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ひとつめ

「…超能力、ですか」


 ボクは目の前の女性にそう尋ねた。その女性はメガネに少し着崩した白いブラウス、長い髪を後ろで束ねている。なんというかあまり身だしなみには気をつけていないように見えた。


「俗っぽく言うとそうなるかな。具体的には見た相手のや物の過去や未来を見ることができる能力、なんだけど」

「…にわかには信じがたいですが」


 就活に来たはずの僕は突然のオカルトに多少面食らっていた。いや、この人に関しては変わったうわさを人伝いに聞いてはいたが、まさか超能力とは。そんな僕の内心を知ってかしらずか、彼女は話を続ける。


「まあ宇宙開闢からこの世の終わりまですべてを見通せる、というわけじゃないらしい」

「そんな力があったら大変なことですよ」


 もしそんなことができたら政治も経済も学会やその他もろもろも、全て思うがままではないか?いやそれとも世界の行く末に絶望してしまうか…


「せいぜい見たモノの数時間から数日前、また数時間から数日後のことが見えるそうだ」

「それでもすごい能力と思います、が、すこし曖昧ですね」


 過去や未来がどれくらい見えるかってことはどう決まるんだろうか。まあもともと眉唾な感じではあるし、そういうものといってしまえばそれまでだろうが…。


「仕方ないだろ?もともと彼女はコミュニケーションが苦手でな。これだけ聞き出せるくらいなついただけでも結構すごいと思うぞ?」

「なつくって、そんな子供や犬猫みたいに…」


 彼女の後ろに控える女の子は、それでもそこまで幼くは見えない。おそらくは高校生程度ではあるまいか。


「いや実際猫みたいなもんさ、気まぐれだし、それに抱いて寝るとあったかいぞ?」

「ちょ、抱いて寝るって…」

「私は見てくれがよければ男でも女でもいけるのが自慢でね。それになにも男女でなければいけないということもなかろう?」


 突然何を言い出すのだこの人は。


「えっと、本気ですか?」

「ふふ、うらやましかろう、春見君?」


 確かにボクは彼女いない暦イコール年齢ではあるが、いやしかし…。


「…ノーコメントで」

「さて本題だが、春見君はほんとにうちで働こうってのかい?」

「そのつもりで今日は面接に来たんですけど…」

「けど?」

「いえ…」


 言葉尻が曖昧になるのは悪い癖だな、直さなければ。


「意中の女の子が私のものになってしまっていて萎えてしまったかい?」


 そもそもその子のことはほとんど知らなかったのであるし、


「…女性相手に嫉妬しようとは思いませんよ。ってそうでなくて!気は変わってません。ぜひお願いします」


 実際探偵というものに興味があったというのもあるが、なんとなく周りの友達のように普通の仕事(用は会社勤めのサラリーマン)に就くのがいやで、父の伝でこの探偵社の門をたたいた。もちろん普通のサラリーマンというものを卑下しようってわけではない。

 まあなんというか、ただ、ここまで平凡だった自分の人生で一度くらいは変わったことをしてみたかったのだ。まあそれが就職となると自殺行為化とも思うのだが、一回きりの人生というやつだ。


「ま、誰あろう春見君の親父殿の頼みでは働かせるのはやぶさかではないが、あんまり稼げんぞ?」

「わかってますよ」


 儲からないであろうことは事務所を見てなんとなくわかった。狭い部屋に薄汚れた応接机、椅子。本棚とそこからあふれたよくわからない資料たち。

 儲かっているならそれこそもう少しでも広いところに越せばいい。


「あら、しつれいしちゃうわね」

「自分でいったんじゃないですか…はぁ」


 さすがにほんとにここで大丈夫かという気がしてくる。


「冗談よ。ではこれからよろしくな、春見君?」


 でももう決めたのだ、この人の下で働こうと。


「はい、よろしくお願いします。美子(ミコ)さん」

「おっと、ここでは一応所長と呼んでくれたまえ、助手一号君」




「で、彼女がその…」

「ああ、私のパートナー、公私共々な、ふふふ」

「それはもういいですから」


 ボクは結局本気かどうか怪しい彼女の言を軽くあしらう。


「連れないな君は、それではうまく生きてゆけぬぞ?」

「うまく生きようと思ったらまずここにはきませんて。それよりはなしを先に進めてくださいよ」

「むぅ、年上相手にも容赦なしだな。まあいい、彼女が夜見(ヨミ)だ。ヨミの力のおかげでまあこの探偵社は持っているといって間違いないな」

「…」


 ヨミと紹介された彼女は照れた様子で顔を赤らめた。しかしずいぶんはっきり言うな。そんなにこの子の能力はすごいのか。

 見た感じは普通の女子高生。セミロングより多少短めに切りそろえられたショートヘア。服装はパーカーにショートパンツ。普通の女の子に見える。


「えっと、よろしくね、ヨミちゃん。ボクは春見 (ジュン)

