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11人目の側妃  作者:
第2章 過去との決別
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 「た、ただいま」

 城を出る直前に送り出した使者からの書状を握り締め、震えている父を前に、リリーは申し訳なさそうに作り笑いを浮かべた。

 「初めまして、コンベルト卿。いえ、父上とお呼びしても宜しいですか?」

 いつもの爽やかな笑顔を浮かべたデューク国王陛下は、キラキラしたオーラをいつも以上に放出している。眩しい。

 「身に余る光栄です」

 恐れ戦き、汗を拭いながら深々とお辞儀をする父。笑顔の貴公子を直視できる一般市民など皆無だ。

 結局、デュークの公務の都合で、里帰りは話を切り出した翌日に決まった。準備等に手間取り、実家への連絡もギリギリになってしまった。

 余程慌てたのだろう、とっておきの一張羅を着ている父のタイが曲がってしまっている。

 3年振りの再会がこのような形になってしまって、申し訳ない。

 父への視線に「ごめんね」と乗せると、「なんとかなるさ」と頼りない愛想笑いが返ってきた。

 挨拶もそこそこに、右手と右足が同時に出る不自然な歩行で応接間まで案内された。

 リリーの生家は街中でも指折りの大きな屋敷だ。廊下の壁には絵画が飾られ、多くは父が好きな海と帆船を描いたものだ。鮮やかな青が美しい。

 3年前と何も変わらない装飾の応接間に、ほっとする。

 革張りのソファは大人なら5名程が腰かけられる長さはあり、2脚が向かい合って置かれている。ガラスのテーブルの上には、薔薇の花が活けられている。

 「どうぞ」

 一足先に屋敷に戻ったジュリアがお茶を淹れてくれた。

 他の侍女たちは恐る恐るドアの隙間からこちらを伺っている。皆「国王は一目見てみたいが、恐れ多くて室内には入れない」といった様子。目が縦にいくつも並んでいる。

 「面白い使用人だな」

 こっそり耳打ちするデュークは、明らかにこの状況を楽しんでいるようだ。

 国王の突然の訪問に動揺するのは当たり前だ。少し腹立たしくなり、デュークからぷいと顔を背ける。

 「悪気はないんだ、怒らないでくれ」

 珍しく下手に出る彼に驚く。彼にとっても婚約者の実家は、いつもと状況が違って落ち着かないようだ。そんな素振りはほとんど見せないが。

 1人、また1人と家族が部屋に入ってくる。

 ミーハーな侍女たちを父が追い払い、ドアの向こうが静かになる頃に、ようやく家族が全員集合した。

 少しだけ緊張の解けた父が家族を並べ、紹介する。

 「私の隣から、妻のケリー、長男のアレックス、次男のダイモン、次女のマリー、三女のメリーです」

 長女はリリーである。上からも下からも3番目、真ん中だ。

 3姉妹はいずれも母に似ている。目がくりっとしている辺りが特にそっくりだ。

 「初めまして、デュークです。どうぞ、宜しく」

 目も眩む外面スマイルに、兄たちは震え、母と妹たちは目をハート型に変えた。

 生真面目な男性陣、ミーハーな女性陣。変わっていない家族の様子に、思わず笑みがこぼれる。

 一般市民に対して、デュークは紳士的に接する。決して王族であることを鼻に掛けはしない。それが『人たらし』の所以である。

 デュークが自らの家族に対して礼儀正しい態度をとってくれることを、リリーは嬉しく感じた。同様に、家族がデュークへ好印象を抱くことも。

 その時、ちょうど良い匂いが漂い始めた。

 「妻の自信作です」

 得意そうに勧める父の言葉と共に侍女が運んできたのは、お手製アップルパイ。子供の頃からリリーの好物だ。

 「とっても美味しいですよ」

 「それは楽しみだ」

 美味しいお菓子も功を奏し、徐々に場が和んでいく。

 初めこそ強張った顔をしていた兄たちにも笑顔が見え、妹たちは早速デュークの両サイドを陣取り、あれこれ質問をしている。ミーハーな2人の娘が国王に失礼なことを言わないかと父は1人おたおたしている。

