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崖下の国   作者: 南戸由華
第1章 邂逅
4/7

授業

更新遅くなって申し訳ありません。まだ設定回ですね。

 

 村の北東にある林に入る手前で曲がると、学校の黒い屋根が木々の間から見えてきた。

 学校に着くと二人はそれぞれの教室に入って行った。


 レンのこの日の授業は歴史の授業だ。前日の夜からこの日の明朝までカリソナ王国成立の歴史を読んでいたレンは何か関係する話が聞けるかもしれないという小さな期待を抱いた。


 授業開始時間を少し過ぎて、学校で美人と評判の教師エレナが教室に入ってきた。


「遅れてごめんなさい。では、授業を始めます。本日はこの地の農業の歴史について話します。まず最初に、我が国の農業が始まったのはいつでしたっけ、ハシュール君?」


 この学年一番の秀才、ハシュールが質問された。彼は授業をサボりがちなレンとは違い、先生方のお気に入りだ。


「シーラ歴500年頃です。先生。」


 ハシュールが即座に答えると、エレナは満足そうな顔をし、黒板にチョークを走らせながら、口を開いた。


「その通り。ちょうど今から500年ほど前に、カリソナの北部で異国から農業が伝えられ、平地の多い地域で栄えるようになりました。それではここマードルに農業が伝わったのはいつでしょう、レン君?」


 これは 昨日読んだ本に書いてあった。レンは素早く答えた。


「我が国に農業が伝えられてから100年ほど後だと言われています。」


「その通りです。これは昨日のギリ先生の授業で教えたそうなんですが、昨晩読んだ本にでも書いてあったんですか?」


 エレナは含みのある笑みを浮かべて、レンを見た。レンの周囲の生徒がくすくすと笑うのが聞こえ、レンはむすっとした。


 勘違いして欲しくないのだが、この教師は割とレンのことを気に入っている。というより、気にかけているのだ。エレナも歴史という学問に携わる学者であり、読書することを重んじる教師である。


 決してこの言葉もレンを馬鹿にしようと思っているのではない。ただ、サボりがちなレンに対してもう少し学校に来てほしいという気持ちは込められているのだろうが。


 レンも様々な本を勧めてくれる彼女を――少し放って置いてほしいと思う時もあるが――好ましく思っている。


「はい、ここマードルで農業が始まったのは、シーラ歴600年頃だと言われています。この地には川はありませんが、一定規模の湧き水の池がこの地区の中に30ヶ所以上もあり、畑や生活水は皆ここから水を引いています。この地の人々は湧き水に生活を支えられているのです。」


 話を聞きながらレンは自分の家に一番近い、湧き水池を思い浮かべた。湧き水池の水はとても澄んでいて、そのまま飲むことができる。しかし、レンはここ二年ほど、湧き水池から直接水を飲むことも、汲むこともしていない。どうも、レンは湧き水池が苦手なようだった。池の水は恐ろしいほど澄んでいて、底を覗くと吸い込まれそうで、なんだか恐ろしいのだ。湧き水池は落ちたとしても、たいした深さはないというのに。


 その恐怖感は物心ついたときから感じていた。きっかけがなんだったのかは全く覚えておらず、自分が飲む水でさえもあの湧き水池の水だと考えると、飲めないわけではないが、若干の嫌悪感を覚えるようになった。


 昨日のギリ先生の授業を休んだこともそれが理由である。水が怖い、などとは誰にも言えず、ミランダにさえも言えていない。


「皆さんがご存知の通り、農業、またその農業で生み出した飼料を元手にした牧畜によって、ここマードルの生活は飛躍的に上昇しました。自分たちが生きていける以上に生み出せるようになると、この国の中央地区のアバランチに特産品として持ち込み、代わりにあるものを受け取るようになりました。」


 エレナ師は教科書に目を落としながら、そういうと、教科書を閉じ、顔の横に持ち上げて皆に表紙が見えるようにした。もう答えが分かっているであろうレンの方を見て、ふっと笑顔になった。レンも口だけで笑った顔を作った。


