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崖下の国   作者: 南戸由華
第1章 邂逅
5/7

大地震

文章を書く難しさを痛感するこの頃です。拙い文章力ですが、よければお付き合い下さい。


 授業が終わるとレンは寄り道せずにまっすぐ家に帰った。村長の所にチーズを買いに行くことなど、もうどうでもよくなっていた。


 早く、早く疑問の答えを知りたい。ただその気持ちだけが今のレンを支配している。胸の高揚感で歩く速度が自然と早まった。


 大陸の歴史?この国ができる前にどんな変化があったというんだろう。

 また、知りたいと思う疑問ができた。他の生徒にはこのことをすぐに知る術がない。あの秀才ハシュールさえも。自分にはある。

 その術は、父が残してくれた。たくさん、たくさん。


 家に着くと、真っ先に地下室に向かった。逸る気持ちを抑え、冷静に本を探す。


「確か、歴史の本はあそこの本棚にかためて置いてあったな…難しそうで全然手をつけてなかったけど…」


 部屋の1番奥の本棚の方に行って、天井近くまである本棚を、上の方からタイトルを追っていく。

 地下室は全体的に薄暗いが、夕日が天井近くの窓から差し込んでおり、それなりに明るいので、電気を点けなくてもタイトルをチェックするだけならさして困らなかった。


 カリソナ王国建国の歴史、農業の歴史、中央都市の歴史、人類の進化、マードルの地域文化…次々とタイトルを目で追うが、どれも自分の疑問から遠いテーマな気がした。


「うーん、ノーティラス内部の歴史って言葉自体は、このあたりを1つ1つを要素とした全体の話なのかなって思うけど、エレナ師が言ってたのはそんな抽象的なことではない気がするんだよなぁ…。」


 1つ1つ目で追っていくが、ノーティラスとか、大陸という言葉は見当たらない。


「あんなにはっきり言うってことは、もっと狭い枠を持った1つの学問として研究が進んでる分野な気がするんだけど…。」


 その本棚の一面に目を通し、それらしいタイトルがないと判断したレンは、本棚の反対側に移動し、反対側の面を目で追っていく。


 先ほどの面は部屋の壁と本棚との間にスペースがあり、多少は明るく、タイトルも見やすかったのだが、こちら側は本棚と本棚の間になるので少し暗めで見にくかった。おそらく電気を点けてもさして変わらなだろう。


 わざわざランプを取りに行くのも煩わしかったので、本棚に顔を近づけ、よく目をこらして見ていく。


 ふと、ある本が目に止まった。他に比べて色鮮やかな紺色の装丁に焦げ茶色の縁取り--おそらく元々は金色だったのだろうが--の本だ。少し色褪せてはいるが、他の多くの本に比べれば、新しい方だろう。縁取りと同じ色でタイトルが書いてある。


崖下(がいか)の国』


 …聞いたことのないフレーズだ。

 どこかの国の俗称だろうか。

 例えば隣国タンガルは閉鎖国家であるという特徴から、『壁中(へきちゅう)の国』と言われている。そんな類の言葉だろうか。


 しかし、レンは聞いたことのない言葉の組み合わせの中の1つの単語に身震いを覚えざるをえなかった。


「崖の下…?崖っていうと、この地区の南のことを言ってるのか…?崖下の国ってことは、あそこの下に国があるってことか…?」


 鼓動が高鳴る。

 まさか。崖の下は荒れた土地が海まで広がっていると聞いている。水も、緑もなく、人が住めるような土地でないと。

 現に崖下の風景を眺めたことがあったが、霧の向こうに、目立った建物は見つけられず、とても「国」といえるほどのものではない。


 レンは少し腕を伸ばして、指をその本の上にひっかけて抜き出した。

 表紙にも背表紙と同じようなデザインでタイトルが書いてある。


 誰もいない土地を、何かの暗喩のために「国」というワードを使っているのだろうか。例えば、人間じゃなく、変わった動物が沢山いるとか…。


 というかそもそも崖の下の世界を、いつ、一体誰が知りうるというのだろうか。あそこに、降りる道などない。

 どうやってあの地形ができたのかすら明らかになってないのだ。


 もしかして…

 レンははっと気づいた。

 エレナが言ってたことはこういうことなのではないのだろうか。あの崖の存在が、どうやって生まれたのか。

 それがきっと、カリソナ王国が出来る前の出来事で、ノーティラスの地形の大きな変化ということで、ノーティラスができるまでの歴史と言ったのではないか。


 この地区にとってはあの崖の存在は当たり前で、近づくなとは言われるが、なぜあのような地形になったのか、特に気にする者はいない。皆、そんなことより仕事を早く一人前に覚え、稼げるようになることばかりに気を取られている。


 たが、エレナは学者だ。きっとあの地形に関心を持ち、調べたのだろう。彼女はアバランチの図書館に勤めた経験もある。


 とりあえず、読んでみようと思い、レンはその本を持って、地下室内の隅の方の机に行きイスに腰掛けると、本を机の上に置いた。先ほどの場所よりは明るいが、そろそろ日も落ちて来たので、電気を点けようかと思った時、


 ドンドン!と扉を叩く音がした。


「レン!お母さんがご飯できるって!食べに来なさいよ!」


 ミランダの声だ。もうそんな時間か、と思い、レンはゆっくり腰を上げた。


 早く読みたい気持ちは大きいが、それは帰ってきてからでも遅くない。むしろ今、短気なミランダを待たせる方が後々面倒だ、と長年の付き合いから学んでいた。


 両親のいないレンは夕方はミランダの家で食事をさせてもらっている。朝と昼は自分で買ったパンやチーズなどで適当に済ませるのだが、それでは栄養が足りない、とミランダ一家に世話を焼かれ、夕飯だけは共にするようになったのだ。


