おきつねさまと現生(うつしよ)の理(ことわり)
俺は玉藻の前で正座をさせられている。横にはメイド姿の睦月がやはり正座させられている。
目の前には腕組みして耳をピンと立てた玉藻が立っている。そして初めて見るが十二単の着物の後ろから金色に輝く尻尾が9本飛び出しているのが見える。
「将門、なぜ睦月がおぬしの眷属になっているのじゃ」
いやいや俺人間だから、神じゃないし、妖でもないから眷属なんて持つの無理だし、第一、睦月は玉藻の眷属だろう。
「ふん、われには、お主の魂と睦月がしっかりと繋がっているのが見えるわ。それに睦月、見せてみい」
玉藻の言葉に睦月が立ち上がり、後ろを向く。
フサフサの尻尾が4本・・・・・。えええええっ4本、増えてる。
「将門の言霊によって、霊格が上がって神格になっておる。地狐から仙狐を飛ばして、いきなり天狐になっておる。おぬしの言霊によりゆうに900年は修行の時間を飛ばしおった。本来ならこのような荒業を行えば、その身が持たぬはずじゃが、睦月どうじゃ」
「この身に力が溢れております。さらに慈愛と慈悲の庇護を感じます」
顔を赤らめながら俯向くメイド姿のケモミミ少女にグッとくる思いを抱いた俺を誰も責められまい。
密かにガッツポーズを取る俺の頭を玉藻がはたいた。
「なぜに、おぬし人のくせに神格化してるの。馬鹿なの、大馬鹿なの、それとも物知らずの大馬鹿なの?」
玉藻が叫ぶ。
いや、俺、人間だし。
玉藻ががっくりとうなだれる。
「将門、そちの魂は変化しておる。普通、神格化するなら魂から神格が分離するのじゃが、おぬしの場合、人の器に魂が入ったまま神格化しておる。ありえんことじゃ」
生霊、いや生き神ってやつか。
いやいや、なんのきっかけもなしに神格化なんて起きるわけないだろう。別に善行を積んだわけでもあるまいし。
「おぬし、妖たる睦月を守ると言ったじゃろ」
ちょっとカッコつけすぎだったかな。だが神使の先輩としては当たり前のことだろう。
「人が妖を庇護することなぞありえんわ、妖が人を害することはあってもな。おぬしはその理を否定したのだ。その上でおぬしの魂はそれを認めたのだ。人の理でなく神の理で睦月を庇護することをな。当然、おぬしの魂は人であることを捨て、神に至ったのじゃ」
いやいや、その理論なら、妖怪信じてる人間やなんとかウォッチをプレイしている人間、神様になりまくりじゃね?
「おぬしの魂は一度神格化を経験しておる。まあ、悪い例え方じゃが、つい調子に乗ったところ神格に引っ張られてしまい、睦月を眷属化、戻るに戻れなくなったというの実情だろう」
玉藻が分かったような分からないような解説をする。
それって俺が悪いわけじゃないよね。どう見ても俺の前世のせいだよね。
玉藻があさっての方向へ向くと冷たく言った。
「あ〜、まあ、これが前世の報いというやつじゃ、まあ諦めろ」
俺は石畳にがっくりと両手をついた。あれ、ひょっとして俺、人間やめたってこと。
「まあ、別に人として生活する分には問題ないのじゃが・・・・」
玉藻が言葉を濁した。
なんとなくわかる気がする。
「ひょっとして、これにより否が応でもさらに神界と関わる事になったというわけか」
「うむ、まあ、それもあるな。今までは人の神使としてわれの社の中でのみ神界との関わりが持てたのじゃが、神格化した以上、常に神界とのつながりを持つ事になる。例えば、他の社を訪れたのなら、われがいようといまいとその神と神使が見えるということじゃ。われを連れ歩くぐらいなら、神格化の一歩手前、神使としての魂の修行で十分だったのじゃが、そなたはそれをすっ飛ばしたようなものなのだ」
人間やめますか? 神使やめますか?
「あ〜、今から神使やめたとしても元には・・・」
一縷の望みを託した質問は・・・。
「戻れんな。われとの繋がりも強化された上に、睦月とは下手すればわれ以上の結びつきじゃ。解くことは到底無理じゃ」
ぶった切られた。
「だいたい本山の稲荷神の神使でさえ仙狐じゃ、睦月はそれを超えてしまったのじゃ。本来なら社一つもらって崇め奉られてもおかしくないんじゃぞ!」
再び玉藻がエキサイトし始めた。
ふむ、なら東京の社を立派に立て直して、睦月を祀って、本山の神使どもを見返してやればいい。
「いえわたくしは、八代様の庇護のもと、玉藻前様にご一緒にお仕えしとうございます」
睦月は迷いなく言い切った。
「おおう」
俺の意識読まれてる。
ちょっと想いが重い。
そして俺は最大の疑問を玉藻に投げかけた。
「睦月は、なぜにこんな姿なんだ?」
玉藻が右手を上げ親指と中指でこめかみを押さえると言った。
「お主の願望が具現化したのじゃ。このような俗な願望を叶えるなど、神力にあるまじきことじゃ。そなたの魂の有り様はどうなっておるのじゃ」
いや、玉藻も美味いもの欲しさに神力行使してたよね。
「確かに神は独善的に神力を行使する場合がある。しかし限度というものがあるじゃろ! 妖が神格を纏うなどわれのように時間をかけねばあり得ぬことじゃぞ。先も言ったように今の睦月は眷属を従えることができる身であって、眷属である立場自体がおかしいぐらいなのじゃ。お主は言霊一つでそれをおこなってしまったのじゃぞ」
いや、俺、別に睦月を眷属にする気なかったし。
その思いを察したのか睦月が悲しげな顔をした。
「いやいや、今のなし。睦月が眷属になって嬉しいから」
俺は慌てて手を振りながら、なぜか言い訳する。
「たわけか。おぬしが、睦月の力を本山の神使よりも強くし、メイド服姿を見たいと望んだからこうなったのじゃ。眷属となったのはついでのようなものじゃ」
「妖の霊格を神格にしてしまい、あまつさえ自ら神格を纏うなど聞いたことがないわ。ここまでとなると正直、あ〜、どのくらいの騒ぎになるか見当もつかんわ。覚悟しておけ、将門公や本山どころでなない。下手すれば神宮まで行かねばならぬ事態じゃ」
黙っていればいいんじゃないか?
秘技、事なかれ主義発動。
「か〜〜〜〜〜〜〜っ、おぬし分かっておらぬな。いいか、おぬしは妖である睦月を神たる立場まで、言霊一つで引き上げたのじゃ」
だから、それは本山の神使に腹が立ったせいで・・・。
「やはり分かっておらぬか・・・」
玉藻がため息をつくと、睦月を見遣った。
睦月は4本の尻尾を振り、顔に憧憬の表情を浮かべながら、睦月が言った。
「妖といえども人間を害するものばかりではございません。ほとんどの妖は神の神使や、眷属として霊格を磨き、いずれは神格をと思っております。それには数百年、数千年かかります。しかしながら、八代様は、言霊一つにてそれを行うことができるのです。全ての妖が八代様を崇め奉ることでしょう」
え、なに、それ。
「妖がすぐにでも神になれるのじゃ。そなたのところに日の本中の妖が押し寄せるぞ、善悪問わずな」
玉藻が、いつになく真剣な表情で言った。
 




