おきつねさまと神使の幼馴染
幼馴染がえらい勢いで、こちらに走ってくる。池を迂回しているから相当な距離があるだろうに。
あっ、転んだ。手に持った紙袋から何かこぼれる。おそらく旅行の土産だろう。慌てて拾い集めると、擦りむいた膝を一瞥もせずこちらにズンズン向かってくる。武道をやっていて、運動神経抜群なはずなのになぁ、などと思いつつ、俺はこれから起こる厄介ごとから、いかに逃避するか考えた。
どう見てもあいつには睦月が見えてるらしい。でなければ、あんな大声あげるわけない。
そしてあいつに神界のものが見える以上、これまた厄介なことが起きているか起こりつつあるに違いない。
そして最悪なことに・・・・、目の前の睦月はフレンチメイド姿である。
よし、言い訳は決まった。
ケモミミ、メイド姿のコスプレ撮影会なんぞ、ざらにあるわ。具合のいいことに俺もこの装束だしな。
「今のどうやったのよ。いきなり巫女服からメイドになるなんて」
おおう、そこも見られていたのか。俺もその瞬間見たことないのに。
無理、詰んでる。
睦月も想定外の事態なのかあっけにとられた顔をしている。
「んで、将門。横のメイド姿のケモノ娘のコスプレしたこの魔法変身少女のこと、ちゃんと説明できるんでしょうね」
目の前に仁王立ちする、我が幼馴染は紙袋を地面に置くと両拳の指をポキポキと鳴らし始めた。おいおい、あんまり鳴らすと指が太くなるぞ。
睦月、とりあえずここは俺に任せろ。心の中で思うと睦月が頷いた。
「あ〜、説明するが、ちょい確認だ。桔梗、お前には、俺の横のメイド姿のケモミミ、尻尾4本フリフリ美少女が見えるんだな」
「見えるわよ。それとさっきの魔法もね、巫女服脱いで一瞬でメイド服に着替えるなんて、どんな魔法よ」
脱ぐ!!えっ、そんな展開なの。俺、見てないよ。それ大事なところだから。
「見たのか? 見たのか? 見えたのか?」
俺は幼馴染ににじり寄ると、幼馴染が怒気を抜かれたかのように一歩引く。
「いや、ええ、その見たわよ・・・・。それに見えたわよ」
神は死んだ。ああヘタレと呼ぶがいい。事故を装ってその瞬間を見るという野望は、俺の考えが読まれている以上・・・・・。あっ。
睦月を見ると、赤い顔をして俯いている。
「八代様になら・・・・」
ボソリと言う。
なに言っちゃてるの。なにばれてるの。なにさらに状況悪化させる言葉吐いちゃってるの。
俺はがっくりと地面に手をつきうなだれた。
「ちょ、なに跪いてるのよ。説明しなさいよ。ちょっ、あなたも黙ってないで・・・なに顔を赤らめているのよ。あああああ、一体なんなのよ」
混沌は俺が再起動を果たすまで、10分ほど続いた。
俺は、説明の場所をお社の前に移した。
その頃には、幼馴染も毒気を向かれたかのように落ち着いていた。
俺と向かい合って立つ。睦月は俺の左後方に控える。
「これから説明するが、その前にやることがある。頼むから騒がずに見ててくれ」
俺は、睦月に向かって振り返ると、目をつぶり巫女服姿の睦月を脳裏に描く。
・・・・こんちくしょう・・・・
「八代様・・」
睦月の声に目を開けると、そこには巫女服姿に戻った睦月がいた。
「睦月、こいつは俺の幼馴染で太田桔梗だ。家は近所で剣術の道場を営んでいる。幼稚園からの付き合いだ。こいつにも睦月が見えている以上、一切隠し事はしない。玉藻の許可があろうとなかろうとなかろうとな」
俺は桔梗に向き合うと睦月を紹介した。
「こちらは睦月、名だけで姓はない。うちのお社の主神である玉藻前様の眷属にして神使、そして俺の同輩だ」
「いえ、同輩だなんて・・・」
睦月が小さく呟く。
桔梗は睦月の顔と後ろのお社を何度か交互に見比べた。そして俺に視線を向けると言った。
「あんた大丈夫 熱射病 日射病 それとももともとバカだったけどさらに進化したの? んな格好で女の子裸に剥いて何ドヤ顔してんのよ」
我が幼馴染は平常運転だった。