 「リリーの幼い頃の話を聞かせてくれないか?」

 自身への質問には答えず、さらりと話題を逸らすデュークはさすがだ。だが、妹が恥ずかしいことを言わないかとリリーは父同様、内心気が気でない。

 たじたじなリリーを見て、デュークは楽しそうに笑った。


                    ☆


 結局、近くに座っていても落ち着かないので、リリーは敢えて少し離れた椅子に移った。すぐに母とアレックスが目の前にやって来る。

 「元気でやっているの?王宮の生活には慣れたの?」

 「大丈夫よ、お母様。相変わらず心配性なんだから」

 「それは心配もするわ。まさか王宮に嫁がせることになるなんて、夢にも思っていなかったんだから」

 デュークを意識し、声を小さくする。驚いたような顔を作る母を見て、苦笑してしまう。表情がコロコロと変わるところが母のお茶目なところだ。

 「でも、そのお陰で我が家は安泰さ」

 嬉しそうな兄の言葉に、引っ掛かりを覚えるリリー。

 「どういうこと?」

 リリーの反応が意外だったのだろう。「まさか聞いていないのか?」とアレックスは身を乗り出した。

 「お前を嫁がせた途端、父上は爵位を賜った。男爵だ」

 「えっ!」

 「仕事に関しても、うちの商品は王室御用達の看板を頂いて、方々で優遇して頂いている。今では名実共に、国内で最も力のある商家だ」

 寝耳に水である。

 嫁いだ当初、他の側妃のように裕福な貴族が生家ではなかった。だからといって、わざわざ生家に爵位を与えたり、仕事に温情を掛けたりするものだろうか。

 そもそも、リリーは忘れ去られた11人目の側妃だ。恩恵を預かる理由がわからない。

 リリーが首を傾げていることにはお構いなしに、兄は更に頬を上気させる。

 「何より、お前がエドワードと結婚しなくて済んで、本当に良かった」

 「え……?」

 思い掛けないタイミングで登場したその名。しかも、結婚しなくて良かったなんて。

 母までもが頷いている姿に、再び衝撃を受ける。

 あの頃は、あんなに良好な関係だったのに。

 エドワードが屋敷を訪れる度に、兄は彼の肩を抱き、母はお手製のアップルパイを焼いてもてなしていた。

 温かな光景が脳裏に蘇り、胸が締め付けられる。

 「どうして――」

 理由を問おうとした言葉は、突如廊下の喧騒にかき消されてしまった。

 「お待ちください!」「ご主人様は来客中で!」という侍女の叫びが廊下に響き、その喧騒が徐々に近付いてくる。

 何が起きたか分からず、身を固くし、ドアの方を見つめる。

 椅子から立ち上がった兄はドアの方へ駆け寄ろうとし、妹2人はちゃっかりデュークの腕に抱き付いている。

 数秒後。

 バンッと勢い良く応接間のドアが開かれた。振り払われたらしい数名の侍女が、廊下に倒れている。

 ズカズカと部屋に入ってきたのは――彼の人だった。

 「エドワード様……?」

 背が高く、ひょろりとしている彼。

 美男子ではないが、優しく、人懐こい彼。

 記憶の中の姿と重なり、思わず口からこぼれる名前。リリーの心に長年居続ける、大好きだった元婚約者。

 だが、姿が重なったのは一瞬だけだった。

 髪を振り乱し、目を吊り上げ、険しい顔をしている。このようなエドワードの姿を見たのは、初めてだった。

 「コンベルト卿! どうか今月の代金の支払い期限を延期して頂けませんか!」

 周りを見もせず、一目散に父の元へ掛け寄り土下座する。

 途中テーブルにぶつかり、カップや皿が割れたが気にも留めていない。

 彼は床に頭を付け、形振り構わない様子で叫ぶ。

 「エドワード、今来客中だ。こんなところで止めてくれ」

 「そんなことを仰らないでください! 他への支払いの期限も今日までで……とにかく時間が無いのです!」

 父の足に縋りつく彼を兄2人が引き剥がそうとする。けれども必死に暴れ、外へ連れ出されまいと懸命に抵抗している。

 呆気にとられていたリリーは、不意に顔を上げたエドワードと目が合ってしまった。さながら、野生の狼が獲物を見つけたような瞳の輝きに萎縮してしまう。

 まさか、このタイミングで気付かれるなんて。

 心苦しく顔を背けようとするが、それより早く、兄の腕から逃れたエドワードがリリーの元へと駆け寄る。

 「リリー! リリーなのかい! 久しぶり!」

 わざとらしいくらいに、にっこり笑みを浮かべる彼に、両手を握り締められる。あまりの強い力に、顔をしかめそうになる。

 「お、お久しぶりです、エドワード様」

 大好きだったはずの笑顔。夢にまで見た感動の再会。

 まさかこんな形になるなんて。

 全く心が躍らない。

 記憶の中の彼は、毅然とし、いつも優しく微笑んでいた。身だしなみにも気を配り、礼儀を重んじる人だった。

 目の前のエドワードとは、かけ離れている。

