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実は一人じゃありませんでした

 転生かエンタングルかは知らないが、ともかくも現状、異世界で生きて立っている、という認識でいい。

 先程も反省したところだが、どうも僕はやたらに立ち止まって考え込んでしまう癖がある。

 それも、手にした僅かな経験から、一般論や公理を導こうとするような、ちょっと浮き世離れした思考の迷路にはまる。

 今も油断をすると、この世界がいわゆるあの世なのかどうかの検証を開始してしまいそうだ。


 かすかな喉の乾きが、思索の泥沼へと踏み出すのを躊躇させてくれなければ、僕はあっさり現実逃避・・・いや、異世界逃避?異世界から逃避するとなると、なんだか現実世界へ戻って来る感じにも聞こえるな・・・

 ともかく、じきに水やら食べ物を口にしないと、死んでしまうというリアルな恐怖が、僕を形而下につなぎとめてくれる。


 どうしたものか。

 ほとんど悩むまでもなく、優先順位付きで三つの課題が浮かぶ。


 一、水の確保

 二、雨露をしのげる場所の確保

 三、食料の確保


 まずは水、水がないと何日も持たない。食料はなくとも「水があったんでひと月余裕でした!」なんて話をよく聞く。

 それから雨をしのぐ場所。これだけの草原だ。雨は振らないはずはない。雨にぬれて体温が低下すれば、それは死へのプレリュード。「夜露をしのぐ」というけれど、そんな言葉があるくらいだから、夜には屋根の下に入っているような状態でいるのが急務だが、ここではホームがレスな人々のようにダンボールハウスを建築することさえままならない。

 その次が食料だな。


 足元の地面を見ると、丈の低い草が生えているものの、固く乾いている。

 地面を掘って水が湧く、なんていう感じはしない。だいたい素人が水の出る場所を探し当てるのはむつかしそうだが、少なくとも、地面が湿っていないと水が出る気がしないのはもちろん、乾いた固い大地を道具もなしに掘るのは無謀だ。

 雨季に降った雨で草原が維持されている、こともあるかもしれない。そして考えたくはないが、雨季は終了している、という可能性も。地面を蹴ってみるが、固く乾いている。

 そうなると、僕が利用できるほど水は無い、ってこともありうる。


 「川がなければそれまでだな」

 『そうなの?』


 驚いた。

 思わず漏れたひとりごとに、返事があったからだ。

 僕は俄然希望が湧いた。人がいる!

 振り返るが、そこには草原のみ。

 丈の低い草、芝生みたいなものしか生えていないから身を隠す場所などないはずだが。

 素早く右左と頭を回すが、人影など見当たらない━━━が、声は聞こえた。


 『そんなに振り回したら、目が回るじゃない!』


 驚いて、動きを止める。


 『言葉が通じてるの?すごいわね』


 不思議なことに、どこから発せられた言葉かわからない。再び辺りを見回そうとすると。


 『肩よ、肩。あなたの右肩』


 見れば五百円玉くらいの蜘蛛が、僕の右肩にいる。


 この大きな蜘蛛には見覚えがあった。昨晩、先祖伝来の品を納めた部屋・・・まあ普通の倉庫部屋ですがね、漢学をやってた祖先もいるので、古い書物もあるし、武家なので鎧兜やら刀もある・・・の掃除をしていて見かけたのだ。家族は「夜の蜘蛛は親でも殺せ」などと訳の分からない事を言って殺そうとするので、蜘蛛は害虫を駆除する益虫だからと逃がしてやったのだ。

