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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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おきつねさまと神使の距離

 日曜日の朝、目覚めると枕元に睦月むつきがまんじりともせず正座していた。


 おおう、寝起きの顔を見られたとなると少し気恥ずかしい。俺のプライバシーってどうなってるの。

 まあ、おそらく玉藻の命を守って、俺についているのだろう。

 

 睦月は相変わらずのメイド姿である。フサフサの4本の尻尾が背後でゆったりと回転している。惜しむらくはヴィクトリアンメイドのロングスカート姿であることだ。睦月ならば、フレンチメイドの方が似合うに決まっている!。もしそうなら。頭を横に向けるだけで・・・。


あるじ様は、先ほど神宮(伊勢)へ向かわれました」

 俺の考えを遮るかのように、睦月が眉を顰めながら言った。いや、大丈夫。睦月にはヴィクトリアンとフレンチの違いはわからんはずだ。俺は深呼吸をして起き上がろうとした。その時にちょっと布団の下の自分の下半身を確認したのは、仕方があるまい。


「八代様、ふれんちとはどのようなものなのでしょうか?」

 睦月が言った。


「ぶほっ」

 俺は再び布団に潜り込み、頭まで被った。いや、マジ、俺の考えどこまで読まれてるの? 俺の脳裏に高校時代の学園祭時にクラスの出し物としてメイド&執事喫茶を提案し、あまつさえ、フレンチメイドの衣装を提案した際に、幼馴染から鉄拳制裁おしおきを喰らった悪夢がよぎった。

 俺の思いを読んだのだろうか、睦月が悲しそうな、呆れたような、なんとも言えない表情を浮かべた。


 俺は、すかさず布団から飛び出すと睦月に向かいに座り、土下座した。その時の俺は睦月を傷つけたくない一心・・・、いや、すでに傷つけたであろう睦月に対し謝りたい気持ちで一杯だっ。

 守り神としての立場を失い、本山の神使たちに蔑まれ、それでも耐えてきた睦月に俺はなんてことをしたのだろうと反省した。


「睦月、すまなない。睦月のその服装は俺の、その、なんだ、邪な、ああ・・・」

 なんて身勝手だったのだろう。

 俺は頭を掻きむしった。


「ああ、でも、睦月なら似合うと思った、俺の身勝手な願いの現れだ。辛く、恥ずかしい思いをさせて申し訳ない」

 俺は畳に頭を擦り付けた。睦月を守るとか言っておいて、このザマだ。なんのことはない睦月を弄び、軽んじていたのは当の俺だった。神が自分勝手? いや、俺こそが睦月をもてあそぶ元凶だ。


「許せないと思うのは当然だ。すまない、え〜、あ〜、その、元の姿の戻すにはどうしたらいいの・・・だろうか?」

 つっかえつっかえ俺は言った。勝手にメイド服姿にしておいて、元に戻す方法がわからず、当の本人に聞いている。これほど情けないほどはない。


「頭をお上げください」

 睦月が言った。俺の思い込みかもしれないが、その声に俺を非難するような口調は感じられなかった。

 俺は恥ずかしくも安堵の思いを抱いて、頭を上げた。


 睦月を見ると涙を流していた。

 漆黒のまなじりから、次々と・・・。

 ああ、俺はとんでも無いことをしたんだなと今更ながらに思った。もう取り返しがつかないだろう。

 なんのことは無い、睦月を一番軽んじていたのは俺だったのだ。やはり、俺は・・・。


 情けなくも、もう一度頭を下げようとした俺をふわりとした感触が襲った。


 俺の上半身を睦月が抱きしめている。

 俺の耳に、鼻に、睦月の嫋やかな黒髪が触れている。そして俺の頬に、睦月のやわらかな頬が触れている。


 いや、これ、童・・いや、未成年には刺激強すぎるから、さらに邪な考え抱いてしまうから・・・。


「私は、あるじ様と八代様にお仕え出来て嬉しく思います。ちと変わった装束(メイド服)ではありますが、全ては八代様のお心のままに・・・」


 耳元で聞こえる睦月の声に俺の頭は破裂しそうだった。

 なにこれ、人生初のモテ期キタ・・・、これで勝つる。

 黒髪、巫女服、メイド服、人外、ケモミミ。立直一発自摸断么三暗刻裏ドラ6!!!!、あれ一つ足りなくねえ?


 いや睦月は神使としての同輩だから、いや、後輩だから・・・・。

 混乱してる俺から睦月が離れた。


「八代様の神意にて賜りました装束(メイド服)にて、八代様の思うまま、いかようにもなりましょう」


 睦月が離れても、まだ胸がバクバクいっている。

 俺が望めばということか、ということはフレンチにも・・・・。


 睦月が怪訝げな表情を浮かべた。やばい、伝わっているのか。

 俺は、目を閉じると睦月の巫女服姿を思い浮かべた。


 再び目を開けた時には、睦月の装束は巫女服に変わっていた。どういう仕組みなのだろう。

 これって、目を閉じてなければ何を見れたんだろう。



 タイミング良く(悪く)、母が朝食の支度ができたと告げに来た。

 無駄に長い食卓に座り、家族で食事をとるのだが、俺の斜め後ろに食事をとることもなく睦月が控えているのだ、バツの悪いことこの上ない。その上、家族は何か俺を生暖かい目で見ている。

 あれ、俺、睦月のこと、家族に紹介していないよね。


「すでにあるじ様を通して、ご紹介いただいております」

 おおう、いや、あんまり家族の前で俺の思い読むのやめようよ。ただでさえ、何か、変に思われているようだから・・・。あとで、俺の口から説明しないとだな〜。


「睦月は、八代様の神使でもあり、身も心も捧げていると・・・」

 駄目絶対!!

