異世界で移動を開始しました
イツマが「すごい一魔力を感じる。今までにない何か熱い魔力を」とか言い出したのは朗報ですが、それはやっぱり何が起こるかわからないわけで。
妖怪の逸話で「自分の容量を越える魔力を吸収してどうこうなった」なんていうのは存在しない。
━━━あくまで僕とイツマの知る限りにおいて。
ヤコンはサイヤ人の光を食べきれずに自滅しましたし。
むしろ魔力が満ちているなら、慎重に行くべし。
一時間に一口にするべし。
明日の為にうつべし。
さて、異世界最初の一時間はバッタ集めに使った。
次の一時間はどうするべきか。
刻んだ日時計を確認する。一時間の影の推移をバッタ集めの合間にも確認していたが、一時間分の動きから考えて、日のめぐりはおおよそ日本と同じ。というか、日本での今、十月一日の影の動きとほとんど重なるように思える。秋分の日に影の動きを記録する授業が行われたばかりで、記憶に新しいのだ。とはいえ、これをひとまず完成させるという手はある。バッタを食べることを許容するなら、少しは水分食料に余裕を見てもいいのだ。太陽で方角を見定めるしかないし、じきに携帯の電池が切れれば、時間の目安も太陽頼りになる。太陽の運行をつかむことは重要だ。
もちろん、さっさと川を目指して歩きだしてもいい。暗くなれば歩き回るのは危険、不可能といっていい。歩き出すのが早けれそれだけ人里や川に到達するのも早くなる。バッタを食べなくてすむかもしれん。
「あなたはここで日時計の午後の部分を完成させてもいいし、日が暮れる前にとにかく歩きだしてもいい」
『のんびり日時計を刻んでいると、突如毒蛇に噛まれる。水があれば毒を洗い流せるが、水がないなら14へ進め』
「なんでブレナン!世界樹のつもりだったのに」
さすが僕の家の守護神、愛読のゲームブックもばっちり把握している。
それにしてもイツマの意見は、出発なのか?意外だ。水と食料はバッタで十分だろう、イツマは。
ともかく日のあるうちに歩きだしたいのはヤマヤマなんだが、ひょっとすると、この「異世界から来た場所」になんらかの意味があるかもしれないと思うと、離れがたい・・・ってほどではないが、せめてまた戻って来れるようにしたい。生憎とそんな手立ては全く思い浮かばないが。
ちょっとでも移動したら、あっという間にどこから出てきたのかなんかわからないくなること請け合いだ。目印・目標物の類は皆無。
あと、あれだな、もしこの場所が「出口」的なナニカなら、次の犠牲者がここに降ってくるかもしれない。親方!空から女の子が!
いや、仮にあの屋上と繋がってるなら、出てくるの高確立でキムラ君達やん、そんなんいやや。
でもでも、あんな連中でも協力して脱出するしかないんじゃない?
いれば戦力ではあるよね?
『何を迷ってるかしらないけど、アタシは地面の振動で水音を見つけたわよ』
「姫、さすがです。爺は感服いたしましたぞ」
イツマを肩に載せて歩く。あれこれ考えたり悩んだりしたのが馬鹿らしい。それにしても、イツマは高性能だ。八つの眼の威力はバッタ狩りに遺憾なく発揮されていたが、加えて耳がいいとは。完璧じゃねーか!Perfumeなの?これは奇襲とか待ち伏せを警戒する必要はなさそうだ。
それにしても、行けども行けども代わり映えのしない景色だ。
太陽を背にして北北西くらいに進路をとっている、もちろん日本の感覚でだが。
下手すると20kmはあるそうだが、日が落ちるのが18時としたら、間に合うだろう。
時折イツマを下ろしてあたりを探ってもらっている。音で索敵するためには、地面に降りて、足で地面の振動を聞く必要がある。
バッタばかりだそうだが、時々、蛇を迂回する。蛇はイツマ達蜘蛛や昆虫の天敵なのだ。異世界の蛇がどんなもんかしらんが、わざわざ今トライする必要もない。いつやるの?今じゃないでしょ。
また鷹のような大きさの雀が、驚くほど近くに降りてくることがあって驚かされた。鳥も蜘蛛の天敵だ。近くで見る異世界雀は異様な巨大さで、恐怖に身がすくむ。が、デカイといっても、さすがに僕をどうこう出来るサイズじゃないんで、イツマにとって僕の肩に乗っていれば心配いらないらしい。
元の世界では、この手の草原には狼が出るが、こっちはではどうだろうか。出ないで貰いたいところだ。
適度な緊張感を保ちつつ、二時間ばかり進んだ頃、行く手の地平線に白い光が見えるような気がした。イツマに確認をとるが、