 蚊やら蝿ならともかく、害のない生き物を殺すのはどうも好きになれない。いじめられてからより一層そうなった。

 それに、殺すに惜しい、立派な蜘蛛だった。


 夜の蜘蛛は魔性のモノなのか?こいつが口を聞いたのか?苦笑がこぼれる。


 「まさか、夕べの蜘蛛がしゃべったのかよ」

 『百年も経つとなんでもしゃべるわよ』


 苦笑を浮かべた唇が凍りつく。


 『アンタはさ、蚊を殺してもアムアミダブツ~とか唱えるイイコだから、夜にアタシをみたせいで、なんかあったら困ると思って、ついてったのよ』

 「そうか、そりゃ、災難だったね」

 『そうでもないわ。今突然アンタとしゃべれるくらい力がついたもの』


 そうか、妖怪蜘蛛といっても、この異世界じゃなければ口はきけないのか。そうなると、いよいよこれは異世界だな。それか、病院のベッドで見ている夢だな。


 「この現実が僕が病院で見てる夢じゃないなら、さっさと川を見つけて水を確保しないと、じきに死ぬ」

 『アタシは「この現実」も「その現実」もアンタが見るもの聞くもの、み~んな夢の一種だと思うけどね』


 なにげにインテリな蜘蛛ですね、邯鄲の枕ですか?この世の出来事は全てが夢・・・マトリックスみたいなもの。ヴァーチャルもリアルも同じこと。こういう考えが遥か昔、紀元8世紀には小説になっていた。面白いものだよね。

 感心していると、蜘蛛はなんでもない調子でとんでもない事を言ってのけた。形而上の話をしたかと思えば、形而下そのものの話。


 『この日差しは厄介だけど、水なんてそのへんのバッタの体液をすすればいいじゃない』


 バッタの体液!そういうのもあるのか

 いや、ないない。


 「僕の体を見てよ、何疋食べればいいのよ」

 『え?それくらいたくさんいるわよ?幾千幾万のバッタが』


 幾千幾万もいるのか うん!

 そうかそうか

 そうなれば話は違う


 ここに並んだ大量のバッタが

 すべて水分として

 立ち上がってくる


 いやいや、ないってば。


 「食料としてはともかく、生で食べたら危険だよ。それに火もないしね」

 『そうね、それにアンタ、バッタの仮面の正義の味方がすきだったもんね』


 好きでしたよ!いまでも好きですよ!響さんとかサイコーですよ!戦国時代のライダーという奴にも期待してますよ!

 でも、そういうことじゃない。さらに言えば、世界では食べない方が珍しい「昆虫食」を否定する気は微塵もないが、生というのは危険だ。

 腹を下しただけで、水分も体力も大量に失う事になり、それは当然死に直結する。そして、それは大概は加熱によって防げるのだ。


 とにかく、日のあるうちにやみくもに川へむけて歩くしかない。

 川へたどり着けば、水が手に入るし、川に沿って移動すれば人家を見つけることも可能だろう。

 もちろん、人に会えるとか、炊事の煙を見つけるとか、道に出会す、なんて幸運にありつければ言うまでもない。

 しかし、まずは。




 『そう、そっちそっち、ちょっと右』


 蜘蛛の複眼は優秀だね!


 『そう、そこよ!』


 僕にも見えた。バッタに忍び寄り、お椀にした手のひらをかぶせる。

 やってみてわかったが、バッタを捕らえるのは簡単なものだった。

 もとの世界では簡単に捕まえられたが、異世界バッタも同じだった。

 いざとなれば、体温が上がる前の早朝、動きの鈍い、動けないところを狙うつもりだったが、それには及ばなかった。

 捕らえたバッタは、糸を節約するために僕が頭をちぎって、蜘蛛にわたす。

 蜘蛛はバッタに消化液を注入して、溶かしてからすする。


 「はじめは少しづつ食べる、そう一時間に一口づつ食べて」


 助言した。ひょっとすると異世界バッタは蜘蛛にはあわなくて、この数少ない同郷の友人を失う、なんてことがあっては困るからだ。


 『すごいわ。このバッタを食べると、力が湧いてくる』

 「そんなに栄養があるの?大丈夫なの?日本のバッタと違うなら、むしろやめておいたほうがいいんじゃない?」


 僕は不安になったが、蜘蛛は笑い声のようなものを発した。


 『味はむこうのバッタほとんどかわらないわ。妖気とでもいうのかしらね?妖怪の力が高まるのよ。やっぱり目が三つあるからかしらねぇ』


 異世界バッタには魔力補給効能があるのか!

ちょっとチートかもしれませんが、ヒロインの女郎蜘蛛さんをつけてあげました

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