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11人目の側妃  作者:
第1章 2度目の転機
1/18

 「2代国王陛下が崩御されました」

 静かに、けれどはっきりと告げられた言葉は、その場に居た者全員を凍りつかせた。

 ある者は息をすることを忘れ、またある者は手にしていた扇子を落とした。

 王宮の中で一際豪華なホールである。煌びやかなシャンデリア、螺旋の階段は赤い絨毯が敷いてあり、大理石の床は汚れ一つない。テーブルは部屋の隅に寄せて片付けてあり、カーテンを開いた窓からは、日光が差し込んでいる。

 「どういうことです? 昨日の舞踏会では、あれ程お元気でいらしたのに……」

 ホールの中央には12脚の椅子が用意されている。最前列に1脚、次列に2脚、その後ろに9脚が横並びだ。

豪華な装飾を施された椅子には、12名の女性が腰かけている。

 豪華なドレスを身に纏った美しい貴婦人たち。きっちり化粧を施し、髪を結い、宝石を身に付けている。誰もが突然の呼び出しとは思えない程、完璧な出で立ちだ。

 最前列の女性の言葉に端を発し、女性たちは口々に困惑を訴える。

 震えている者もいれば、真っ赤な顔をして立ち上がる者もいる。

 そんな貴婦人たちを一蹴するかのように、先程と同じ静かな言葉。

 「今朝、侍女が陛下にお目覚めのお茶をお持ちした時には、既にベッドの中で息を引き取られた後でした」

 貴婦人たちの前に立った老紳士によるもの。この国の宰相であり、王宮の中でも指折りの古参の家臣だ。杖こそついているが、まっすぐに伸ばされた背筋からは威厳が感じられる。

 彼は徐に後ろを振り返った。一段高い位置にある玉座は、今は空席だ。

 震える肩を隠すように、深々と礼をする。

 「後程、順にお呼び致しますので、陛下とご対面なさってください。最後のお別れを」

 誰もが現実なのだと受け止め始める。

 静寂が通り過ぎると、誰からともなくすすり泣きが聞こえ、嗚咽になり、「どうして」と叫ぶ声がホールに響き渡った。誰もが顔を両手で覆い、涙に暮れた。2列目の女性は気を失い、侍女たちに自室へと運ばれていった。

 泣き喚く女性たちの中で―――最後尾の最端に腰掛けていた妃、リリーだけは、ただ静かに俯いていた。


                       ☆


 アドリアーノ王国。

 初代国王により、隣国から平和的独立を果たした年若い小国である。

 海に面した立地を活かし、商業に力を入れ、諸外国との貿易を盛んに行っている。城下町は活気に満ち、手に入らない物等無いと思われる位、様々な品物が商店に並んでいる。

 初代に負けず劣らず、2代国王も賢王だった。政治に明るく、法整備に注力し、国の治安を安定させた。

温厚な人柄と整った容姿も相まって、国民からの人気はとても高かった。

 だが、そんな2代国王にはどうしても治らない悪癖があった。

 ――とにかく、女好きだったのである。

 一目見て気に入った女性には、積極的且つ執拗にアプローチを繰り返し、後宮に迎えようとするのだ。人目も憚らず愛の言葉を囁いて贈り物をする王。頬を染めて頷かない女性はいない。

 「娘を妃にしたい!」貴族たちは娘を着飾ることに躍起になった。一流のドレスとアクセサリーをこぞって買い求め、人気のある美容師は一生かかっても使いきれない報酬で雇われた。王の女性の好みが記された書物は、常にベストセラー。

 けれども、大きな障壁が立ちはだかる。正妃のミノン妃だ。2男3女を儲けた妃は不動の地位で、王であっても無視はできない。

 彼女のお眼鏡にかかった女性だけが後宮に入り、側妃となることができるのである。

 現在40代前半の国王の後宮には、正妃1名と側妃11名、計12名の妃が暮らしている。諸外国でも例を見ない妃の人数だが、これでも国王が後宮に入れたかった当初の人数の10分の1程度。国家予算の削減は、ミノン妃の尽力である。

 尚、側妃の中でも序列があり、子供を儲けた2名は他の9名より優位とされている。ホールでの椅子の位置は、この序列に基づいたものである。

 側妃の多くは貴族令嬢だ。美しく、教養もある。そして、プライドも高い。

 女性が集まる後宮は、表面上はとても華やかで美しく、誰もが羨む世界。

 けれど、裏の顔はプライドとプライドが火花を散らす、女の醜い戦いの場である。


                       ☆


 国王崩御の知らせを聞き泣き崩れる王妃たちの姿を見ながら、リリーは静かに俯いていた。

 待っているのだ、退室の合図を。

 ―――リリーは側妃の中で異色の存在だった。

 1つ目、外見。国王の好みはブロンドの髪のグラマラスな女性である。豊かな胸を強調したドレスを身に纏う王妃たちの中で、リリーは常に謙虚なドレスを身に付けていた。体型に恵まれていないのだ、残念ながら。しかも栗色の髪である。白い肌と新緑の瞳が印象的な彼女は、否応なく目立つ存在であった。

