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11人目の側妃  作者:
第2章 過去との決別
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 「このままで良いのかしら」

 ぼんやりと窓から庭を見下ろしながら、リリーは思いを口にしていた。

 庭師がせっせと花壇に花を植えている。花の色さえ、リリーの目には留まらない。

 冷めた紅茶のカップは、口も付けられず、テーブルに載せられたままだ。

 ――国王の即位式から10日。

 前国王の崩御という悲しみを吹き飛ばすよう、式典は豪華絢爛に執り行われた。

 城の中で最も広いセレモニーホール。色鮮やかな花が幾多飾られ、広間はリボンで装飾されていた。国内外から招かれた多くの来賓達は皆着飾り、式典に華を添えている。

 リリーは王族席に参列していた。ミノン妃をはじめ、多くの王族が参列している最端に腰を下ろす。

 不思議なことに、元側妃として参列しているのは3人のみだった。

 後に聞いたところ、昨晩遅く、数名の側妃が突然実家へ帰るよう命じられ、今朝後宮を後にしたとのこと。「デューク王子、恐るべし……」とジュリアが身震いしていたが、リリーにはピンと来なかった。

 リリーは淡いエメラルドグリーンのドレスを身に纏った。レースが幾重にも縫い付けられ、裾がふんわりとしている。栗色の髪は緩やかに上でまとめられ、大きな白い花を挿している。 

 胸元を飾るのは、あのネックレスだ。

 その場にいる誰もが、広間の中央を一心に見つめた。息を呑む。

 赤い絨毯に跪き、王冠を頂くデューク。

 窓から降り注ぐ陽光の下、全てが煌めいている。

 輝く金の髪も、整った容姿も、洗練された動きも。いつも以上に煌めいて美しい。若々しさを感じるのに、威厳をも兼ね備えている。

 新しい国王の誕生。

 しばらく空席だった玉座に向かい、ゆっくりと階段を上る。高い位置からデュークが参列者を振り返ると同時に、割れんばかりの拍手が送られる。

 爽やかな微笑みを湛えたデューク国王。その場にいる誰もがその姿に魅入られる。

 リリーも違わず、その内の1人だった。目が離せなかった。

 「息を吸うのを忘れてしまいました」と即位式の後、デュークに伝えたら馬鹿にされてしまったが、本当にそう思ったのだ。見惚れてしまったことは、悔しいので伝えないが。

 普段の「ブラック王子」と同一人物とは思い難いが、これが本来の彼である。

 デュークと視線が交わされる。こんな大人数の中だというのに、リリーの姿を認め、頷いてくれた。

 ああ、この人の妻になるのだ。

 リリーは誇らしくなり、嬉しくなり、小さく胸を張ったのだった。

 ――だが、このままで良いのだろうか。

 式典以降、リリーは思い悩む時間が増えている。

 理由はわからないが、デューク国王の妻になることは決定事項らしい。国王の命令に背く程、リリーは愚かではない。

 それに、デュークのことを「夫」として意識し始めている。2人で過ごす時間に比例して、デュークの人となりを知り、少しずつ距離を縮めている。

 だが心の中にはまだ、彼の人がいる。

 瞳を閉じると浮かぶ、優しげに微笑むエドワード。だいぶ姿が朧げになってしまった。

 彼のことを3年間想い続けた。待っていてくれるという約束を信じて。

 「このままでは良くないわ」

 前に進むためにも、自分の気持ちを整理する必要がある。

 このままではデュークにも、自分自身にとっても良くない。

 それに、エドワードをずっと待たせておくことも。もう彼の元へ帰ることは叶わないだろうから。彼にも結婚をし、幸せになってもらいたい。

 リリーはスッと顔を上げた。


                    ☆


 「お願いがあります。結婚の前に、1度実家に里帰りさせて頂けませんか?」

 単刀直入。夕食が始まるや否や、リリーは話を切り出した。言いたいことを言い終えないと落ち着かず、食事も喉を通りそうにない。

 フォークとナイフを持つ手を下ろし、デュークは片眉を上げた。

 「何用だ?今更ホームシックにでもなったのか?」

 リリーがお願い事をすることが珍しかったのだろう。あっさり承諾してもらえると思っていたリリーは、動揺した。

 「い、いけませんか? 家族に会いたいと思うくらい」

 さすがに、エドワードに会いに行くためだとは言えない。

 さりげなく視線を泳がせたことをデュークは見逃さなかったようだ。「それだけか?」と更に念を押す。ギクリと体を強張らせたことには気付かないと良いのだけれど。

 背もたれに体を預け、両腕を組むデューク。何やら思案している。

 「ああ、そういうことか」

 彼の独り言。そっと彼に視線を戻す。目が合った瞬間、さらりと口にする。

 「元の婚約者にでも会いに行こうと思ったのか」

 「なっ何故それを!?」

 驚きのあまり目も口も全開だ。デュークは心が読めるのだろうか。

 「図星か」

 ふんと鼻を鳴らし、ニヤリと微笑んだ。

 敗北感。悔しくてリリーは自然とふてくされた顔になる。

 「最近ボケッとしていることが多いから何かあると思っていた」

 「ボケッとなんてしていません。その……ちょっと考え事をしていたのです。どうして私に婚約者がいたことをご存じなのですか?」

 「王妃になる者の身辺調査を行うのは当たり前だ」

 確かに。

 「それで?俺の妻になるというのに、他の男に会いに行こうとはどういう訳だ。未練があるのか?」

 「未練ではありません」

 デュークには何も隠し事はできそうにない。素直にお願いした方が賢明だ。

 深呼吸し、デュークに向き直る。

 「きちんとお別れを言いたいのです。彼は私を想い、未婚のままでいてくれると約束をしてくれました。私が後宮から戻って来る奇跡を願って、待っていてくれると。後宮での鬱々とした日々を支えたのは、その約束でした」

 口元に指を当てながら、しっかりと話を聞いてくれる。

 「けじめをつけなければと思ったのです。これ以上、彼を縛りたくありませんし、私自身、もう彼を心の拠り所にはできないと。だから、最後に一目会って、ちゃんとお別れがしたいのです」

 「……憎いな」

 「え?」

 あまりに小さなデュークの呟きを聞き逃し、問い直しても「いや、何でもない」と被りを振って答えない。上体を元に戻す。

 「わかった。許してやる」

 気持ちが伝わった。意外と寛大な心の持ち主ではないかと、リリーはパァッと顔を明るくした。

 お礼を述べようと口を開く。

 「ありがと――」

 「ただし、俺も一緒に行く」

 言葉を遮られたことにより、一瞬思考が止まる。

 「え?」

 「お前が想い続けたという男に会っておくのも悪くない」

 一体どこに、元婚約者に会いに行くのに付いて行きたがる婚約者がいるだろう。唖然としている間にベルを鳴らし、執事を呼んでいる。

 「それに、お前の実家には1度挨拶に行かなければと思っていたからな。善は急げ、今週中には行こう」

 「ええっ!?」

 リリーの事などもはや視界に入っていない。

 執事が部屋に入るなり、手帳を開き2人で予定の調整を始めている。

 こんなつもりではなかったのに。

 呆然とした気持ちでリリーは肩を落とした。


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