさい。子供じゃないんだから。
他の乗客の視線が生暖かい。
25分ほどで、石段下のバス停に到着する。多少標高が高いとはいえ、やはり暑い。
さすがに四人分の荷物持ちはきついので、石段の途中にある旅館に荷物だけ預けて観光をすることにした。
石段を最後まで歩いたことなかったなと思いつつ、登り始める。
「おお、なにやら弓を射っておるのじゃ」
階段途中の公衆浴場の向かいにある大弓と射的の店に玉藻が食いつく。
「ああ、私が面倒見ておくわよ」
桔梗の言葉に甘えて、玉藻を桔梗に任せ、俺は睦月と二人で先に進む。少し離れたぐらいでは、玉藻の具現化は解けないらしい。
しばらく歩くと睦月が俺の右腕に腕を絡めてくる。
おおう、俺は声にならないうめきをあげて、動揺を抑える。
素数、素数、こういう時は素数。
石段の数は365段。
いや365は素数じゃないから。
あれ、なんか本山の時と違って胸がバクバクいってる。
睦月と俺は周囲の店に目もくれず、淡々と石段を登っていく。
睦月が横にいるだけで、心が満たされていく。このままいつまでも階段を登りつづけていたい。
がそういうわけもなく伊香保神社の鳥居が見えてくる。
鳥居の袂には阿吽の狛犬、そして阿の狛犬の足元に一匹のねずみ。
なぜか二本足で立っている。
「八代様・・・」
睦月が俺の腕から離れる。
俺はため息を吐いた。仕事じゃなく休みで来ているのに。
「すぐに玉藻前様が参ります」
睦月が囁く。玉藻に伝えたらしい。
俺は振り返ると、階段をすべるように上ってくる玉藻とその後ろから駆け上がってくる桔梗の姿が目に入る。うお、あれどういう仕組みだ。すげええええ、俺は玉藻の所業に驚嘆した。
うお、これ誰にも見えてないよね。
「玉藻様がすでに結界をお張りです」
睦月が答える。
まあ、見えてたらこのSNS社会、つべとインスタであっという間に広まるな。
「神使が待っておるじゃと」
玉藻の問いにうなずき、ねずみを見やる。
ひょっとして、相手が望めば容赦なく神代に引き込まれるってことか?
俺の問いに
「うむ、ましてや、おぬしの本山での一件、日ノ本中に知れ渡ってるしのう。神も神使も、おぬしと睦月を一目見ようとしばらくはこのような状況じゃな」
人間臭いにもほどがあるだろう、神様がたよ。
神社行くたびこれかよ。ため息を吐く。
「あ~、まさかこの格好で挨拶するのか?」
俺は着ているサンサーフのアロハシャツをつまむ。お気に入りのシュランケンヘッドなのだが、さすがに神聖な場にはそぐわないことおびただしい。
「ふむ、神力を行使するか。まあ、今回はわれがしておこう。おぬしに任せてまた奇抜な装束にされたら困るからな。あとで、まともに出来るよう練習じゃ」
玉藻が右手を一振りすると俺の装束が衣と袴に変容する。腕時計や携帯電話も消え去る。あれ、ちょっとまって、トランクスまで・・・・。俺はがっくりとうな垂れる。
続いて自らの装束を変えると睦月、桔梗の衣装も巫女のそれに変えられる。
「ほれ、まいるぞ」
容赦ない。
下着を剥かれた男の尊厳はどこに・・・・。
鳥居を潜った瞬間世界が変貌する。
空は薄紅色の染まり、昼とも夜とも区別が付かない。夏の暑い空気も感じられない。
人影は消え去り、敷地の外は闇が拡がる。
狛犬の袂に、某レジャーランドでよく見かける耳のカチューシャを付けたような一人の若い男が立っている。
これまずくないか?
どう見ても某キャラクターの著作権を・・・・。
ってあれ、こっちのほうがどう見ても歴史古いよね。
「玉藻前様と神使の皆様方と存じ奉ります。手前、このお社を預かる少彦名命様の神使、竹泉と申します。このたびは、大国主様と少彦名命様に替わりまして、ご挨拶申し上げます」
竹泉と名乗った神使が頭を下げる。
「丁寧なご挨拶痛み入ります。こちらがわが主、玉藻前様でございます。そして私が第一神使たる八代将門、こちらは同輩の睦月と桔梗と申します。このたびは、この地を訪れるにあたり、守護社たる貴社をお訪ねした次第、どうぞ主神様によしなにとお伝えください」
先ほどの考えをおくびにも出さずに俺は頭を下げる。
「なるほど、こたびはどちらに御逗留で」
竹泉の問いに、俺は旅館の名前を告げる。
「おお、小間口のなかでも信心厚い家にございます。よい宿をお選びで」
その後、竹泉の案内で社を案内してもらう。
本殿脇には宇迦之御魂大神の扁額が掲げられた摂社が鎮座していた。
玉藻を案内しつつもさりげなく俺や睦月にいろいろと質問を飛ばしてくる。おそらく後で主神に報告でもするのだろう。
竹泉に見送られ、鳥居を潜るととたんに夏の日差しと暑さが戻ってくる。
結構な時間がかかったはずだが、服装とともに、いつのまにか戻った腕時計の針は進んでいなかった。
「将門、おぬしが本山で行ったことの影響というのはの、こういうことじゃ。先だって、神宮からの知らせが日の本中に散ったわ。そのせいで全ての神と神使どもがおぬしの一挙一動に関心を抱いておる。もはや平穏な生活はおくれんぞ」
玉藻の言葉に俺は今日何度目かのため息を吐いた。
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