 2つ目、出自。リリーは貴族ばかりの妃の中で、唯一商家の出身である。リリー=コンベルト。コンベルト家はここ10年で大きく台頭してきた勢いのある貿易商だ。貿易により手にした財産は、今や貴族でさえ看過出来ないほどの影響力を持つ。

 3つ目、嫁いできた経緯。コンベルト家長女リリーは、17歳まで市民として平穏に暮らしていた。そんな日々が終わりを迎えたのは、3年前。会ったこともない国王の使者が突如訪れ、強引に王宮に連れ去られ、そのまま側妃に迎えられたのだ。噂のミノン妃チェックもなかった。いわば、誘拐である。ただこの誘拐後、コンベルト家には爵位が与えられたが、あまり公にはなっていない。

 そして、決定的な違い。リリーは一度も国王の寵愛を受けていない。つまり、嫁いで3年経った今も純潔の乙女のままだ。甘い言葉を掛けられたことさえない。顔も公の場で合わせる程度である。リリーが側妃になったことさえ、使者の間違いだったのではないかと、実しやかに後宮では囁かれている。

 「では、妃殿下方は一度自室へお戻りくださいませ」

 老宰相が告げ終えるや否や、リリーは立ち上がり、足早にホールを後にした。

 他の妃同様、リリーも正装している。

 スカートの裾を持ち上げ、ヒールの高い靴を履いているとは思えない速さで廊下を進む。すれ違う誰もが一瞬息を呑む。

 後ろから同じ速度でついて歩くのは、侍女のジュリアだ。振り返らなくてもわかる。この速さについてこられる侍女は他にいない。

 リリーの部屋は後宮の中でも最奥に位置する。日当たりは良いが、こぢんまりとしていて、訪れる者はほとんどいない。

 バンッ。勢いよく部屋のドアを開ける。ジュリアが素早く中に入ったのを確認すると、後ろ手にドアを閉める。

 少しだけ上がった息を整える。目を閉じて、深呼吸を数回。

 意味もなく部屋の中を見渡す。他の王妃のように豪華な家具を置くでもなく、衣装室がパンクしていることもなく、妃とは思えぬ質素な室内。潔癖な侍女のお陰で、非常に清潔な室内は埃1つない。

 目の前の侍女に目配せをし、頷く。

 「帰れるのね」

 静かに、確認するように呟く。ゆっくりと頷き返す、ジュリア。

 「帰れる……」

 言葉にする度、現実味を帯びてくる。

 リリーは大きな目細め、口角を上げる。侍女に歩み寄り、どちらからともなく両手を繋ぐ。

 「帰れる!帰れる!!」

 タラッタラッタラッタラッタ~♪

 軽やかな足取りで小躍りし始める。2人のステップは一部の狂いもない。

 「良かったですね、リリー様!」

 「ええ!どれほどこの日を待ち侘びたことでしょう!」

 「リリー様、お顔がにやけ過ぎて、溶けてしまいそうです」

 「ふふふふっ」

 ニコニコ、ニヤニヤして踊り続ける2人。

 リリーにとって国王は契約上の夫ではあるが、あくまで契約上だけである。ある日突然リリーから自由を奪い、放置した自分勝手な雲の上の人。彼の死について、1人の国民として驚き、心を痛めはするものの、他の妃のように涙に暮れるほど執着はない。

 リリーを王宮に縛り付けてきた国王は、もういないのである。用済みの側妃は、恐らく実家へと帰されるはずだ。

 「国王陛下には申し訳ないけれど……国中の花火を打ち上げて祝福し、世界中の人々と抱き合って喜びを分かち合いたい気分だわ!」

 「まあ、素敵ですね!」

 クルクルターンを終えると、ピタッと動きを留め、2人は手を離した。何事もなかったように背筋を伸ばしドアの方に目を向ける。

 刹那。コンコンとドアをノックされる音が響く。

 「リリー妃殿下、陛下へのご挨拶の時間でございます」

 「すぐに参ります」

 わざと暗い声を出し、再び2人は目配せをすると、いそいそとドアから外へ出て行った。


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