おきつねさまと神使の決意
荘厳であるべきはずの本殿は阿鼻叫喚の有様だった。
「ひ、ひ、ひっ、人の身で在りながら、妖狐を娶り、あまつさえ、われの前で誓詞奏上するとは」
装束が乱れるのも気にせず御座の上で、バンバンと床を叩き、涙を流しながら笑いまくる稲荷神こと宇迦之御魂大神。
「く、く、くっ、空狐。く、く、くっ、黒引き振袖とは。しかも牡丹柄! 渋い! 渋すぎる」
笑いすぎで呼吸困難に陥りつつも、同じくバンバンと床を叩いている玉藻。
「ふむ、将門なら白無垢角隠しだと思っていたのだが・・・」
平常運転の幼馴染。
「き、き、き、貴様・・・・・」
怒りと驚きがない交ぜになった表情で、言葉が出てこない。神使、白菊
「・・・・・・」
笑い転げる主神を生暖かい目で見つめるている神使、小薄
睦月が天狐から空狐になるのを目の当たりにして、驚愕の表情を浮かべる神使達。
そして、顔を真っ赤に染めて、俺の腕の中で、上目遣いで、得たばかりの新たな神力と妖力を全力で俺への”想い”に振替え、5本の尾を振り回しながら、まわりに桃色の空気を撒き散らす睦月。
なんてことしちゃってるの。それ多分皆にバレバレだから。
「その、だ、旦那様?・・・」
睦月の疑問系な言葉が俺にクリーンヒット!
「なんという神力の無駄な使い方!」
宇迦之御魂大神。
「なんという妖力の斬新な使い方!」
玉藻。
「なんという威力の上目遣い!」
桔梗。
いち早く自分を取り戻した小薄により場が治まるまで今しばらくの時を要した。
その後、本殿からは小薄を除く神使達、全てが退出し、今では宇迦之御魂大神とその脇に控える小薄、玉藻と俺、睦月、桔梗だけとなった。
「玉藻前から聞いてはおったが、おぬしもたいがいじゃの~。まあ、神使の天狐に何かをして、力を示すとは思うてはいたが、まさか娶った上で、空狐にしてしまうなど、おぬし本当に人間か? その発想自体、傲慢な神の考えに近いぞ」
宇迦之御魂大神、あ~っ、めんどくさい、以後、稲荷神が、面白そうに言う。
「主様、八代殿の魂は半分神位に染まっております。そのような考えを持ったとしても不思議はないかと・・・。もっとも後ろの神使は八幡大神の加護がございますが間違いなく人の身でございます。」
小薄がフォローを入れる。解説ありがとう。そして、なにやら心証がよくなってるな。
「で、将門。なにか申し開きはあるか?」
玉藻が俺に言う。
あれ、俺、なにか悪いことしたっけ。
「ほうほうほう、稲荷神の総本山で、神使とやりあい、調子に乗って、その神力を行使。われの許可なく、神使たる睦月を娶り、あまつさえ3000歳以上の年を重ねなければ至らぬ空狐に導き、稲荷神に対し誓詞奏上しおった」
こいいうのって、当事者同士の気持ちが大切だよね。睦月は間違いなく18歳以上、実質3000歳超えだから保護者の許可いらんし。
「うむ、たしかに誓詞賜ったぞ」
稲荷神が満足そうにうなずく。
「われでさえ3716歳なのじゃぞ。お主はこの神代をどうかしたいのか? ほいほい神を作り出してどうするのじゃ? あげくそれを娶るだと? われは睦月の庇護者じゃぞ、年など関係ないわ! 稲荷神も稲荷神じゃ、なんで簡単に賜るんじゃ!」
とうとう玉藻は稲荷神にも文句を言い始めた。そして明らかになる玉藻の年齢。
「面白いから」
稲荷神は言い切った、さすが神。これ、玉藻に対する意趣返しじゃね?
「おぬしと将門公が、人を神使にと、われを説得しに来た時はなんて面倒なと思ったが、こやつに会って気が変わったわ。玉藻前、こやつは神界における奇貨じゃ。われの心がそう囁いたのじゃ」
どこのゴーストだよ!
「まあ、確かに奇貨といえばそうかも知れんが・・・」
玉藻が考え込んだ。
「ほいほいと、本山の狐や神使の霊格や神格を挙げられたら、おぬしも困るじゃろう」
苦々しい玉藻の言葉に稲荷神は確かにとうなずく。
「あ~、その心配は要らないかと・・・」
俺は軽く手を挙げて発言する。
「どいういうことじゃ」
俺はべったりと張り付いている睦月を見やる。
いまだ黒引き振袖姿の睦月は人目を憚るでもなく、俺の衣をしっかりと握り締めたまま脇に坐っている。
ことが治まったときに着替えさせようとしたのだが、睦月がそのままを望んだのだった。
「俺は、自分に悪意や、侮りなど負の感情を持つものに対して、神意を行使することはできないらしい。だが、睦月は・・・・」
あ~、気恥ずかしさに俺は言葉を濁した。
「あそこまで啖呵きっといて、結構へたれね」
桔梗がぶった切る。
「おぬしに好意を持つか、信仰の気持ちがないと行使できないというわけか」
玉藻がひとりごちる。
「だから心配ないぞ。神使たちや本山の狐たちが、人間たる俺にそんな気持ちと信心を抱くと思うか?」
俺の自虐的な声に睦月が袖を引っ張って抗議する。
そんな睦月の頭を思う存分なでる。おお、ケモミミって結構あったかいのな。
そんな俺たちを玉藻はあきれたように見る。
「で、将門。この後どうするのじゃ?」
「まあ、祝詞奏上とか三々九度とかすっ飛ばしたからな、あとは桔梗に巫女舞でもしてもらって、締めようかと考えてた。本当の式は家族交えてちゃんと一からするぞ」
俺は気楽に言った。まあ、桔梗の剣舞もその時にしてもらえばいいか。
「ちが~う~~~。式のことなぞ聞いておらんわ。この騒ぎの始末をどう付けるのかと聞いておる」
玉藻がすでに諦めたかのように言う。
始末も何もないじゃん。俺、無事に玉藻の第一神使に認められたし、睦月も俺の嫁で空狐になって、守るのは旦那たる俺の役目、本山の神使どもにとやかく言われる筋合いはなくなったし、桔梗も仮だけど神使になったじゃん。
将門公も心配ないし、玉藻も現世に具現化し放題。
これで、お供えだけでなく現世中の美味なる物を心置きなく楽しめるぞ。
俺の言葉に皆、唖然としている。
「おぬし、ほかの神々がどう動くかまったく気にしておらんのか?」
「睦月や家族、桔梗に手を出すようなら潰すだけだしな。もちろん主たる玉藻を守り、主神を祀るのも神使の勤めだしな」
俺は、睦月の頭をなで続けながら、眼を細める。
「こやつ化けおったわ。われ、とんでもない奴を神使にしてしまった気がする」
あれ、玉藻なに蒼褪めてるの、失礼な。
俺は睦月を腕の中に納め、しばらく至福の時を過ごした。