 3年振りに再会したリリーを愛でるでもなく、気遣うでも無く。エドワードはリリーの父への交渉のこと以外頭に無いようだった。

 「君からもお父上に頼んでもらえないか? 昔のよしみで頼むよ!」

 少しやつれただろうか。目を見開き、一層手に力を込める。鬼気迫る表情に、恐怖すら覚える。

 以前の彼なら、決して乱暴で子供じみた行動はとらない。何がこんなにもエドワードを変えてしまったのだろう。

 ――もう、あのエドワードはいないのだ。

 急速に心が冷え込んでいく。

 リリーが憐れみの目を向け、拒絶の言葉を口にしようとした時、突然後方から肩を強い力で引かれた。

 同時に握られていた手も振り払われる。

 リリーの肩を抱く腕は、とても力強い。思わず、ほっとして体の力が抜けそうになる。

 「デューク様」

 そっと顔を見上げると、怒ったような、心配しているような顔をして、リリーを見つめている。

 「大丈夫か?」

 気遣いが嬉しい。リリーは小さく頷いた。

 デュークは頷き返すと、間髪入れずエドワードに向き直る。不気味な笑顔。

 「貴殿がエドワードか」

 「え、ええ……」

 警戒を露わにするエドワード。弾かれた手をさすりながら、デュークを凝視する。今ようやくその場に彼が居たことに気付いたのだろう。

 エドワードの視線を気にする様子もなく、デュークは続ける。

 「この振る舞いは、いささか横暴だな。他人の家に勝手に入り込み、周囲を気にせずに大きな声で騒ぎ立てる。紳士としてあるまじき行為では?」

 「そんなこと、気にしている場合ではないんだ! 部外者は黙っていてもらいたい!」

 自分と同年代の見知らぬ青年に咎められ、エドワードは顔を赤くして怒鳴った。礼節を欠いていることは自覚しているようだ。

 2人のやりとりを見守っていた周囲は、どんどん顔が青くなっていく。知らないとは言え、国王に対してあまりに無礼だ。

 さすがにこのままでは良くないと判断した父が口を挟む。

 「エドワード! その方は――」

 片手で父を制す。

 父が押し黙る様子を見て、デュークがただ者ではないと悟ったようだ。さすがに周りからの空気を感じ、エドワードも口をつぐむ。

 「第3代国王、デュークだ」

 エドワードの顔をしっかりと見据え、笑顔のまま、ゆっくりと名乗る。

 「国王陛下っ!?」

 驚愕し、顔がみるみる青冷めていく。

 デュークは怖いくらいの笑顔を貼り付けながら、笑っていない目で射る。声色をぐっと落とす。

 「俺の婚約者に気安く触れるな」

 威圧的な視線に圧倒され、エドワードは後退る。腰を抜かし、その場に尻もちを着いてしまう。

 恐るべし、ブラック王子。

 不意に、デュークがリリーの肩を抱く手に力を込め合図を送った。顔を見上げると「今だ」と合図をされる。

 静かに頷く。

 兄2人に押さえ付けられたエドワードに向かう。

 「エドワード様」

 ぼんやりとした瞳のまま、エドワードがリリーを見上げた。

 見つめ合う。

 「3年前の、私と交わした約束を覚えていらっしゃいますか?」 

 「約束……?」

 首を傾げるエドワード。

 3年前の別れの日。お互い涙を堪え、手を握り合った。最後に交わした約束。

 ――沈黙が長い。

 思案しているようだが、一向に答えが出ない。

 「……」

 やがて、リリーは目を閉じ、首を左右に振った。――諦めた。

 「忘れて下さい。引き留めてしまって、すみませんでした」

 引きずられていく彼には、もはや抵抗する気力も無いようだ。

 儚げな頼りない彼の姿を見つめながら。

 リリーは、心の中で小さく告げた、「さようなら」と。

 エドワードが退室したことで、ようやく室内に安堵の空気が流れる。

 「見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」

 頭を下げる父に「気にしておりません」と返事をする間も、デュークはリリーの肩から手を離そうとはしなかった。

 侍女が手際良く割れた食器を片付け、新たなお茶を用意し始める。

 「先程はありがとうございました」

 デュークがいなかったら、エドワードをあれ程あっさりと引き下がらせることはできなかったかもしれない。あの約束のことを確認することも。

 こうして肩を抱いていてくれるのも、リリーを安心させようという彼の優しさだろう。

 「気にするな。当たり前のことをしただけだ」

 照れを隠すために顔を背ける。その姿を可愛いと思っていることは内緒だ。

 デュークの優しさ。冷え切った心が、ほんの少し温かくなる。

 「お茶の用意ができました。どうぞ、お座りください」

 「はい」

 父の勧めるまま、2人はゆっくりとソファに腰かけた。


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