本と少年
主人公が出てきます。
ドンドンドン!と玄関の扉を激しく叩く音でレンは目覚めた。
地下室天井近くにある唯一の窓から差し込む光が、宙に浮く埃の存在を顕にし、光の先は開いていた本の黄ばんだ白いページに落ちている。もう朝なのだ。手元に置いていたランプの火も消えている。ミランダに知られたら、火事になりそうで危ない、とまた怒られるだろう。
何はともあれ、無事に火事にならずこうして生きていることにぼんやりと感謝しながら両手を机の上についてゆっくりと体を起こした。
階段を上がり地下室を出て、地下室よりは澄んだ空気を少し吸い、玄関に向かう。扉を開けるとミランダが濃い茶色の髪をかきわける姿が目に入った。
「おはようレン!あなたまた書庫にいたのね。あんな埃っぽいとこで寝たら体に悪いって言ってるのに…。」
ミランダは怒ったような声でそう言った。レンが出てくるまでの時間から地下の書庫にいたことを推測したのだろう。口では怒ってはいるが、内心はいつものことだと諦めているのだろう。その愛嬌のある顔に困ったような笑顔を浮かべている。
「ごめんごめん。夜になってまた新しい本見つけちゃって…我慢できなかったんだ。なかなか面白かったよ。ミランダも読む?」
「読まないわよ。どうせとんでもなく厚い本なんでしょ。私、そこまで根気よく読めないわ。早く支度して、学校行くわよ。」
「そう言うと思った。」
本に関する自分の話をあしらいはするが、こうして朝起きれない自分を毎朝起こして学校に連れて行ってくれるこの幼なじみにレンは感謝していた。
レンはすぐに居間のテーブルに向かい、昨夜準備しておいた、参考書を入れた鞄を手に取った。玄関を出て、ミランダとともに学校に向かう。
地面には春の緑が広がっている。人がよく通る、草があまり生えていない道を彼らは歩いて行った。道端には小さな白い花が所々に咲き、緑の大地に白が映える。
彼らが住むマードルは、現在この大陸の4大国に数えられるカリソナ王国の20地区に分けられたうちの一つである。カリソナ王国の南端にあり、土地はかなり広いが、全人口1000人ほどの規模の小さな地区である。要するに、田舎だ。
東の隣国、タンガル王国との国境であるランパス連山の麓にあり、南と西は崖で土地が縁どられている。大きなつり橋一本で西の隣の地区とつながっているが、南の崖の先には何も無い。下に霧がかかった大地がそこにあるのが見えるだけだ。大地がどのような様子なのかは霧で全く見えない。はるか向こうに空とは別の青色が見え、それが海なのだと分かる。
マードルは緑豊かな土地であり、農業と牧畜が盛んで、村人の多くはカリソナ王国中央の都市に農産物を売ることで生計を立てている。
丘の上の村長の営んでいる牧場の牛たちを横目に見ながら、学校が終わったらチーズを買いに行こうかな、などとレンが考えていたとき、ミランダがふと思い出したように話し出した。
「そういえばレン、あなた昨日の農業の授業サボったでしょ!ギリ先生が怒ってたわよ!」
ギリ先生は学校の農業の授業の担当の1人で、現在、レン達上級生に畑への水の引き方を教えている。昨日は新たに作る畑の水引きの現場を見学し、体験するという内容だったのだが、レンは学校を途中で抜け出し、その授業の前に帰ったのだった。
「ごめんごめん。学校行く前に読んでた本の続きが気になってさ、我慢できなくって…。」
本当は別の理由があるのだが、自分でも理解できない理由なので、誰にも、ミランダにも言わない。
「また本なのね。レン、書庫を見つけてから、ずっとそればっかり。好きなことに没頭するのはいいけど、授業をサボるのはよろしくないわね。もう15歳になるんだから、そろそろ真面目に仕事を覚えないと。」
ミランダはため息をついた。
この村では16歳まで学校で主に文字や仕事のやり方を教わり、17歳にはもう働ける者として、農場や牧場で雇われ、村の商いのために働く。レンとミランダは今年15歳になり、本格的に仕事を勉強しだす時期であった。
しかしレンは、自分の家の地下室を発見してから、本の虫になってしまったのである。朝昼晩、学校の合間をぬって2年近くほとんど毎日読み続けているが、まだまだ読み終わらない。そんな大量の本を、村では数少ない学者であったレンの父、ハクは遺したのであった。
レンは村の誰でもやれるような農業、牧畜に従事することがなんとなく嫌で、父のような、国の中央都市、アバランチで働く学者になりたいと思っている。だから、仕事の内容に本格的に入りだした学校の授業に出る気がしないのだ。
しかし、やはり学校を卒業しないと中央で学者として雇ってはもらえない。両親のいないレンを気遣って、ミランダの両親がご飯を作ってくれたり、こうしてミランダが学校に送り届けたりと世話をしてくれるおかげで、レンはどうにか学校に行くことができていた。
読んで下さりありがとうございます。次回も設定が多くてつまらないかもしれないです。