「そう、学問です。マードルは土地を活かして農業を発達させることができたのですが、アバランチは緑が少なく、農耕に適した土地も少なかったため、皆、考えました。どのようにすれば少ない生産力で自分達が生き残れるのか、他の国ではどのようにしているのか、徹底的に調査、研究しました。彼らは建築・水道・電気などの高度な技術や、他国との商売の方法を身につけ、この国に経済的安定をもたらしました。マードルは自分達の生産物をアバランチにもたらす代わりに、こうした技術などを学び、生活を向上させました。」


 エレナ師が黒板にチョークを走らせると共にノートにペンを走らせる音が響く。ある程度書き終わると、彼女はまた話し出した。


「アバランチの人々は技術や商売を学ぶ過程で、この大陸の歴史、地理、言葉…本当に多くのことを調べあげ、書物にまとめました。アバランチの中央図書館にはそれらの書物がひとつ残らず全て厳重に保管されています。この国の宝と言っていいでしょう。」


 あるワードにレンがぴくりと反応した。アバランチの中央図書館はかつてレンの父ハクが勤めていた場所だ。彼は基本ずっと中央区で住み込みで働いていたため、家には月に1回ほどしか帰らなかったが、レンは温和で、頭の良い父が好きだった。


 ハクは幼かったレンのもとに子供向けの本から、自分が研究している分野の難しい本まで様々な本を持ってきてくれた。レンは父が持ってきてくれた本は全て読んだつもりになっていた。


 しかし、ハクが家に持ち込んだ本は決してそれだけではなかった。2年前、ハクが死んでから少したったある日、レンは父の部屋の本棚で小さな手紙が本と本の間に挟まっているのを発見した。父からの手紙だった。手紙には、この家の地下に隠された書庫があること、そこへ降りる隠し扉がこの本棚の裏にあること、そして、そこにある本は全てお前のものだと書かれていた。自分の知識、研究の成果を全てお前に託す、と。


 以来、レンは膨大な書物の中から、自分の読みやすそうな本から手をつけ、難しいものは時間をかけ、ようやく本棚一つ分が読み終わろうとしていた。本棚は10以上あるので、まだまだ読む本はたくさんある。難しくて理解出来ないものも多かったが、いつかはそれら全てを読んで理解できるような学者になるのがレンの夢だ。


 授業は淡々と進んでいく。あと5分ほどで授業時間が終わるというところで、エレナがふと思い出したように生徒達に問いかけた。


「そういえば、これまで私達はこのカリソナ王国成立の歴史を学んできましたが、あなた達はこの大陸、現在のようなノーティラスができるまでの歴史は聞いたことがありますか?」


 唐突な問いに生徒達がざわめく。

 大陸の歴史?大陸ができるまで?レンも思わず首をかしげた。それは馴染みのない言葉であった。


 カリソナ王国、タンガル王国、その他2つの大国といくつかの小国が存在するこの大陸は人々にノーティラス(偉大なる大地)と呼ばれている。


「ノーティラスは始めから存在しなかったということですか?」


 1人の生徒が質問し、他の生徒も同じような質問を考えたのであろう、矢継ぎ早に質問が投げかけられることはなく、その答えを待つ雰囲気になった。


 エレナは初めて浮かべる疑問に目を輝かせる生徒達に微笑みを向けながら答えた。


「いえ、ノーティラス自体は始めから確かにここに存在しました。”始め”という定義も難しいですけど。ここでは人間が文字を使用し始めた頃としましょう。」


 エレナは教科書とはまた別の本を開いて、ページを繰っている。彼女自身もどうやったらうまく説明できるか考えながら話している様子だった。


「私が伝えたいのは、ノーティラスの内部の歴史です。私達の国ができるずっと前の。」


 本を見ていた顔を上げ、エレナ師は生徒達を見渡す。


「誰かご存知の方はいますか?」


 誰も手を挙げず、口を開こうともしなかった。そんなこと、聞いたことがない。

 エレナ師もそうだろう、といった感じで本を閉じ、時計を見た。


「ではそろそろ時間ですね。続きが気になる方は次の授業にも必ず出席し、しっかり授業を聞くこと、いいですね?」


 生徒達は皆こくこくとうなずいた。皆中身が気になるようだ。


 子供達は皆、学校でないとこういった学問的なことに触れることができないため、次のエレナの授業に来ないと、この答えは得られないであろう。ただ1人、レンを除いて。



次回少し進展する予定です。

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