異世界で昆虫食したらできました
ふと気づくと、そこは病院の天井だった。
やはり、あれは夢だったのだ。
ひょっとすると、昏睡状態だったのかもしれない。
体を動かそうとするが、動かない。
ため息をつく。
おしっこしたい。
手元のナースコールを押す。ファミレスにある、店員を呼ぶブザーが有線になったような感じだ。以前、父さんが入院したときに押させてもらったな。それにそっくりだ。
ほどなくして、扉が開き━━━
いじめっこ軍団がナース姿で入ってきた。
なに、こいつらそっちのケがあったのか!
驚愕する僕にキムラは注射器を片手にニタニタと寄ってくる。
体をひねるが、もどかしいほど力が入らない。
悲鳴を上げるが、まるで肺腑まで麻痺したようにささやくような声しか出せない。
「注射の時間ですよ」
女装キムラが注射器を振りかぶり、針が光る。
その光は増幅していき、僕の視界が赤く染まる。
強烈な赤に。
目を開ければ、輝く太陽と草原が広がるのが見える。
夢か。
あれが現実でこれが夢かもしれないが。女装キムラだと思い込んだが、あれは医者で、僕を注射で眠らせたのかもしれない。
ともかく、ゲームで言えばセーブしたところから再開。ログインってところだ。
まさか寝るとはねw
自身の無事を確認してから
「イツマ!」
『はぁい』
するすると蜘蛛が近寄ってくる。無事だったか。そのまま僕の体を這い上がり、定位置の肩へ。
唯一の仲間を確認してほっとすると、尿意が戻ってきた。
「ごめん、ちょっとおりて。おしっこする」
『ノープロブレモ。御不浄にもよく巣を貼ってたから、見慣れたものよ』
ええええええ
まあ、何があるかわからない異世界ならいつも一緒のムニュムニュ、のがいいんですけど。
今まで僕らの排泄シーン見られていたとは、ちょっとショック。
川からさらに200mくらいは離れて、しゃがんで小便をする。
女々しい?盛大に小便を飛ばして、ズボンなんかにもかかって、その匂いで万が一狼とか来たらどうする!男の極みとも言える「常在戦場」は実は存外こそこそしたものなのだ!
いや、知らないけどね。ただ、最強死刑囚も青龍刀とか公園とかに激弱だったじゃん。あれ?なんか違う?
小便を終えて、携帯の時計を確認する。既に八時を回っている。といっても地球時間だけどね。
また一から日時計を刻み始める。
『食べるよー』
イツマはバッタをすする。
僕も水を汲んで飲んだ。
ついついたくさん飲みそうになるが、ここは我慢だ。
それにしても、空腹というのはこういうものか。
最後に食べてのは昨日の朝食だから、もうじき丸一日24時間、食べ物を口にしていない。
異世界の緊張感もあるだろうが、
腹が減ってたまらない。何か食べたい。なんでもいい!
という感じではない。
食べないといけない、という精神的な不安の方が強い。多分、飢餓感はこれからやってくるのだと思うが。文豪芥川いうところの「唯ぼんやりした不安」ってやつか。違うな。
実は、24時間食べなかったことも過去の人生にあるにはある。
某巨大同人誌領布会で、前の日の夕食は、間に合わせのコピー紙に掛かりきりで食事を忘れ、徹夜で当日を迎え、売り手側の優先入場の時間制限があったので慌てて入場。先輩サークルに挨拶してトイレ並んで贔屓の中堅に顔出すのを店番の合間にこなすという夢のお祭りタイムをすごし、昼前に撤収して、はじめて固形物を口にしていないことを思い出した。
会場内はおろかその周辺は自販機もことごとく売り切れ。聖地秋葉原に寄るんだからそこで食おうと、仲間の車に乗り込めば、カーナビが埋め立て地を把握していなくて迷子。コンビニも自販機も見当たらない埋立地くらいしか有り得ない特殊な立地をすきっ腹抱えてさ迷ったときは、さすがの僕もイライラしてしまった。
まあ、幸い同人仲間はみんな「もう少し積極性がないと、生きていけないよ」というタイプだったので、せいかく「おくびょう」「ひかえめ」「おくびょう」・・・攻撃ひくいのばっかだな・・・大きなトラブルにはならなかったが。
あの時に感じた欲求というかストレスは、「本来食べられるはず」という考えが生み出すものかもしれない。
断食道場なんかだと存外耐えられるのは、自分が望んだという以外に、物理的に食べ物がない状況というのも大事かもしれない。いや、そういうの行ったことないけど。修行は好きだけど、「自分」を変えたくないんだよね。自分が変われば世界が変わるとかね、じゃあお前がまず変われとね、言いたい。俺に適応しろ!調子乗ってヤツがいるな!絶滅させるぞ!