 レンは本を机に置いたまま、地下室を上がって行き、玄関に向かった。

 ミランダと共に彼女の家に行く。


 ミランダの家はレンの家のすぐ近くにある。レンの母親とミランダの母親のエラは親友だったため、家族ぐるみでも付き合いがあり、レンもミランダの両親には本当に世話になっている。


 ミランダ家の扉を開けるミランダに続いてレンも中に入った。ダイニングでは新聞を読むミランダの父、ホルムが座っていた。


「やあ、レン。学校お疲れ様。」


「こんばんは、ホルムおじさん。」


 レンは奥のキッチンに向かい、ミランダの母にも挨拶した。


「こんばんは、エラおばさん。」


「あら、こんばんはレン。後、パンを焼くだけだからね、ちょっと待ってね。悪いけど、運ぶの手伝ってくれない?」


「わかった。このトレー使うね。」


 レンはトレーに今日の晩御飯のお皿を載せていった。今日はシチューのようだ。エラのシチューはとてもおいしい。というか、彼女の作る料理はそっくりそのまま母の味と言っていいだろう。本当の母の味をレンは知らない。


 レンが生まれてすぐレンの母親は死んでしまったが、エラは、レンに親友の面影を感じるようで、本当にレンを可愛がっている。


「いただきます。」


 テーブルの準備が整い、夕食を食べ始める。シチューをスプーンですくって口に持っていくと、シチューのクリーミーな香りが口いっぱい広がる。うまい。次に焼きたてのパンをちぎってシチューにつけて食べる。熱々のシチューとやわらかいパンの相性は抜群だ。


 レンが1つ目のパンを食べ終わり、2個目に手を伸ばしたとき、エラが思い出したようにふと話しだした。


「そういえば、レン。昨日か一昨日くらいにエレナさんが教員宿舎から出て、自分のお家に引越したそうよ。」


「え、そうなの。知らなかった。」


 レンは新たにとったパンに1口かぶりつき、噛みながら少し考えたが、すぐに察しがついた。

 おそらくエレナは、本が部屋に入りきらなかったのだろう。教員宿舎の彼女の部屋には、本を借りるために何度か立ち寄ったことがあったが、ただでさえ狭い部屋なのに、かなり大きい本棚が3つもあり、かなり窮屈だったのを覚えている。


「確か、山の森近くの家らしいよ。村長の牧場の近くかな。」


 ミランダが言葉をつなぐ。

 口に入れていたパンを食べ終わるとレンは口を開いた。


「教えてくれてありがとう。ちょっとエレナ師に聞きたいことがあったから、助かったよ。前の宿舎の方に行くところだった。」


 明日、早起きして学校が始まる前にあのことを聞きに行こう、と考えると高揚感で胸が震えた。


  「どうせまた本の話なんでしょ?」


 ミランダが眉を上げ、にやりと笑いながら呆れたように言った。

 もう日常茶飯事なので、彼女はお見通しだった。


「レン、勉強熱心なのはいいが、あまり夜更かしするんじゃないぞ。お前はまだ子供なんだから。子供はしっかり寝ないと大きくなれないぞ?」


 ホルムがやさしくたしなめる。まぁ、レンくらいの年頃は好きなことに夢中になるものだと、自身の経験も踏まえて理解しているため、彼も半ば諦めてはいるのだが。


「分かってるよ。今日は1冊でやめておく。」


 1冊というのは普段のレンにしては少ない方だが、あの本はなかなかに厚かった上、学問的な分野の本棚にあったため、理解にも時間がかかるだろう。一晩であれ1冊も厳しいだろうという予感はあった。


「それでももう少し控えるべきだと思うけどね?レンは本を読む時間を全く惜しまないんだから。」


 ミランダはいつも呆れた口調でレンのことをたしなめながら、内心は尊敬の眼差しで彼を見た。夢中になれることがある彼を、心の中で自分が羨んでいるのも自覚している。


「まぁ、夜更かしして寝てても、明日もちゃんと起こしに行ってあげるわよ。」


「一応、明日は早起きするつもりだけど、万が一があるから、そうしてもらえると助かるなぁ。ただ、扉を叩く力をもうちょっと抑えてもらいたいな。ウチは古いし、ただでさえミランダは馬鹿力なんだから…」


「もう!分かったわよ!明日はやさし〜くノックしてあげるわ。それで起きてこなかったら置いてくからね!」


 食事を終えたミランダは、レンのからかいに顔を少し赤くして言い返し、立ち上がった。そんな彼らのやりとりを仲が良くて結構だ、という思いで、ミランダの両親は微笑ましく見ていた。


 そしてミランダが自身の食器を片付けようと手を伸ばした時、カタカタカタ、と食器が小刻みに震えた。


「…?何かしら」


 彼女が怪訝に思って手を止め、他の者もその様子に気づいてそれぞれ手を止めた時、


 突然、床が大きく振動した。


「地震だ!!」


 全員が何が起こったかを素早く理解し、それぞれ反射的に動き出した。

 ホルムはすぐそばの窓を開け――もし地震で扉や窓の枠が歪んでしまうと出口が開かなくなる可能性があるため――脱出口を確保すると、既に他の3人が入ったテーブルの下にもぐりこんだ。


 4人はそこで揺れがおさまるのをじっと待った。

 棚に置いていた花瓶や食器が次々に床に落ち、割れた破片が飛んでくる。

 食器が割れる音。家が軋む音。外で何かが崩れていく音。

 レンは不安と恐怖で心臓の鼓動が速なるのを感じた。

 破片で怪我をしないだろうか。家は崩れないだろうか。

 皆、外側に背を向け、互いの体を抱き合って、どうしようもない恐怖にじっと耐えた。



次回からようやく物語が動く感じですかね…

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