おきつねさまと神使の暴走
「おぬし本当に事の重大さが分かっておらぬな」
玉藻は今日何度目かの呆れ顔をした。
まあ、妖が押しよせたって、別に害があるわけじゃないだろう。真面目に修行すれば、いつかは神格を得られるって説教すればいいだけだ。俺も、もう二度とこんなことする気もないしな。
「大ありじゃ。おぬしは神格を得ても人の身なのじゃ、神になろうとする悪しき妖が手段を選ぶと思うか? その身を脅してでもおぬしに無理強いを強いるに決まっておる」
妖が、人間を害するなら、この世の中、妖による傷害事件やら殺人事件が溢れるんじゃないのか?
そうではないということは、妖は、人間に手を出すことができないんじゃないのか?
「無駄に頭が回るな、将門」
それ褒めてないから。
「確かに、直接手は出せない代わりに妖には呪がある。いわゆる祟りや災いというものじゃ。われや睦月、そちの家族に呪をかけられたとしたら、おぬしはどうする」
この言葉聞いた瞬間、俺の胸をギリットした痛みが走った。
俺がいると皆に災いが及ぶのか? 別にこんな力欲しいわけじゃなかった、睦月を耳障り、心障りな本山の神使から守りたかっただけだ。 それなのに玉藻や睦月、家族を巻き込む?
玉藻は言ったな、おのれの願望を叶えることができると。神位という立場を放棄するという願望はダメらしい。なら俺自身が、皆を巻き込まないためには何を望めばいいんだ? 睦月にもっと力を与えるか? そうだそうしよう。でも、それだけじゃダメだ。考えろ・・・。
簡単なことだ。
俺が皆を巻き込まない立場になればいいんだ。
妖が俺と皆の繋がりを認識できないように。
俺の存在自体を皆から消してしまえばいいんだ。
俺の心から皆の存在を消してしまえばいいんだ。
なら、さっそく
「俺は、八代将門は・・・って、痛い、痛いって、」
瞬間、玉藻と睦月が飛びついて、俺を押し倒す。俺はしたたか背中を石畳に打ち付け、仰向けにひっくり返った。美少女2人に押し倒されれば本当ならご褒美なんだが、さすがにこの状況だと喜べるわけもない。
「待て待て待て待て待て、おぬしは結論を急ぎすぎる。そんなことせずとも大丈夫じゃ」
玉藻が慌てたように言う。睦月は俺の白衣の袖を握りしめてしゃがみ込み、心配そうにひっくり返った俺の顔を見下ろしている。
「先ほどのは例えじゃ、われや天狐になった睦月に手を出せるような妖がおるものか。それにわれが何の手も打ってないかと思うか? すでに、この屋敷と社を囲む結界を施し、家族には加護を与えておるわ。そこらの妖ごときが手を出すことなぞ出来んわ」
再び、俺が言おうとするのを恐れるかのように早口で言う。
「だから早まるな」
いや、別に自殺するわけじゃないし。
「死に至るよりひどいわ」
あれ、俺のしようとしたことわかってるのか?
「わからいでか。なんという独善的、なんという短絡的、なんというはた迷惑なことを考えるのじゃ、おぬしは。皆の心からおのれの存在をなくすなどと、よくぞそこまで残酷なことを考えられるのじゃ」
玉藻と睦月が脇から、俺を支えながら起こす。
いや迷惑も何も俺の存在なくしちまえば、覚えていないんだから、迷惑も何もかからんよね。
「おぬしの直感と決断力は長所なのか短所なのかわからん。それに神格化の作用なのかおのれの存在の有り様を軽く見るようになっておる。この分だと他にも何か作用が出るかもしれん。われは本山と神宮に行き、事の次第を告げてくる。いいか、玉藻前が命ず、第一神使たる八代将門よ、そちはわれが戻り、許すまでその神力を使うことを禁じる」
玉藻の言葉は俺の心に染み入るかのように響いた。
あれ、俺めっちゃ不穏当なことしようとしていたのか?
なんか憑き物が落ちたような・・・・。
「さすがに我が命を受け入れられたか。下手をすれば、拒まれるかとも思ったが、これなら心配あるまい」
玉藻は安堵のため息をつくと睦月に歩み寄ると耳元で何事かを囁いた。睦月は驚きの表情を浮かべ、首を横に降る。何、内緒話してるんだ? 俺が見ているのに気付くとすぐに表情と姿勢を正した。
「玉藻前が命ずる、眷属で神使たる睦月、そちはわれが戻るまで、将門のそばにいよ。何があっても離れるな。先ほどのようなことがあれば全力で止めよ。また将門に害する者あらば全力で跳ね除けよ。良いな」
玉藻が睦月に命じた。
「是非もなく」
睦月が頷き、俺の背後に回ると背中についた土や汚れを手で叩いて落とし始めた。




