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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
20/66

おきつねさまと俺の理(ことわり)

 

 六尺褌ふんどしを履くのにこんなに苦労するとは思わなかった。


 ロビーで待ち合わせた桔梗と合流する。フロントに鍵を預け、ホテルから師団街道へ出ると深草駅方面に向かい、そこから北に稲荷大社に向かう。ホテルから歩いて15分程度だが、装束姿の俺と巫女服姿の桔梗はやたらと目立つ。

 俗世の物を身につけてはならないということで、財布も持てないので、タクシーに乗ることも叶わなかった。

 夜9時とはいえ、人通りはあるし、通は車が行き交っており、自然と俺の視線はうつむき加減になる。

 あげく、なれない下着(六尺褌)のせいで股間の辺りが落ち着かないことこの上ない。

 桔梗はといえば、臆することなく堂々と歩いている。

 なんなのそのハガネのメンタル。

 


 JRの踏切を越えると程なくして巨大な朱塗りの鳥居が見えてくる。

 

 伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃ


 全国3,000社余りの稲荷神社の総本山でもある。

 江戸時代の稲荷信仰の流行りで、江戸の地では屋敷神として敷地内に稲荷神の社を勧進することが流行した。このため、屋敷神の社も入れれば、全国で3万社余り、属するお社の数でなら、八幡様や天神様をぶっちぎっている。手前に見える社だけでなく背後にそびえ立つ稲荷山全体も敷地に含めるため、その広さは想像以上だ。


 祭神は稲荷神いなりのかみこと宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ。古来より食物神とも稲穂神とも呼ばれ、五穀豊穣の神として祭られることもあるが、ここでは商売繁盛の神様、稲荷神いなりのかみとして祀られている。

 

 通りから表参道に入り、鳥居の前に立つと遠くに見える本殿がライトアップされている。


 俺にはこの鳥居をくぐる覚悟があるのだろうか?

 ましてや桔梗を巻き込んだ上で・・・・。


「考えているんでしょ、これでいいか?」

 立ち止まった俺に桔梗が声をかける。

「私は別に構わないわよ。ただ、あんた睦月ちゃんのことはキッチリかたをつけなさい。神や妖なんて関係ない、繋がりを考えるのよ。後悔する(・・・・)あんたを見るのはもう願い下げよ」


 そう、簡単なことじゃないか。


 俺は桔梗に頭を下げた。

「桔梗、ありがとう」


「覚悟決めたようね。まあ、人の身じゃなくて狐に懸想する変態とは思わなかったけどね〜。おばさま達の説得、って事後承諾か・・・。まあ、私と玉藻前様と睦月ちゃんでするわよ」

 桔梗は笑いながら言った。


 俺は桔梗に覚悟のほどを話す。


「あんたのその思い切りの良さと短絡さは正直、欠点じゃないかと思えるわ。睦月ちゃんなら間違いなく落ちる、いや、承知するわよ。そのあとだけど、あ〜、私剣舞しかできないわよ。太刀とか借りられるの?」


「まあ、そこは借りられたらで」

 桔梗は俺の願いを条件付きで快く聞いてくれた。


 気合を入れるため両頬を手で叩く。

 

 俺は、ことわりを変える一歩を踏み出した。


 鳥居を潜った瞬間、風景が激変する。

 空は夕焼け時のような薄紅色に変わり、車や列車の喧騒も掻き消える。夏の人いきれに満ちた空気が、ひんやりとした物に変わり、うっすらとかいていた汗がひいて行く。

 参道の左右にあった建物は消え、振り返ると後ろにあったはずのJRの駅とコンビニがあったところには深い闇が拡がっていた。あちらこちらに見られた人影は消え、ここにいるのは俺と桔梗だけだ。

 これが神界というものか。

 人である桔梗がここにいられるということは、玉藻か八幡様のご加護でもあるのだろう。

 

 俺は、桔梗とともに歩みを進める。

 楼門の前の階段下にもやっとした人影が見える。近づくにつれ、姿かたちがはっきりしてくる。奇妙な感覚だった。装束は俺と同じだが袴の色は白色で薄い藤紋が入っている。端正な顔立ちの男性で、年のころは三十代といったところか。やはりというかケモミミだ。初めて見るが、男のケモミミってありなのか?


