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微睡みの中からゆっくりと意識が戻ると身体が重く動かせない。
最初に感じたのは汗ばんだ身体の不快さだった。身体は熱いのに足はざわざわとして寒い。薄い膜が張ったように頭の中が鈍くて重い。
具合の悪さに辟易したが、それは熱のせいではなく、長い腕がサラの身体に巻き付いているからだった。
驚いて目を開けると、鼻先にくっきりとした鎖骨が見えた。顔を上げると綺麗なレクスの寝顔がある。
今まで経験したことのない目覚めに、不快さや具合の悪さが一瞬で吹き飛んだ。
サラは上半身裸のレクスの腕の中にいた。
右腕はサラの首の下を抜けて掌で左肩を抱いている。左腕はサラの胸と腰のちょうど中間辺りに乗っけられ、そのまま腰を抱きかかえている。二人の足は交互に重なり合っており、今までにない密着ぶりにサラは固まった。
ひ、ひぃーーーー!!
心の中で声にならない絶叫を上げる。慌ててレクスの身体を押し返そうとするが、厚い胸板はびくともしない。それどころか寝言で「サラ」と甘く囁かれ、ますます引き寄せられた。おかげでさっきより密着してしまった。
風邪とは異なる理由で身体が熱くなり、変な汗が吹き出してくる。大きく早くなる自分の鼓動は、心臓が壊れるのではないかと思うほどだ。
こういう時はお風呂上がりの綺麗な身体で、と相場が決まっているはずなのに!
夢見ていた状況とかけ離れている現状に落ち込む。
そっと見上げるとレクスはまだ眠っている。これだけ暴れても起きる気配がない。
珍しい光景に恥ずかしさも忘れサラはじっと見つめた。レクスが眠る姿はあまり見ない。ソファーで横になり目を瞑っていても、サラが動いたり何かを感じたりするとすぐに目を覚ます。当然寝室は別なので、だから寝顔を見るのは初めてだ。
ふとレクスの顔に違和感を覚える。何がいつもと違うのか、色々な意味で熱に浮かされた頭ではよくわからない。
しばらく見つめ、レクスの顔や首に刻まれている古代文字が増えていることに気が付いた。そればかりか、腕輪を着けてからは消えていたはずの肩や腕にまでくっきりと文字の帯が現れている。
それが意味することに気付くと、サラの背筋を冷たい汗が流れ落ちた。
勢いよく上半身を起こす。その勢いにレクスが目を覚ました。
「ど――うして?」
カラカラになった口から言葉が漏れる。指でレクスの肩の文字に触れる。
レクスはサラの触れる肩に視線を落とし動揺の理由がわかったのか、視線に合わせてきた。けれどサラの視線は黒い文字に縫い止められている。
「じゅ――呪いが――レクスさん――のす、すんで――」
頭が真っ白になり、自分の言いたいことが言葉にでない。
「サラ」
肩を優しく掴まれて顔を上げる。でも目の前のレクスはぼやけている。
「この、レ、レクスさん――が」
このままだとレクスさんが死んでしまう。
恐怖と悲しみに囚われてしまったサラを、レクスが抱きしめた。
え――は、はいーーーーーーーー?
何が何だかわからない。サラの頭の中は混乱の極致に達しようとしていた。
しばらくしてようやくレクスが口を開いた。
「薬を買おうと――」
解熱薬を買おうと思ったが所持金がないため、手っ取り早く稼ごうと斡旋所に行き、目に留まった魔獣退治の依頼を請け、その報酬金で買ってきた、とのことだった。
斡旋所の場所は、レクスと初めて会った日に仕事の報告で立ち寄ったので知っていたのだろう。仕事を請け負うための登録も受付嬢が丁寧に教えてくれたらしい。
仕事はすぐに完遂したが、魔獣の出没場所が街から離れていたことと、サラの体調不良で破魔の魔力が弱くなっていたことが重なり呪術が進行してしまったので、ちょうど良いからと、家に帰ってきてサラに添い寝をしたようだ。
時計を見ると、サラがベッドに入ってから半日程度しか経っていない。そのまま視線を下ろすと、部屋の卓の上にはこれから薬局でも始めるのか、と思うほど、あらゆる薬が山のように積まれていた。
破魔の魔力に直に触れたことでだいぶ落ち着きました、とレクスはこともなげに言った。
ちょうど良いってどういう意味だ、と一瞬気になったがそれに突っ込む前にサラはレクスを睨んだ。
「どうしてそんな無茶をするのですか! 呪術は魔力で抑えているだけで解術できていない、と前に言いましたよね?」
目を瞠りながらもレクスは律儀に頷く。
「魔力が切れたり腕輪が壊れたりしたら呪術が進行する、とも言いましたよね?」
その言葉にもレクスは頷く。
「じゃあ、どうして――」
気が付けば視界が滲んでいる。サラは泣き顔を見せたくなくて俯いた。
「レクスさんに比べれば風邪なんて大したことないのに――」
「あなたが死んでしまうのではないかと思って」
「これぐらいでは死にません!」
大袈裟なレクスをきっと睨んだが、彼は本当に心配していたようでその表情に胸が痛んだ。
「魔族は病気になりにくい。けれど病気に罹って弱れば死にます」
サラはミシェルの家から帰ってきた時のレクスの過保護ぶりを思い出し、机の上の薬を見て言い過ぎたと反省した。
「心配させてごめんなさい。薬、ありがとうございます」
レクスはようやく表情を緩めると、サラをぎゅっと抱きしめた。
「サラ」
嬉しそうに自分の名前を呼びながら抱きしめてくる上半身裸の美丈夫に、サラはどう対応していいかわからない。
「レクスさん――あの、このままでは、熱が、上がります」
それでも離そうとしないレクスに困っていると、突然部屋の扉が開いた。
「サラちゃ――」
水の入ったコップを盆にのせ、タオルを持ったミシェルが立っていた。
部屋に微妙な沈黙が支配する。
「あ、あの、こ、これは」
「あ、ごめんねぇ。終わった頃を見計らってまた来るね」
照れながら扉を閉めようとするミシェルにサラは慌てる。
「ち、ちが――終わった頃って何ですか! 何も始まりませんから!」
レクスの腕の中で藻掻きながら必死に訴えた。