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おきつねさまと食べ歩き  作者: 八代将門
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幕間1 おきつねさまたち

 「睦月、そちには知っておいてもらわねば困る」

 玉藻前様が、私に諭すように言った。


 「八代様のことですか?」

 私は尋ねた。玉藻前様とその第一神使たる八代様、そして玉藻前様の眷属たる私、睦月の関係は今日一転した。


 今、玉藻前様と私はお社の中で向かい合って座っている。

 今朝、神界に出かけた玉藻前様は夕刻には戻って来た。こんなに早く戻るとは思わなかったので、尋ねたところ私と八代様の”繋がり”をもう一度確認したいとのことだった。

 決して、土曜の晩に供えられる稲荷寿司食べたさに戻って来たのではないぞ、と何ども私に念を押す玉藻前様だったが、このことは後で八代様にご報告せねばなるまい。


 玉藻前様がお社に戻って来ている以上、私が八代様の近くにいる必要はないらしい。玉藻前様は強力な結界を張り、八代様に直接の加護を与えており、そこらの妖には手が出せないとのことだった。


「うむ。我と、そちとの関わりは変っておらん。じゃが、その他にそちと八代の間に同等かそれ以上の”繋がり”が見える・・・。そちはどのように感じておるのじゃ?」

 玉藻前様は私の目を見つめて言った。


あるじ様と八代様に救われ、眷属、そして神使としてお仕えすることができて、本当に嬉しゅうございます。八代様にも申し上げましたが、あのままでは私は野狐やこにまで、身を落としていたでしょう」

 私は八代様に話したことと同じことを玉藻様にも告げた。


「その上、八代様は・・・」

 私の心に様々な感情が渦巻く。天狐てんことなって神格を得ても、心の有り様は変わらないのだろうか。

 でもあの時のことは今でも衝撃的だ。

 八代様と話す私の心には、憎しみ、恨み、羨望、達観、諦め、私の心に八代様の心が入り込んできた。慈、仁、恵、温かみ・・・・、八代様なら私を庇護してくれる、そう信じたのだ。その瞬間、私は天狐てんこになり、尾も4本になっていた。ただ、八代様の心からかすかに聞こえたフレンチよりもヴィクトリアンか? いや、やはりフレンチが・・・というつぶやきの意味はついぞ解らなかった。


「その上、八代様は、私に本山の神使を超える神位を授け、さらに庇護してくださると誓ってくださいました、ここまでの恩を受けた以上、その全力と残る命を持ってあるじ様とその第一神使たる八代将門様に仕えることが私の最上の神意・・でございます」

 玉藻前様の勘気に触れるのを覚悟で言った。


 それを聞いて、玉藻様は黙っている。いくら私が神格を纏ったといえども白面金毛九尾の玉藻様の手にかかれば、塵芥ちりあくたも残さず消されてしまうことだろう。それでも私は八代様についていかなければならないのだ。


 玉藻前様はしばらくの間、私を見つめていた。

 膝の上に置かれた私の手が、かすかに震える。玉藻前様から、とてつもなく重い空気が私に向かって流れ込んでくる。


「まるで惚気話じゃな」

 玉藻前様がかすかに微笑むと言った。

 

 私は顔を赤らめた。その・・・、玉藻様のその言葉を聞いて心のそこに沸いた感情を否定できなかったのだ。


「状況はだいたい分かった。睦月、そちとわれとの関係は先ほども言ったように変わっておらん。じゃがそちは、われと八代という二つの主神を持っているのじゃ。信仰が重なるのは構わん、日の本の神は寛容だからじゃの。問題は、そちはわれの神使であるとともに八代の神使でもあるところじゃ」


