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受付嬢に食って掛かっていた中年男性、ミハエル=アルトマンは貴族で、二週間前から解術依頼を頼んでいた。
五人は斡旋所の奥にある卓席に移動した。いつの間にか解術師であるサラが仕事を受ける方向で話が進んでいる。怒鳴られていた受付嬢――ビビアナは、サラと目が合うと顔の前で掌を合わせ、声は出さずに「ごめんなさい」と謝った。
四年前にも窮した時に現れたサラが、今日またこの時機に来てくれたことで思わず心の箍が外れて叫んでしまったようだ。しかもそのせいでサラに無理矢理仕事を押しつけてしまったようで落ち込んでいる。
サラはビビアナに笑顔で頷くと、視線を依頼人に戻した。
仕事を探しに来たので謝られる理由はない。でも正直、この手の依頼人は苦手だった。
サラは仕事を受けるか決める前に依頼内容を詳しく聞きたかったのだが、ミハエルは着席してからずっとアルトマン家の歴史を滔々《とうとう》と述べている。
商人だったミハエルの祖父が財を成し、古い貴族の――名前しか残っていない――アルトマン家の女性と結婚したことで貴族となった。婚姻で貴族を名乗るようになった一族は『成金貴族』と裏で口さがなく呼ばれる。地位や名誉に全く縁も興味のないサラにもアルトマン家の地位がそれほど高くない、ということだけはわかった。
ミハエルが飲み物に口を付けた瞬間に「それで今回ご依頼の仕事ですが」と話題を転換した。
自分の半分しか生きていない小娘に自慢話の腰を折られたことに気付かず、上機嫌でようやく本題に入った。
アルトマン家の当主ミハエルは、明晩開かれる夜会に招待されていた。招待された理由は、アルトマン家家宝のネックレスに主催の貴族が興味を持ったからだった。
主催の貴族は王族の遠戚にあたり、覚えが良い者はもれなく恩恵を受ける。またとない好機に、ミハエルは今回の夜会が初舞台となる自慢の娘にそれを着けさせようと意気込んでいたが、肝心のネックレスが宝物庫から出せなくなっていた。
ネックレスを持って宝物庫から一歩でも出ると、煙のように消え元の位置に戻ってしまう。どうやら呪術に掛かっているようで、しかも娘もほぼ同じ頃から原因不明の体調不良で臥せっている。
呪いの品は周囲に悪影響を及ぼすと聞き、慌てて斡旋所に依頼したが何日経っても解術師はこない。夜会の日は近づくし娘は心配だし、いても立ってもいられず怒鳴り込んで来たようだ。
「急を要すると言っておったのに。めぼしい者に連絡すれば済む話ではないか」
ミハエルは受付を睨み、鼻を鳴らして吐き捨てた。
斡旋所はあくまで依頼人と請負人を仲介する場所で、斡旋所が請負人に直接仕事を依頼することは滅多にない。
国から重要な依頼があった時は機密事項が含まれていることが多いため、仲介者は少なくするために斡旋所が選りすぐりの請負人を推薦し直接連絡を入れる。
サラは斡旋所の仕組みを――面倒なので――あえて説明しなかった。契約書の利用規約にそれはしっかり記載されている。依頼しても必ず受けて貰えるとは限らないし、依頼が成功するという保証はない。
サラは卓の上にある依頼書に視線を移した。依頼内容は見る限りそれほど悪くない。それどころか好条件だ。解術師は数が少ないが、それでもこの案件を引き受ける人がいなかったということは、依頼書がよほど目に付かなかったかアルトマン家の評判は芳しくないか、のどちらかだ。
小さく溜息を吐くと、気を取り直してミハエルに視線を戻す。
「少しお尋ねしてもいいですか?」
「あ? ――あぁ、構わん」
ミハエルは顰めていた顔を慌てて緩めた。
「ご自宅に住まわれている方で一番若いのは娘さんですか?」
今までの話とは繋がらない内容にミハエルは眉間に皺を寄せた。しかし目の前の解術師の表情が真剣だったため、これが興味本位の質問でないことがわかったようだ。
「六歳の長男がおる」
素直に質問に答える。
「ご長男や他の方に体調不良の兆候は?」
「他の者に変調はない。長男のアーサーは元気すぎて少し手を焼いている」
親の顔でミハエルは頬を緩ませた。サラもつられて表情を緩めたが、すぐに「なるほど」と小さく呟き視線を落とした。
「お子さんは二人とも魔力を持っていますか?」
「アーサーは持っていない。長女のマリカは魔力を持っているが術師ではない。魔術に興味はあったようだがいずれは嫁ぐ身。必要ないので習わせなかった」
「そうですか」
サラの表情が曇る。その瞳に僅かな悲しみが滲み出ていることに気付けたのはレクスだけだった。
「まさか――子供達に何かあるのか?」
ミハエルの顔が青ざめる。みっともないほどの動揺は数分前まで自信に満ちあふれていた人物と同じとは思えない。
サラはミハエルの質問には答えず、大きく息を吸うと顔を上げた。
「この仕事、承ります」




