おきつねさまと前世ふたたび
うむ、俺にはどうやら神の決定的シーンを見逃す才能があるらしい。
桔梗の驚いた顔を見ると玉藻が現れて、お供え物を口に頬張る様を目撃したのだろう。
「玉藻様、それはドライマンゴーというものです。お味の方は如何でしょうか?」
「む・・、も・・・・・ん、う・・・・・・・・・・」
咀嚼しながら喋るなよ、しかも新たに頬張っているし。
「あ〜、桔梗。残念な事実だが、この方が俺の主神である玉藻前様だ」
一心にドライマンゴーを貪る玉藻は、桔梗のことに気づいていない。
「将門、あんたも苦労するわね」
ほっとけ。桔梗がこの先、神に対する信仰に疑義を持つなら原因は間違いなく玉藻だろうな。
瞬く間にドライマンゴーを片付けた玉藻は、指についたマンゴーの欠片を舐め取る。本来なら艶かしい動作なのだろうが、その前の姿を見ている俺には、ため息しか出てこない。
「実に美味じゃ。甘みと酸味の組み合わせが絶妙じゃ、干し柿にも似ておるがこちらの方が比類もなく味に濃さがある。これは和菓子に続き果物も開拓せねばならぬな。でかした八代、持参したという幼馴染に礼を言うておけ」
玉藻がご満悦な表情で言った。まだ気づいていないらしい。
「玉藻様、こちらがお供え物を持参した我が幼馴染、太田桔梗と申します。桔梗より、ご挨拶を申し上げます」
斜め後ろに立つ桔梗を促す。前に1歩踏み出すと一礼し、そのまま右の手のひらに持ったカンペを読みながら挨拶する。
「お初にお目にかかります。玉藻前様の第一、え〜、しんしたる八代将門と幼少の頃より、え〜、よしみを結んできた太田桔梗と申します。人の身でありながら、玉藻前様にえ〜、はいえつの機会をいただき感謝申し上げます」
カンペ読みながらも、つっかえつっかえとはさすが桔梗。
玉藻はと見ると呆然としてる。
「将門、こやつわれが見えているのか?」
失礼な、神とはいえ人を指さすとは。
「バッチリと」
桔梗がサムズアップする。おい、ノリがいいな。
玉藻が俺の目の前に立つ、動きが見えなかった。
おおこれが神速というやつか。玉藻が俺の白衣の胸の部分を両手で掴むと前後にブンブンと揺する。
いや、玉藻、指についたよだれ、衣につくから。
「おぬしまたなんかしたの? やらかしたの?。 睦月、なぜにこやつを止めなんだ。われ、また、神宮に行かねばならぬの? 将門公に借り作らねばならぬの? 本山の神使どもぶちのめさねばならないの?」
うぉーい、いい加減シェイクやめてくれ。
「主様、そのあたりで・・・・」
睦月が助け舟を出してくれた。
玉藻は俺から手を離すと桔梗を横目に見ながら俺に言う。
「どういうことじゃ?」
俺は頭をガシガシ掻きながら単刀直入に言った。
「桔梗の魂を見てくれ、玉藻ならわかるだろう。俺の想像が当たってるなら輪廻と因縁というやつだと思う。将門公に借りを作るかどうかはこれから次第だ」
俺はこれ以上ないくらい神妙な態度で言った。さすがに桔梗の一生に関わることだ。
玉藻が桔梗を見つめる。1分もしないうちに玉藻がカッと目を見開く。
「こやつ、桔梗御前か!」
桔梗御前。平将門公の正室とも側とも言われているが詳細はわからない。将門公を裏切って敵に通じたとか、将門公を討った藤原秀郷の息女とか、薙刀を振りかざし最後まで将門公と命をともにしたとか、各種伝承が絶えない女性だ。
「まあ俺と桔梗の付き合いから見ると、前世もそんなに悪い仲じゃなかったと思う。俺も桔梗も前世のことなど知らんし、知りたくもないし、関係ないからな、だが、多分そう思わない人、じゃない、あ〜神が一人いる」
「平将門公じゃな。己と関わりのあった桔梗御前の現生での魂と器を見つけたのじゃ、良きにしろ悪しきにしろ、手を出してくるに決まっておるな」
玉藻が察する。頭のいい上司は最高の上司だ。
「昔のことなど知ったことじゃない。だが、将門公のことだ。桔梗御前が将門公を裏切っていれば復讐を、そうでなければ手元に置きたがるだろう。いずれにしろ桔梗はただじゃすまない」
俺は大正時代の地震と睦月のことを考えるとギリッと歯を噛み締めた。
「われにどうしろと?」
玉藻の質問に間髪入れず尋ねてくる。
「桔梗を玉藻の神使にしてもらいたい」
俺は頭を下げた。
「確かに妙な魂じゃ。睦月のように繋がりはまったく見えんが、将門の魂と貝合わせのようにぴたりと合う。しかし・・・、無理じゃ。こやつの魂は人としての鍵が外れきっておらぬわ、この状態でわれの神使にできるわけない」
「かたちだけだ 言霊をともわない (仮)というやつだ。本山に認めさせれば将門公も手出しできないはずだ」
必死に考える。何か方法があるはずだ。
「八幡大神に伝手はないか? 桔梗の家は道場だ、八幡神社を信仰している。道場の敷地に小さな社がある」
俺は畳み掛けた。
「比売大神と神功皇后となら、伝手はある。二柱を通して八幡大神を動かすことは出来よう。ああ、桔梗とやら、そなたかなりの使い手だというがどれだけできる?」
玉藻が桔梗に声をかける。桔梗は蚊帳の外の出来事についていけないのかボーッとしていたが、玉藻の声に我に返ったかのように答えた。
「はっ、私の身に土をつけられるものは父様ぐらいだろう。神の世界って強いやついるのか?」
このバトルジャンキーが。それにその口調不敬だろう。
まあ、こいつの実力は折り紙付きだ。高校時代こいつとバスジャックに遭遇したが、刃物振り回す犯人を素手で制圧しやがった。
「神功皇后には気に入られそうだな。その線から説得出来よう」
玉藻が呆れたように言った。
「睦月、事情はわかったな。すまぬがこれより宇佐へ向かってくれ」
玉藻は睦月に振り返ると命じた。
即断、即決、できる上司はさすが違う。
「しかし先触れもなしにとは」
睦月の言葉に玉藻は
「これを持っていけ」
懐から金色の狐の面を取り出した。
「主様、それは・・・」
睦月がそれを受け取るのを躊躇する。
「構わぬ、このような事態じゃ、睦月、そなたに全て委ねる。どのような結果となってもわれが責任を取る。後顧の憂いなく行って参れ。われはここに残る、将門公が本気を出せば、われでも危ういくらいじゃからな」
睦月は、金色の狐の面をしたたか見つめると、受け取ると顔にあてる。紐もないのにその面は睦月の顔に張り付く。それとともに睦月の4本の尾が9本に分かれる。
次の瞬間、睦月の姿はかき消えていた。
 




