異世界にて「新世界より」を口ずさんでしまうのでした
「イツマ特製の振り回し式火種を使い捨てにするんだから、剛毅なもんだよな」
細い枝を火種にくべて小さな焚き火を作りながら僕は口に出していた。
実際、弓も簡単に作ってもらったし、あの振り回す火種は実に強力だった。
糸が弓に使えるほど強靭なのも、糸を次から次へ無尽蔵とも思えるほど吐き出せるのも、イツマが妖怪だからかもしれない。
「並みの蜘蛛には無理だよ、あんなに強く太い糸は出せないね」
火をおこせたのは、ほとんど彼女の手柄なので、ここはいくら賞賛してもしたりないだろう。
『あれは40本の糸をよりあわせたロープだからね』
なんですと!
どうりで強いわけですな。
細い枝による焚き火が安定してきた。
少しづつ風が出てきたので、石を積んで風よけを作る。風は山から吹いてくるので、反対側に口を開いたコの字に囲う。まずは大きな石を積み、隙間を埋めるように小さい石を積むのがコツだ。まあ、コツというか常識というか。誰だってそーする おれもそーする
かまどが完成する頃には一番太い枝が燃えはじめた。
さて、バッタを焼いて食べるべきなのか。感覚で言うと、バッタ汁よりはバッタ焼きだ。上野名物はパンダ焼きだ。
しかし、焚き火は火加減がむつかしい。生焼けか黒こげ、デッドオアアライブ、間はない感じだ。
それに、イツマの体外消化も殺菌効果はかなり高いと思われる。ていうか、もうかなり飲んじゃってるからね。今更感は強い。
「ま、やってみますか。異世界名物バッタ焼き」
バッタの腹をとり、軽く川で洗い、細い枝に突き刺す。南無阿弥陀仏。その枝を焚き火のすぐ前の地面に突き立てる。石で支えてやる。あとは待つだけだ。三本ばかり百舌鳥の早贄みたいなもんを作ったら、ぼんやりと待つ。
すぐにジュージューと音を立てて、バッタの肉汁が溢れてくる。
食中毒と寄生虫が怖いから、なるべくよく焼く。火に面している側が焦げてきたら、枝を回して反対側から炙る。両面がこんがりキツネ色に焼けたら、できあがりです!カリカリに焼けば、頭も手足も美味しくいただけます。
実際、香ばしくて実にいい匂いがする。
がりっ
味は苦くてえぐい。やはりというかなんというか。バッタ汁の方が液体で飲みやすい分、適切な調理法だったといわざるを得まい!
しかも、しかもだ。
「焼くと魔力が抜けるみたい」
『そうね。アタシはホラ、生きたまま溶かしているから』
なにその匠の技。
「火をおこさなきゃならないわ、魔力はなくなるわ、バッタ焼きに未来はないな」
ポリポリ。手足は結構いけるけどね。
夕食を終える頃には、あたりは暗く色を失い、頭上には満天の星。しかしあれだね、焚き火っていうと、ドヴォルザークの「新世界より」を口ずさんでしまう。新世界より、というか異世界よりというか。結論、やっぱドヴォルザークは天才だね。ノーベル賞やれ、ノーベル作曲賞!そんなのないか、ならグラミー賞!まあ、グラミー賞が当時あったら、何回となく受賞してたとは思うが。
そんな益体もないことを考えたり、口に出して突っ込まれてみたりしながら、夜は更けてゆく。
さて、寝床をどうしますかね。
『河原の焚き火のとこで寝ればいいじゃない』
寝床を草地にすると僕が言うや、イツマは悩むことが不思議、というように返してきた。
しかし、川は急に増水するかもしれないし、焼石を持って少し離れた草地で寝るのがもっともいいのではないだろうか。
『増水って、上流からするものでしょ?』
まあ、普通はそうだよね。ポロロッカみたいに下流から増水することもあるけれど。
『アタシは昼間にちょいちょい寝れば十分だから、ずっと見張ってる。アンタが寝ている間ずうっとね。アタシの耳なら、上流でも下流でも水音に変化があったらわかる』
自分の長い足を誇示するように振り上げてそう言う。蜘蛛は脚で音を聞くんですよ。
確かに、振動に一家言ある蜘蛛のそれも妖怪のイツマさんならば、地下水の流れさえ分かるというのも頷ける。これからずっと不寝番をおしつけるのは気が引けないではないが、ここは素直に。
「それじゃあ、よろしくお願いします。おやすみなさい」
僕はかまどの入口を狭め、焚き火を熾にして、転がった。
夕べよりもはるかに快適だ。勿論一昨日よりもはるかに不快だけどな。
闇に赤く息づく熾火を背景に、なにやら糸を紡いでいるイツマのシルエットを見ているうちに、僕は眠りにおちていく。
異世界二日目も、まあ生き延びたわけだ。