「玉藻前様の神使たる八代将門殿と太田桔梗殿とお見受けいたします。わたくし宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様の第一神使たる小薄をすすきと申します。本日の案内あない役を努めさせていただきます」

 小薄をすすきと名乗った神使が、挨拶をする。

 こりゃいきなりの大物登場だ。

 末広大神すえひろのおおかみとは。

 稲荷山は一ノ峰にある上之社神蹟に祀られている神使だ。

 


「丁寧なご挨拶痛み入ります。神使とは言え仮の身のわたくしたちに、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様の第一神使たる末広大神すえひろのおおかみ様、御自おんみずらのご案内とは、過分なご配慮を頂き感謝の念に堪えません。わたくしも桔梗も若輩ものの上、人の身たるため、神代かみよでの振る舞いに至らぬ点があろうとは思いますが、ご指導のほどよろしくお願いいたします」

 俺が深く頭を下げると、後ろに控える桔梗も頭を下げる。


 頭を上げると小薄をすすきまなじりがかすかに上がるのが分かった。

 見た限り、小薄をすすきと名乗るこの神使からは悪意は感じない。ただ単に気位が高いのだろう。まあ、他の神使は分からんが。

 

「いやいや、仮とはいえ、さすが玉藻前様の第一神使。しっかりしておられる」

 小薄をすすきが細い目を更に細めながら言う。

 神宮の神使にも言われたな。っとその瞬間、俺の体を何かぞわぞわとした悪寒が走った。おおかた、神の力で何かしたのだろうが、なんだかわからないが、不快感が増す。


「将門、なんか覗かれた気がしたわよ」

 桔梗が俺に囁く。口調から察するにご機嫌斜めのようだ。


「こちらへどうぞ」

 小薄をすすきの先導で階段を上り楼門を潜る。後ろ姿を見せる小薄をすすきの尾の数は4本、第一神使ということは睦月と同じ、天狐てんこなのだろう。


 楼門を抜け昇段し、草履を脱ぎ、本殿に入ると正面に御簾の垂れた御座があり、御座と向かい合うように、玉藻と睦月が坐っている。それを取り囲むかのように左右にケモミミの男たちが坐っている。こいつらが睦月のいう神使どもだろう。どいつもこいつも苦虫を潰したような顔をしている。


 後ろに目が付いているかのように睦月が立ち上がり、玉藻の隣の席を俺に譲ると、桔梗とともに玉藻と俺の後ろに着座する。

 それを目にした神使たちがざわつく。天狐てんこたる睦月より人間の俺の方が上というのが不満なのだろう。まあ、どうせ睦月が天狐てんこであることも気に入らないんだろうがな。

 その思った瞬間、数々の囁きが聞こえてくる。嫉妬、蔑み、嘲り、侮り、ああ、こいつら神使どもの考えだ。神使ひとりひとりに目をやるとその感情が手に取るように流れ込んでくる。ああ、本当に睦月を馬鹿にしていやがる。 

 

 案内を終えた小薄をすすきが御座の斜め前に控えると御簾があがる。

 女官服姿の人影が見えるが顔の部分は霞んでいるかのようにその詳細が確認できない。


 なるほど、人には神が認識できないのかこう見えるのか。おれは一人ごちた。玉藻や睦月にはどのように見えているのだろう。


稲荷神いなりのかみたる宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様が、玉藻前様の第一神使たる八代将門に挨拶を許す」

 小薄をすすきの凛とした声が、本殿に響き渡る。とたんざわめきがやむ。


 俺はその場で平伏し、そのまま言葉を発す。


「玉藻前様の第一神使たるわたくし八代将門は、稲荷神いなりのかみたる宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様に謹んでご挨拶奉ります。このたびのご配慮とご厚情にわが主人玉藻前様とともに深く感謝申し上げます」