河原を歩きながら、潅木の枯れ枝やら枯れ草を集めていく。やはり光はいいな!いくらイツマのチートがあっても、自分の目で確認しないとな。
枯れ草はないが、枯れ枝を二本ばかり手に入れたところで、大物を見つけた。
おそらく上流から流れてきたものだろう、僕の腕一本ってくらいの枝がある。イツマの聴覚にひっかからない以上余計なことではあるが、足で蹴って何かが潜んでいない事を確認し、抱え上げようとして
ふらり・・・
まるで立ちくらみのように、意識が遠のきしりもちをついてしまった。
『何か食べた方がいいわね』
どう考えても限界は当分先だが、豊富な栄養に慣れた僕の肉体は、この程度で省エネモードに入ってしまったのか。
確かに、腹に何も入っていないと力が出ない、というのはよく聞く。
携帯を見れば9時を回っている。
ひとまず水を飲んで、考える。
「24時間でイツマの毒味は終了としよう」
13時になってもイツマに変調がなければ、僕も食べてみるしかあるまい。
それまでに川沿いに歩き、人の痕跡がなければ、そうそう人に会わないだろう。
中央アジアの平原なんて、そんなもんじゃん(失礼)
まあ、毒にあたった直後に遊牧民に発見される、とかありそうだけど、イツマの地獄耳でも人どころか大型の生物の気配がないというんじゃ、もう諦めた方がいいんじゃないか。
あくまで直感にすぎないけどな。
とにかく、体に「食べ物は摂取している」と誤解してもらわないと、こんなヘナヘナ状態では火おこしできない。
火がおこせれば、生食からは開放されるわけだ。
ちょっとのリスク、ちょっとの毒や寄生虫は許容だろう?ダロウェイ?これもいつの日にか追憶の対象となるといいね。
僕はそのまま上流にむけて歩きだした。
下流の方が人がいそうではあるけれど、あの山の麓には絶対に集落があると思うんだよね。まずは山の麓にたどりつくことを大目標としよう。ああ、小目標は火の確保だよ、もちろん。
周囲への警戒も怠りなく、歩きやすい河原を行く。川がゆるやかなせいか、河原もゆるやかで助かる。
ざっくざっくと小石をふんでいく。
歩きやすいのに、やはりふらふらするような。
夕べもあんまり寝てないしね。
日が中天をかすかに越えたあたりで、携帯のアラームが13時を告げる。
これでも、20kmは歩いたはずだが、山が多少大きくなった程度で、風景も変化なし。
大雨で運ばれてきたであろう岩に腰掛けてため息をつく。
『本当に味は向こうのバッタまんまだから安心して』
イツマが消化液を注入したバッタを渡してくれた。
万が一僕が倒れたり暴れた時に潰されないように、肩から降りて少し距離をとる。
『薬のアンプルみたいに、バッタの首をねじ切って、こうクイっと』
なんだろうな、反応に困る。
味もさることながら、魔力だか妖力だかってのも不安だ。
「魔力ってのも怖いね」
『大丈夫だと思うけどね。こっちのバッタがやたら「濃厚」なだけで、向こうでも多少は魔力を食べて、使ってるものよ、人間って』
「ええ!初耳なんですけど」
『アンタ一時期、気功に凝ってたじゃない。あれは魔力を利用してるようにも見えたわね』
「つまり、バッタも気功をマスターしてて、その気を食らったみたいな事?」
『語弊を恐れずに言えば、そういう事。気功の方がバッタよりももっと高度だとアタシは思うけどね』
イツマさんは守護神を自認するだけあって、本当に我が家の事に詳しい。
そう、僕は中二病らしく、太極拳やら空手やら剣道をやってたのだ。
もちろん、大した腕前ではない。
剣道だけは小学生の時分からやってて段を持っているけれど、他は本当に一年くらい前にはじめた。
空手はイジメ対策、主として殴られることへの耐性、慣れのために。
太極拳はマジでカコイイから!近所に引っ越してきた台湾人の陳さん一家のおっちゃんが毎朝やってるのを見て、シビレちゃったのよ。本場の太極拳はなかなか豪壮で、イメージしてた健康体操とは違うものだった。
その太極拳を教わるなかで、気功の概念や練習もした。老師は一度、僕に本気で蹴らせて、それでも小動もしないで立っている、という奇跡を披露してくれた。ほとんど同じ体格の僕の前蹴りを受けても微動だにしないで、僕はまるで柔らかい壁を蹴りつけたようで、反動でしりもちをついてしまった。それが気功の威力であるらしい。
あ、わざわざ空手の前蹴りを「さすが太極拳だ、なんともないぜ」したのは、弟子の僕が空手や剣道もやってるのがちょっとムカついたかららしいw
向こうの話が出てリラックスした僕は、バッタの首を折り、小指に汁をつけ、匂いを確かめてから舌にのせる。
饐えたような匂いが口に広がる。酸っぱくて苦いが、存外生臭くない。
いつでも吐き出せるように構えて10分・・・15分。
なんともない。
そして、僕はバッタの杯をあおった。
食道が消化液にやられないように、すぐに水も飲む。
熱い塊が胃の腑へ落ちる。
この感覚は。
まさか、向こうでかすかに感じる(というか感じている気になっていたw)気が何倍にもなったような感触━━━熱いエネルギーの塊だった。
僕はそれをゆっくりと全身に巡らせようとしたが、それはかなわず、あっという間に霧散してしまった。それでも、なんだか随分とエネルギーが得られたような気がする。
「一応、次は一時間後だけど、もっとバッタを捕まえよう」
イツマは合点とばかりに僕の肩によじ登った。




