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破魔の魔力は魔術の効果を弱め、自分よりも魔力の弱い術師の術は掻き消してしまう。それは自分の傷を治すための治癒術も例外ではない。
サラは八歳の時に怪我をした。深い傷だったことと強い魔力を持つせいで治癒術が効きにくかったことから、背中には今も傷痕が残っている。僅かな怪我でも命取りになる。小さい頃から傷薬は必需品だった。
だからって薬はこんなにいらないよ、とサラは倍に増えた薬の山を見てそう思った。
過保護な兄も誰かと同じく薬を大量に買ってきた。
「俺は違うからな」
カイは妹の呆れた視線に気付いたのか、何も言われていないにも関わらずレクスを指差して言った。
行動はほぼ一緒だけどね、と思ったが口には出さなかった。
カイはレクスが買ってきた薬の山からいくつか手に取った。
「大体、何で風邪薬以外のものまであるんだ? 目薬に、痛み止めに精力ざ――」
途中で言葉を詰まらせ、手にとった一つを慌てて握り潰すと銀色の毛を逆立ててレクスに詰め寄った。
「何でこれを――」
「棚にあったものを全部買っただけだ」
サラから引きはがされてしまったレクスは不機嫌そうに淡々と答えた。
「お前、使う気か!」
「そんなものを使わなくても問題はない」
「そうか――ってある! 逆に問題がある!」
「必要ならくれてやる」
「いるか! 俺だって問題ねぇよ!」
「あの二人、案外気が合うのかもねぇ」
顔立ちの良い二人のやや下品な掛け合いを眺めて、ミシェルはサラに熱冷ましの薬と水を渡しながら楽しげに呟いた。
「この原因作ったの、ミシェルさんですよ」
サラの顔が曇っているのは苦い薬のせいだけではない。
「だってぇ、大家としてはご家族に知らせておいた方がいいかなぁっと思って」
わざとらしくしなを作るミシェルにサラは溜息を吐いた。
「これでも二十二歳なんです」
「やだぁ、知ってるわよぉ」
吹き出しながら右手首をひらひらと上下に動かす。
「――ですよね」
サラは密かに肩を落とした。
「昨日は悪かった」
一段落するとカイは素直にサラに謝った。
「私の方こそごめんね。約束忘れていて」
「あまり無茶しないでくれよ」
「わかっています」
幼い頃から幾度となく聞かされた台詞にサラは苦笑する。カイはふと表情を曇らせた。
「背中は痛くないか?」
「――まだ気にしているの、それ?」
サラはその時のことをあまり覚えていない。怪我のことも傷痕のことも気にしていないのに、原因を作ったカイはそれから過保護になった。
「もう十年以上も前の話だよ」
傷痕は残ってしまったがもう痛むことはなく、日常生活にも支障はない。何度もそう言った。けれどカイはサラの体調が悪くなる度に聞いてくる。
まるで口癖のように。
「いつも言っているけど、もう大丈夫だから」
「でも――」
大きな耳も尻尾も可哀想なほど垂れ下がっている。
「いつまでも気にしていないで、さっさと彼女でも作ればいいのに」
そうすれば少しは妹離れもできるだろうし、私も彼氏を見つけることができるだろうし。
そうサラは冗談めかしたが、カイは頭をがしがしと掻きむしり口を噤んでしまった。
兄の異変にサラは首を傾げた。
「お兄ちゃん?」
「そろそろ帰る。じゃあな」
「あ――うん」
雰囲気の違う背中をサラは静かに見送った。