 おれは言い切った。


おもてをあげよ』

 遠くから響くような、くぐもった声だった。


 顔を上げると先ほどまで、霞んで見えた宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの顔がぼんやりと実体化しているのが分かった。目鼻口立ちが確認できる。しかし、表情が分かるまでははっきりしていない。


『おもしろい』


 先ほどより声が鮮明に聞こえる。


『人の身に在りながら神のありように近づきつつあるとは・・・。稀なる魂じゃ』

 声はさらに鮮明に、目鼻立ちもはっきりとしてきた。

 ふくよかな顔つきをした女性だった。


「なるほど玉藻前が言うたことは確かのようじゃ。八代将門、人の身にありながら、その魂は神階に足を踏み入れておる。先の取り決め通り、玉藻の前の神使たることをわれは認めようぞ」

 今では宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの言葉がはっきりと聞こえる。たおやかな響でさすが豊穣の神と思わせんばかりの暖かい声だ。


 宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの言葉に神使たちがざわめき始める。

 まあ、これで解決というわけにはいかないだろうな。


「静まれ。あるじがお決めになったことぞ。以後、八代将門は玉藻前様の第一神使として、本山においてもその位を遇するものとする」

 小薄をすすきが、言い放つが、案の定、ざわめきは止まない。


 宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみと玉藻前の顔を見ると何やら微笑みを浮かべている。

 

 これ、絶対何か企んでるな。

 まあ、多分俺の目的と一致するから丁度よいとするべきか。


「人の身にて神代に足を踏み入れ、あまつさえ神のことわりに口を出すとはおこがましいにもほどがある。宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様におかれましてはこのものの擬態にたぶらかされているものと・・・」

 白髪の神使が言い放つ。


白菊しらぎく!」

 小薄をすすきが言い放った神使を叱責する。

 白菊。三ノ峰の白菊大神しらぎくのおおかみか。


 おおう、買ってやろうじゃないじゃないかその喧嘩。

 ああ、許すわけない。睦月は何年苦しんだんだ? その間、お前らは何をした? 何もしなかったろう。救いを求めるものに何もしないなど神の使いを名乗る資格などない。

 

 神のことわり、知ったことじゃない。人の世のことわりも関係ない。ここからは俺のことわりでやらせてもらう。


宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様におかれましては、益体もない神使がおられるようで」

 俺は言い放った。


「だまらっしゃい。人間ひと風情が・・・」

 白菊しらぎくがいきり勃つ。


「なるほど。本山の神使の皆様は我が身の力を疑ってのおいでの様だ。まるで負け犬ならぬ負け狐の遠吠えですな」

 俺の言葉に脇の玉藻は言い過ぎじゃと呟く。が、ここは我慢してもらおう。こいつら、身にしみないとわからない連中だ。

 俺は涼しい顔で言った。


宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様に謹んで申し上げます」

 俺は宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみに頭を下げながら早口に言う。


「御前にて、我が力を示すことをお許し頂きたく伏してお願い申しあげます」

 俺は平伏した。許可が出なくても強行するつもりだがな。

 面を上げる、言葉を続ける。


「白菊様ほか、神使の皆様方にはわが矮小たる力の一端をお見せせねば納得なさらないかと存じます。」


 宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの顔に再び微笑が浮かぶ。

 まあ、おそらく俺が何かやらかすのを楽しみにしているのだろう。やはり日の本の神々は人間臭い。


「許す」

 小薄をすすきではなく宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ自身が述べる。


 おそらく二柱は俺がやろうとしていることを想定しているだろう。だが違う、それは神界のことわりだ。俺のことわりはそんなものじゃない。

 

 俺は想いで心を満たし、立ち上がると睦月を見つめる。

 睦月は呆気にとられた顔をしている。俺の想いは伝わっているはずだ。


 手を伸ばす。



 俺にとっては長い時間だった。もし睦月がこの手を取らなかったら・・・。


 俺の指先に、睦月の指が絡みつく。

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