目覚まし時計を考えた人は天才
キュリア家の対応は最高『だった』。
家具がしっかり配置された部屋に案内してくれたし(制式採用されるまでの仮部屋らしい)メイドさんが軽食も置いていってくれた。
しかしまあ、『だった』ということは今はそうでないと言うことになる。
そう思うのも無理はない。
なんせ、気持ちよく寝ていたところに冷水をぶっかけられたからだ。
「……何すんだ」
ずぶ濡れになった体をゆっくりと起こす。
そして、冷水をぶっかけてきた人物を睨み付ける。
「だって私起こしたわ。三回呼んだのに起きなかったら、次は冷水でしょ?」
そう言うエルマの右手には杖が握られている。
昨日就職祝いでもらった杖と全く同じものだった。
おそらく、魔法で冷水を顕現させたのだろう。できればその生成過程を見てみたかった。
「……まあ、雇われの身だから許すけど」
雇い主でなければ、どうなるかはわからない。
気持ちよく眠っているところを冷水を掛けて起こすなど、神宮法典第一章の項目一に反する行為だ。ちなみに、神宮法典には眠りに関する以外のことは書かれていない。
「そう、良い心がけね。それで護衛の鏡のあんたにお願いなんだけど、三人の魔法使いをぶっ飛ばしてくれない?」
「いいよ。やったげる」
いつもと変わらぬ様子でベッドから床に降り立ち、犬のように身をぶるぶると震わせる。
少しでも水気が取れればいいと思っていたがまったく取れなかった。
「あら、本当に何でも聞くのね」
あら、と言いつつも驚いた表情は見せない。
ただ腕を組んで笑っている。
「んで、いつそいつらをぶっ飛ばせばいいの?」
「今からよ。付いてきなさい。中庭でやるから着くまでに事情を説明するから」
濡れに濡れた神宮の事など気にせずに、扉を開けてつかつかと歩き始めた。
付いてこいとのご指示なので文句なく付いていく。
「やっぱこの家広いよなあ。個人の家に中庭って何だよ」
確かにこのキュリア家は広かった。
部屋が多いので部屋割りがかなり複雑だったが、一応頭にはたたき込んでおいた。
「そんな事はどうでもいいわ。というかなんでぶっ飛ばさなくちゃいけないか聞かないの?」
「ああ。だって聞いても聞かなくても結局やるし。だったら手間は省いた方がいいと思う」
「……父さんが、もう護衛候補を見つけてたのね」
神宮の台詞など無視してエルマが喋り続ける。
「しかもなんか三人とも精鋭らしいの。でもあんまりぞろぞろ引き連れてたら生活に支障が出るから一人に絞る。そんなわけで勝負なわけよ」
いや護衛を引き連れなきゃ外で生活できないなら大人しく引きこもっておけよ、とは言えない。なぜだか殴られそうな気がしたのだ。
「へー」
だから適当な相槌を打っておくことにする。相槌を打っておけば人生たいていは上手くいく。
「……で、あんた大丈夫なの? 相手は、大人二人にあんたと同年代の男の子一人。勝てる?」
「まあ。というかさ、別に俺じゃ無くてもそいつらでも事は足りるんだろ? だったらなんで俺に肩入れするわけ?」
「……他の三人と一度話をしたけど、くそつまんなかったわ」
「ふうん」
俺の話もそんなにおもしろくないと思うけどな、と思いながら追従。
程なくして、キュリア家の中庭に到着した。
「! エルマ様! お一人でどこに行かれてたのですか!」
そう言って駆け寄ってきたのは、神宮と同い年くらいの少年。
なんとまあ腰には長剣をぶら下げているではないか。
危ねえ! と思うよりもまず、重くないのか? と思った。
「いえ、最後の護衛候補を連れてきただけです。それに家の中は安全ですから」
ニコッと微笑むエルマ。言葉遣いも丁寧で、確かな違和感がある。
「……お言葉ですがエルマ様。そこの若造に護衛は荷が重いと思われますが」
お前も若造だろ、と思ったが口に出してもどうなることではない。
ここはアイアムWAKAZOUを受け入れてやろうではないか。WAKAZOU万歳。
「あら、ビット様もお若いでしょう。それにこの男は私の推薦です」
「……そこまで言うのでしたらわかりました。では」
そう言い残して少年は中庭の中心に戻って行った。
そして少年の戻っていた中庭に中心にはエルー、今話をした少年、それと見知らぬ人が五人ほど立っていた。全てひっくるめての性別比率は男が五人、女性が二人だ。
「あっ! シンジさーん! こっちです!」
数少ない顔見知りであるエルーが声を張り上げながら手を振ってきた。
カモンベイベーの意である。
「おー」
適当に返事をしてからエルマに話しかける。
「なあ、あそこでむっつりしてる男二人と、さっきの少年とやるんだろ?」
「そうよ。それと、あっちに立ってるのが父さんと母さん。それにエルザ姉様」
「そうか」
あっち、とアバウトな表現だが誰が誰なのか大体の区別はつく。
ともかくエルマに付いて歩いていくと、程もなく中庭の中心に辿り着く。
「父さん。連れてきたわよ」
「む、そうか。それでそこの少年がお前の推薦する護衛か」
「そうよ」
どうやらエルマ、父に対しては本来の声音で話すようだ。
良いことなのか悪いことなのかの判断は付かない。
「「とうことは、その子がエルマの思い人?」」
「「はあ?」」
それぞれ台詞が被た。
その割り当ては、前者の台詞はエルマの姉とその母親。後者の短い疑問が神宮とエルマである。
「何言ってるのよ母さん達。シンジはは有能だから推薦したの」