 その後の朝食の時間は俺の家族への言い訳に終始した。


 

 さらなる問題は朝食後だった。


 

 俺は朝風呂派だ。朝食後、シャワーではなくきっちりと湯船に浸かる。

 この時、睦月が当然のごとくついて来ようとしたのだ。玉藻の命を忠実に守ろうとしたのだろう。

 しかしながら、俺にはそんな趣味(美少女に覗かれる)はない。

 結局、玉藻の命を楯に取り、せめて脱衣場で待つとの主張に対し、脱衣場の扉の前という俺の命が打ち勝ったのは、15分も経ってからのことだった。


 俺の心の何かが昨日からガリガリ削られていく気がする。



 庭園の案内は順調だった。昨日と違い、睦月は巫女服姿なので、気にせず案内に集中出来る。

 昨日などは、見学客に見えてはいないとわかっても、傍にはメイド服姿のケモミミ、しかも尻尾4本フリフリの睦月がいるとなると落ち着かないことおびただしかった。見学客に見えてはいないとわかっても、もし見られたら、なんと言われるだろうと気が気でならなかったのだ。


 

 午前の説明が終わり、母屋に戻る。

 開けっぴろげにした縁側に腰掛けて、扇風機のスイッチを入れると、母が昼食の兵庫県の手延素麺を持ってきた。

 うちの素麺はシンプルだ。ツナだなんだと混ぜることなく、自家製の鰹出汁の汁に、薬味として浅葱と生姜、それに大葉の千切りが添えてある。父だけは汁に茄子を入れたがるが、それ以外の家族は具なし派だ。

 傍に腰掛ける睦月の前にも冷たい麦茶が置かれている。

 俺は行儀悪く素麺を啜りながら、睦月に相談を持ちかけた。


「その、今日の晩のお供えなんだが・・・」

 すっかり忘れていた。買いに行こうにも午後も見学案内だ。

 ありあわせのものをとも考えたが、このお供えがなけれな玉藻や睦月とは会えなかったのだ。妥協はしたくない。今回は浅草で芋のきんつばを買い求めるつもりだった。


「ご心配には及びません。あるじ様は今夜はお帰りなれないとおっしゃっていました。気持ちを込めて通常のお供え物だけで良いとの仰せです。もっとも、それも私がいただくことになるのですが」

 睦月が笑った。

 うむ助かる。明日には買い出しに行ってこよう。でも芋のきんつば賞味期限その日だからな、玉藻の帰ってくる日に併せるようにしないとだな。


「八代様、あるじ様の命にございます。お出掛けは控えていただくようお願いします。今の所、あるじ様はお屋敷とお社、分社の敷地か出ることはかないませぬ。あるじ様の加護がありますが、万一のことを考えてとのことでございます」

 睦月が心配そうに言った。

 ああ、そうだったな。しばらくは外出は禁止か。

 あれ、何か引っかかるようなことがあるが・・・。まあ、いいか。



 午後の案内も順調に終わった。夏の暑い日差しの中、午後は人などいないと思っていたが思いのほか、客の入りは良かった。俺の体も慣れてきたのか、暑い中歩き回ってもあまり汗をかかなくなってきた。

 

 最後の客を送り返し、受付事務所を閉め、帰ろうとする庭園を管理する庭師の老人に挨拶をすると、落し物やゴミが落ちていないか確認のため、再び見学コースを歩き始める。

 

「その、八代様。今朝ほどの質問なのですが、ふれんち とはいかなるものでしょうか?」

 いやいやいや、またその話蒸し返すの? やめてよ。


「たぶん装束のことだと思うのですが、八代様が望むなら睦月は着てみとうございます。先ほどの装束(メイド服)もなかなか良いものに思えます」

 いやそこ俯いて顔赤らめないで、俺、調子にのるから。そんなとこ家族に見られたら、縁切られるから。


「この場だけでも結構です」

 いや、読まないで、どんだけ俺の思い浅いの? 俗物なの? 節操ないの?


 目をつぶり。

 思い浮かべるな、思い浮かべるな、思い浮かべるな。

 大事なことなので三回言いました。


 フレンチメイド姿の睦月が浮かんだ。

 いや、俺は思い浮かべていない、白のニーソなど

 いや、俺は思い浮かべていない、メイドカフスにはやはり黒いリボンなどと

 いや、俺は思い浮かべていない、スカート丈は膝上、・・・センチなどと

 ・・・・・・・・。


 目を開けるとそこには、フレンチメイド姿の睦月が佇んでいた。


 スカート丈は、俺が思い浮かべたよりはるかに短いのはなぜに。


「ええええええええっ」

 その場に明らかに第三者の声が響き渡った。


 庭園の池の向こう側にショートパンツにTシャツ、小麦色に日焼けし、トレードマークのポニーテールを振り乱してる我が幼馴染がそこにはいた。

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