太田桔梗、江戸時代の剣術家と同じ名字がつけられた我が町内にある新陰流太田道場の一人娘にして、その跡取りである。幼稚園の時からウマが合うというかなんというか、二人で組めばなんでもできたというのがここまで付き合いが続いた理由だろう。小学校の時には口の八代に手の太田などと、成人が聞いたら誤解されそうなあだ名までつけられた。
運動会、体育祭、学園祭、町内のお祭りから各種行事まで、修学旅行以外、俺と桔梗の組み合わせで盛り上げてきた。俺が考え、桔梗が動く。企みが必要なら俺が、腕っ節が必要なら桔梗が。お互いに上手く噛み合いすぎて、友情は極限まで高まったものの、男女の仲などというものには全く進展しなかった。
まあ、桔梗が道場の跡取りで婿を取らねばならぬ立場、俺も一人息子で嫁を取らねばならぬ立場というのもお互いの感情の進展のブレーキにもなったのだろうとは思う。
俺は玉藻との出会いから、先ほどの神意の行使までの話を包み隠さず話した。話終わる頃には、夏の長い日もさすがに傾きかけていた。
「話は大体わかったけど理解はできていないわよ」
桔梗は正直に言った。まあ、昔から考えることは俺に投げてきたからな。
「つまり将門は狐の神様の使いで、うっかり神様になり、その子をお手つきにしたってことね」
わかってもいねええええええええ。
「冗談よ。あれだけ驚かされたんだから、これくらいの意趣返しくらいいいじゃないの」
おおお、4か月も会わない間に桔梗が考えて行動するようになっている。昔なら意趣返しといえば、実力行使だったのに。
「また、何か不穏当なこと考えているわね」
別の意味でこいつは俺の心を読む。まさに腐れ縁だな。
「で、思慮深い将門が、包み隠さず話したってことは厄介ごとがあるってことよね」
そう、俺の考えが確かならとんでも無い深みに嵌る、というか桔梗を巻き込む。できれば、違っていてほしいが、まず間違い無いだろう。確認するには玉藻に来てもらわないとだが、今は神宮で交渉中だろうしな。
「主様なら、今は本山におりまする」
睦月が俺の考えを読んで答える。優秀な後輩だ。
「なら、邪魔しても大丈夫だな」
さすがに天照大御神と豊受大御神の邪魔をするわけにはいかないが、本山の神使どもなら構わんだろう。
「桔梗、それグアム旅行の土産だろ。菓子かなんかか?」
俺は桔梗が持つ紙袋を指差した。
「土産だけどお菓子じゃないわよ。この暑さでチョコレートなんて買ったら溶けちゃうから。グアムのABCマートで買ったドライマンゴーよ」
桔梗は緑のパッケージに包まれたドライマンゴーを紙袋から取り出した。
うむ、和菓子から洋菓子への移行も考えていたのだが、いきなりドライフルーツはハードルが高いか? まあ睦月も洋装に違和感なかったようだし、幼馴染の心の込もったお土産をお供えするのだ、試してみる価値はある。
「桔梗、もう少し付き合ってもらうぞ。これから玉藻に会ってお前の魂を確認してもらう」
俺はいつもの通り、日曜夜のお供えをする。今日のお供えのお皿に桔梗が持ってきたドライマンゴーが山と盛られている。
「玉藻前様におかれましては、不肖の神使である八代のために、本山でのお骨折りに深く感謝申し上げます。この度、我が幼馴染が蓬莱より遥か彼方の南の南国より、かの楊貴妃が愛した叕一よりも芳しく美味なる果物、菴摩羅をその優れた技術により、もぎとった時と変わらぬ味にて持参いたしました。つきましては、感謝の印にこの果物を玉藻前様に捧げます。どうかお納め下さい」
俺の言葉に睦月が頷き返す。どうやら玉藻前様は聞いているようだ。
桔梗が呆れたように言う。
「やっぱ将門は、大学に行っても変わらんな。よく舌が回る」
俺は桔梗に振り返る。失礼な弁舌がたつと言って欲しいものだ。
桔梗の顔があっという顔になる。お社に振り向くと口いっぱいにドライマンゴーを頬張る玉藻の姿が目に入った。