「…ちゃん付けとかきもーい」

「ミコさん、茶々いれないでください」


 と、ミコさんをたしなめるが、話しかけたその子は、小さくうなずいただけだった。


「じゃ早速仕事してもらおうかしら、見習い一号君?」

「さっきと呼び方変わってませんか、所長。で何をすれば?」


 入ったばかりだが何かできることがあるのだろうか。


「犬探しよ」

「へ?…えっと犬、ですか?」

「そ、犬探し。」

「…」


 てっきりお茶くみやら掃除やらの雑用と思っていたが、早速仕事を任されるのかとあっけにとられ、何もいえずにいると、


「あ、犬探しを馬鹿にしてるわね!?探偵ってのは漫画みたいに殺人事件の解決なんてしないのよ!?犬探しに始まり犬探しに終わるといっても過言ではないわ!!」


 どうやら犬探しに不満があると思われてしまったらしい。


「…いや、さすがに殺人事件はないってのはわかりますけど。まあいいです。どんな犬を探すんですか?」

「ちょうどあなたが来る前に依頼主が写真をおいていったわ。この犬よ」


 犬にはあまり詳しくないボクだが、茶色の、プードルという犬種だろうということはわかった。


「どの辺りを探せばいいですか?心当たりや手がかりは?」

「それくらい自分で考えなさい、弟子一号君?」


 さすがにもう呼び名には突っ込まない。


「えっと考えろといわれても、ボクはその依頼主にもあってませんし、話も聞いてないのに」

「新人一号がナマ言ってんじゃないの!所長命令は絶対よ!レッツゴー!」


 そしてボクは、半ば事務所を追い出されるように犬探しに出たのであった。





 そして数時間、あたりをさまよった後、事務所に戻った。と、二階にある事務所から階段を下りてくる婦人が目に留まる。その腕には、写真で見たプードルが抱えられていた。


「ありがとうございました~またどうぞ~」


 所長が探偵っぽくない接客をしているのが聞こえてくる。ボクは思わず所長に駆け寄った。


「あ~遅いぞ、森川君」

「…ボクは春見です。ってそんなことはどうでもいいです!犬!見つかったんですか?」


 ボクは何時間もあたりを走り回っていたのに、いったいどうやって?探すあてでもあったんだろうか。


「…ま、ヨミの能力でちょいちょいっとね」

「…能力、過去と未来を見るチカラですか」


 ボクは恐る恐るたずねた。


「そ、写真の犬をじっと見てたら、居場所が浮かんだみたいよ。実際そこにいたし」

「…サイコメトリーみたいなものですか?」

「さぁ?よくわからないけど、これがあの子の能力ってわけ。分かったかしらん?」


 …目の当たりにしたわけではないが、現に犬は見つかった。彼女の能力はホンモノということだろうか。いやというか…


「そんな簡単に見つかるなら先に行ってくださいよ!走り回ったボクがバカみたいじゃないですか!」

「いきなし人を頼ろうとするからよ、それに若者は走り回って大きくなるものだわ!」


 何だその理屈は、とおもったが、まあ確かに自分で何も考えず答えを求めようとしたのは悪かったか…。


「とまれ、今日のお仕事はここまでね。報酬ももらったしハルミンの歓迎会でも行きましょうか。久しぶりに肉が食べたいわ!ヨミもそれでいい?」


 ヨミちゃんはこっくりとうなずく。

 …何とか初日は終わったということか。ボクはこれからこの探偵社で、この人の下でやっていけるだろうかと一抹の不安を覚えた。

 が、今までにはなかった“何か”がここにはあるような気がして、ほんの少し、本当に少しだけ、ここに来てよかったと思った。


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