『アタシは遠くは駄目ね』
完璧ってわけじゃないのね、イツマも。
それでも、進まないわけにもいかない。第一、はるか地平線の光だ。今日明日遭遇するものでもないだろう。
白い光は、すぐに白い線となり・・・
白く光ってるように見えたのは、山脈だった。雪で覆われているのが光って見えたのだ。
僕が雄大な山脈を確認しても、イツマにはまだよく見えないようだ。まあ、イツマの目には瞼がないみたいだし、目を細めることもかなうまい。ひょっとすると、眼球=レンズの暑さの調節も人間には及ばないのかもしれない。とはいえ、サイボーグ戦士なみの聴覚があるのだから、困ることなどないだろう。
『アタシの視力は、巣の獲物を視認できれば十分だからねぇ。でも、自分がほかの生き物より劣っている点を知るのは重要よね』
空を飛ぶ鳥は地面の振動を伴わずに高速で襲ってくるから、やはり、鳥は強敵だ。建造物内、屋根の下に営巣するのはそういった意味でも理想なんだそうだ。
「用もないのに僕から離れれちゃ駄目だよ」
『アンタを守ってやるつもりのアタシなのにね』
「川の位置を教えてくれただけで大金星だよ」
僕らはこの異世界を生き抜く為のパートナーなんだ。
そんな気持ちがちょっと移動しただけで沸き起こった。
妖怪変化、人語を解する蜘蛛、という事で、どちらかというと異世界寄りに思っていたが、むしろイツマは「日本」を共有する、今となっては世界でたった一つの存在なんだ。
まあ、見た目完全ジョロウグモなんで、別にドキがムネムネしたりはしませんが。
山脈がなんとか見えるくらいになってさらに1時間、夕闇が迫る中、僕たちは川にたどり着いた。
日本の河川は土手が盛り上げて堤防にしてあるから目立つが、この川は自然のものなので、土手の盛り上がりはほとんどないが、川は大地を1m以上も侵食して流れている。
川幅は5mくらい。水深は1mもないだろう。水の清涼さもあって、川のそこの石が夕日に美しい。
川は非常にゆったりとした流れを大地に刻んでおり、水音もほとんどしない。時折、魚が
ばしゃ
と水面を叩く音がするばかりだ。
「水の音、なんてよく聞こえたねぇ」
掛け値なしに出た驚きの声に、イツマが自慢げに僕の肩の上でくるりとまわる。音として聞き取れる周波数のレンジが広いのだろう。いわゆる低周波なんかも聞こえるとしたら、世界は音に溢れているのかもしれない。
『魚くらいしかいないと思うけど、流石に水中の様子はぼんやりとしか聞こえないわ』
イツマの注意喚起にうなずきつつ、河原におりて、水に手を差し入れる。驚くほどに冷たい。山脈の雪解け水なんだろうか。
懐をさぐり、500mlペットボトルを取り出す。
なかに残っていた麦茶を飲み干してから、流れにペットボトルを突っ込む。
汲み上げた水の、まずは臭いを確認する。
無臭。
次にいつでも吐き出せるように身構えながら、少し口に含む。
無味。
嚥下。喉仏がゴクリと鳴った。
ほとんど同時にイツマもバッタをすする。
移動の間にも毒味を続けた結果、イツマはバッタは食用に適うと確信したようだが、それでも僕に勧めることもないし、一匹食べてしまうこともない。
当分、一時間に一すすりを続けるようだが、慎重なのはなによりだ。
そこここから、気の早い虫の歌が聞こえ始める。
リーリー、リーリー
ガチャガチャ、ガチャガチャ
リリー、リリー
風が冷たく感じる。僕は制服のボタンをとめた。
夕日が地平線の彼方に沈むと、まさに、星は空を散りばめぬ、という言葉がぴったりだ。
最後に水を一口飲むと、川から200mばかり離れた場所に寝転がる。
ぐぅ
僕の腹が不満げな声をあげる。
明日になったら、バッタに挑戦しようか。
バッタを餌に、魚を釣ることもできそうだが。
火おこしもなんとか成功させたい。いくらイツマの耳があっても、やはり火がないのは心許ない。
川の周囲には常に水が供給されている為だろう、さすがに、木が生えている。丈の低い潅木ばかりだ。
川に削られて低くなったところに、僕の腰くらいまでの茂みが広がっているため、少し川から離れると見えなかったのだ。
あれを漁れば、薪が手に入るだろう。
薪同士をこすり合わせて、摩擦で火を起こすことを考えると、正直ぞっとしないな。
満天の星空を見上げて、つらつらとそんなことを考えながら、僕ははじめての異世界の眠りをむかえたのだった。