 私は思い出す。八代様の言葉を・・・・。


『お前が玉藻の眷属で神使である限り、玉藻前様の第一神使たる、我、八代将門は、そなた睦月むつきを全力を持って、守護することをここに誓う』


 私が、八代様に庇護されるのは、玉藻前様の眷属であり、神使であるからこそ・・・。その役を解かれてしまえば、私は。


あるじ様、どうかお許しを、眷属を、神使を解くことは何卒お許しください」

 私は泣きながら、社の地面に頭をこすりつけた。


「安心せい。そのようなことはせなんだ。睦月、そちにはわれの眷属、そして神使としてさらなる勤めを期待しておる」


 玉藻前様の言葉に私は安堵した。

 しかし、玉藻前様の次の言葉はさらに私に不安を抱かせた。


「それより問題は、八代じゃ」

 玉藻前様は言葉を続けた。


「睦月は神が神でなくなることが、どのようなことか知っておるか?」


「将門公のように祭神から外されるようなことでしょうか?」

 私は思いつくままに言った。


「いや、違う。神がその力を、またその有り様を失うということじゃ」


「その神が神にあるまじき、不埒な行いをして、神界から追われるということですか?」

 私の言葉に玉藻前様は首を横に振ると、私に諭すように説明を始めた。


「それはない。神々というのは勝手じゃ、そなたも身を持って知っただろう。どのように高天ヶ原の意に反する無体な神意であろうとそれが神によって行われた以上、それを持って神位を失うことなどありえんのじゃ」


 私にはその話と八代様どのように繋がるのかわからなかった。

 

「その顔を見ると今朝ほど八代をわれとともに止めたのは理由を理解してのことではなかったのじゃな」


 そう、今朝、八代様は何かを神意で示そうとしていた。ただ、直前に私は、八代様がこのまま消えてしまうという確信めいた不安で満たされたのだ、止めようと思わず押し倒してしまったが、八代様に怪我がなくて良かった。


 玉藻前様がいつになく冷たい声で言い放った。


「いいか、ただ一つだけ自らの行動によって神であることを否定することができる方法がある」


「まさか」

 私は察した。でもありえない。神だろうが人だろが妖だろうが、そんなことは考えついたとしても、実行に移せるはずがない。


「そうじゃ、自らの名を忘れ去らせることじゃ。名もなき神、その存在さえわからぬ神、そのようなものを信心するものなどいない。じゃが、道端の道祖神のように名はなくても姿形が残っていれば、信仰の対象となりうる、あやつは、それも察し、人に戻ったとしても気づかれる恐れがあると察し、さらには人としての有り様をも消そうとしたのだ」


「八代様は・・・」


「うむ、あやつはあの一瞬でその方法(真実)に辿り着きおった。しかし問題はそれを躊躇なく実行しようとしたことじゃ」


「八代様は、あるじ様や私、御一門の皆様の記憶から、その有り様を消してしまおうと・・・」


「もっとひどい、その上この現世うつしよにおける人としてのすべての有り様を消そうとしておった。つまり魂の永遠の喪失を望み、実行しかけたのだ」


 玉藻前様が語気を強めた。


「われが止めねば、八代の人としての存在は神界だけでなく現世うつしよと魂の輪廻から消えておったじゃろう。まあ当分は大丈夫じゃろう。睦月、そちもこのことは心に留め置いておけ」


 私は意気消沈した。玉藻前様は八代様の主神として八代様の心の声を聞いていた。

 でも、私には八代様の心の声は聞こえなかった。

 膝の上に握りしめた手の上に涙がこぼれ落ちた。


「睦月、話は終わっとらん」

 私は顔を上げると玉藻前様を見つめた。


「あの時、われが八代を止められたのは、八代の心がわれに流れ込んできたからじゃ」

 それでの〜と、玉藻前様が幾分話しづらそうに続けた。


「八代じゃがのう。その、まあ、そちとの間にわれと同等かそれ以上の繋がりと言ったじゃろ。あやつあの時自分の神力を全てそちに譲り渡そうとしてたのだ。しかもそちに全てを知らせることなく。格好付けにも程がある、消えるに当たっても、知らなければ心配することはないなどと考えて、そちとの繋がりを意識的に切っておったわ。そいうところは人間臭いのう。もっとも完全に切れるわけでもなく、そちも少しは気付いたようじゃしな」


 玉藻前様は、真面目な表情で言った。


「守られているのう、そち」


 真っ赤になった顔を見られないために、その場から私は分社に帰還(逃走)した。


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