51
「互いにこれを着けて誓いの口づけすれば契約完了。ね、簡単でしょ?」
聞かされた契約の方法にサラは思わず声を上げた。
「か、簡単って――他人事だと思って! 絶っっ対に嫌です!」
頑なな拒絶にフロウが顔を顰める。
「言ってくれるじゃないか、人間の分際で」
サラは怯むことなく抵抗した。
「じゃあしなきゃいいでしょ!」
「仕方ないだろ!」
噛み付くような勢いでフロウも怒鳴り返す。サラも負けじと睨み返した。
険しい表情で視線を外さない二人にアスワドが溜息交じりに呟いた。
「口づけの一つや二つ別に減るもんじゃないし」
サラは同じ視線のままアスワドに顔を向けた。
「一つも二つもとか、減るとか減らないとか、そういう問題じゃないです!」
勢いに気圧されたように一瞬閉口したアスワドだったが「でも王とは契約したんでしょ?」と核心を突いてきた。
思わぬ言葉にサラの動きがぴたりと止まる。
僅かな、でも確実な動揺を見抜きアスワドは目を輝かせた。
「あいつが腕に嵌めているのも傍えの腕輪だよね?」
視線はレイの腕に向けられている。
「腕輪が一つしかないから不完全だったけど、でも契約をしたから破魔の魔力で呪術の進行が抑えられていたんでしょ?」
レクスと契約した時は出会ってすぐで、しかも顔も性格もわからなかった。契約したことは今でも後悔はしていない。けれど成り行きだったとはいえ、そんな状態で契約した自分に、今更ながら驚く。
アスワドの言葉で契約した時のことを思い出し、サラの顔はかっと熱くなった。
冷静になって考えると、後先考えない大胆な自分の行動に汗が噴き出す。
「腕輪は嵌めるだけじゃ効果ないからね」
ちらりとアスワドを見ると視線が合った。彼は意味深に笑い、サラの顔をますます赤くさせた。
足下が大きく縦に揺れた。天井から小さな石がパラパラと小雨のように降ってくる。
驚くサラの腕をフロウがいきなり掴んだ。
「放して!」
立っているのもやっとだが必死に身を捩る。けれど男の指は食い込むばかりだった。
「このやり取りはもう飽きた。時間もない。いい加減諦めろ」
フロウは冷たく言い放つとサラの背中を容赦なく石壁に押しつけた。
アスワドが投げて寄越した赤い石の腕輪をサラの右腕に嵌め、続けて自分の右腕にも青い石の腕輪を嵌める。金属の冷たい感触に思わず身体が強張った。
腕輪は押さえていないと腕から抜け落ちるほど大きい。嵌められないと安心したのもつかの間、気が付くと腕輪はあつらえたかのようにサラの腕にぴたりと填まっていた。慌てて腕輪を外そうとしても、まるで肌に吸い付いているかのように動かない。爪を入れる隙間さえなくなっていた。
「魔道具だからな。それ位じゃ取れないぞ」
フロウは注意の逸れたサラの頤を強引に持ち上げた。
「あいつと契約できたなら、俺にもできるだろ?」
見下した言い方にサラは眉間に皺を寄せる。
「お前は王の巫女だ」
フロウは口の端をつり上げながら顔を近づけてくる。整っているはずのその顔が醜く歪んで見えた。
「俺こそお前が支えるべき王だ」
こんな人に利用されたくない。
サラは覚悟を決めた。
「違う」
違う静かな口調に、唇が触れる寸前でフロウの動きが止まった。
「あなたは王でも私が支えるべき人でもない。だから例え契約できたとしてもそれは違う」
「何を言い出すかと思えば」
嘲りながらも挑発に乗ったフロウに、サラは精一杯の不敵な笑みを見せた。
「偽物は何をしても偽物」
「偽物だと――」
フロウの顔色が変わった。
「死にたくなければ、その口を閉じろ」
鋭さを増した光る金色の瞳に背筋が凍る。けれどそれを悟られないよう表情を作る。震える掌を固く握り、崩れ落ちそうになる身体を何とか保たせ、最後に息を吸った。
「どんなことをしても古代種にも王にもなれないのに――哀れね」
「黙れッ!」
怒りで目を見開いたフロウは剣を振り上げた。
呪術を解くって約束したのにごめんなさい。
サラは目を瞑った。
「ぐっ!」
苦しげに漏れる声と、甲高く響く金属音にサラは目を開けた。
真っ二つに割られた腕輪が地面に転がっている。咄嗟に自分の右腕に触れるが、冷たい金属の感触がまだあった。しかし対を失った腕輪は、まるで泣き崩れるようにサラの腕からするりと抜け落ちた。
フロウはサラに背中を向けていた。腕輪を嵌めていた腕を手で抑えていたが指の隙間からは血があふれ出ている。
「死に損ないがっ!」
フロウの絶叫が洞窟内に響く。空気を引き裂くような激しい怒りは片膝をついている男に向けられていた。
黒い霞が掛かったような顔は全く判別出来ず、唯一左目の瞳だけが金色に輝いている。剣を地面に突き刺し、ゆらりと立ち上がると口を開いた。
「彼女から離れろ」
静かな怒りを滲ませるその声は、酷くひび割れていた。
サラにはわかった。
彼が『レイ』ではなく『レクス』だということに。