言いながらエルマは神宮の頭をこづいた。まあ痛くもないし怒ることなんてない。
「でも、危なくないの? 勝ち残れるのは一人なんでしょ? 怪我とかしない?」
おそらく姉の方だと思われる(見た目の若さ的に)女性、エルザとやらがそんな台詞を口にしてくれた。この世界に来て初めて心配された。
「大丈夫よ姉様。シンジの勝ちは揺るがないわ」
「あら」
その自信はどこから来るのか。そりゃ昨日の経験からである。
「よし、ならそろそろ始めるとしよう。護衛候補、集合!」
エルマ父が勇ましくそう号令を掛けると、ちりぢりに立っていた男三人がエルマ父を中心として集まってきた。
「最後にルールの説明をする。範囲はこの中庭。勝利条件は自分以外の三人を気絶させること。気絶させなくても相手が危険を宣言したら勝ちとする。何を使っても何をしても問題は無いが、殺しはしないように」
「「「わかりました」」」
神宮を除く三人の護衛候補が返事をする。
当の神宮は欠伸をして明後日の方向を見ていた。
「それではきっかり三分後開始する。開始の合図は私の炎とするのでよく見ておくように。以上」
そう言い切って、エルマ父は少し護衛候補から離れた。
エルマ達もそれに習う。まあ近くにいてもただ危ないだけだろう。
よって中庭の中心に残ったのは自分も含めて男四人だけとなった。
「おうそこの若いの二人」
エルマ達が離れたタイミングを見計らっていたかのように候補の一人が声を掛けてきた。どうやら自分と、先ほど少し会話をしたビットという少年に向けている台詞らしい。
背中に大きな杖、腰には短剣。
こいつは杖男と呼称することにした。神宮は相手の名前がわからない場合、特徴をそのまま呼び名にする癖があった。
「お前ら二人、運が悪かったら死ぬぞ。言っておくが俺は手加減はしない。棄権するなら今のうちだぞ」
どうやら煽りに来たようだった。ならば、無視しても構わぬだろう。
「ふん。そんな心配は老人がするんだな」
しかしビットはもろにその煽りに乗った。
びびびっと二人の視線がぶつかり合う。これは、この二人が勝負をしそうな勢いである。
「さて、どうしようかな」
この二人が戦いを始めた場合、自分はもう一人の護衛候補と戦うことになるだろう。
まあ、問題はない。
どうせ全員地に這わせるのだから。順番など気にすることではないだろう。
そう考えた瞬間、不意に神宮達の頭上に大きな火の玉が出現した。
つまり、勝負が始まったのだ。
最初に動いたのは杖男とビット。予想通りの組み合わせである。
「「炎よ!」」
杖男は名の通り大きな杖を振るい、ビットは神宮らが持っている普通のサイズの杖を振るった。
どうやら叫んだとおり炎の魔法を使ったらしく、二人の目の前に炎が顕現し、互い目がけて飛翔した。
両者とも馬鹿正直なのか炎の軌道は真っ直ぐで、とうぜん炎と炎はぶつかりあった。
そして二つの炎は混ざり合って消えてしまった。相殺されたのだろう。
「「まだだ!」」
声を張り上げながら二人は戦闘を続ける。ビットの方は腰に下げた長剣を抜き、杖男は名に反する短剣を抜いた。キンキンッと金属がぶつかりあう音が聞こえる。
「同士討ちが一番良いんだけど、まあどっちかが残るだろうからな。残った方が油断した瞬間背中をブスリと行くか」
言いながら周りを見渡す。
いた。
「なああんた。残ってるの俺とお前みたいなんだけど、どうする?」
神宮が話しかけているのは、最後の護衛候補の男である。
黒いフードに黒のマントと全身黒ずくめでよく顔を見ることは出来なかったが、男ではあるはずだ。背も高いし骨格もいいのでそう判断した。
「言っておくけど、俺強いぞー。この杖がなによりの証拠だ」
真っ赤な嘘を堂々とつきながら、昨日貰った杖を適当に振るう。うむ、どう足掻いても魔法は発動しない。今度魔法の使い方を教えてもらおう。
「……私は」
黒男が右手を微かに動かす。
それが杖を取ろうとしている動作だとすぐにわかった。
なので、みすみす見逃すつもりはない。
あちらが体を動かすのに対して、こちらはイメージを固めるのみ。
勝敗は決した。
「…………棄権させてもらおうか」
「おお、そりゃ助かる」
その台詞を聞いて、黒男の右手の拘束を解く。
黒男はサイコキネシスを行使された右手をまじまじと観察している。
「何をしたかは、教えてくれんのだろうな」
「ああ。どうせ理解できないだろうし」
サイコキネシスを行使して右手周りの空間を固定し、右手の動きを制限した。杖を振るわれると面倒な事になると推測したからだ。まさに先手必勝。
「それでは私は、帰るとしよう」
黒男はそう言い残して、神宮に背を向けて歩き始めた。
すぐにエルマ父が反応し、メイドさんを一人黒男に派遣した。まあ見送りをさせるのだろう。
「じゃあなー。お前も良い就職先見つけろよー」
大きく手を振る。
背を向けていたので黒男がそれに答える事はなかった。まあその行為に気付いていても反応するとは思えないが。
「さて」
再び視線をお庭の中央に固定する。
なんとまあ、勝敗はすでに決していた。
ということで怒濤の投稿です。
こう怒濤の投稿ですから、なんぞやのミスがあるかもしれません。
もしミスがあったら指摘してくれると嬉しいです。
また明日も怒濤の投稿をしてやる! と意気込んで今日の夜は明かします。
それでは。